3-19 爆薬を求めて
悪役は爆発して死ぬ。なので今回は爆発して死ぬ。これはボクの中ですでに決定事項だ。
ハイモアという正義の味方をボクの手で壊してしまった以上、ボクも失敗できない。ヴァルデスは強いけどまだ幹部じゃないし、失敗は1度までしか許されない。つまりあとがない訳だ。
『エル様が勝手に設けた制限ですけどね』
「そういうこだわりがなければ、悪役なんて名乗らねえよ。ただの悪人なら俺はもう十分だろ?」
『そうですね。かなりの極悪人でしょう』
世間的には王女誘拐からの王女殺し。そうでなくても政府施設を襲撃して馬車強盗をしている。
でもそれは悪人であって、ボクの望む悪役ではない。悪役は目的を持って悪を為し、正義の味方に負けなければならない。
王女誘拐は結果的にそうなっただけだし、王女殺しは王女を助けるための欺瞞工作だ。
汚名なんてどうでもいい、むしろ名が汚れれば汚れるほど箔が付く悪役ではあるけど、メルシエから聞いた限りではこの国の王族は正しい正義ではない。だから正義の味方を釣るための売名にはなり得ない。
せっかく見つけた正義の味方ハイモアは、仮に闇の魔力で汚れていなくても王女を助けたボクを殺しはしないだろうし、なかなかどうして悪役はうまく行かないものだ。
それはそうとして今のボクの目的は爆薬だ。町には詳しくないので、とりあえず衛兵に聞くことにするか。
「おい」
「ああ? っな、なんですか……?」
適当な若者の肩に手をかけると、最初は勢いよく振り返ったが言葉が尻窄みになっていく。皮鎧の装備から冒険者なのかな。
「衛兵のいる場所か、強力な爆薬の在り処が知りたい。さっき倉庫街の方で大きな爆発があっただろ? あれが欲しいんだ」
「あ、ああ。あったな。結構揺れて、大きな煙が上がってたやつか。倉庫に保管されていた廃燃料の火災だって聞いてたが、あれ爆薬だったのか?」
当事者だから砲弾に詰め込まれた爆薬か魔導具だと知っているけど、外だとそういうことになっているのか。
「あれが火事だと? なら今頃大慌てで火消しに向かってるはずだろ。だがそうはなってねえ。なら爆発事故だろ。違うか?」
「いや、そんな事言われてもな。俺だって詳しいわけじゃねえし……」
「なら衛兵のいる場所を案内しろ」
若い冒険者は訝しんでいるが、近所の詰め所の場所を教えてくれた。
「へ、時間を取らせて悪かったな。こいつは礼だ。受け取っておけ」
「いや、いいんだけどよ…… は? 宝石……? あ、あんたいったい……」
ボクはニヤリと笑って無言で指を振る。くだらないことで高額な礼をするのは、なにかのボスっぽくて憧れがあったんだ。
ちなみに今回渡した宝石は、メルシエたちと一緒に馬車に積まれていたものだ。メルシエは物欲しそうにしていたが、こういった加工品は足がつきやすいと現金だけ持っていった。
もちろんボクは彼女たちが持っていくことをどちらも許可していないが、金を払ったほうが王女のプライドを傷つけると思ったので金貨は渡すことにした。
まあ、今のメルシエに王女のプライドなんて欠片も残っていないだろうけど。
衛兵の詰め所は門の直ぐ側にあった。しかし大きな建物なのに人の気配が少ない。最低限の門番と受付係がいるだけだ。
中に入ろうとすると、門番が滑り込んで入り口を塞いできた。受付がいるんだから入るのに問題はないと思っていたけど、違ったかな?
「……ここに何の用だ」
「爆薬を探してるんだ。1発で倉庫を吹き飛ばせるような、強力なやつをな」
「建築家を当たれ。ここにはない」
門番はそう言って一歩前に踏み出す。ヴァルデスより頭一つ小さいが、強気な態度を崩すつもりはないようだ。
「ない? そんなわけねえな。俺の倉庫には4発も砲弾を撃ち込まれたんだ。あんなに気前が良いんなら、まだまだあるだろ」
「何を言って……まさか貴様、ヴァルデスか! なぜここにいる!?」
質問と同時に門番は斬りかかってきた。ボクは飛び退いて回避するが、違ったら斬れているけど、そのときはどうするつもりだったんだろう。
「なぜって、さっきも言っただろ? 爆薬を探してるんだ」
「そういう意味ではない! お前は包囲されていたはずだ! それなのになぜ……」
普通に突破したけど、もしかしてまだ王女殺しが知られていない?
