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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-21 はじめての敗北

また遅刻しました。楽しみにしていた方は申し訳ありません。



「お前、バランス・ブレイカーのメンバーだったのか」


 オディアールが握っていた銃に刻まれた蛇と天秤の紋章。獣人を殺す猛毒とやらも、武器商人らしいそいつらから入手したのだろう。


「お前はなぜ俺を追ってきた? いや、追えたんだ? これでも気を使って逃げたつもりなんだぜ? お前みたいなやつの体力で追いかけられるとは思えねえが……」

「へ、獣人の低能じゃわからねえか!? いいぜ、教えてやるよ」


 切断された右腕を庇いながら、オディアールは口元を歪める。彼が残った左腕で懐から取り出したのは、なにかの魔導具だった。

 黒い画面に白い方眼が浮かび、定期的に緑の点が光る。どこか古めかしいが、それはレーダーのようなものに見えた。


「こいつはバランス・ブレイカーが作り出した追跡装置だ! お前がパラゲの店に行くことはわかっていたからな! おっさんが仕留め損なったら追えるように、その装備につけてあったってわけよ!」

「そうかよ。だがパラゲほど強くもねえお前が、なぜ俺に勝てると勘違いしたんだ? 毒は効かないと、目の前にいる俺が証明してるじゃねえか」


 実際にはヴァルデスは毒殺されているから、効いているのは間違いない。だけどこうして生きて動いているんだから、同じ毒で倒せるとは考えにくいと思うけど。

 だけど彼から返ってきた答えは、ボクを驚かせるものだった。


「いいや、効くさ。ヴァルデスが死んで、中身が入れ替わってるってのは確認済みなんだよ! そうなんだろ、転生者!」

「……へえ? 面白え。そいつはどこで知ったんだ?」

「俺たちが教えてやったんだ」

「!」


 何度目かになる、なんとも表現のしにくい違和感。木の陰から現れたのは、金髪黒目の男だった。


「っと、やっぱりな。直接会うとこの感覚が嫌なんだよ」

「ボス! 助けに来てくれたんですね!?」

「あ? あー、まあいいか。お前じゃ足手まといだ。下がっていいぞ」

「っ、はい!」


 オディアールはボスと呼ぶ男を見るやいなや、立ち上がって駆け出した。


「殺すだなんだと息巻いてやがったくせに、味方が来たのに逃げるのか?」

「俺はな、お前が死にさえすればなんでもいいんだよ! 死ね犬人間! さっさと殺されちまえ! くたばりやがれ!」


 結局彼は適当な暴言を並べるだけ並べて、本当に逃げてしまった。あとからいくらでも追跡できるし、今は目の前の男に集中するか。

 ボスと呼ばれた金髪黒目の男は正規軍と同じような赤黒い鎧を着ているが、そこから漂う魔力は尋常ではなかった。左手には禍々しい片手剣、右手には大型拳銃を構え、双眼鏡のような装備を首にかけている。


「はあーあ。俺の名はトラマル。ヴァルデス、さっきのやつが言っていた悪口は一応謝罪しておこう。あいつは同じ団体に所属しているが部下じゃねえんだ。なんつーか、隣のクラスのやつの部活の後輩くらいの関係だ。つまり関係ねえ」

「そんな無関係な人間が、なぜここにいる? 俺が転生者だとバラしたんだろ?」

「俺たちがって言ったろ? お前が転生者だと特定したのは俺で、転生者仲間には共有した。それを部下に教えたのはその仲間のうちの誰かだ。あいつは足並みを揃えねえ先走り野郎ってわけ。そんでもってここにいるのは、ぶっちゃけ殺しに来た。さっきのやつとは理由は違うが、お前俺たちバランス・ブレイカーに喧嘩売ったんだってな。そりゃ当然買ってやるぜ!」

「……チッ!」


 トラマルはそう叫ぶと、後ろに飛び退りながら右手の大型拳銃を連射する。どうやら拳銃っぽいのは見た目だけで、実際にはマシンガンのような運用をするらしい。

 しかも放たれたのはただの弾丸ではなかった。発射された直後に空中で炸裂したそれはいわゆる散弾銃であり、放射される金属片はとても回避できるような量ではない。

 まるで当たればそれでいいと言わんばかりに乱射される散弾。一応の防御態勢を取るが、当たったところでヴァルデスの肉体にはダメージ足り得なかった。

 しかしそんなボクを見たトラマルは不敵に口元を歪める。


「吹き飛べ! ダストブラスト!」


 トラマルがスキルを発動。空中に散布されていた金属片が一斉に爆発し、周囲のすべてを吹き飛ばす。一発一発の爆発の威力も大きく、これはボクが探し求めていたものに似ていた。

