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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-14 王女の計略

メルシエ視点。ヴァルデスが戻るまでのお話です。

◆メルシエ



「……うぅっ…… ここは……?」

「メルシエ様! お目覚めですか!」


 暗い霧の中を彷徨っているような悪夢の中にメルシエは居た。しかし突然霧は晴れ、目が覚めると彼女の騎士ハイモアがすぐに駆け寄ってきた。

 メルシエは周囲を見回すが、そこは狭い倉庫のような場所だ。少なくとも城の中ではない。それにハイモアの格好もおかしい。騎士の装備でも町行きの普段着でもなく、雑な布を巻いているだけのようだ。


「申し訳ありません姫様。私の失態により、このようなことに……」


 ハイモアの言葉でメルシエは悪夢の中を彷徨う前の、悪夢のような現実を思い出す。

 ザンダラとエルフの自治区の中継地シーマ。エルフの実験農地の視察ということで城を出たが、道中で賊に襲撃されメルシエとハイモアは拉致、監禁されていた。

 一応は王女という立場でメルシエは手を出されなかったが、その分ハイモアの扱いは凄惨なもので、メルシエの目の前で毎日何時間も嬲られるさまを見せつけられた。

 そしてメルシエの売却先が決まったとき、ハイモアは女として重要な臓器を失った。悪魔のような襲撃者はそれを使って呪具を作るのだという。その呪具はハイモアが死ぬまでメルシエを拘束し続け、逆に拘束が外れた場合にはハイモアが死ぬという、まさに悪夢のような拘束具だった。

 メルシエはそこまで思い出して、目の前のハイモアに抱きついた。


「ひ、姫様……?」

「ハイモア、無事で良かった……! 力のない王女でごめんなさい! あ、ああ、良かった……ちゃんと温かい、生きているのね。こ、殺されたのかと、思っていたのよ?」

「……姫様が謝ることではございません。それに、無事と言えるかは……」

「……どういうこと? 私たちは助かったんじゃ……ない。のね?」


 ハイモアはなんとも言えない表情で頷き、現在の状況を語りだした。

 賊に襲われて他国に売り飛ばされそうになったこと。これはメルシエとの情報のすり合わせによって確定した。

 そして馬車で輸送されている途中、ヴァルデスという獣人に救われたらしいこと。

 そのヴァルデスは、自分たちが過去に会った闘技場の覇者とはまるで別人であったこと。

 ハイモアはヴァルデスの人知を超えた魔法によって助けられたこと。

 特に助けられたという部分で、ハイモアの顔が歪んだ。


「姫様も知ってのとおり、私は腹を切り刻まれ、内蔵を奪われました。それによって姫様を縛る呪いを生み出してしまったこと、本当になんと言って詫びればいいのか……」

「謝らないで。それはあなたの責任ではないわ。私の方こそ、あなたをあんなつらい目に合わせて、本当にごめんなさい。でも、今は助かった、のよね?」


 メルシエは布越しにハイモアの腹部に触れる。そこは確かに元通りになっているようだが、ハイモアの顔色は優れない。


「私は、私の身体は…… 姫様、落ち着いて聞いてください。私の身体は、あの男によって一度解体されました。何を言っているのかわからないと思いますが、事実なのです。私は食肉のようにバラバラにされ、粘土細工のように身体を作り直されました」

「……悪い冗談よね? だって、あなたは何も変わっていないじゃない」

「いいえ。私の身体は、あいつにとってなにか都合のいいように改造されているのです」


 そう言ってハイモアは荷車の上にあった金鏝を手に取り、曲げた。力自慢が己の筋力を示すように、しかしハイモアは顔色を変えずに、針金のように金鏝を曲げた。

 曲げて、更に曲げて、ぐるぐると捻って、丸めて。金属の棒だったものは、金属の球になってしまった。


「……新しい手品かしら?」

「私にも信じられません。ですが、触れてみてください」

「……金属ね。とても硬いわ」

「はい。証拠としては信じにくいかも知れませんが、私の身体は、非常に強くなりました」


 強いのならいいのでは?