どうやってそれを伝えようかと思っていたら、市民の方から助け舟が来た。
「た、大変だー!! 衛兵さん、あんた大変なことになってるぞ!?」
「今はそれどころでは!」
「王女が殺されたんだ! 行方不明だった、第6王女が殺されちまったんだよ!!」
「なっ……!?」
門番は市民の言葉に一瞬よろめき、すぐさまボクに向かって斬り込んできた。意外とやるけど、ヴァルデスには届かない。
「貴様の仕業か!」
「指示に従わなければ殺すと言っただけだ。そして指示には従わなかった。なら殺すしかないだろ?」
「……ッ!!」
ボクが嘲るように笑ってみせると、彼の動きはさらに素早くなった。斬り下ろしからの斬り上げ、間髪入れずに次の斬り込み。この国は軍人よりも衛兵のほうが強いんじゃないか?
まあそれでもまだまだだけどね。パラゲに比べると全然弱い。
「隙だらけだ」
「ガフッ!」
ボクは適当なタイミングで回避するのを止め、脇腹に爪を立てる。鎧ごと引き裂かれた彼は内蔵が少し溢れたけど、上手く行けば死にはしないだろう。
「衛兵さん!? だ、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃねえな。手当してやれ」
今回の目的は殺戮じゃない。殺してもいいけど、殺す必要もない。ああやって生かしておくほうが民衆の目も向けられるし、かえって邪魔されにくいだろう。
詰め所に入ると、受付係がその場から消えていた。だけどボクには獣人の能力で匂いがわかる。
「隠れても無駄だ」
「ひぃっ!! こ、殺さないで……!」
出会ったときのユルモと同じような制服を着た女は、カウンターの下に縮こまっていた。武器になるようなものもないし、どこに殺される理由があるんだろう。
まあ怯えているなら好都合だ。こういう人たちは勝手にボクを慮って行動をする。ユルモもメルシエもそうだった。弱者は強者に媚びるようにできている。
ボクはそれが好きじゃないけど、こいつらはそういうものなのだと諦めることにした。正義の味方に助けてもらえなければ、悪に媚びることしかできない。
「殺されたくなければ質問に答えろ。爆薬はどこにある?」
「え、ええ……? こ、ここには、そんな武器はありません。衛兵の武装は、剣や槍が基本で、弓などの遠距離武器もない、です」
「なら銃は? あの大砲は? 俺はこの目で見たぞ?」
「じ、じゅう? な、何のことかわからないですけど、大砲なら、正規軍の管轄で…… ああ! うちと軍は別なんです! うちは町の治安維持が目的で、あんな大掛かりなことはしません!」
なるほど。政府関係だから一緒だと思っていたけど、正規軍と衛兵は繋がっていないのか。衛兵は兵ってつくけど、警察みたいなものなのか。
「ならここには何がある?」
「な、なにも……ない…… あ、ああ! あります! 1つだけ、きっといいものが!」
別にないならないでいいんだけど、彼女は必死に頭を振り絞り、何かを思い出して叫んだ。
「あいつが! ヴァルデスさんの情報を軍に売った、あの廃棄場の女がここにいます!」
◆
衛兵側の職員が被害者の情報を加害者に売るだなんて、いくら弱者でもやっていいことと悪いことがある。
正義側の裏切りなんて特に最悪だ。
受付の女にはダミーのメルシエと同じことになってもらったが、それはそれとしてボクはユルモに用があった。
「久しぶり、でもないな。別れたのは昨日の昼か」
「……!? ヴァルデス、さんが、なぜここに!?」
ユルモの恰好は給仕服ではなく制服姿に戻っていて、別れる前より顔色も良くなっていた。まあボクを見た瞬間に青ざめたけど。
「こ、殺しに来たんですか……?」
「あん? ああ、そんな事も言ったか。それはもうどうでもいい。俺の装備はこうして手に入ったしな。それはそうと探しものがある。ひょっとするとお前なら知っているかもと思って、こうして会いに来た」
今いるのは休憩室のような場所だ。ボクは適当な椅子を引き寄せてそれに座った。
「……なぜ、私の居場所を知っていたんですか」
「ここに来たのは偶然だ。探しものというのは爆薬で、倉庫に撃ち込まれた砲弾の威力が気に入った。それがないかと政府の施設まで探しに来たんだが、衛兵と軍は違うらしいな」
「砲弾!? あの倉庫には王女がいるんですよ!? なぜそんなことに!?」
ああ、そこからか。ボクは何が起きていたのかをユルモに伝えた。
話をしているうちに、彼女の顔色はどんどん悪くなる。人質になっている王女の情報を軍に伝えたら、その翌日に軍が王女を殺しに来たんだ。ユルモが自分のせいだと思っても不思議ではない。
だけどこのお話には救いがある。王女は生きているからね。責任から逃げ出したとも言うんだろうけど。
あれ、でもそうすると、メルシエが生きていることをユルモには教えないほうがよかったかな?
