3-22 基地への侵入
◆ユルモ
「あいつ名乗らなかったの。ヴァルデスねえ…… どうせすぐに死ぬだろうから、その名前は覚えなくていいわよ。あなたを犬に変えた男の名前はエル。道徳観の狂った子供よ」
「はあ……そ、そうなんですね……?」
ヴィクトリアと名乗った貴族風の女性の言葉に、ユルモは困惑していた。
言われるとヴァルデスの振る舞いは暴虐無人というより子供のわがままだったような気もするが、それ以上に彼には死が纏わりついてた。
共に行動したのは2日間にも満たないが、たったそれだけの期間で何人もの人間が犠牲になっている。それをしたのが子供だとは到底思えなかった。
「どうして私がヴァル、エルになにかされたとわかったんですか?」
「話せば長くなるんだけど、私もあいつに助けられて、助けられ? まあいいわ。とにかく少し付き合いがあったの。そのせいでエルの魔力の性質というか雰囲気というか、そういうのがわかるのよ。あなたにエルの魔法がかかっているとわかったのもそのせいね。それで、なぜ私たちがここにいるかというと……」
「ヴィクトリアさん、朝食ができました」
「続きは食べながらにしましょうか」
フェルと紹介されたローブ姿の冒険者は、焼き上がった串肉を持ってこちらにやってきた。
お盆に乗った皿は3つあり、1つは丁寧に切り分けられソースのかかったヴィクトリアのもの。もう1つは串焼きのままのフェル自身のもの。
そして残った1つは串から外され、深皿に盛られたものだった。それだけテーブルではなく、ユルモの前の地面に置かれた。
「……」
「「いただきます」」
ヴィクトリアはナイフとフォークで丁寧に肉を口へ運び、フェルはそのまま串にかぶりつく。
「うん、良いできよ。おいしいわ。きちんと火が通っていて、それでいて固くなりすぎていない。野生のボア系は臭みが出やすいけど、それもきちんと処理してあるわね。ソースの爽やかな酸味が脂のくどさを打ち消していて、食べ続けていても飽きがない。うん、これはメニューに入れていいわね」
「! ありがとうございます! 今回は野いちごをアクセントにしてみたんです。生のままだと少し癖があったんですけど、ハーブと合わせて酸味を抑えてみました」
テーブルの上の2人は美味しいお肉で会話を進めているが、ユルモはまだ手がつけられないでいた。
「ユルモはどう? 美味しく出来てると思うけど、ザンダラとの味付けの違いは……あら? まだ食べてないじゃない。もしかして肉は苦手だった?」
「……いえ、そうではなくてですね……?」
「ああ、熱すぎましたか。犬は熱いのは良くないとか?」
「……いえ、私は人間なのでそれはいいんですけどね……?」
「? もう食べたあとだった?」
「あの、私は人間なので、その、ナイフとかフォークとかを使いたいんですが?」
「? 犬じゃないんですか?」
フェルの言葉にユルモは激しく落ち込む。
確かに今の見た目は犬だが、中身は成人女性だ。這いつくばって食事をするのには忌避感がある。
それを説明すると、ヴィクトリアは難しい顔をした。
「気持ちはわかるけど、今は諦めるしかないわ」
「な、なんでですか? 魔法のことを知ってるなら解除したりとか、できないんですか?」
「その魔法って一応分類としては防御魔法だから、外から解除しにくいのよ。壊れるくらいダメージを与えれば無理やり壊せるけど、その場合には少なからずあなたにも影響がある。それに私も犬を殴ったり叩いたりはしたくないしね……」
ユルモはヴィクトリアの魔法破壊案を想像するが、ただの動物虐待だ。それにその暴力が自分に振るわれているというのも、想像しただけで寒気がする。
「あ、前に聞いたことがあるんですが、防御魔法や結界を破壊する魔法ってありますよね? それなら……」
「存在はするでしょうけど、今この場で使える人間がいないんだから意味ないわ」
「そ、そうですよね……」
「一応フォークを用意しましたが、使えますか?」