 常日頃から姫様のために強くなりたいと言っていたハイモアの言葉を、メルシエは知っていた。

 本人は絶対に納得しないだろうから声には出さないが。


「それはそれとして、命を救っていただいたのは事実です。それに関しては感謝をしなければ」

「しかし、やつは殺人犯ですよ? 馬車を襲ったのも、結果的に私たちは助け出されたとは言え、元はといえば金目当ての盗賊行為です。それに、闘技場の件も……」

「闘技場のことは事故です。その件は不問としています。それに……別人、なのでしょう?」

「……はい。最初から言葉遣いも本人とは違っていました。そして……私にした行為の件を問い詰めると、とたんに子供のような口調になりました。おそらくそちらが素なのでしょう。しかし素が出てからの彼は、なんて言えばいいのか、取り繕っていないせいで感情が全て表に出ているのです。その邪悪な精神性を隠すこともない、言い方は悪いですが、力を持った子供のような男です」


 メルシエはそれを聞いて、おぼろげにヴァルデスの力を持ったわんぱくな子供、程度に考えた。

 なぜその様になってしまったのはともかく、そもそも子供とは残酷なものだ。王族ではあるが子供の頃から同年代の貴族は見てきている。

 彼らは自分の親の権力を傘にして好き放題にしていた。もちろんまともな子も居たが、中には嫌いな食物をメニューに出されたという理由でコックをクビにしたり、メイドを着せ替え人形のように弄んだり、魔物を生け捕りにして冒険者と目の前で戦わせたり。

 その権力が暴力に変わっただけで、同じようなものだろう。メルシエの認識はその程度だった。


「もし考えなしの男なら、わたくしたちはその場に捨て置かれていたはずです。それをわざわざその場から運んでくれたのですから、やはりなにか理由はあるはずですわ」

「……私にもよくわかりませんが、彼は自らの死を望んでいるようなのです。自分は悪だから、正義に打ち負かされるために、私を改造したのだと」

「わたくしにも意味がわかりません。それはおいおい本人に伺いましょう」

「姫様? まさか、会うつもりなのですか? おやめください。あれは、まともな精神で相手をできるような存在ではありません」

「それを判断するのはあなたではありません。ハイモア、あなたがわたくしの心配をしているのはわかります。しかし、わたくしはあなたを召し抱える立場にあります。そうしなければ、王族として最低限の立場というものがあります」


 メルシエは普段自分の権威を誇示しない。それは第6王女という立場が非常に危ういものだからだ。しかし王族の立場として会うと明言されると、ハイモアは付き従うしかなかった。

 王女が会うと決めた以上、ハイモアはただヴァルデスを待つことしかできない。だがこんな場所では何も準備するものもなく、手持ち無沙汰に襲撃事件を振り返る。


「しかし、なぜメルシエ様だったのでしょうか。権力争いからは既に身を引き、派閥にも属していない。にも関わらず、あれは明らかに計画的な犯行でした。とても賊とは思えない、正規軍のような練度の……」

「ハイモア。これからわたくしが言うことは、襲撃犯から直接言われたことです。なので、あなたはそれをよく考えて、今後のことを判断してください」

「……はい」


 メルシエは目を閉じて、できれば信じたくはなかったが、ゆっくりと息を吐き出す。


「襲撃犯はバランス・ブレイカー。シェスタお姉様たちの子飼いの商人です」

「……なっ!? そんなまさか!? あれは、あの連合は解体されたはず……!」

「連合は解体され、多くの武器商人たちはその罪を押し付けられて処刑されました。しかし、それは全員ではありません。王族と直接取引を行っていた一部の商人は、多額の献金によってその首を繋いだのです」