 しかしこの程度の威力ならボクは平気だと思っていた。ただの大爆発なら既に一度無傷で耐えている。量は多くても小規模なら、何発浴びようとかすり傷にもならない。

 だけど倉庫に撃ち込まれた砲弾よりもより広範囲を吹き飛ばした今回の爆発は、いくら強靭な肉体でも必ず必要なものまで吹き飛ばしていた。

 燃焼を伴う爆発は周囲の酸素を焼き尽くし、完全に慢心してたボクはそうとは気づかずに高温のガスを吸ってしまう。


「――ッ!? ――カハッ!!」

「引っかかると思ったぜ。バカが!」


 鼻が、口が、喉が、肺が焼ける。ボクの肉体は酸素を求めて呼吸が激しくなるが、その度に致命的なダメージを受けてしまう。

 頭がくらくらして、手や指が震えている。病院時代には散々味わったけど、ヴァルデスになってからははじめての酸欠だ。

 ……おかしい。いくら爆発によって空間をまるごと吹き飛ばされたとしても、空気は戻ってくるはずだ。実際に倉庫前では問題なかった。

 それなのに、まるで密室に閉じ込められているように酸素が戻ってくることはない。

 更に身体を蝕むのは高温のガスだけではない。酸欠とは違うなにか別の要因で、力がどんどん入らなくなっていく。

 ああこれは…… ボクは知らないけど、身体(ヴァルデス)は覚えている。これがオディアールの言っていた猛毒薬、バルバスか。


「身体が強いだけのチートなんて、今日日流行んねえんだよ。スキルを連打してコンボを決める。それが今風ってもんだぜ?」



◆トラマル



 ……終わったか?

 転生者の獣人ヴァルデスは前のめりに倒れたままピクリとも動かないが、トラマルは油断しない。

 ゆっくりと後退しながら、首からかけた双眼鏡を片目だけで覗く。視界の遠近感が少し狂うが、こうしないと相手のステータスを観測できないのがこの魔導具の難点だ。


『対象は沈黙しているようだが、念のため撃つか?』


 相方から通信が入り、ヘッドセット越しに声が届く。


「……いらねえ。今ステータスを確認した。ヴァルデスは死亡状態だ」

『ふう。まったく、緊張してトリガーに指がかかりっぱなしだった。いつものお前らしく罠にかけて吹き飛ばせばよかったものを…… なぜ直接会いに行くなんて言い出したんだ? そのくせろくに会話もしていない』

「あいつの運動性じゃ、ふつうの罠に掛からねえと思ったんだ。知ってるか? 獣人は五感を強化した上で、超人的な第六感が働くんだとよ。実際それっぽいスキルもあっただろ。だから俺自信が囮になって戦えば、空間爆破作戦が上手く決まると思ったんだが…… 実際はこのとおりよ。戦いにすらなってねえ」


 相対した瞬間は竜よりも恐ろしげに感じたが、トラマルの先制攻撃に対してヴァルデスは彼が考えたとおりに防御を選択。その瞬間には勝ちを確信していた。

 大口径の銃弾なら回避されていたかも知れない。しかしこの銃が散弾だとわかると彼は回避を諦めた。というより必要がないと思ったのだろう。

 しかしそれこそがトラマルの仕掛けた罠だ。

 散弾として周囲に散らばった金属片は、その全てがスキルによって圧縮爆薬を変化させ作られたものであり、彼のスキル解除(・・)によって爆発する。

 まずこの時点で何らかのスキルだと疑っていても、回避は不可能。スキルの発動であれば多少のラグや魔力のゆらぎが発生するが、解除にはその違和感が殆どない。

 そして広範囲の爆発は瞬間的に空気中の酸素を奪い去る。ヴァルデスの所持スキルに身体回復系や状態異常回復系がないのは確認済みだったため、酸欠が有効なのはわかっていた。

 それを補助したのがトラマルの持つ片手剣だ。これは周囲の空間にデバフをバラ撒く魔剣であり、お互いの状態異常を継続させるデメリットがある。しかし状態異常にならなければ無害で便利な補助アイテムだ。

