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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
71/173

3-18 通り過ぎた分水嶺



◆ザンダラ正規軍



 ――メルシエ第6王女斬首事件の発生前。


「作戦失敗だと!? この責任を、誰が取るつもりだ!」


 フートゥアでの極秘作戦の失敗。町の外に仮設された移動基地の中で、司令官は怒鳴った。

 彼に下されていた第1王女からの最初の命令は、第6王女メルシエの誘拐とニームへの移送。

 誘拐作戦は途中まで順調に進んでいたのだが、フートゥアから馬車での移送中に謎の獣人の襲撃によって作戦は失敗した。だが王女に施した呪具によって、おおよその位置はわかっていた。

 この時点では作戦は完全には失敗していない。司令官は次の作戦を立案したが、その最中に廃棄場職員からの通報によって王女誘拐犯の情報が上がってきた。幸い情報提供者が軍属の研究員であり市民たちに情報は漏れていなかったが、第1王女はこれを快く思わなかった。


 というのもこの一連の誘拐作戦はニームへの侵攻作戦の一環であり、すでにメルシエ王女失踪の件は行方不明扱いで国民に発表されている。そのため国内で見つかること自体が問題なのだ。

 事態を重く見た第1王女は、作戦内容を誘拐から抹殺へと変更を命じる。

 誰にも目撃されないようにメルシエ王女を処理し、その誘拐犯と情報提供者も消す。

 この作戦は当然ながら失敗は許されない。そのために新型兵器と王女専属の秘密部隊、バランス・ブレイカーから戦闘員2名も派遣されていた。

 しかし司令官は誘拐作戦失敗の挽回を図り、抹殺作戦に介入。


 その結果として、現場で作戦に当たっていた4部隊のうち2部隊は壊滅。残りの2部隊は無事だったが、新型兵器の魔導カノンはすべて現場に置いてきたという。

 現場指揮はバランス・ブレイカーの2人だったが、彼らは悪びれもせずに淡々と報告をするだけだった。


「ちゃんと話聞いてたか? こちとら竜をも吹き飛ばす圧縮榴弾を4発も使ったんだぜ? 人間に当たれば1発でバラバラドカーン。ミンチどころか蒸発するような火力だ。それをあんたが万全を期すためにとか言って、4発も撃ったんだ。ところが倉庫は無事だった。周囲の倉庫も、倉庫が建っていた地面も吹き飛ばしたってのにだ。ありえねえだろ?」

「そのうちの1発は例の獣人に直撃したと言っていたな? だがそいつは直撃を受けても無事に動き回り、我が軍の部隊を殺して回ったと言うではないか! なにが竜殺しの新兵器だ! なんの役にも立っておらん!」

「司令官、役立たずはあなたの部隊も同じだ。あそこに立っていたのがカカシだったとしても、今回の結果は変わらなかったように思える。むしろ人的被害がない分、そちらのほうがマシだったと考えるが」

「ふざけるな! 王女に取り入っただけの犬が、我が軍を愚弄する気か!?」


 司令官は癇癪を起こしたように机を叩きつけるが、飲みかけのティーカップが落ちて割れるだけで、2人は気にもしなかった。


「あーあー、もったいねえなあ。まあ、落ち着けって。俺みたいな若造がおっさん相手に偉そうにしてるのはムカつくだろうけど、俺はそんなことで沸騰してるあんたを見てると気分がいいんだ。それが嫌ならクールになろうぜ?」

「これが、落ち着いていられるか! 30人上の兵を失っているんだぞ!?」

「それで済んでよかったじゃねえか」

「なんだと!?」

「おっさん、あんたも知ってのとおり、俺たちは普通の人間とは違う。この世界の理を操る存在、転生チーターだ。正直おっさんも、おっさんの部隊も、俺1人で簡単に殲滅できる」

「……チッ」


 司令官は思わず舌打ちをする。それは彼が言っていることが事実だからだ。彼らが派遣されてきた折、実力を図るために訓練と称して模擬戦を行った。

 精鋭部隊を投入し彼らを一方的に蹂躙するつもりでいたが、結果は惨敗。一騎打ちでも部隊同士の戦闘でも、欠片も太刀打ちできなかった。


「思い出したか? 俺たちは、それはもうべらぼうに強い。そんな俺たちが、なぜ撤退を指示したと思う? 相手もおんなじ存在だったからだ」

「…………なに?」


 あの場を見ていた、観測手だった男が双眼鏡をちらつかせて唇を歪める。


「やつは獣人の肉体を持つ転生者だ。正面からの殴り合いじゃ勝てる気がしねえし、圧縮榴弾を耐えたのもチート能力で間違いない」

「それには俺も同意だ。俺たちの能力を使えば勝てない存在ではない。しかしこちらも無傷でとはいかないだろう」

「それで? 勝てないなら逃げるのか? 我が部隊は戦って死んだが、お前たちはそれすらもせずに尻尾を巻いて逃げるのか?」


 司令官は息巻くが、観測手の男は首を振って肩をすくめる。


「それならここにいねえっつ―の。ちゃんと作戦があるんだよ。いいか? あいつは王女を守るために単身で外に出て、防御のためにチートを使うような甘ちゃんだ。そこに勝機がある」

