3-12 はじめての全力
朝5時までは当日ってことにしてくれないですかね(遅刻)
正義の味方のために、正しい正義を作り出す。
それがボクの目指す悪役だ。
ボクのやりたいことがわかった瞬間に、なぜハイモアの言うことを聞いていたのかがわかった。
彼女が、正義の味方が望んでいたから、ボクはそれを叶えたくなっていたんだ。
正義の味方には、それにふさわしい衣装が必要だ。全裸で放置するなんて、そんなのはありえない。ボクは無意識にそれを理解していたんだ。
「おっさん。いや、パラゲさん。俺はわかったよ」
「何をだ……?」
「俺が人を殺す理由だ。確かに俺は自分がわからなかった。警備兵に武器を向けられたが、殺す理由にはいまいちだ。金のために馬車を襲ったが、その護衛の冒険者を殺す必要もなかった。何故殺したのか。おっさんに問われて、考えた。あいつらにはきっと家族や友人がいた。その残された立場に立ったとき、俺ならどうするかと考えた」
「……それで?」
おっさんの目は未だに怒りで満ちている。憎しみで顔が歪んでいる。全身から殺意が漂っている。
ボクだってイライラすることくらいあるから、彼のそういった心情がわかる。彼の言う感情の全てが足りているとは言わないけれど、それはこれから学べばいい。
「俺なら、俺の知り合いを殺したそいつを殺す。必ず殺す。どこまでも追い詰めて、同じ方法で殺す。これは怒りで、そのきっかけが悲しみだ。そうだろう?」
「復讐なら、それは怒りと憎しみだけだ。悲しみとは違う。お前は、まるでわかっちゃいない。お前には力があるからわからないんだ。どうしようもなく、絶対に打ち勝てない存在に愛するものを奪われる無力感。自分の全てがなくなったような喪失感。生きることすら辛くなる脱力感と、無気力感。世界の全てに見捨てられたような失望感と、絶望感。それが悲しみだ」
なるほど、悲しみはボクの思っていたのとは違うな。
だけど言葉で説明されて、やはりボクに悲しみはないと分かった。
病院のベッドの上で、何年も死の淵を彷徨っていた。
味のしない食事を飲み込み、飲むと苦しい薬を死なないに飲み続けた。
人体実験のような手術を何度も行い、眠っている間に死ぬのではないかと思ったことは1度や2度ではないし、目覚める度にまだ自分の身体は昨日のままなのかと諦めていた。
医者に会う度に残りの寿命を告げられて、それでも生きていると不思議な顔をされる。
おっさんのいうのが悲しみなら、ボクはもう十数年味わったし、それはもう捨てた。
もしボクが殺した人間の家族や友人が、あの深い深い絶望に囚われているというなら……
「……まあいいか。俺は諦められたんだ。みんなそのうち克服できる」
「お前が何もわかってねえということはわかった。話は終わりだ」
おっさんは立ち上がると、ボクの返り血で染まった大型ハンマーをくるりと回す。
「……話せばわかるようなら、ヴァルデスのことを話してわかってくれるようなら、お前が罪を償ってやり直せるように手配してやるつもりだった。だが無理だった。お前には人の心がない。話せるだけで、アンデッドと同じだった。エル、お前はワシがここで殺す」
「そうか。……俺は自分の目的を思い返させてもらったお前を殺したくない。それにヴァルデスが死んだら悲しむ人間がいるんだろ? それでも、殺すのか?」
「……ッ! ヴァルデスは既に死んだ! お前はその身体を弄ぶだけの悪魔だ! 黙ってその身体を返しやがれ!」
振り下ろされる大型ハンマーは、上で戦ったときよりも速い。とっさに飛び退くが、パラゲは既にハンマーを構え直して突進してきていた。
「くっ……!」
「お前は生きているだけで悲しみを生む! ヴァルデスの汚名をこれ以上増やす前に、さっさと出ていけ!」
剣と違って強力な遠心力が乗る分、ハンマーの破壊力は高い。だがそれ故に武器としては扱いづらいはずなのに、パラゲは苦もなく自在に操り、次々に攻撃を繰り出してくる。
振り下ろしに始まり、振り上げ、横殴り、その勢いを利用した後ろ回し蹴り。
ハンマーは回避し、蹴りを左腕で防ぐ。だがパラゲの一撃は蹴りですら重く、バランスを崩しかける。牽制のために空いた右腕で拳を突き出すが、そこをハンマーによってカウンター気味に防がれた。指や腕は折れていないが、衝撃で一瞬麻痺したような感覚が走る。
殴り返したはずなのに、ダメージを受けているのは自分。パラゲは間違いなく自分があった中で一番強い。
「どうした!? 本物のヴァルデスならもっと上手く動いたぜ! そんなものかよ偽物野郎!」
「嘘つきやがれ! 今の俺のほうが応力値は上なんだぞ!?」
ヴァルデスの最期のステータスに、ボク自信が得た経験値の補正が追加されている。死ぬ前よりも弱いなんてことはありえないはずだ。
だが苛烈なパラゲの猛攻の前に、ボクは手も足も出ないでいる。
彼の言葉が本当なら、いったい何が違うっていうんだ。
「クソ、ここは一度態勢を…… っ!?」
「逃がすかよ! お前は必ずここで仕留める!」
