3-15 はじめての兵器
多少卑猥な表現があります。
◆エル
ボクの中に生まれた新しい快楽。それは初めから生物としての底にあり、だけどエルの身体には必要とされていなかったので、はるか忘却の彼方にあった。
それを王女メルシエが、騎士ハイモアが、取り戻してくれた。ボクは初めてダンに食の楽しみを教えてもらったときのように、彼女たちを貪った。
気分がいい。最高にいい。
無意識に身体を動かし、何かを吐き出す度に、脳が幸福で満たされていく。
なぜ今までこれを忘れていたんだろう。ケウシュに教えてもらったはずなのに、スラーにもそれができたはずなのに、ああ、もったいない。
ボクは今まで逃していた分をすべて取り戻すように、行為に励む。
今ならわかる。ヴァルデスが無意識にハイモアの身体を求めたのは、これだったんだ。
王女の方は早々に意識を失ってしまったが、ハイモアはボクが身体を弄っただけあって、その体力も耐久力も果てることはない。結局翌日までその行為は続いていた。
「……もう朝か。ユルモは帰ってこなかったな。どこに行ったんだか」
逃げたとしてもどうでもよかった。今ボクの下にいるハイモアに比べれば、隣で寝ているメルシエに比べれば、あいつの身体に魅力はない。
ユルモのことが頭を過ぎったせいで、ふとオディアールの言葉を思い出した。なるほど、食っちまうとはこれのことだったのか。
そう考えると、彼の報酬にはちょうど良かっただろう。まあ彼に頼んだはずの装備は、なぜか自分で入手したのだが。
「はぁ……はぁ……っ、……」
「お前も疲れただろ。防具や服の他にも、ポーションや携帯食料もあるぞ。食え」
「……あ、ああ……はぁ……ふぅ……」
今のハイモアは出会ったときの姿ではなく、馬車に積まれていた淫らな下着で着飾っている。この行為の意味を知ってから、つい好奇心が湧いたのだが、恥ずかしがるハイモアは実に心に来るものがあった。
ボクが改造したとはいえ流石にハイモアも疲れ果て、足腰が立たずに横になったままポーションを傾けた。
「っ……んっ……礼は、言わないからな」
「当たり前だ。俺はそんな立場にはない。もともと誘拐犯だからな」
「…………お前、なにか変わったか?」
ハイモアはゆっくりと身体を起こし、ボクを睨みつける。
変わったといえば色々変わったけど、ああ。そう言えばボクは彼女に死ぬと脅されて、言い返せなかったんだった。
あのときのボクには明確な悪役の目標がなかった。なんのための悪なのか。その先の望みがなかった。
でも今は違う。ボクには目標ができた。この目標を見つけることができたのは、彼女のお陰でもある。
ボクは頭を下げて、エルとして、礼を言った。
「なにを……?」
「あなたには、ボクから伝えないといけない。ありがとう、ハイモアさん。あなたのお陰で、ボクには目標ができたんだ」
「……やはり、そちらがお前なのだな。お前はいったい、何者だ?」
「ボクはエル。ヴァルデスの身体を操っている、アンデッドみたいなもの、かな。でも今はそれはいいんだ。あなたのお陰で見つけることができた、ボクの新しい目標。それはあなたのような正義の味方のために、正しい正義を用意することだ」
「……正しい、正義? 何を言っている? 正しいから、正義なのだろう?」
ハイモアはすぐには理解できなかったようだ。だけどきちんと説明すればわかるはずだ。
だって彼女は既に、間違った正義の被害者なのだから。
「ボクは悪役だ。悪役は正義の味方によって倒される存在だ。だけど考えて欲しい。正義ってなんだい? 君の守るべき存在は、いったいなにかな?」
「私は姫様の騎士だ。守るべきものは彼女であり、私はそのための道具に過ぎない」
「ああ、そういう人もいるのか。でもそれは王女様が、正しい在り方のために存在しているからでしょ? 彼女が悪いことをしようとしたら、それを止めるはずだ。さっきまでの行為だって、あなたの態度を見るにとても受け入れられるものではない、不本意なものだったはずだ。ボクは気持ちよかったけどね」
「……くっ……! だが、それは姫様の決定だった。姫様には、そうしてでも生きなければならない理由があったんだ……!」
ボクは彼女に直接殺すと脅した記憶はないけど、そんなに怖かったかな?
