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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-16 バランス・ブレイカー

遅くなりました。



 隊列を組んだ兵士というのは、実力が伴っていなければボウリングのピンと変わらない。


「ぎゃっ!」

「ぐわっ!?」

「ごはっ!!」

「まあ、俺はボウリングなんてしたことはないが、な」


 どんなものなのかという知識はある。しかしボールがボクでは味気ないな。

 ボクが近づいて横薙ぎに撫でるだけで彼らは死んでいく。ハイモアに殺すなと言われていたけど、こんなに弱いのでは戦い以前の問題だ。

 彼らに正義の味方の資格はない。かといって正義の、無力な民衆でもない。武器を持っているし、攻撃を実行した。なら反撃されても文句は言えない。


 爆発の衝撃で舞い上がったホコリや粉塵が収まる頃には、その場に立っているのはボクだけだった。何しに来たんだ?

 そう言えば倉庫も砲撃されたんだった。そちらを振り返ると、設置されていた地面が抉れて陥没したようになっている。だけど倉庫そのものは無傷だ。木製のはずだけど、ゴーレム化の影響力はすごいな。


『た、隊長! 大目標は無傷です! 次の指示を……!』

「声を出さなければ無事でいられたものを」


 ボクはその場から超常的な脚力で飛び上がり、先程声を出した倉庫の裏の部隊を強襲する。


「ん? あれは……」

『獣人!? あの爆発で、何故生きて……!?』

「知らねえよ。弱すぎただけじゃねえのか?」


 部隊の真ん中に着地するまで、彼らはボクに気が付かなかった。拡声器のようなものを持っている大砲の横の男が声を出すまでに2秒かかる。遅すぎだ。

 彼らは声に反応して一斉に振り返って銃を向けるが、同士討ちを恐れてかすぐには発射されなかった。

 これが銃の、そして銃で武装した兵士の弱いところだ。接近戦に極端に不利になり、味方の数が多いため実力を発揮できない。これが近接武器なら、そもそもこんなに密集していなかったはずだ。


「間抜けめ。ここには間抜けしかいないな」

「なにを……うぐぁ!?」


 まとめて殺す分にはこちらの方がやりやすいが、雑魚ばかりではやる気が起きない。いつか見たヒーローのようにくるりとその場で回転蹴りを出せば、高速の蹴りが真空の刃となって周囲の全員が一撃で死んだ。


「ば、バケモノめ……!」

「退却! 引け、引くんだー!」


 正面の部隊は粉塵の中で始末したため気が付かなかったようだが、流石にこちらでの戦闘は見られていたらしい。

 いくら間抜けでも分が悪いと気がついたのか、兵士たちは足早に逃げ出していった。馬を外していたせいで、大砲の付いた馬車はそのままだけど、かえって都合がいい。

 彼らを追いかけて殺してもいいのだが、今のボクは大砲に興味が湧いていた。発射機構がどうとかそういったことではなく、純粋に気になるものがあったのだ。

 彼らはザンダラ正規軍と名乗っていた。だけどボクが上から見たこの大砲には……


「蛇に天秤のロゴマーク。普通は隠すもんじゃねえのか?」


 さてハイモアはこれを見て、いったいどんな反応をするだろうか。

 それにしても、大目標ね。つまりそれはボクじゃなくて倉庫を、王女たちを狙っていたってことだよね。

 元々訳ありだとは思っていたけど、これはなんだか裏がありそうだ。



◆???



