3-17 はじめての逃亡
残酷な描写あり。
ここ最近投稿の遅れが頻発し申し訳ありません。
メルシエは泣きじゃくり、ハイモアはひたすらに彼女を宥める。
そうこうしている間に、また別の軍隊が倉庫街の周辺を取り囲んでいのくのを小窓で確認する。
今度の連中は直接どうこうしようという雰囲気ではなく、住民が迂闊に接近しないよう隔離しているようだ。
めんどうだなあ。敵が来た時点で移動したかったのに、彼女たちのせいで一向に話が進まない。自分たちが狙われている自覚があるんだろうか?
「いい加減に答えろ。あいつらは明らかにお前たちを狙っていた。それなのにこうして話をする機会を与えてやってる。面倒なら捨て置いてもよかったのに、だ。わかるか?」
「う、うぅぅ……ぐすっ」
「姫様……今は彼の言い分に間違いはありません。正直に話しましょう。話せばわかってくれると、最初に言っていたではありませんか」
「うう、ぅぐ、……うん」
ところどころ言葉に詰まりながら、メルシエは語りだす。それは昨日ボクが居ない間にあった話だ。
結論から言うと、彼女はボクを利用するつもりでいたらしい。
メルシエは襲撃犯がバランス・ブレイカーだと知っていた。
バランス・ブレイカーは王族の身内の部隊であり、ニームとの戦争計画のために犠牲にされるのだと言われていた。
もう穏やかに暮らせないと諦めていたメルシエは、偶然ボクが助けたことで新しい希望を見つけ、ボクに頼って国外に逃亡するつもりでいた。
話せばわかると思っていたけど、ボクが倉庫を開けるために魔力を使ったことで、中にいた彼女は闇の魔力の余波で心が折れた。
それで愛人でも奴隷でもいいから生かして貰うために、あんな振る舞いをしたらしい。
ところが翌朝、ついさっき正規軍が襲ってきたことで、ここも安全ではないと悟った。
彼女はそれを理由に一緒に逃げようと提案するつもりだった。だけどその原因が自分たちだけでなく、ボクがバランス・ブレイカーに喧嘩を売っていたせいだと知って、色々な感情が暴走してしまったのだそうだ。
「わたくしは……! ただ平穏に暮らしたいだけなのに……! 王位継承権は返上した! 派閥も作らなかった! 兄や姉とは距離をおいて、言われるがままに執務をこなしていた! それでよかったのに! こんな、こんなことって、う、ううぅぅ! あんまりだわ!」
王族がどういったものかは知らないけど、彼女は色々と大変だったらしい。それ自体には同情の余地もあるだろう。
だけどボクは悪役だ。そんなのは知ったことではない。
ただまあ。彼女は、というよりハイモアは相手をしていて楽しかった。ボクは命の恩人だし本来なら正当な見返りだけど、未知の扉を開いてくれたということに関してはなにか礼をしても良いかも知れない。
「話はわかった。それで、お前はどうしたいんだ?」
「え……? どうって、どうしようもないではありませんか! 私は王族に命を狙われ、居場所までバレているのですよ? 逃げたところで、その宛もありません。助けてもらったところで、それはすべて夢だったんです……! いつまでも、いつまでも続く悪い夢が、うう……!」
「そうか。話にならんな」
せっかく機会を与えても、メルシエには希望がない。やはり彼女は間違った正義だ。ここで死んだほうが、ニームとの戦争にならないだけマシなのでは?
