7 はじめての人質
新連載です。残酷な描写があります。
「た、旅の人ですよね……? 来たときに見ました! あ、あの助けください……!」
ボクに縋りついてくる耳の尖ったお姉さんはボロ布を身体に巻いているだけのようで、少し動くとすぐに素肌が見えた。隙間から見える足は土に汚れていて痣だらけで、きっと奴隷としてひどい目にあっていたように思える。ふつうなら助けたほうがいいんだろう。
だけどボクは困っていた。
だってボクは悪役になるために来たんだから。
「うーん。お姉さんが助けてほしいのはわかったけど、ボクはそういうのじゃないからなあ」
「で、でも! さっきあの盗賊と喋っているのを聞きました! それと、戦っている音も……!」
「聞き間違いじゃないかな? ボクは戦ってないよ」
そう、ボクは戦ってない。ファイアボールを撃ったのは認めるけど、不意打ちを浴びせて安全な距離から一方的に殺しただけだ。正義の味方と悪の怪人の、手汗を握るような戦いでは断じてない。
「それにさ、ボクが言うのもなんだけど、こんな子供に縋りついてて恥ずかしくないの?」
「……えっ?」
「お姉さんが何者なのか知らないけど、ボクだって村長に監禁されそうになってここに連れてこられたんだよ? たまたまあの人が油断してたからなんとかなったけど、真正面から正々堂々戦ったら普通に殺されていたと思う。ボクよりも背が高いし、体格もよかったし、武器も持っていた」
過小評価しているわけではない。出会った直後に襲われていたら、あのナタで一撃でおしまい。運よく避けても2度も3度もは避けられないから、やはりそのうちに斬られて死んでいただろう。だから大人しく着いてきたわけだし。
ファイアボールだって至近距離で撃ったからわからなかっただけで、玉の速度はそれほど速くない。それにちゃんと防御されると見た目以上にダメージがないのを、ボクはスキルを得たときに知っている。
さらに悪いのはこの村の状況だ。村長の話が事実ならこの村に住んでいるのは全員が盗賊であり、うまく倒せてもその前にかならず仲間を呼ばれる。そう考えると、さっきの叫び声が聞こえていたかもしれない。誰も来ないことを祈ろう。
結論は、やはり運だ。村長の油断と、不意打ちだったからこその威力。それが組み合わさったことでボクは勝てた。もう一度やれと言われてもできないだろう。
「で、でも、少なくとも今はあの男を倒したのでしょう? だから無事なわけですし」
そんなボクの考えを知らずに、お姉さんはなおも縋りついてくる。汚れるから触らないで欲しいなあ。
そういえば、ボクはこういう人たちに一度聞いてみたいことがあったのを思い出した。
「……ボクは前から気になってたんだけど」
「はい?」
「なんで弱い人たちって助けられるのを前提に考えているのかな、って。今だってすぐに助けを求めたし、ここまで来た盗賊が倒れてると思うなら勝手に逃げ出せばいい。なのに今もボクに縋りついている。こうして話をしている時間だって、逃げ出す時間になるのに、戦えないなら時間のムダのはずなのに、お姉さんはなーんにもしない。なんで?」
これはボクが毎回人質を見る度に思っていたことだ。正義の味方と悪役の他に、もう1つ妙な役割を持つ存在があった。
それは一般人たちだ。もちろん普通の人たちが怪人と戦えないのはわかっているけど、それでも少しだけおかしいなと思っていたことがある。
彼らは行動をしないのだ。人質になった彼らは助けを求めるばかりで自分たちでは脱出する努力をせず、いざ正義の味方が来たら一目散に逃げていく。そのエネルギーがあるならみんなで助け合えば、正義の味方だってもっとスムーズに助けられたかもしれない。
もちろんそれは悪役が怖いからだというのも、そうしないとお話が成り立たないからだというのもわかっている。わかったつもりでいた。
