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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
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8 はじめての職業



「うーん。見事に迷っちゃったな」


 ただでさえ知らない世界の暗い夜。悪役を目指して強盗殺人に放火までしたボク(エル)は、一応追跡を撹乱するために森に入ったのだけど、そのせいで完全に現在位置を見失っていた。

 体感では6時間ほど歩き続けただろうか。不思議なほど疲れはないが、革袋を背負っている肩と握っている手が痛くなってきた。


「どこか休める場所はないかな?」


 ちなみに空腹と喉の乾きはない。それは目についた植物の葉や見たことのない花を片っ端から味見しているせいだ。今のところ毒に当たっている気配はないが、色々と食べてきてわかったことがある。

 植物は水分が多いけど、高確率で薬のような吐き出したくなる感じがする。きっとこれが不味いというやつだ。

 それでもボクは気にせずに食べるが。味のしないゼリーのような食事を10年以上続けてきた身からすると、不味くても味はついている方がいい。甘ければなおいい。

 そんな事を考えながらまた1つ、地に落ちている小さな木の実を拾って齧る。とても固くて中身は粉っぽいけど、これは少しだけ甘かった。


 もうしばらく森を彷徨っていると、大きな(うろ)の空いた巨木を見つけた。中はひんやりとしていて、小さな水たまりがある。いい加減歩き飽きたので、ここで少し休むことにした。

 地に伏せて水たまりから直接水を飲む。本当なら寄生虫や細菌感染のリスクがあるので絶対にしてはいけないのだけど、このときはすっかり忘れていた。

 水を飲むと口の中で淀んでいた植物の抵抗の残滓が、すっと洗い流されていく。これが癒やされるというものなのだろう。水が美味しいと思ったのは今日が初めてだ。

 金貨や銀貨の入った袋を枕にして横になる。今まで気づかなかったけれど心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえる。異世界に来たことのせいか、初めての悪役プレイのせいか、ずっと興奮状態にあったらしい。

 少し眠るつもりだったけど、これでは眠れそうにない。仕方がないので暇つぶしにスキルブックを確認しようとし、そこで気がついた。


 スキルブック、どうしたっけ?


 最後の記憶では、今のように暇つぶしに読もうとして、寝ているナクアルさんが起きたときに中を見られるのはマズいと思って読むのはやめて……

 そのあと外に出て色々あって今に至るのだが、外に出たときボクはすでにスキルブックを持っていなかった。


「あちゃー、どうしよう。スキルブック置いてきちゃった?」


 先生の話では登録者以外には使えないように封印されているそうだが、かと言って例えばナクアルさんにそれを拾われてしまったら取り戻す手段はボクにはない。

 今なお絶賛逃亡中だし、出会ったときには持っていなかった本など明らかに不審物だ。


「あれがないとボクは無能なのに。どうしよう」

『エル様、なにかお困りですか?』

「うわっ!?」


 なくしたと思っていたスキルブックが当然目の前に浮かび上がり、人工精霊のアールが話しかけてきた。確実に持ってきていなかったのに、いったいどうして?


「困っていたけど、突然解決しちゃったよ。アール、ボクはスキルブックをなくしたと思っていたんだけど、なんでここにあるの?」

『契約をしたスキルブックは、契約者の魂と融合しているためです。契約者とスキルブックが一定の距離を離れると、スキルブックは瞬時に霊化し魂へと帰還します』

「すごい! さすが異世界、忘れ物防止機能がついているんだ!」


 何はともあれ、これで1つ問題は解決した。せっかくなのでそのままスキルブックを手に取って開く。暗がりに居るはずなのに不思議とよく読める。これも魂と繋がっているせいだろうか。


『いくつかの基礎能力上昇、及び実績の解除により、新しい職業を選択可能です』

「本当だ。村人に旅人、それに盗賊か……」


 なんかしょぼいな。スキルブックによると職業を得ると自動効果で基礎能力に恩恵があるのだが、前2つの職業はその基礎能力アップだけで他に得られるスキルはなかった。それに加えてそれらの基礎能力アップは合計しても盗賊よりも低い。そりゃ村人が盗賊に勝てないわけだよ。

 むしろ盗賊が強いのではないかと思ったが、盗賊は速度に関する補正が大きいけどそれだけで、戦士や格闘家と比べると基礎能力だけならだいぶ劣っている。スキル込みでの差ということだろう。


「なんだかゲームみたいだな。やったことないけど」


 やったことはないが、いつかの家庭教師の先生が携帯ゲームを嗜んでいた。授業の休憩中に少しだけプレイを見せてくれたことがあるので、多少の知識はあった。


「そういえば、職業を得るには基礎能力値が必要みたいだけど、今の自分の能力値ってどこかで確認できるの? ステータスとかいうやつ?」

『スキルブック内のエル様の項目で確認可能です。ページを開きますか?』

「ああ、見れるんだ。じゃあお願い」


 アールに頼むと自動的にページが捲られていく。開かれたページには、いつ撮ったのかわからない自分の全身写真と各種基礎能力値、それから装備品や所持金額、獲得しているスキルなどが詳細に載っていた。