フェルは地面においた深皿を拭いてからお盆に置き直し、その横にフォークを添える。ユルモはなんとかそれを取ろうと犬の前足で必死に触るが、フォークは転がるだけだった。
「……無理です」
「哀れね。仕方ない、ほら。あーん」
「…………あーんむ。……!? おいひいれす!!」
ヴィクトリアは深皿の肉の1つをフォークに刺し、ユルモの前に持っていく。
ユルモはそれも子供扱いされているようで若干の抵抗があったが、肉を口に入れた瞬間どうでも良くなった。
美味しい。美味しすぎる。
今まで食べてきた肉とは比べ物にならないほど美味しく、長い空腹もあってかヴィクトリアが用意する次を待っていられなかった。
気がつけばユルモは深皿に顔を突っ込むようにがっつき、肉を頬張っていた。
「おいしい、おいしすぎます! これがボアの肉!? じゃあ今まで食べてきた肉は、木の根っこみたいなものですよ! ああ、おいしい!」
「……美味しいならいいわ。さ、私たちも食事に戻りましょ」
「そうですね」
ユルモは今までヴァルデスと共に居たストレスから開放された。初日に食べさせられた不味い魚の記憶と相まって、その反動が食欲になって現れた。
結局彼女は2度もおかわりをして、ヴィクトリアたちの話はすっかり忘れ去られていた。
◆エル
ヴァルデスは死んだ。それはもう、疑いようもなく死んだ。
だけどボクの魂はまだそこにあった。
(今回は負けを認めよう。悪役が正義の味方以外に負けることもある。ライバルが出てきたときなんかは特にそうだ)
バランス・ブレイカーが誰のライバルなのかは置いておいて、ともかくボクは敗北した。
しかしボクはまだヴァルデスとしての本懐を達していない。そのために、少し卑怯だけどボクはヴァルデスの中に別の入れ物を用意した。
彼の血でできたアクアボールゴーレム。ハイモアを改造したときのように、ボクもボク自身の魂を別に逃したのだ。
「……いらねえ。今ステータスを確認した。ヴァルデスは死亡状態だ」
(ん? 誰かと話しているのか?)
「あいつの運動性じゃ、ふつうの罠に掛からねえと思ったんだ。知ってるか? 獣人は五感を強化した上で、超人的な第六感が働くんだとよ。実際それっぽいスキルもあっただろ。だから俺自身が囮になって戦えば、空間爆破作戦が上手く決まると思ったんだが…… 実際はこのとおりよ。戦いにすらなってねえ」
どうやらトラマルは通信機のようなものを持っているらしい。相手の声は聞こえないし、身体を動かしてどのようなものか確認することもできないが、病院で医者が電話していたときの雰囲気と似ている気がする。
それにしても戦いになっていない、か。相手の攻撃を受けて戦うのが悪役なんだから、一撃で仕留めにかかる方が悪いんだ。
正義の味方はそんな卑怯な真似をしない。その場の全員に見せ場を作って、最後は合体技で止めを刺すんだ。……数の暴力じゃないかって? 戦闘員がいっぱいいるからノーカン。
「だとしても俺は死なねえよ。知ってるだろ? …………そういう依頼だしな。第6王女の殺害犯の死体がなければ、第1王女にも疑いの目がかかるんだとよ」
メルシエの予想通りバランス・ブレイカーの裏に居たのは王族だった。彼女と共に行動していたら際限なく敵が現れただろうから、やはり逃して正解だったようだ。
正義の味方との戦いなら歓迎するけど、彼らはどうもそういう雰囲気じゃないしね。
「だが賭けは俺の勝ちだ。次生まれ変わったら、もっと上手くやるんだな」
いつの間にかトラマルの通話は終わっていたらしい。勝ち誇ったようにそんなセリフを吐き、ヴァルデスの死体を担ぎ上げた。
どうしようか。卑怯な戦法で殺されたから、ボクも今突然動きだして、彼の首を掻き斬ってやってもいい。
実に悪役らしくて卑怯だけど、ボクがどこに運ばれるのかも興味があった。
トラマルの使用していた爆発する銃弾。あれは正しくボクの求める爆薬だ。ボクが運ばれる先が彼らの本拠地なら、そこになにかヒントがあるかも知れない。
彼を殺すだけならいつでもできるが、爆薬のヒントはそんなに多くはないだろう。ボクは期待を胸に、もう少しだけ死んだままでいることにした。