 そしてダメ押しの対獣人に特化した猛毒薬バルバス。魔物の血を引く亜人種全般に有効だが、特に獣人への影響力は凄まじい。少量でも摂取すれば軽い意識障害を引き起こし、大量に摂取すれば速やかに神経障害と運動麻痺を引き起こす。

 ただ飲むだけでも死ぬ猛毒が更に強化されている状態であり、いくら体力自慢のヴァルデスでも生きていられるはずがなかった。


『なんにしても、作戦が無事成功してよかった。混戦になってお前ごと吹き飛ばさなくてよかったよ』

「だとしても俺は死なねえよ。知ってるだろ?」

『……俺はアレを信用していないがな。それより、本当に回収するのか?』

「そういう依頼だしな。第6王女の殺害犯の死体がなければ、第1王女にも疑いの目がかかるんだとよ」

『王族同士で足を引っ張り合うなどくだらんな。迎えは用意してある。回収地点は……』


 トラマルはふっと息を吐き、天を仰いだ。

 転生者同士の戦闘はいつも緊張している。お互いに転生チート能力者。何が起きるかわからない。

 だから入念に準備を重ねて、本当なら安全に罠にかけて殺す。だけどそれが通用する相手ばかりではない。

 もしヴァルデスが先に動いたら、もしヴァルデスが防御を選択しなかったら。その時はトラマルも無事では済まなかっただろう。


「だが賭けは俺の勝ちだ。次生まれ変わったら、もっと上手くやるんだな」


 ま、聞こえるはずがねえか。

 トラマルはヴァルデスの死体を担いで、森の中に消えていった。



◆ユルモ



 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう!?


(ヴァルデスさんが、殺された……?)


 犬の姿に変身させられていたユルモは、ヴァルデスがトラマルに倒される瞬間を見ていない。

 なぜならその直前の爆発で吹き飛ばされ、今目が覚めるまで気を失っていたからだ。

 気がついたときには既に朝であり、急いでヴァルデスのいた場所まで戻ったが、そこにあったのは大爆発の起きたクレーターと焼け落ちた彼の装備品だけだった。


「……私、どうすれば……?」


 吹き飛ばされはしたが犬の姿から元に戻ってはいない。これは魔法アーマーのような性質もあるらしく、多少ダメージを受けても変身は解除されない。

 しかしそのせいでユルモ自身も元に戻れないでいた。


(ぐぅーぅ)

「そう言えば、ご飯は……? 私、この姿で何を食べたら……?」


 ユルモは焦った。ヴァルデスは良くも悪くも、もういない。昨日から何も食べていない。この姿ではどうやって食べればいいのか、そもそも何を食べるのかもわからない。

 見た目は犬だが、中身は人間のままだ。普通の食事をしたいが、こんな森ではまず食べ物があるのかすら怪しい。

 私、このまま餓死してしまうんだろうか。

 ユルモの中を漠然とした不安が襲い始めたとき、ふと焼けた肉のいい匂いがしてきた。


(……おいしそう…… ダメ元で、なんとかできないか交渉してみよう)


 喋る犬など、最悪見世物として売られるかも知れない。それでも餓死よりはマシだ。

 そう考えながら森の中を進むと、そこには2人の女性がいた。

 片方は金髪碧眼のニーム人の少女。冒険者のようなローブ姿で、串焼きにした肉の火加減を魔法で調節していた。

 もう片方はニームよりも北寄りの、薄金色の髪と透き通るような蒼い目の貴族風の女性だ。深緑のドレス姿で、花のような帽子を被っている。

 貴族と護衛? だとしたらなぜたった2人でこんな森に?

 様々な考えを巡らせていると、貴族風の女性が声をかけてきた。


「こっちを見ているのはわかってるわよ。出てきなさい」


 優しい声色だが、しっかりとした命令口調。恐る恐る木の陰から出ていく。

 ユルモが姿を現すとローブの少女は目を丸くし、貴族風の女性はにこりと笑った。はじめて会ったはずなのに、この女性にはなんとも言えない懐かしさがある。


「あなたは犬にされたのね。それは望んで? それとも彼の趣味? ああ、わかってるから安心して喋っていいわよ」

「……なぜ、わかるんですか?」


 ユルモの問に、貴族風の女性は肩をすくめる。


「私たちはあなたと同類だもの。歓迎するわ。イカれた転生者エル被害者の会にようこそ」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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