だけどこんな荷物でも、ハイモアにとっては事情が違う。彼女の目は、まだ希望を捨てきってはいない。
「ハイモア、お前はどうしたい? 王女はこんな様子だが?」
「……私は、私は姫様の騎士だ。姫様の剣であり、盾。姫様が望むなら、どこまでも供をする」
「だが今の王女はどうだ? 自暴自棄の破れかぶれ。自分の縋りついた希望にすら、勝手に幻滅して泣きはじめる。それこそ話をする前にだ。自分の言い始めたことすら遂行できない。改めて聞くが、本当にお前はこんなものの騎士でいいのか?」
「姫様を愚弄するな! お前の目には愚かに映るのかも知れないが、今は錯乱しているだけだ」
「ふん。俺にはあれが本性に見えたがな。王女についていくのは勝手だが、お前とて死ぬのは本望ではないだろ?」
ボクが死と口にした瞬間ハイモアの目は鋭くなり、メルシエは肩を震わせる。
メルシエもわかっていないわけではない。彼女はどうせ死ぬのだと絶望しているが、別に死にたいわけではない。そこから逃れる手段を知らないから絶望しているのだ。
そしてハイモアもそうだ。彼女は正義の味方だから、本当に最期までメルシエのそばにいるだろう。きっとメルシエが殺されれば彼女は死ぬまで、いや死ぬために戦い続けるかも知れない。
だけどそれが本懐ではない。ハイモアも本当ならメルシエの希望に沿って、彼女に穏やかな暮らしを送らせてあげたいはずだ。
そうでなければ、ボクが馬車から拾ったときにあんなに必死に、あんなに大切そうに王女を抱いているはずがない。
彼女たちに共通しているのは無知だ。ボクはゴーレムの力の片鱗を見せたはずなのに、彼女たちはそれを忘れている。
特にハイモア。君の内蔵を作り出し、君の身体の傷を修復したのは誰だと思っているんだ。
悪役に不可能はないんだよ。正義の味方に勝つ以外は、ボクはなんだってできる。
「本来なら俺から助けるのは不本意だが……どうせお前らは足手まといだ。この場は助けてやる。あとはお前たちでどうにかするんだな」
◆フートゥア
正規軍が倉庫街で大捕物を失敗した。
そのニュースは、何も知らされていなかったフートゥアの衛兵隊を大きく混乱させた。
「指揮官は誰だ! 町での活動報告は聞いていないぞ!?」
「それが極秘作戦だとかで、何度問い合わせても教えられないの一点張りです」
「倉庫の管理者から苦情が来ています! いくつかの倉庫が破壊されているらしく、利用者への補償はどうなるのかと」
「爆発に巻き込まれたと、市民にも被害者が出ているようです!」
「……まずは現場の封鎖だ! 状況は不明だが、軍の兵器が取り残されているのはマズい。とにかく現場へ一般人を入れるな!」
衛兵たちはどのような経緯があったかは知らないが、大きな爆発が起きたのは知っている。
人通りの多い地域ではなかったため、幸いにも人的被害は衝撃で転んだり、煙を吸ってしまったものが数人いる程度で済んでいる。
だがそれでも一般人に被害者が出ており、被害者にとっては衛兵も軍人も同じ国の機関の人間だ。非難は裂けられない。
であれば少しでも傷を広げないためにも、衛兵たちは現場の封鎖、及び物品の回収に向かう。
そこで衛兵たちが見たのは、想像以上の惨状だった。
「……こりゃひでえ。軍は何を相手にしたんだ?」
「うっ、おえ……!」
「予想以上に面倒な状況だ。とにかく死体を隠せ! 衆人は散らすんだ!」
いったい何人居たのかわからないほどに損壊した軍人の死体と、夥しい量の赤黒い血溜まり。
大砲の向いている方向にあるのは、無傷の倉庫と陥没した地面。周囲の倉庫は吹き飛んでいるのに、その倉庫が無傷なのも意味がわからない。
死体は倉庫の正面だけでなくその裏にもあり、そちらにあった大砲は一部が引き剥がされるように破壊されていた。
「……こちらの死体は、まだマシだな」
「胴体を真っ二つ。鎧の後ろまで貫通してるなんて、どんな威力の魔法だよ」
「魔法、じゃないのかもな」