「ふん、何が勝機だ。その防御を突破できなかったのであろう?」

「圧縮榴弾ではそうなってしまったが、突破できないわけではない。そもそも我々の作戦目標はメルシエ王女の抹殺であり、あの獣人との直接対決ではない。ターゲットをメルシエ王女だけに絞るなら、俺の貫通能力だけで十分に突破できる」

「……分断をする、ということか」

「そうだ。冴えてきたじゃねえかおっさん。まだ完全には失敗はしてねえ。最初にそう言ってたのはあんただろ? まだまだ頑張り時はここからじゃねえか!」

「……うむ、そうだな。まだ終わってはいない。諦めるのが早かったようだ。時間は少ないが、次の作戦を……」


 観測手の言葉に司令官が冷静さを取り戻したところで、急に作戦室の扉が叩かれた。狙撃手の男が扉を開けると、兵士が息も絶え絶えに転がり込む。


「はぁ、はぁ! 会議中、失礼します! 緊急の、報告です!」

「何事だ? 現場の衛兵どもがやられたか?」

「いえ! そうではありません! ですが、その……」

「落ち着いて話せ。深呼吸をするんだ。吸って、吐いて。丁寧でなくてもいい。わかりやすく、何があったのかを報告するんだ」

「はっ! ふーっ! 報告します! ……メルシエ王女が殺害されました!」


 その作戦をこれからするんだが?

 その場にいた3人は、いったい何を言われているのか分からなかった。



◆ハイモア



「行きましょう、姫様」

「……ええ」


 ハイモアはヴァルデスが作り出した倉庫の裏口から周囲を伺い、人が居ないのを確かめてからメルシエを連れて外に出る。


「だ、大丈夫よね? 今のわたくしは、ちゃんと町娘に見えているわよね?」

「安心してください。全く問題ありませんよ、……メリー」


 2人の姿はヴァルデスの使った魔法によって、別人へと変身していた。彼の使う『メタモーフ』なる聞き覚えのない高等魔法は、人でなく動物にも変身できるものだった。

 しかし聞いたこともない魔法故にメルシエは人以外のものへの変身を拒否し、今は彼女の背丈と同じくらいの、どこにでもいそうな地味な娘になっていた。メリーというのも今の姿に合わせた偽名だ。

 ちなみにハイモアは男装であり、女2人での国外脱出は危険ではないか、との判断からこの姿を自ら希望した。


「致し方のないこととは言え、彼らは私を恨むでしょうね……」

「……」


 ヴァルデスが外から拾ってきた軍人たちの死体。襲ってきた者たちとはいえ、彼らは命令に従っただけだ。

 それをヴァルデスはダミーを作るために肉と骨に分解し、メルシエをモデルにした精巧なフレッシュゴーレムへと作り替えた。

 死者の尊厳などそこにはない。彼にとっては人間であろうと死体はただの肉であり、素材でしかなかった。


 ――これをあいつらの目の前で殺せば、お前はこの世からいなくなる。あとは自由だろ?


 残酷な笑みを浮かべるヴァルデスに、メルシエは本心から感謝して頭を下げていた。命乞いをしたときの演技ではなく、涙を流しながら何度も感謝の言葉を口にしていた。

 ハイモアはそれを、冷めた目で眺めるしかなかった。そして今も彼女の心は冷えている。

 私の主は、いつからこんな俗物になってしまったんだろうか。


 ヴァルデスの語っていた間違った正義。今のメルシエは正しくそれだ。

 以前の彼女は不正に対して毅然と向き合い、できる限りの手を尽くした。敵同士だった兄や姉の愚かな法案をやんわりと訂正し、現実に即したものへと改良していった。官民を問わずできるだけ平等に手を差し伸べ、公共の福祉にも尽力していた。

