3-27 はじめての友だち
「ほう、【敵】でござるか。聞いたことがないでござるが、それはいったいどんな職業なんでござるか?」
「意外と驚かないんだね。【敵】は簡単に言えば、死後転生する職業だよ。転生先はこの世界での死者で、今ボクがヴァルデスの身体にいるのはそれが理由さ。そして、ボクは生きるためにたくさんの魂が必要なんだ」
「なんと……難儀な職業でござるな」
アリタカの反応は平然としたものだった。ボクはもっと驚くと思っていたんだけど、意外とインパクトがないのかな?
それについて聞いてみると、これまた意外な答えが返ってきた。
「人が生きるために命を奪うのは、普通のことなんでござるよ。拙僧は昨日鶏肉と卵を食べたでござる。それらは当然生き物の命を奪ったものであり、そんな拙僧がエル殿の職業を否定することはできないでござる」
「ふーん。そのせいで人を殺していたとしても?」
「拙僧の教えでは、いや、どこの世界でも殺人は最大の禁忌でござろう。拙僧も、できればやめたほうがいいと思っているでござる。しかしその話を聞いて納得がいったんでござるよ。エル殿は、どうあれ生きるために人殺しをしなければならない。その悪行を、どうすればその罪を軽減できるのか。そう考えたとき、正義の味方という善に尽くすため、正義という揺れる矛盾を正そうと思うのは、ある意味必然だと思ったのでござる」
「そうなんだ。ボクはそこまで考えていなかったけどね」
これは本当のことだ。分母が大きいから都合がいいとは思うけど、そこまで考えての動機ではない。
でも、無意識にそう考えていなかったのかと聞かれると、それはわからないな。ボクには心がないらしいしね。
「エル殿は、死についてどう考えていたんでござるか?」
「どうって? 今の転生のこと?」
「いいや、その前でござる。長い入院生活であったと聞いたでござるが、そのときにどう死と向き合っていたのかと。答えにくかったら答えなくていいでござる。ただ拙僧が思うにエル殿は死について、なにか独自の考えを持っているように思うんでござるよ」
うーん、どうだろうか。最初は死ぬのが怖いと思っていたけど、途中でどうでも良くなっていた気がする。
何度も余命を告げられていたし、その度にしぶとく生き残っていた。でもそれはボクがどうこうというより、医者と医療技術のおかげだと思う。
ボクにとっての希望は、悪役のように死ぬことだけだったはずだ。
「ボクは、最初から生きることに意味を見いだせないでいたんだと思う。重くて痛い、動かない身体。生きるためだけに食べる、味の分からない食事。延命の度になくなっていく臓器と、増えていく副作用の辛い薬。死ぬ直前のボクは、機械に繋がれた悪の中ボスみたいな見た目だったと思う。まあ、鏡も見たことないけど。だから死ぬのは怖くなかったし、この辛さから開放されるなら死ぬのも悪くないと思っていた。死について語る人なんていなかったから、ボクの生と死はすべて特撮の中にしかなかった。だからかな、ボクは悪役のように好き放題自由に生きて、その結果として正義の味方に倒されることに憧れていたんだ。因果応報っていうらしいね」
「……気軽に聞いて、すまなかったでござる。しかしそうでござったか。エル殿の死生観を聞いて、話が噛み合わない理由がわかったでござる」
噛み合ってなかったかな。ボクは有意義なお話をできたと思っているけど。
アリタカは神妙にうなずき、ゆっくりと口を開いた。
「エル殿は、そもそも人を、生きるということを知らなかったんでござる。だから簡単に人を殺すという発想がでてくるし、死ぬことに躊躇いがない。【敵】の能力がなかったとしても、エル殿はきっとすっぱり死んだんでござろう」
「そうだろうね。悪いことをしたら死ぬ。それは当然の報いだし、そうでなければいけないと思ってるよ。そんな死に方をボクはしたいんだ」
実際その考えに基づいて、ボクはナクアルさんを助けるために限界まで魔力を使って死んだ。あのときはネズミサイルの陽動だけだったけど、それでも被害者は出ていたと思う。
「普通は悪人だって死にたくないはずでござる。そのあたりエル殿はすでに人よりも達観していると言うか、言い方は悪いでござるが、すでに人の領分を超えているように思えるのでござるよ」
「それって、ボクは人じゃないって言いたいの?」
「そういう意味ではござらん。人とは違う考えを持っている、と言いたいのでござる。それも多少の問答で変わるものではなく、拙僧の教えとは違うでござるが拙僧の教えと同じくらいに根深い、エル殿の根幹のようなどっしりとした死生観でござる。拙僧から見れば悪性腫瘍でござるが、それを正すことが正しいのか、拙僧にはわからんでござる。拙僧の教えでも、死は克服するものでござるからな。そういう意味ではエル殿はすでに先を行く修行者でござる」