死体を回収しに来た衛兵たちは、大砲周辺で血まみれの足跡を見つけた。
大柄だが2足歩行で、その足跡は次第にかすれていくが確実に倉庫に向かって伸びている。
「軍を殺したやつが、まだそこにいるのかよ。俺もう帰っていいか?」
「ばか言え。俺が報告に向かうから、お前はここの保全をするんだ」
「……アホなこと言ってる場合か。今すぐ逃げるぞ……!」
この倉庫街にある倉庫は全て同じ構造で、出入り口は正面に1つだけ。倉庫からの距離も離れていたため、彼らはある意味で少し安心した状態で作業をしていた。
そう、つい先程まで倉庫の裏手には壁があるだけだった。そのはずだったのに、何故かそこに扉ができていて、その扉がゆっくりと開いたのだ。
中から現れたのは、大柄の獣人。それを目視した瞬間に、衛兵たちはその場を逃げ出した。
「後ろにも居たのか……それよりも、死体を集めておくなんて気が効くな」
大柄の獣人は衛兵が輸送用の荷車に置いた死体を奪い、すぐに倉庫へと戻っていく。
「おい、見たか? 獣人が死体を盗みやがった!」
「獣人が人を食う噂は、本当だったんだ……!」
「だがこれで何があったのかがはっきりしたな。軍はあいつに殺されたんだ。すぐに指揮官に報告するぞ!」
彼らは死体と大砲の回収を諦め、すぐにその場を去った。
――衛兵たちが現場を包囲してから1時間後、倉庫正面で次の事件が起きる。
「――ッ! ――!!」
「この女が殺されたくなければ、道を開けろ!!」
「あれは……メルシエ王女!? 行方不明だったはずでは!」
「あいつに掴まっていたということだろう! だがどうする、人質にされているぞ!?」
報告にあった倉庫の中の獣人が、人質を連れて正面から現れた。
男が抱えているのは数日前に行方不明になっていたメルシエ王女であり、口を塞がれ、その首には刃物が当てられている。
「人間ども、そこをどきやがれ!」
「くっ……ここで退けば我々の面目まで潰れてしまう……!」
「それよりもメルシエ王女だ! 彼女を助け出さなければ、最悪全員の首が飛ぶ!」
「しかし軍が勝てなかった相手です。交渉に応じなければ我々の命も……」
獣人は周囲を警戒しながら、ゆっくりと進む。そして時折人質を見せつけるように抱え直す。
「早く言うことを聞け! 早くしねえと……!」
「!? ――――ッ!!!!」
「ま、待て! 早まるな!」
「メルシエ様!?」
遅々として進まない衛兵たちの対応に、獣人は人質の首に当てた刃を少し引く。たったそれだけの動作だが、メルシエの首からは血が流れた。
王家の人間への敵対行為は、侮辱ですら重罪だ。それが物理的な攻撃となると、程度に関わらず死罪は免れない。
しかもそれは手を下した本人だけではない。防げなかった周囲の人間も、同様に罰せられる可能性がある。
それが人質となった王女と、その場に居たにも関わらず動けなかった衛兵だとなれば……
「お、おのれぇぇ! 全軍突撃! 王女様を救い出せ!」
「「「うおおおぉぉぉっーーーー!!!!」」」
衛兵たちにはもう後がなかった。王族の血が流れたら、そこに交渉の余地はない。なにせその場にいただけで自分たちが罰せられるのだ。ならばもう、一縷の望みにかけて全力で救い出すほかなかった。
それで失敗したとしても、どうせ死ぬのだから結果は同じだ。
「――ッ!!」
獣人はそれを見てニヤリと笑い、メルシエの首を刎ねる。
「な、ああ、ひ、姫様ー!!」
「ハッハッハハハハハハハァッ!! これがお前らの忠誠心の結果だ! これはくれてやる。あばよ!」
「ひっ!?」
嘲笑う獣人は突撃する衛兵たちに向かってメルシエの首を投げ込み、全員がそれに気を取られているうちにいつの間にか消えていた。
メルシエ第6王女斬首事件。
その犯人は後に剣闘士であった獣人ヴァルデスが起こしたものだと発覚するが、犯人消息不明のまま幕を閉じた。
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