でも実際はどうだろう。目の前で蹲って震えている耳の尖ったお姉さんは、その逃げることすらできていない。怖い悪役はもう居ないのに。これは毎週繰り返されるお話でもないのに。
「なんでなのかな。じゃあいいよ、教えてあげる。ここまで一緒に来た村長の盗賊はボクが殺した。真っ黒な炭になるまで魔法で焼き続けた。もう動かないよ。ほら、もう安全でしょ? さ、早く。なんで逃げないの?」
「あ、あの……それは、私は……」
「そんなつもりはなかったけど、ボクはもうお姉さんの助けをしたよね? まだなにか助ける必要があるの? 暗くて分かりづらいかもしれないけど、ボクとお姉さんの格好はそんなに変わらないよ? 靴もパンツも穿いてないし、この服だってすごく薄っぺらい。食べ物もお金も持ってない。ボクは今日ここに来たばかりだから、どっちに行けば町があるかもわからない。そんなボクに、まだなにか頼るの? 教えてよ。これ以上何をボクに求めているの? 何から助けてほしいの?」
お姉さんの目に涙が溜まっているのがわかる。
あーあ、これだから守られる側の存在は嫌いなんだ。助けられると信じて待つだけで、何も行動をしない。いざ助けても、それ以上の助けを求めて動かない。産まれたばかりの雛鳥より厄介だ。ボクにこれ以上何を助けろっていうのさ。
でも、ああそうか。ボクは1つ理解した。だから悪役が必要なんだ。
助けに来ても動けないような、どうしようもないものまで正義の味方は助けないといけない。それを間引くのが悪役の仕事なんだ。
ボクは勘違いをしていた。正義の味方が来たときに逃げ出せる一般人だけが、いい一般人なんだ。それ以外の一般人がお話に出てこないのは、悪役がきちんと間引いているからだったんだ。
なら、それを実行しないとね。だってボクは正義の味方のための悪役なんだから。
「あの、でも……その……私、私は……」
「いいよ。ボクはもう理解したから。助けてあげるよ」
「! 本当に!?」
うん、助けるとも。助けに来ても動けないゴミまで助けないといけないのは、正義の味方にとっても大変な負担だ。
だから助けるよ。それが悪役の役目だから。
「ファイアボール」
「え!? あ、な、いや、いやあああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!」
いやだなんて、助けてって言ったのはお姉さんなのに、最後までワガママな人だった。でも勉強になったから今回は許してあげよう。
腐った匂いのする部屋に少し煙ったい、だけどどこか香ばしい匂いが混じった。
◆
合計2つの人の形をした炭を作ったあと、ボクは地下室を出た。結局盗めるものはここにはなにもなかった。
「ああ。村長の家に行けばなにかあるかも」
盗賊だった村長はもういない。なら鍵を壊して入っても誰にもわかりはしない。幸い村長の家はすぐ後ろなので、すぐに侵入できた。
「高く売れるって言ってたし、金貨とかないかなー」
暖炉にあった火かき棒を手にとって、手当たり次第に家具を壊して回る。悪役はいちいち引き出しや戸棚を開けるなんてことはしない。ぶっ壊して散らばったものを手下の戦闘員に回収させるのだ。
ま、戦闘員役もボクなんだけどね。
そうしていくつか家具を壊していると、ジャラジャラと音を立てて落ちるものがあった。それは花瓶に隠されていた布袋。壊したついでに穴が空いてしまったようだが、床に落ちたのは探していた金貨や銀貨だった。
「はっはっは、やはり隠していたか! すべて回収しろ! はっ、わかりました!」
1人で怪人と戦闘員ごっこをしながら、穴の空いていない袋に金貨を移す。金は重いと言われていたが想像以上の重量だ。これはこのまま持って歩くとまた穴が空いてしまうだろう。