「……メルシエ王女が生きていると知っているのは、王女と騎士と……」
「俺とお前だけだ。言わないほうがよかったか?」
「……いいえ。その話がなければ、私はきっと自分を責めていました。それに関しては、約束を守ってもらって、ありがとうございます……」
約束? それはハイモアのことだけだったはずだけど、まあいいや。
「それでだ。お前のいた廃棄施設は、戦争時代の魔導具なんかもあるんだろ? その中にこのくらいの砲弾に詰められて、倉庫を吹き飛ばして地面を抉るような威力の爆薬はあるか?」
「……ふつう、廃棄施設に爆薬は廃棄されませんよ。ですが、そういった研究をしているのは知っています。……ヴァルデスさん、お願いがあります」
「なんだ?」
「私の知るすべてを話すので、私の命を守ってください……ここから、助け出してください!」
ユルモは床に跪いて頭を下げる。なんだか見慣れてきたけど、今回ばかりは理由がわからない。
「俺は殺さないと言ったはずだが?」
「ヴァルデスさんには、殺されないかも知れません。でもこのままいれば、私は必ず殺されます! だから、助け出してほしいんです!」
「どうしてそうなる。お前は政府側の人間で、ここは政府の施設だろ?」
「……だからです。私は廃棄施設で過去の魔導具を回収、研究していました。その成果を送るのは、軍の機関です。私は外部機関扱いですが、軍にも所属しているんです。だから王女の行方の情報も衛兵ではなく、政府軍関係者に優先的に話をしました」
「それで?」
「……軍なら、あなたを倒せると思っていた。そうでなくても、王女を救えると思っていた。だけど実際は違っていたんですよね? メルシエ王女を襲ったのは軍属の人間で、私の情報を元に倉庫にやってきたのも軍人で、彼女たちを助けたのは最初から最後まであなただけだった……!」
ボクの思惑を抜きに外から聞くとそうなるのか。まるでボクが良いやつみたいで居心地が悪いな。
「俺が嘘をついているとは思わないのか? 特にダミーを用意して逃してやった下りなんて怪しさしかないと思うが」
「……私の研究結果を回収するために廃棄場に訪れていた男の所属は、バランス・ブレイカーです。私は……! 助けを求めたつもりで、王女の敵に彼女の命を売ってしまった! 彼女が生きていることを知ってはいけなかったんです! 王女を殺しに行ったのなら、私が知っていることも許すはずがありません! あなたに頼るのは、間違っているとわかっています……! それでも、それでも私は、死にたくないんです……!」
メルシエからはニームへ戦争を仕掛けるために、ニームを王女誘拐犯に仕立てる計画だと聞いている。その時点ではメルシエは生きていたのだからやり直せばいいと思うんだけど、軍はメルシエの処遇を誘拐から暗殺に切り替えた。
表向きにはメルシエはボクが大々的に殺したからどっちみち失敗なんだけど、暗殺しにかかったという事実は軍の中に残る。
そしてそれを知るのはボクとユルモだけ。特にユルモは仮に暗殺が成功したとしても、王族の殺害に軍が関わっていると知ってしまっている。失敗したからといって、生かしておく理由はないか。
ボクとしても爆薬を知らないならユルモを助ける理由はない。
だけどハイモアもメルシエもいないし、正義の味方も見当たらない。誰かユルモを助け出そうという気概があるものが見つかるまで、彼女を飼うというのは悪くない考えだ。
「話はわかった。お前にあいつらの代わりが務まるとは思えんが、拾ってやってもいい」
「……! ありがとう、ございます!」
「ああ、ただし1つ条件がある」
悪くないと思ったけど、1つだけ彼女には問題があることを思い出した。これが無理なら、彼女には悪いけど置いていくしかない。
「な、なんですか……?」
「今度は吐くなよ? この上着は気にいっているんだ」
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