 ハイモアはヴァルデスの話を思い出していた。バランス・ブレイカーの活動はザンダラだけではない。かつての敵国ニームにも拠点は存在し、そちらで復讐の機会を伺っていたのでは、というものだ。しかしメルシエの続く言葉はもっと絶望的なものだった。


「シェスタお姉様の目的は……戦争、だそうです。わたくしをニームの貴族に売りつけ、その救出を名目に侵攻作戦を展開。しかしそれは失敗に終わり、なし崩し的に国全体を巻き込む計画なのだそうです……」

「そんな馬鹿な……! いったいそれのどこに、シェスタ様の理があるのですか!」

「……金です。シェスタお姉様も、その出自故に継承権は存在しません。しかしあなたも知っての通り、あの人の生活にはいくらでも金が必要なのです。そしてその金を稼ぐのが、バランス・ブレイカー。彼らは言いました。戦いにさえなれば、武器が売れさえすれば、なんでもいいのだと」


 第3王女シェスタは、豪商の娘の子だ。当時はまだ戦時中であり、彼女の母は正当な商売としての実績を讃えられ、王族の末席に迎えられた。

 政略結婚ではあったが、それでもシェスタの母はそれを誇りに国のために尽くした。

 だが戦争は終わった。そして明るみになった、バランス・ブレイカーの存在と活動実績。シェスタの母は知らないことだったが、彼女の父はそのメンバーだった。


「シェスタお姉様のお母様はそれ以来別居にて軟禁生活を余儀なくされ、わたくしはお会いしたことがありません。そして王城に住まうお姉様とお母様以外の親族は国外追放となりました。しかしそれは表には出せない事実であり、シェスタお姉様には直接告げられていません。知らないということはないでしょうが、それ以来お姉様は人が変わったように堕落を貪り、理由が理由だけに父も、王だけでなくお兄様やお姉様方もそれを止めませんでした。……わたくしたちが甘やかしすぎた罰、それがわたくしに降り掛かってしまったのでしょう」

「……理由は、わかりました。しかしそれで、何を判断しろというのですか? 私は、姫様の剣であり盾です。相手が何者であれ、姫様のために戦います!」


 裏切り者はメルシエ様の姉だった。メルシエ様には後ろ盾が少ないが、それでもシェスタ様を弾劾できるだけの権力はある。

 時間はかかるだろうが、護衛も殺されているのだ。戦わない理由はない。ハイモアはそう思っていたのだが、メルシエは悲しげに首を振る。


「そうではないのです。お互いに国内での立場が希薄な存在ですが、それでも王族同士の争いになれば、もっと多くの人間が動きます。その流れはニームとの戦争にはならなくても、国内紛争の火種にはなる」

「……つまり、戦うな、と? 私以外の護衛は殺され、姫様もあんな目にあったというのに? 国を巻き込む戦争計画ですよ?」

「ですがその証拠がありません。それにこれほど大それたことを、シェスタお姉様だけで立案したとは考えにくいのです。……今戦争を望んでいるのは、本当に武器商人だけでしょうか? わたくしには、あと8人ほど顔が思い浮かびます」


 それはメルシエとシェスタを除いた、継承権を握る王子王女の全員だ。


「彼らは混迷を極める派閥争いに余念がありません。ザンダラは元々武を持って統治してきた集合国家です。小難しい派閥政治よりも、わかりやすい血を求めています。だから私は身を引いたのです。きっかけがシェスタお姉様の思いつきだとしても、その計画は既に彼女の手にはない。そう考えるべきでしょう」

「……戦争を起こさないために、身を引くと。戦わずに、逃げ出すと。そう、言いたいのですね」


 メルシエは黙って頷く。

 第6王女は、頭が良くては生き残れない。適度に馬鹿なふりをして、争いから徹底的に逃げなければ、いつ殺されてもおかしくはなかった。

 だがそれでもダメだった。王女だと言うだけで、彼らは逃してはくれなかった。


「あの人たちは、勝利の為なら簡単に身内を生贄に捧げます。それが同じ王族だとしても、血を分けた兄弟だとしても、その費用対効果が大きいなら簡単に切り捨てる。今その天秤が傾いた。私の命のほうが軽くなった。彼らはそう判断しただけです」


