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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-25 アリタカの教え

このお話の中で語られる教えは実在の宗教、団体等とは一切関係がありません。


 この世界の魔法を自由に習得できるチートアイテム『スキルブック』。

 ボクはそれをそのままの意味で受け取っていたけど、チートアイテムにはチート足るだけの理由があった。


『アクアボールも、シャドウアフターも、ダークオーダーすらも、エル様は今までいくつもの魔法をゴーレムにしてきたではありませんか』


 頭の中でアールの声が反響する。

 そもそも魔法自体が、この世界ではすでにチート寄りの技術だ。この世界で出会う人間の半分くらいが使えているせいで忘れそうになるけど、一般的に浸透しているものではない。

 ヴァルデスとして見てきただけでも剣術や格闘術を極めた先にあるのが、ウインドカッターやファイアボールだった。

 魔法で作り出しても筋力で作り出しても、結果的に発生するのは同じスキル。であれば最初からスキルとして発動できる魔法のほうが簡単に見えるが、本来は魔法を学ぶこと自体が剣術を極めるのと同様に学問を究めた先にある。

 それらの過程を無視してスキルだけを獲得できるスキルブックは正しくチートだったわけだ。


 その上で改めてクリエイトゴーレムについて考える。

 ボクはこのスキルを入手したとき、脳内に膨大な量の知識が流れ込んできた。あれこそが本来このスキルを入手するのに必要な手順だったわけだ。

 その時に得た知識を思い返すと、『魔法による疑似生命体の作成』という記憶があった。

 記憶と言ったけど、これはもちろんボクが経験したものではない。スキルを得た瞬間脳裏に刻まれた、偽りの記憶だ。

 あのときは軽く流していたけど、あの時点でボクは魔法をゴーレムにできるのだと本当は知っていた。

 そして実際にその後、無自覚にアクアボールをゴーレムにしている。


 でも当時はアクアボールで生み出した水を、ゴーレムに変えていたのだと考えていた。

 つまり素材を魔法そのものだと考えていなかった。

 だけど今更ながら、スラーのときにシャドウアフターをゴーレム化させている。

 これも影を素材に、と言いたいところだけど影ってなんだよ。影は影で、光を当てたモノの反対側の、光が当たっていない場所のことだ。それを素材にって、普通に考えたら意味がわからない。

 だけど影は魔力という不思議な力によって、実体なき実体として現れている。そのせいで不思議に思わずゴーレム化させていた。


 じゃあ爆発ってなんだ? 元の世界では急激な圧力の発生、あるいは開放と定義されている。

 ボクが目的にしていた爆薬は、元の世界では主に化学反応によって発生する。

 倉庫で撃たれた砲弾は正しくそんなボクのイメージ通りの爆発だったので、ボクは同じものがあるのだと勘違いしていた。

 もしかしたらあるのかも知れないが、結局のところあの砲弾は魔法を加工したものだった。

 では爆発魔法とはなにを爆破しているのか。何を反応させているのか。スキルを修得しないと正確にはわからないけど、今までのパターンからして魔力そのもの、或いは魔力で生成したなにかの反応だろう。

 であれば爆発そのものをゴーレムにはできなくても、爆発する直前の魔力生成物をゴーレム化することは可能だ。


 アールもできると言っていたし、種が分かればなんてことはない。

 ボクは最初から求めるものを手に入れる方法を知っていた。それなのになんて遠回りをしてしまったんだろうか。

 とりあえずアリタカに加工してもらった爆薬は、身体の方をゴーレム化させて収納したけど違和感が大きい。


 あーあ。せっかくヴァルデスで生き返ったけど、これからどうしよ。





 ふて寝から目覚めると、またアリタカが下半身を覗いていた。

 今のヴァルデスの装備はトラマルの爆発魔法にも普通に耐えいたので、下半身はパッチワークの袴のようなものだ。そのため裾を捲れば見えないこともないんだろうけど、何がそこまで彼を掻き立てるのか……