◆
「おう、戻ったぜ」
「おお! 作戦は成功したか! そいつがヴァルデス、獣人の分際で手こずらせおって……!」
バランス・ブレイカーの技術は凄かった。
彼らは既に自動車を開発、運用できる段階になっていてた。それどころかその車はこんな道とも言えない森の中のオフロードを、ガッタンガッタン揺れながらも問題なく走った。
「こいつに何人の部下を殺されたことか。忌々しい。できることならもう一度殺してやりたいくらいだ」
「王女殺しの犯人だからな。生き返らせるのは無理でも、死体を動かすのは簡単だ。第1王女からは公開処刑にするため、そこまで処理してから王都へ運ぶように言われている」
「冗談のつもりだったが、もう一度殺せるのか。我らが王女ながら、恐ろしいお方だ。おい、この死体を倉庫に運んでおけ」
「「はっ!」」
基地のよな場所に着くとすぐに数人の兵士に取り囲まれ、ヴァルデスの死体は別の場所に運ばれていく。
トラマルが日本人だからか、顔を布で覆われているので周囲が確認できない。だけど運ばれた後の扱いは雑で、ボクは倉庫に文字通り投げ出された。
「たく、重すぎだろ」
「司令官の命令とは言え、こんなやつの死体と同じ基地にいるのはゴメンだぜ。俺は友達を殺されたんだ。なんだって死体を残しておく必要がある?」
「同感だ。俺たちは同僚を殺されている。その死体を俺たちで処理できないのは、少し悔しいな」
「言うな言うな。相手が第1王女ではこんなことでも不敬罪にされるぞ」
兵士たちは口々に文句を言って倉庫から出ていく。
静かになったので自由行動が可能かと思ったが、また別の人間が入ってきた。
「……ん? なんか今、ゾワッとしたでござるよ?」
「あ? ああ、あいつが異世界人だったからじゃねえか? 死んでても反応するんだな。それより、お前の仕事はあの死体を動くように直すことだ。簡単な命令に従えばそれでいいが、受け答えはできるようにしておけ。たぶん喉と肺は焼けてるからな」
「……拙僧は医者ではないでござる。死体の喉を直すだなんて、そんな」
「なら通信機とスピーカーでもねじ込んどけばいいだろ。じゃ任せたぜ、アリスー」
「その名前で呼ばないでほしいでござる! 拙僧はアリタカと……」
片方は声からトラマルだとわかったが、もう片方の男も異世界人だった。バランス・ブレイカーには異世界人が何人かいるのか。
アリスと呼ばれた男は投げ出されたボクの死体をペタペタと触り、深くため息をつく。
「はあ……拙僧もこんな立派な身体なら、きちんと名前で呼ばれたでござろうに。特にこの***、羨ましいでござるな……」
なんだ? 新しいタイプの変態か? 彼は喉を直せと言われていたのに、やたら下半身に興味を示していた。
「……切って拙僧のものと交換を……いやいや、それでは拙僧の大事なものがなくなってしまうでござ……しかしこのままでは使う機会も……悩ましいでござる」
なんだろう。メルシエやハイモアのときは気分が良かったけど、今はものすごく気分が悪い。
ボクはすぐにヴァルデスをゴーレム化し、彼に掴みかかった。
「!? 魔力反応!? まさか、まだ生きて……!」
「遅えよ!」
ヴァルデスは死んでもヴァルデスだ。それはゴーレム化したからと言って、動きが鈍るようなものでもない。彼が異世界人であっても、この至近距離からの奇襲は避けられなかった。
ボクはアリスの首を押さえつけ、床に押さえつける。
「かはっ……! く、苦しいでござ……」
「……ああ? お前、女なのか?」
アリスと呼ばれた男は軍人らしい制服を着ていたが、その身体はユルモ並みに華奢だ。たぶん異世界人のステータスがなければ、押さえつけた時点で潰れて死んでいただろう。
だけどボクの漏らした言葉に反応し、彼は怒りの眼差しで睨みつけてくる。
「拙僧は迷寺 有崇! 断じてアリスではござらん!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。