今のハイモアの表情には、憎しみと悔しさがありありと浮かんでいる。少し前まで快楽に破顔し、嬌声を上げていた人とは思えないね。
でもボクは理解ってあげられるよ。王女の命令に従わざるを得なかった、その悔しさが。悪役に組み伏せられる正義の味方なんて、そんな屈辱はなかなかないよね。
「ボクが言いたいのはそれだよ。ハイモアさん、あなたは正しい。あなたはきっと王女を止めたんだと思う。フアンだからといってあんな行為をしてはいけないと、あなたの身体まで捧げる必要はないと、きっとそう言ったはずだ。でも王女は言うことを聞いてくれなかった」
「っ……それは……」
「やっぱりそうなんでしょ? それこそがボクの言う正しい正義、ではない正義だ。正義っていうのはね、ボクみたいな悪役と、悪を倒すあなたみたいな正義の味方、それ以外の全てなんだ。だから王女は正義だし、民衆も正義だ。でもその正義は、本当に正しい正義かな? 君の忠告を無視してそこで裸で寝ている、汚れた王女は本当に正義かな?」
ハイモアは王女に目を向ける。穏やかに寝息を立てる彼女は、全身をボクのもので汚していた。あれが王女だなんて、悪役に媚びを売る正義なんて、正しいとは言えないね。
「あれが正しくない正義の姿さ。ボクはああいったものを間引きし、正しくない正義を殺す。そんな悪役になると決めたんだ。だってそうじゃなければ、正義の味方がかわいそうじゃないか。あなたは正しいのに、あんな王女のせいでボクに汚されてしまった。そんなのってないよ。あなたもそう思っているでしょう?」
「……いいや。それでも私は、姫様の剣であり盾だ。騎士とは、そういうものだ」
振り返ったハイモアの顔は、悔しさで歪んでいた。だけどその目は正義の味方のものだ。ああ、それでいい。快楽に溺れるなんて、正義の味方には似合わない。
「そう。じゃあボクが伝えるべきことは伝えた。ここからは俺様、ヴァルデスが引き継ぐ」
「っ……! 姫様を殺すのか?」
「いいや? 今回は許す。俺は何故悪役が女を奪うのか知らなかった。だがその理由がわかった。あれはいいものだ。それを呼び覚ました王女は、飼ってやってもいい。汚れているのも、また違った魅力がある」
「貴様っ!!」
「それがあの女の望みなんだろう?」
「それは……っ! 理由があってのことで……!」
いったいどんな理由があればあんな結論になるのか。
ハイモアの続く言葉は、しかし突然の怒声によってかき消されてしまった。
『こちらはザンダラ正規軍だ!! 王女誘拐犯、獣人ヴァルデス! お前は完全に包囲されている! 抵抗は無駄だ!!』
◆
「出てこいと言われたからには、出ていくしかねえなあ」
ボクはアクアボールで身体を簡単に洗ってから、手に入れたばかりの衣装で身を包む。今朝まで続いた行為が激しかったから汚れてしまったかと思ったけど、素材がよかったのかシミ1つない。
この上着は紺色だから白いのは目立つし、少しだけ心配していたんだ。
「おい待て!」
「ああ?」
扉の前に立ったところでハイモアに腕を掴まれた。もう片方の手には、ボクが奪ってきた剣が握られている。
「お前は、外にいる兵士を殺すのか? お前は悪で、悪を討つのは正しい正義のはずだ。答えろ! 返答次第では、私が今ここで、お前を斬る!」
「なんだそんなことか。そんなもの、決まり切っているだろ」
ボクはハイモアの手を振り払って、軽く彼女の額を小突く。やはり体力は回復しきっていないようで、それだけでよろめいて腰をうつ。
「正義は正しくても、弱い正義の味方では意味がない。殺されるかどうかは、結局のところ本人の実力次第だ。お前はそこの王女を守っていろ。この倉庫は強化されているが、どのくらいの攻撃を耐えられるかは知らん」