「ねえ。見たいなら脱がせばよくない?」

「こ、これは! 違うでござるよ!? 拙僧が気になっているのは珍しい防具の素材であって、決して立派な象徴では……!」

「言っちゃってるじゃん。ほら、見たいなら見れば?」


 顔を赤くしてあたふたしているの女の子はかわいらしいけど、アリタカは男だ。なんの興味もわかない。

 まあ別に今は公然の場ではないし、絶対に隠すようなものでもない。袴を脱いでアリタカに投げ渡すと、彼は両手を合わせてその場で拝み始めた。


「おお、おおおおぉぉぉぉっっ!! 袴の上からの感触で想像しておりましたが、これほどのものとは……!! なんと神々しい! ありがたや、ありがたやー!!」

「……気持ち悪。やっぱそれ返して」

「! もちろんでござる!」


 なるほど。人が服を着て身体を隠す意味がわかった。うん、この視線を浴びるのは、殺意を向けられるよりも不気味だ。


「そうだ! ヴァルデス殿、食事があるでござるよ。あいにくと保存食ばかりでござるが、味は悪くないでござる」

「ありがと。それはそうと、今のボクはヴァルデスじゃない。エルだよ。けどまあ、トラマルには名乗っていないからヴァルデスのままでもいいけど」


 ボクはアリタカが持ってきた缶詰を受け取りながら、改めて自己紹介をする。缶詰の中身は硬いクッキーと飴だった。


「エル殿、でござるか。なぜ偽名を?」

「この身体はヴァルデスだったからね。それよりこのクッキー、香りは悪くないけど味がなくない?」

「乾パンでござるよ。知らないでござるか? この氷砂糖を舐めながら食べるんでござるよ」


 言われたように食べるとそれなりにマシになった。うん、悪くないという表現は正しい。


「これは拙僧たちのいた日本にもあった保存食でござる。メジャーだと思っていたんでござるが、最近はこういった保存食を食べる機会も少ないんでござろうな」

「どうかな。ボクは生まれたときからこの世界に来るまで病院暮らし。いつもベッドの上か手術台の上にいて、食べ物も普通じゃなかったし」

「なんと、そうでござったか……失礼したでござる。そういえば特撮だけが唯一の楽しみだと…… あれは比喩ではなく、本当にそれだけだったんでござるね……」

「まあね」


 アリタカはなにか落ち込んでいるが、よくある話じゃないかな。


「ボクのことはいいよ。それより王都ってどんなところなの? ボクはそこで公開処刑にされるんでしょ? 悪役としては一度は経験しておかないとね」

「……なんでそんなウキウキなんでござるか? 死ぬんでござるよ?」

「人はみんな死ぬ。どうやって死ぬのかが重要なんだよ。その点悪役ほど素晴らしい死はない。正義の味方に倒されることで、正義の味方を肯定するんだ。悪役は自由に生きて、正義の味方の役に立って死ぬ。こんなにいい人生って他にあるかい?」


 ボクが悪役の素晴らしさを説くと、アリタカは難しい表情で首を振った。


「拙僧には分からないでござる。拙僧は欲望まみれでござるが、それでも教えの道を歩んでいたでござる。拙僧の受けた教えでは、死とは通過点でござった。しかし少なくとも、そんな死の在り方を肯定はできないでござる」

「ふうん? それはなぜ?」

「悪役が死ぬことで役に立つのは、そもそも悪を為しているから。拙僧の教えの中での悪は自発的なものではなく、より上位の悪しきものの誘惑に負けてしまった結果だとされているでござる。だから悪人にも祈りの機会が与えられて、救いの機会があるんでござる。しかしエル殿の考えは違う。善性を肯定するために悪を為そうとしている。人が全て善であるとは言わないでござるが、善のために悪を為すのは、救われないでござるよ……」


 ボクは宗教に詳しくないけど、そういう考えもあるのか。

 でもボクが言いたいのはまさにそれだ。

 人は全てが善ではない。そこにボクのすべてがある。


「アリタカくん。ボクは正義の味方が好きらしい」

「拙僧も、好きでござるよ」

「正義の味方っていうのはさ、正義の為に戦うんだよ」

「そうでござるな」

「じゃあ正義ってなにか、って考えたことはない? ボクはそれを考えたときに、悪じゃないものはすべて正義だと認識したんだ。つまり、君が言った善ではないけど悪でもない人間も含めて、正義だということにしたんだ」

「……理屈はわかるでござる。拙僧も、概ねそう考えると思うでござるよ?」


 よしよし。これはわかってくれたみたいだ。

 であれば次もきっとわかってくれる。


「でもさ、善でも悪でもないなら、悪に寄ってしまう正義もいるってことだよね。ボクは実際にそんな人たちを見てきた。金のために襲いかかってくる男。自分の敵から逃げるために、悪に身を売る王女。命乞いのために、悪に情報を売る女。そんな間違った正義に振り回される、正義の味方。ボクはね、そんな正義の味方を救いたいんだよ。そのために、間違った正義を皆殺しにする。それはもちろん悪だ。だから正義の味方に殺される。でもそれで正義の味方が肯定されるなら、それがボクの理想なんだよ」