 それが今はどうだ。

 あの襲撃事件以降、いや、ヴァルデスに助けられたあの日から、メルシエからは何かが抜け落ちてしまった。

 以前の彼女なら、きっとあの禍々しい魔力を浴びても話し合いに臨んだだろう。

 以前の彼女なら、そうでなくても娼婦のように男に媚びることはなかっただろう。

 以前の彼女なら、そこまでしたならヴァルデスを巻き込んで戦いに身をおいただろう。

 以前の彼女なら……


「ハイモア? 次の道はどちらかしら?」

「……今の私はヘイムですよ、メリー。この通りを抜けたら、乗合馬車での移動になります。……他の客もいるので、そこでは口調に気をつけるんだぞ?」

「わかっています。……いえ、わかったわヘイム」


 不安げなメルシエの表情をみて、ハイモアの中に疑問が生まれた。

 以前の彼女とは、いったいいつのメルシエのことを言っているんだろう。

 遠い昔。政治に身を置く前の彼女は、何をするにも私を頼る妹のような存在だった。

 なら、彼女は元に戻っただけではないのか。頼りない今の彼女は、私につきっきりだった頃の、私が欲しかった妹のような存在そのものではないか。

 今のように道も分からず私を頼るだけの、可愛いメルシエ。

 そこに思い至ったとき、ハイモアの中に暗い魔力が渦巻いた。


「ふふっ」

「……どうかしたの?」

「いえ、なんでもないよ。行こうかメリー」


 ヴァルデスは間違っていた。私にあったのは正義の心などではない。

 私にあったのは、メルシエへの執着心だ。私は彼女に頼られていれば、それでいいんだ。

 かつては騎士として、メルシエの唯一の味方であった。その前は友人として、メルシエの唯一の味方であった。

 そして今も、メルシエには私しかいない。彼女には、私だけがいればいい。


 愛を知らない怪物よ。今だけはお前に感謝しよう。

 お前のお陰で、私は自分の真の望みを理解できた。

 そしてそれを叶えるだけの力も、お前から貰った。


 ありがとう。

 そして、さようなら。エル。



◆エル



 衛兵たちの包囲網を抜けたボクは、新しい目的に向かって町を歩いていた。


『よろしかったのですか?』

「なにが?」

『あの2人のことです。エル様の戦利品であり、玩具としてもそれなりに機能していたように思いますが』


 いつものようにアールは突然話しかけてくる。

 ここは一応町中なのだけど、この世界の現地人に見られれてはいけないって話はどこにいったんだろう。


『その件については問題ありません。エル様はずっと確認していませんでしたが、スキルブックのレベルは順調に上がっています。今の私の声は、エル様にしか聞こえていません』

「ああそう」

『それよりも先の2人です。前回の悪魔、ヴィクトリア・グーラ・エギグエレファは魂の契約によって繋がりを確保しています。しかし今回、2度も魔力を注いだ騎士ハイモアにはなんの縛りもありません。野に放つには少々惜しいと思いますが……』

「……俺も最初はそう思っていた。アレは俺を殺す存在なのだと、そのように作り上げたのだと、そう信じていた。だがあいつと身体を重ねたときに、俺は違和感を感じた。そしてあいつの中に自分のものを注ぐ度に、理解してしまった。あれはもう出会ったときの、俺が美しいと思っていた騎士ではない」


 ボクは魂を分離した状態で身体を改造した。ヴィクトリアさんという前例から、魂さえ無事なら身体が変質しようともその心は変わらないと思っていた。

 けど違ったんだ。


「彼女の魂は、俺が作り上げた肉体に汚染されていた。彼女の心は、俺の魔力で侵されていた。闇の魔力で手を加えたのが悪かったんだろうな」

『失敗作、でしたか』

「心なんてものにまで思い至らなかったのは確かだが、それ以外はすべて成功している。失敗はかわいそうだ。俺が傷つく」


 でもこれでわかったこともある。

 残念ながら強く輝いて見えた正義の心も、案外簡単に壊れてしまうということだ。

 正義の味方を作るのは難しいね。

 なぜ宇宙や異世界から襲いかかってくる悪の組織相手に、正義の味方がたった5人で立ち向かっていたのかようやくわかったよ。


 正義の味方になれる強い人間は少ない。

 ただそれだけだったんだ。


「今後はもっと慎重に、もっと丁寧に扱うことにするさ」

『新たな気づきがあったのなら、私はこれ以上言及いたしません。それで、このあとはどのようになさるおつもりで?』

「それなんだが、俺は今日の襲撃で自分に必要なものを思い出したんだ」


 ボクにではなく、ボクの後ろにある倉庫に向かって放たれた砲弾。

 ヴァルデスは強すぎて無傷だったけど、周辺の倉庫を余波だけで吹き飛ばし、地面を刳り飛ばしたあの威力は本物だ。

 ボクは直接蹴り上げたから知っているけど、砲弾のサイズは大きなペットボトルくらいしかなかった。そんな小さな砲弾にあれだけの爆発物を搭載できるだなんて、最高じゃないか。


「俺はあの爆薬を手に入れる。魔法なら面倒だが、魔導具ならそれでもいいな」

『スキルブックがあるのですから、そこから獲得すればいいのでは?』

「俺は武闘派、脳筋の悪役だ。もうこれ以上小賢しいことはしねえ。ぶん殴ってぶん取る。それが脳筋の美学だ」

『はあ。それで、いったい何のために爆薬が必要なんですか?』


 どこか呆れながらアールはそんなことを確認する。

 なんのためにかって? 決まってるじゃないか!


「悪役は負けたら爆発して死ぬんだ。今まではできていなかったが、いい加減お約束は守るべきだ。そうだろ? 有終の美を飾るのに、あの爆薬はちょうどいい」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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