「ま、待て……! それなら、それなら私はなぜ生かされているんだ!?」
ハイモアの言葉を無視して、ボクは外に出た。なぜ彼女を生かしたのか、だって。何度も言ったじゃないか。あなたはボクを殺す正義の味方だからだよ。
倉庫の外には、少し距離を離してたくさんの兵士がいた。彼らはこの世界では見たことのない銃のような武器を構え、慎重にこちらを狙っている。金属鎧との組み合わせがなんともアンバランスだ。
さらに彼らのその背後の道路には、馬の繋がれていない馬車があった。これは自動車の異世界風表現ではなく、その荷台には大砲が鎮座していて、たぶん大砲の音で馬が逃げ出さないように外されているのだ。
大砲の横に居た指揮官らしき男が叫ぶ。
『出てきたか、獣人ヴァルデス! 両手を上げ、その場に伏せろ!』
外に出るまではしたが、それ以上の言うことを聞く義理はない。
獣人の感覚器を研ぎ澄ませ軽く周囲を確認するが、配置されている兵士と大砲は正面だけでなく、扉のない倉庫の真後ろや、隣接する倉庫の裏にも別働隊がいることがわかった。
『早く指示に従え! 両手を上げ、その場に伏せるんだ! さもなければ……構え!』
男の指示により大砲がこちらを捉え、兵士たちも引き金に指をかける。
そこでボクは1つ疑問に思った。銃はともかく、大砲の意味がわからない。ボクへの武力として考えるなら妥当なのかも知れないけど、彼の言う通りボクは誘拐犯だ。
大砲の威力を考えると、もし倉庫に当たった場合、ふつうなら王女まで吹き飛ばしてしまうんじゃないのか?
よくよく見れば、彼らの狙いは正確にはボクではなく、ボクの脇腹の後ろにある倉庫そのもののようにも思える。
射線が下を向いているのは、銃弾や砲弾が貫通して味方に当たらないようにするためか?
「おい下手くそども。俺の頭はここだぜ? どこを狙ってんだよ?」
『……放て!』
彼らは安い挑発には乗らず、返事代わりに砲撃の轟音で応える。
その音は、計4発。目の前の1発はともかく、残りの3発は視界にはない。
やはり標的はボクではなく、倉庫にあった。
「……チッ!」
音の速さで接近する砲弾。着弾までには1秒もかからない。
だけどボクにはそれが見えていた。ヴァルデスの超人的な肉体と、獣人の超感覚が、本来なら有り得ない動きを可能にする。
接近する正面の砲弾の下に滑り込み、垂直に蹴り上げる。だけどこれは失敗だった。
軌道を逸らすつもりだったが、蹴った衝撃で砲弾は爆発し、ボクは自ら直撃した形になってしまった。
ああ、ボクはなんて間抜けなんだ。かっこよく決めたつもりが、これじゃ馬鹿みたいじゃないか。
それに、砲弾は残り3発あった。一瞬遅れて3回の爆発音が響き、倉庫街を衝撃で震わせる。
『ふん。大人しく指示に従っていればよかったものを……』
しかし間抜けはボクだけじゃなかった。粉塵が立ち込め、爆風で匂いが消えてしまったこの空間で喋るだなんて、自らの位置を知らせるだけだ。
ボクはその声を頼りに突進し、腹部のあたりを爪で横薙ぎにする。
『……なっ!? 貴様、なぜ生きて、がふっ……!!』
「!? 隊長!?」
作戦変更だ。
新衣装でバッチリ決めるつもりだったけど、こうなったら仕方がない。
煙に巻かれているうちに、カッコ悪いボクを見たやつは全員殺してしまおう。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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