 だけどボクの言葉は彼には響かなかった。


「拙僧はその揺らぐ正義にも救いの機会があると、そう教わったんでござる。逃げるため、命乞いのため、それらを強要したものこそ上位の悪しきものでござる。それになるということは、もはやそれは悪役ではござらん。悪そのものでござらんか。それは救われないんでござるよ」

「言いたいことはわかるよ。でもそいつらのせいで困ってしまう正義の味方の味方って誰なのさ。正義の味方は、謂わば究極の善だ。そんなこの世界で最も善なる人間が、なんで大多数の揺らぐ正義に惑わされないといけないの? ボクは正義の味方を助けたい。正義の味方だけを救いたい。最も良い人間が、衆愚に惑わされるのは嫌なんだ。でも彼らはそんな不安定な正義に対しても、味方じゃないといけない。それこそ救われないよ」


 正義の味方は清廉で尊い。しかし所詮は人間だ。ボクはそんな綺麗で尊いものを壊してしまった。それはもちろんボクのせいだけど、そこに至る道の中に間違った正義があった。

 ボクはもう、自分の目的を間違えたくないんだ。


「君の教えでは、正義の味方を誰が救うの?」

「拙僧の教えでは、……道は続くのでござる。死してなお、教えのために励み、修行していく。救いとはその果てにあるとされるものであり、教えの先に辿り着くことが目的なのでござる」

「つまり、君の教えでは正義の味方は救われないよね」

「違うんでござるよ…… 救いとは、誰かが手を差し伸べることではござらん。拙僧の教えを当てはめるなら、正義の味方もまた修行の1つであり、それを続けることこそが救いへの道でござる。そういう意味で言えば、正義の味方の人助けさえも、正義の者たちへの救いの妨げとも捉えられるでござる……」

「……そっか」


 ここに来て新しい考えを教えてもらってしまった。

 正義の味方の人助けは、彼らにとっては修行でも、救われる側からは余計なお世話かも知れない。そういう考えもあるのか。

 しかしそうすると彼の教えの中には、善の上位存在というわかりやすい救いの手はない。そうなると彼はこの転生という状況をどう考えているんだろうか。


「ところでアリタカくんはこの異世界で、神についてどう考えてるの?」

「言ったでござろう? 死後も道は続くんでござる。現に拙僧はこの異世界でこうして修行の機会を得ている。これこそ教えの正しさの証明でござるな。ちなみに神は拙僧の教えの中にも存在しているでござるよ。人より上位の存在ではあるものの、それだけでござる。神々もまた、修行中の身なのでござるよ」


 そういうものなのか。彼の教えでは神だからといって、それだけで敬う存在というわけではないらしい。


「君の考えはわかった。君の教えも、きっと全部ではないと思うけど、わかった。でもボクはそれでも、正義の味方を助けたいんだ。間違った正義を殺す。それは、わかってくれるよね?」

「……最初に言ったように、拙僧はその答えを持っていないでござる。わからないんでござるよ。救いの先から救いの手は伸びてこない。だからみな、思い思いの善行と修業をするんでござる。今の時点では、拙僧にはエル殿が言う悪役は悪そのものに思えるでござる。しかしそれが悪ではなく、真に悪の役であるなら、それもまた修行なのかも知れない。それは拙僧には答えられないものなんでござる。無益な殺生はダメでござる。しかしそれが誰かのためになってしまうなら……そう考えると、拙僧は未熟ゆえ、答えが出ないでござる」

「それはアリタカくんの教えでしょ。ボクは君自身に問いかけてるんだ。例えばそうだな。わかりやすいところだとトラマルとか。彼は政府や軍にいるみたいだけど、善でも正義でもないよね。かと言って悪とまでは行かない気もする。そんなやつをわかりやすくするために、正しい正義を作りたいんだ。君はボクがトラマルを殺すことに反対?」

「あんなやつ! 毎日毎日ボクに嫌味を言って偉そうに! 今すぐぶっ殺してしまえばいいでござるよ! ……あっ」


 結局、人ってそうなんだよね。彼自身が未熟と言っているように、そうそう教えなんて守りきれないんだ。


「ほらね。ボクはそういうのを正していきたいんだよ。正義の味方のために、ね」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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