「かなり重いな。こんなことならあのお姉さんに手伝ってもらえばよかったかな? でも人助けは悪役のポリシーに反するしなあ。ああでも捕まえて強制労働させるのは悪役らしいし、何が正解だったんだろう」
殺したことに後悔はないが、あれの使い道が人質以外にもあったのだと今更気がついて少し反省をする。なにか有用な入れ物はないかと探すが、他には木箱くらいしか見当たらないし、それはボクが火かき棒で半壊させていた。
入れ物のことは諦め革袋に硬貨を詰めて、結構な家具を壊した。さて、次の悪事をしよう。
「強盗と放火はセットじゃないとね」
別に恨みはないが、家主が燃えているのだから家も燃えるべきだろう。ガソリンや灯油のように便利な油はないが、ランプがあるのは確認している。それを床に叩きつけ、ファイアボールで火種を作った。
「意外と燃え広がらないな。でもゆっくり燃えるほうが逃げるまでの時間稼ぎになるか」
ボクは硬貨の詰まった袋を背負って外に出た。家の中は意外と熱が籠もっていたようで、夜風の涼しさが心地よい。
「ふは、あははは。あっははははははは!! 異世界、サイコー!」
炎の弾ける音と硬貨の擦れる音を聞きながら、ボクは闇に消えていく。
ボクの悪役人生は、ここからはじまるんだ。
◆ナクアル
「火事だー!! 村長の家が燃えているぞー!」
男の叫ぶ声で目が覚める。頭が重く、周囲は真っ暗だ。光魔法のライトニングで光源を作り出す。思い出した。私は行方不明者の捜索依頼を受けてこの村に来て、小屋を借りたのだった。
体調を整えるスキルで意識を覚醒させ、小屋の外に出る。
「ダメだ、近づけねえ!」
「諦めんな! あの中には俺たちのすべてが詰まってるんだぞ!?」
「ちくしょう! 全然消えねえぞ!」
「……どうなっている?」
外に出て、ようやくことの重大さが理解できた。村長の家が燃えている。夜空を赤く染めるほどに、炎の柱がそそり立っていた。
「もっと水をもってこい!」
「ダメだ、井戸の水じゃ足りやしねえ!」
家の周囲には男たちが集まり必死に水をかけているが、あれでは焼け石に水だ。消えるどころか火の勢いは増している。
「……仕方がない。……天門教会のナクアルが祈る。神よ、我が祈りに応え、救済の恵みを与え給え……」
簡易的な詠唱で祈ると、自分の中の魔力がごっそりと抜けていくのがわかる。だがそれは祈りが届いたサインだ。
「なんだ? 暗くなってきやがった」
「妙な風だ。風下に居るやつはすぐに離れろ! 燃え移るかもしれねえ!」
「これは……雨? 雨が降ってきたぞ!」
冷たい風が吹きすさび、月明かりを分厚い雲が覆い隠す。ぽつりぽつりと水滴が落ち始め、それは次第に勢いを増し、ついには局所的な大雨となった。
「奇跡か!?」
「これで炎は消え……」
「いやまだだ! この雨は一過性のものに過ぎない! できるだけ器を集めて雨水をため、消火作業を続けるんだ! 長くは持たないぞ!」
喜び始める男たちだったが、ナクアルは大声で指示を出す。これは所詮魔法で起こした雨だ。奇跡だと持て囃すものもいるし、実際に奇跡の魔法だが、これだけで望むような結果は得られない。
「そ、そうだ! 雨の勢いがあるうちに消しちまうぞ!」
「「「おう!」」」
村人たちは必死にバケツで水をかけ、少しずつだが火の勢いが失われていく。これならなんとかなりそうだ。
「これで消火は大丈夫だろうが…… そういえば、少年はどこに?」
先程目覚めたときには見当たらなかったような……
小屋に戻りもう一度光魔法で照らしてみるが、やはり少年はいなかった。
――村人の努力により火事は1時間と経たずに消火された。しかし、
「少年、どこへ行ってしまったんだ? まさか……」
ナクアルが村に着く前に拾った黒髪の男の子の捜索は昼過ぎまで行われたが、ついに見つかることはなかった。
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