「でも人殺しだよ?」
「言いたくはないでござるが、そこを開き直っている当たり、エル殿は救いを求めていないんでござろう? ある意味悪の悟りでござるな。それをどうこうできるほど、拙僧は善行も修行も足りていない。むしろ、その先になにがあるのか教えてほしいくらいでござる」
救いを求めていないか。確かにボクは転生したことでもう満足している。
この新しい人生は始まった瞬間から悪役として死ぬことに、ボク以外のもののために使おうとしていた。
彼の教えは貴重な意見だけど、それでボクの、ボク自身の死に対する考えが変わることはない。ほかはいくらでも変わるけど、正義の味方のために死ぬことだけは譲れない。
その果てになにがあるのか。それはボク自身も知りたいな。
「決めたよ。色々話をしたけど、やっぱりボクは正義の味方のために人を殺す。でもそれは正義を正すとかそんな崇高なものじゃなくて、もっと即物的に、刹那的な快楽のために、場当たり的に人を殺す」
「そして、死ぬんでござるな」
「そう。やっぱりそれは悪いことだから、死なないといけない。でもボクはその後のことを何も知らないんだ。残された人間のことなんて考えたこともなかった。ボクにはボクが死んで悲しむ人が思いつかなかったからね。だからさ、ボクが人を殺して殺されたあと、その後どうなったのかを教えてよ」
「何度でも言うでござるが、拙僧は人殺し自体反対でござる。転生があるのだとしても、死ぬことも殺されることも、本来許されるものでないんでござる。だけど、それでエル殿が何かを得られるというのなら、仕方がないことなのかも……」
「アリタカくんにはさ。そうやって善悪の間で揺れながら、ボクという悪を観察していてほしいんだ。ボクの反対側にいる正義の味方を見届けてほしいんだ。正義と悪の天秤が狂ったとき、そこでボクというものの価値が決まる。その時ボクはどこにいるのか。ボクが教えられる悪の果ては、きっとそこにあるんだよ」
「教えてほしいとは言ったでござるが、何もそこまでして……いや、それがエル殿の本質なのであれば、見届けなければならないんでござろうな。拙僧も稚拙ながら教えを説いた身。付き合うでござるよ。なに、拙僧も一度は堕落した身。此度の生でもエルフと結ばれたいと思っている生臭坊主でござる。たまには違ったものの見方も、拙僧にとっていい経験になるやも知れないでござるからな。暫くの間、よろしくでござる」
アリタカは困った顔で苦笑しているが、ボクの考えを肯定してくれた。その証拠に、彼は握手を求めて右手を出している。
それは諦めなのかもしれない。或いは本当になにか進展があると思っているのかも知れない。
どちらにしてもボクはそれが嬉しかった。
ボクにとって、この世界で初めての友人ができた瞬間だった。
◆王都 ザンダラ正規軍
「死体は直ったんだろうな?」
「問題ない。俺も確認したが、きちんと動く。受け答えはトロいが、ゴーレムならあんなもんだろ」
「死体をゴーレムに、だと? お前たち転生者はそんなことまで……ふん、お前たちが敵でないことが頼もしいな」
司令官は悪態をつきながらトラマルの報告を聞いていた。
第6王女殺害犯ヴァルデスの公開処刑はいよいよ明日だ。その準備のために2人は地下牢へと移動をしていた。
「獣人を直した、アリスウだったか。そいつはどうしている?」
「アリスーなら魔力を使いすぎたとかで、部屋に引きこもってるぜ。俺も調べたがゴーレム作成ってのは効率が悪い魔法らしくてな。一度作ってしまえば量産には向いているが、その最初の1体目を作るのがなかなか面倒だ」
「そうなのか。……しかし量産か。ゴーレムなら人的被害も抑えられるし、やつの性能でそれが可能なら……あの獣人のゴーレムでも可能なのか?」
司令官はゴーレムによる歩兵部隊を思いつくが、トラマルは首を振った。
「流石にそこまで都合はよくない。あくまで一般的なゴーレムの量産の話だ。生体ゴーレム、特に素材からではなく元いた生物をゴーレム化させるのは、ほとんどオーダーメイドと変わらない。もしあいつの死体が培養できるのなら可能だが、まあそれは無理だ」
「やつを素材としてみた場合に、同じものはないということか。だが獣人ゴーレムは無理でも、汎用的な素材のものなら可能なのだろう? 例の砲弾に使った金属を素材に使えば、強力な兵器ができると思うのだが」