 ふっと息を吐き、メルシエは力なく天井を見つめる。


「もう、疲れました。継承権がなくても、彼らにはわたくしを殺して得る旨味があるのです。ですが、そんなことのために、国民を巻き込むわけにはいきません。少なくとも、わたくしのせいで争いが起きてほしくないのです。……ハイモア。それでもあなたは、情けないわたくしの、騎士でありますか?」

「……無論です。私は、私の忠誠は姫様だけのものですから」


 ハイモアは手をギュッと握り、メルシエに傅く。悔しかった。悔しくないわけがなかった。同僚の護衛の兵士たちは殺され、自分だけが生き残った。だがただ生き残ったわけではなく、死にたくなるほど嬲られて、犯されて、その尊厳すらも奪われた。

 復讐心はないのか。そう叫びたかった。あなたのために死んでいった兵士たちに、なんと告げるつもりなのか。彼らは報復せよと、そう叫んでいるに違いない。

 だが、それでもハイモアはメルシエの騎士だった。生き返らされたときにそう誓ったのだから、その誓いを反故にはできない。


「では、早速ですが移動をしましょう。彼らの計画は失敗しましたが、私たちの命はまだ危ういままです。すぐにでもこの場を離れなければ……」

「その件なのですが、ヴァルデスを引き入れることはできないでしょうか? 今のわたくしたちには少数精鋭の人手が必要です。彼はその条件を満たしている。そうではありませんか?」

「まさか! ヴァルデスは無理です! あれはそんな存在ではありません!」

「それは会ってから考えることです。会ってお話をすれば、きっとわかってくれる。子供のような方なら、報酬を用意すれば子供のような正義感を発揮してくれますよ」


 それは絶対に有り得ない。ハイモアは説得したが、メルシエの考えは変わらなかった。

 もちろんメルシエにも考えがなかったわけではないが、それでもハイモアは最悪の状況を想定して告げた。


「私は姫様の剣であり盾です。ですが私ではあの男に勝てません。なので姫様がダメだと判断したら、私を使って全力で媚びてください。姫様の為なら、私は娼婦にでもなんにでもなります」

「あなた、何を言っているの? そんなの考えすぎよ」


 メルシエはヴァルデスが接近する直前まで、そこまで酷いことにはならないだろうと考えていた。

 だがヴァルデスが倉庫を開けるために魔力を放ったことで、彼女の心は砕け散った。強力な魔力が倉庫全体を侵食し、その余波がメルシエの魂を撫でる。

 たったそれだけのことだったが、メルシエは自分の無力を実感した。


(ああ……無理だ。これは、人間じゃない。わたくしは、なんて愚かな勘違いを……)

「ハイモア、すぐにそれを脱いで、はやく……!」

「……はい」

「来る、来るわ、落ち着いて…… 私は犬、私は牝犬、すぅっ……お待ちしておりましたわ!」


 メルシエはヴァルデスが倉庫内に入るなり、満面の笑みで飛びついた。そこには既に王女の威厳は欠片もなかった。


 第6王女はバカでなければ生き残れない。


 戦争? 国民? そんなものはもうどうでもよかった。

 ハイモアの言葉が頭をよぎる。全力で媚びろ。最初聞いたときは虫唾が走った。わたくしの騎士がおかしくなったのかと考えた。

 でも、その忠告は正しかった。無理だ。あれ程の邪悪な魔力の余波を感じて、正気でいられる方がどうかしている。

 だから全力で媚びた。媚びて笑って跪いた。


 死にたくない。


 メルシエの頭の中には、もうそれだけしかなかった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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