 他人のステータスを知らないので低いのか高いのかわからないが、基本となる第一段階職につけなかったので低いとは思う。ガウンを着ているのに装備無しとなっているので、きっとこの服には防御性能などがないということなのだろう。

 かわりに所持金は凄いことになっていた。なんとこの袋いっぱいで5千万以上もあったのだ。なお単位はクォーツというらしく、実際にどれほどの価値なのかはわからない。

 ちなみに基礎能力値は鍛えればある程度獲得できるとのこと。例えば体力が足りなければ走り込みをしたり、筋力が足りなければ腕立てや懸垂をしたり。ボクはできなかったけど前世の筋トレみたいだ。村から森まで歩いていたのも一応トレーニング扱いになっていた。逆に言えばそれだけ能力値が低かったということでもある。

 そんなことを確認しながら職業の一覧を見ていると、おかしなことに気がついた。


「あれ? ボクは盗賊になれるらしいけど、盗賊になるための条件を達成していないよ?」


 盗賊になるためにはまだ基礎能力値が足りておらず、特に素早さや器用さといった能力値は壊滅的に足りていない。


『職業には基礎能力による開放の他に、特殊な条件による開放があります。盗賊の場合、窃盗行為がそれに該当します』


 アールに言われて気がついた。確かに別の条件による開放も書いてある。例えば魔法使いなら魔法スキルを2種類以上使用可能になること、剣士や格闘家ならすでにそれらをマスターしているものと師弟関係になるなど様々だ。

 ちなみにみんな大好きな正義の味方、勇者の開放条件は権力者に認められること、魔王を倒すこと、など複数のルートから挑戦できるようになっている。ボクはやらないけど。

 ということは、ある程度特殊な職業でも解放条件さえ満たせば得られるのでは? それなら名実ともに悪役になれる日も近いかも知れない。

 とはいえスキルブックに載っている職業は多すぎるので、アールに悪役や、それっぽい職業がないのか確認する。


「ヘイアール、悪役みたいな職業を探して?」

『現在選択可能な悪役らしい職業は、盗賊です』


 うーん、知ってた。なので条件を広くしよう。


「オッケーアール、未開放も含む悪役みたいな職業は?」

『候補が多すぎます。条件を絞り込みますか?』


 一応そのまま確認したが、暗殺者や殺人鬼、魔物使いや闇医者、狂信者や武器商人など様々な内容で確かに候補が多すぎる。


「自由すぎると不自由って聞いたけど、これはちょっと絞り込むのもむずかしいなあ。ボクは正義の味方のために倒される悪役がいいんだよ。どれもこれもいい感じの悪役だけど、なんて言ったらいいのかな?」


 ボクは好き勝手に生きて、それから正義の味方に倒されたい。だから職業なんてどれでもいいと言えばそうなんだけど、先の候補の職業を正義の味方に倒されるまで続けないといけないなら、それはボクの求めている好き勝手にしている悪役とは違う気がするのだ。

 ちなみに職業は後からいくらでも変更できるけど、その度に基礎能力値の補正が変わってしまうのでおすすめではないらしい。


「ボクの目指す悪役は、自由なんだ。好き勝手に生きて、自由の果てに正義の味方に滅ぼされる。そこまででセットじゃないといけない。だから一つの職業に縛られず、もっと自由気ままに悪を為したい。殺したいときに殺して、盗みたいときに盗む。たまには真面目に買い物をして、それを敵に売りさばく。人助けをしたはずなのに、それのせいで誰かが酷い目に合うなんてのもいい。ボクはその時にしたいことがしたい。そんなワガママな職業、なにかないかな?」

『……』


 アールはすぐに返事をしなかった。きっとそんな都合のいいものはないんだろう。


「まあ、いいよ。好き勝手にするだけなら無職でも、他の職業でもできるだろうからね」

『エル様。おすすめはしませんが、そのような候補があります』

「……え?」


 スキルブックが浮き上がり、風を感じるほどの勢いでページが捲られていく。かと思えばそれはそのまま閉じられ、1周し、またページが捲られ、閉じられる。それが何度も繰り返された。

 おかしなことを言ったせいでバグってしまったのか。そう思うほどに目の前のスキルブックの挙動は尋常ならざるものだったが、やがてとあるページを開いた状態で動きが止まった。

 その開かれたページを一言で表すなら、黒。いくつもの手書きの文字の痕跡が見えるけど、何度も何度も上書きされ、そして黒く染まった不気味なページ。


「……よく読めないよ?」

『はい。この職業は、読むことができません。しかし獲得条件もありません』

「どういうこと? なんで候補に挙がらなかったの?」

『お答えできません』


 読むことはできない。でもたしかにそれには文字が書かれている。ばらばらに大小様々に書き殴られた、色んな言語の【敵】、【敵】、【敵】……


『この職業を獲得しますか?』

「うん」


 躊躇いはなかった。だってボクが望んだものを、ボクの魂を取り込んだアールが提示したのだから。それは真にボクの望みを叶えるものなんだと、何の根拠もない確信があった。だが、


 あ、死んだ。


 職業を獲得するためスキルブックに触れたとき、ボクは瞬時に死を悟った。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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