「悪くない考えだが、それなら砲弾のままでいいだろ。ゴーレムは敵陣に向かう途中は、ただ歩くだけの攻撃目標でしかない。そいつが爆発するだなんて、俺なら怖くて部隊運用は考えないね」
「ああ、それもそうだな」
王都正規軍の地下牢はニームとの戦争終結後、表向きには運用されていないことになっている。
なぜならニームの捕虜は条約に則ってすべて返還済みであり、軍内部での犯罪にも衛兵たちの警察機能が働いている。
ではヴァルデスは久しぶりの客なのかと言うと、そういうわけでもない。
「トラマルさん、お疲れ様です。こちらをどうぞ」
「おっさん、念のためマスクをしていけ」
「息苦しくて好かんが、仕方ないか」
入り組んだ階段の下にある、何重にも閉ざされた扉の向こう側。
常駐している職員が扉を開くと、そこには到底軍施設とは思えない光景が広がっていた。
「……た、助け、くれ……」
「わたし、私は、何もしていない……」
「…………かふっ、かふっ……」
「相変わらず辛気臭い場所だ。……空気も悪い。きちんと清掃しているんだろうな。病気は困るぞ?」
正規軍の地下牢に押し込まれているのは、バランス・ブレイカーが国内外の各地から拐ってきた商品だ。丁寧に心を折られ、尊厳を破壊し、場合によっては見せしめに解体される。そのための加工場でもあった。
メルシエやハイモアが監禁されていた場所もここであり、彼女たちに施された呪具の研究もここで行われている。
「やつの死体は?」
「一番奥の特別室です。拘束状態ですが、ゴーレム化によって行動可能ではあるので、その点は注意してください」
「なに? どういう意味だ?」
「公開処刑に当たって、一応の質疑応答があるだろ? その受け答えを誰がしても答えられるように、命令権は開放されたままってわけだ。予めいくつかの行動はしないように設定してあるが、それだって絶対じゃない。無闇に変な命令をするなってことだ」
「なるほどな。死ねと言えば死ぬということか」
「そいつは無理だ。もう死んでる」
バランス・ブレイカーの職員が鍵を解除し、金庫のような扉を開く。
彼らが中に入ると、そこには生きていたときと同じような威圧感のある、ヴァルデスのゴーレムがいた。両腕は後ろ手に拘束され、両脚も鎖で壁に繋がれている。
その目は開いているが濁っていて瞬きをしない。誰もが死んでいるのだと分かるが、それでも不気味な存在感があった。
「なぜ服はそのままなんだ?」
「獣人の中でも大柄な彼に合うサイズの拘束服はありません」
「そもそも死んでるんだぜ? いちいち着替えさせてやる必要なんかないだろ。それに獣人共から聞いた話では、この上着は神聖なものらしい。なぜそんな格好で犯罪をしたのかは分からねえが、獣人に対して同胞の罪は重いと示すのにはちょうどいい」
「そういうものなのか」
忌々しげに司令官はヴァルデスの死体を見上げ、ふと思いつきでトラマルに振り返る。
「犯罪者の死体のくせに、頭が高いとは思わんか?」
「あ? あー、まあ熊の剥製みたいなもんだろ」
「ゴーレムなら試してみたい。おい、頭が高いぞ。跪け!」
司令官が命令をすると、ヴァルデスはその場に膝をついて頭を下げる。
「ふほっ! こいつはいい。本当に命令に従うのだな!」
「そう言っただろ? だけどあんま無茶させんなよ。特に矛盾した命令はダメだ」
「わかっておるわ。そうだな、まだ頭が高い。額を地面に擦り付けろ」
その命令にもヴァルデスは従う。意志なき人形のように、彼は額をこすり続けた。
「哀れだな。転生チートで調子に乗ってあのザマか」
「命令には従うが、反応がないのは面白くないな」
そういうと司令官はヴァルデスの頭を蹴った。だか死してなおヴァルデスの肉体と筋力はそのままであり、蹴った側の司令官が体勢を崩して倒れてしまう。
「おいおい、運動不足すぎだろ」
「……チッ! お前のせいで恥をかいたではないか! なんとか言え! この、この!」
頭に血の昇りやすい司令官は、ヴァルデスを踏みつける。何度も頭を踏み、しかしそれ以上押し込むことはできない。
「この、このお! はぁ、はぁ、ふぅ」
「もう飽きたのか?」
「ああ、もういい。疲れたわ。おい、もう戻っていいぞ」
司令官が新たな命令を告げると、それまで頭を床に擦り付けていたヴァルデスが立ち上がり、ニヤリと笑った。
「もういいのか。じゃあ、さよならだな」
司令官が最後に見たのは、首のない自分の身体だった。
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