 粉塵が晴れると、倉庫正面に展開していた部隊はひとり残らず死んでいた。


「マジかよ! いくら獣人でもあの砲撃耐えられるなんてあり得ねえだろ!?」

「……俺は獣人よりも木製の倉庫が残っているほうが信じられん」


 バランス・ブレイカー所属の観測手は驚愕のあまり双眼鏡を落としかけ、同所属の狙撃手は倉庫の扉を狙ったまま息を吐く。

 彼らはフートゥア外壁の上から作戦の推移を見守っていた。

 距離があるため倉庫から出てきたヴァルデスの声は聞こえなかったが、現場の指揮官の声は通信で聞いていたため、相手が命令に従わなかったことはわかる。

 直後に作戦通り倉庫を狙っての砲撃。4方向からの十字砲火は、ヴァルデスの特攻によって1発は防がれた。

 問題はその自殺行為をした男が全くの無傷であり、更に本来の目標である倉庫までもが無傷だったことだ。


「ああクソ、どうなってやがる!? あの砲弾は竜だって仕留められるんだろ!? 隣の倉庫は衝撃で吹っ飛んでるのに、なんで俺たちの目標は無傷なんだ!」

「それはこっちが聞きたい。俺の狙いがズレているから、確実に倉庫に影響はあった。数十センチ狙いが上に、というより目標が沈んでいるな」

「……なら結界や空間防御系じゃねえ。だとするとなんだ? 倉庫そのものを強化しているのか? それこそありえねえだろ。リソースの無駄遣いだ」


 観測手は再び双眼鏡を手に取り、倉庫の状態を確認する。彼の双眼鏡は鑑定能力を付与させた特別製だ。しかし弱点もあり、一定時間注視し続けなければ能力を発揮できない。

 イライラしながら鑑定結果を待っていると、別動部隊の通信が飛び込んできた。


『た、隊長! 大目標は無傷です! 次の指示を……!』

「……チッ!」

「連絡は通信で行なえと言い含めていたのだが、やはり現地人にこの技術はまだ早かったか」

「あれじゃ居場所を教えてるようなもん……なんだそりゃ!?」

「跳んであれか。本当に生物かも疑わしいな」


 ヴァルデスは声の方向に向かって助走をつけ、飛んだ。アレは跳んだなんて表現は似つかわしくない。彼は外壁を飛び越えるレベルの跳躍で宙に舞い、空中で落下地点を定めて垂直降下する。


『獣人!? あの爆発で、何故生きて……!?』


 別働隊の班長は落下してきたヴァルデスに驚愕し、その直後に血煙となって死んでいった。彼が何をしたのか見えなかったが、足が血で汚れていることからおそらく蹴り殺したのだろう。


「……アレだ。カワセミだ。昔テレビで見た。あの空中からの奇襲、回避なんてできるわけがねえ」

「同感だが、アレはミサイルだろう。カワセミはあんなふうには殺さない」


 観測手はヴァルデスを鳥に例え、狙撃手は兵器に例えた。お互いに視線を交わし、現場の残っている部隊に指示を出す。


「おい、残っている部隊はすべて撤収しろ。お前らじゃ絶対勝てない。作戦失敗だ。繰り返す、作戦失敗。すぐに撤収、急げ!」


 ヴァルデスが追うつもりなら逃げられないだろうが、観測手は一応上官としての指示を出す。

 もっとも本来ならあんな無能な部下たちは居なかったのだが、軍部が別作戦の失敗を挽回したいと強引にねじ込んできたのだ。

 そのせいで今回の作戦も失敗したため、もう少しすれば責任者の首は胴体に別れを告げるだろう。


「あーあ。俺たちの試作品を有料で実験してくれる、いいおっさんだったんだけどな」

「そのせいで調子に乗ったんだろう。無能ほど他人の力を自分のものだと勘違いする。……おい、あの獣人が魔導カノンに接近しているぞ。破壊するか?」

「……いや、破壊はないな。弾道を辿られるとマズい。本体を一撃で仕留められるならともかく、圧縮榴弾で無傷だったやつだぞ? イケるか?」

「貫通性能を限界まで付与すれば、あるいは……」

「ならダメだな。俺たちも撤収しよう」


 観測手は展開していた機材をまとめ始め、狙撃手は黙って頷き銃を片付ける。


「気にするな。この借りは必ず返すさ」


 観測手は狙撃手の肩を叩いて、双眼鏡をひらひらと振って見せる。


「鑑定は間に合ったのか」

「まあな。と言っても精査にはまだ時間がかかる。次に会うときは、きっちり対策して沈めてやるぜ。俺たちは神をも黙らせる異世界チーター集団、バランス・ブレイカー。あんなバケモノでもスキルが割れればただの獲物だってのを、わからせてやろうぜ?」

「……そのダサい名前はどうにかならなかったのか?」

「わかってねえな。このダサさが良いんだよ」



◆エル



 破壊した大砲の一部を担いで倉庫に戻ると、また王女メルシエが頭を下げていた。ハイモアはボクの持ってきた装備に着替えているのに、メルシエは未だに半裸のままでシュールだ。


「……今度はなんだ?」

「申し訳ありませんヴァルデス様。わたくしから奉仕させていただくと宣言しておきながら、騎士よりも早く果ててしまいました。ハイモアに伺ったところ、その、朝まで楽しんでいたとか。主として本当に不甲斐ない思いです。いつかわたくしの身でも満足いただけるように、これから毎日精進いたしますわ!」

「……そうか」


 てっきり外を取り囲んでいた軍のことかと思ったが、この王女はどこまでもハッピーな頭をしている。人生楽しそうでいいね。

 まあそれは置いておいて、今用があるのはハイモアの方だ。

 王女を見ていたたまれない顔を浮かべる彼女に大砲の破片の刻印を見せると、急に表情が変わった。


「……バランス・ブレイカー、か」

「やはり間違っていないようだな。どうだ? 俺は犯人じゃなかっただろ?」

「あ、ああ。そうだな。……助けてくれて、本当に感謝する……」


 ハイモアの歯切れは悪く納得しきれていないようだが、今回ボクも襲われたことでボクとバランス・ブレイカーは無関係だと証明できたはずだ。

 ああでも、これは最初の襲撃犯がバランス・ブレイカーだという証拠にはならないな。

 そんな事を考えていると、メルシエが複雑そうな表情で大砲を見つめていた。


 というか、そうだよ。倉庫は無傷だけど倉庫のあった場所、地面は多少吹き飛んで崩れている。現にこの倉庫は傾いているんだ。いくらアレな王女でも、それに気がついていないわけがない。

 戦闘と言えるのは砲撃くらいだったけど、それでも倉庫に直撃していたはずだし、音くらいはしてたはず。

 一度襲撃されている王女が、それを知らぬ存ぜぬで通せるはずがない。

 ボクは大砲の破片を適当に投げ捨て、王女へと目を合わせる。


「これからのことも踏まえて、1つ確認しておく」

「なんでしょうか?」


 メルシエは笑みを浮かべるが、昨日ほどの明るさはない。


「お前は、お前を襲った連中のことをどこまで知っている?」

「……それはどういう? わたくしはもう、あの悪夢から開放されたのです。それだけで十分です。これ以上、ヴァルデス様のお手を煩わせるわけには……ひっ……!?」


 彼女は既にハイモアの身体を汚した、正しくない正義だ。彼女を助けたのヴァルデスの気まぐれであり、生かしてあるのはハイモアが騎士であるために主が必要だったからだ。

 だけど悪役としてのボクの目的のためには、メルシエは必要がない。むしろ殺してしまえば、ハイモアに復讐心が宿って好都合だとさえ思っている。

 そんなおまけでしかない色情狂がボクの質問に答えないなんて、少しは立場を理解してもらおうか。

 ボクはメルシエの首を掴みあげ、ゆっくりと締め上げる。


「貴様、姫様から手を離せ!」

「こいつが言ったことだ。自分たちの命は俺のものだとな。なら生かすも殺すも俺次第だ。そうだろ?」

「は、はははいいいぃぃぃ……!! わ、わたくし、の、い、いのちは、ヴァルデス様の、ものですうぅぅ……!!」

「もう一度だけ聞く。お前は、自分を襲った連中を知っているのか、知らないのか。どっちだ?」

「そ、そ、それは…… かはっ! は、はな、ぐる、じいぃ……」

「ヴァルデス! 姫様を放せ! それでは返答もできないだろう!?」


 わかるよ。ボクもエルだったときに首を絞め上げられた。あれは苦しいよね。

 ボクはデルガドにされたのと同じように、でもヴァルデスの身体でやると大変なことになるので、丁寧にメルシエを床に落とす。


「! 姫様!」


 今回はハイモアがすぐにキャッチしたので実質無傷だ。


「慈悲深い俺様が返事の機会をくれてやったんだ。さっさと答えろ」

「……それは……しかし、ヴァルデス様を、巻き込んでしまうことになります……」

「姫様、それなら既に遅いのです。もう既に軍を差し向けられ、しかも返り討ちにしてしまった。なにもかも、もう遅いのです……」

「付け加えるなら、俺は個人的にバランス・ブレイカーに喧嘩を売った。それに気がついてるかは知らんが、あいつらは俺の敵だ」

「まさか、そんな……!」


 ハイモアの言葉には渋い顔をしていたのに、ボクが敵対していると言ったら、メルシエの顔は驚愕に染まり、次第に表情が崩れていく。


「あ、ああ、あああああぁぁぁぁぁ!! うわあああぁぁぁぁぁああん!」

「姫様、どうか心を保ってください……」

「あああああぁぁぁぁぁああ! あああぁぁぁぁああん!」


 泣いちゃった。

 メルシエを慰めるハイモアは、ボクをきつく睨みつける。

 え? これボクが悪いの?


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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