悪役らしく一度引こうかと階段に向かう。しかしその唯一の出入り口は、パラゲが投げたハンマーによって吹き飛ばされた。
「正気か!? ここは地下だぞ! 俺が死んでも、お前が死んだら意味がねえだろうが!」
「今からお前を殺そうってのにワシの心配をしてくれんのか? 安心しろ、ドワーフは穴掘りが大得意だ! いくぞ!」
「ちっ!」
一番厄介だった大型のハンマーは投擲によってパラゲ手を離れている。だが腰にぶら下げた工具はまだまだいくつもあり、今の彼の両手にはナイフと小型のハンマーが握られている。
武器の脅威度は少し減ったが、パラゲ自身が実力者だ。状況はなにも好転していない。
「シッ!」
パラゲの攻撃は多彩だった。先程までの大振りなハンマー攻撃が嘘のように、細やかなナイフ捌きでこちらの動きを牽制し、少しでも回避が遅れればボクが身に纏っている幌を切り裂く。
所詮ナイフだからといって無視はできない。ヴァルデスの身体は頑丈だが、彼の攻撃力がそれを上回っているのは上での戦闘で既にわかっている。それに幌を裂かれた実感がなさすぎる。とんでもない切れ味だ。
かと言って反撃に出ても、まるで読まれているかのように小型のハンマーを合わせられる。いや、彼はヴァルデスのほうが上手く動くと言っていた。実際ボクの動きは読まれているのだろう。
「逃げてばかりならさっさと死ね! 死んでヴァルデスに詫びろ!」
「っ! 好き勝手にいいやがって! メテオ……!」
「スキルか! そんなもん撃たせるかよ!」
「なにっ!?」
状況を打開するために大技を発動するが、それすらも防がれてしまう。
いや、正確に言えば発動を止められたんだ。魔力を集中させた拳に向かって、パラゲはハンマーを振り抜いた。
ボクはスキルが発動さえすれば、その程度のカウンターは余裕を持って弾き飛ばせると思っていた。だけど実際にはそのハンマーにも魔力が込められていて、スキルは不発。
全力での攻撃だったため、そのカウンターもまた強力に効いた。ボクの指は間違いなく折れている。たぶん腕にも罅くらいは入ってる。
「ぐっ、くぅぅ……!」
「戦いの最中に情けない声を出すんじゃねえ! ヴァルデスはどれだけ傷ついても泣き言なんて言わなかった! 壊れた腕で、それでも相手に掴みかかった男だ!」
パラゲのヴァルデス自慢はどうでもいいが、まさかスキルを破壊されるとは思わなかったので、そちらの衝撃の方が大きい。
理由はわかる。
メテオスマッシュは、極論で言えば魔力を込めて殴るだけだ。その結果として激しい破壊と衝撃が発生する。
つまり破壊が発生する前の、殴る直前の魔力をどうにかしてしまえば、スキルは発動しない。なので、理屈の上では理解できる。
だがそれがわかった上で、そんな事が可能だとは今まで考えても見なかった。そしてボクが考えもしなかったことが、パラゲにはできる。実力者だとは思っていたが、まさかここまでだとは。
ボクはそれほど勝ち負けにこだわりがない。
なぜなら悪役として、正義の味方に殺されるのは定めだからだ。
だけどそれはそれとして、悔しさがないわけじゃない。ただのモブだと思っていたおっさんが実力者だというのはいい。許す。
でもそれにボクが負けるのは許せない。彼は正義の味方かも知れない。確実に正義の心の持ち主ではある。でも今じゃない。
負けてもいいけど、殺されるのは今では絶対にない。
「動きが鈍っているぞ! その程度の怪我で動きを緩めるな! 獣人のくせに、情けなくはないのか!? 反撃の気力がないなら、その身体を返せ!」
腕の痛みは無視できる。だけどそれを十全に動かせるかと問われたらもちろんノーだ。意識的に痛みは無視できても、神経の反応は悪い。無意識は身体の不調を訴え続けている。
そんな状態で反撃をしても、カウンターで狩られるのがオチだ。
なんとか打開策を考えなければ。そうして機を伺っていると、パラゲは勢いづいて捲し立ててくるし、ナイフの攻めがどんどん細かくなっていく。
防御力が高いからか傷にはなっていないが、ナイフは既に何度も皮膚を掠めている。それは掠る度に痛いし熱い。掠っていてこれなのだから、刺さったのならやはりダメージは免れない。
「戦いの最中にぼんやり考え事してるんじゃねえ!」
「ッ……!」
隙を晒したつもりはないが、それでも彼にとってはチャンスだったらしい。ナイフを大きく横薙ぎにされ、なんとかしゃがんで避ける。
いや、避けたつもりだった。ボクの中では回避できていたはずだけど、激しい痛みが頭頂部に発生する。
「イギッ!?」
「……獣人の耳を斬った。獣霊回帰はおしまいだ。お前の動きも、その全能感も、それで半減だ。大人しく諦めるんだな」
「な、にを……!?」
思わず頭に手を伸ばすと、そこにはすっかり忘れていた犬の耳を思わせる感覚器があり、その片方が半分切れていた。
神経が相当に集中しているらしく、とてつもなく痛い。これは簡単には無視できそうにない。
と同時に、ボクには彼を倒す糸口が見えた。
「……ヴァルデス。お前の身体は、きちんと弔ってやるからな…… アースクエイク!」
パラゲはいつの間にか大型のハンマーを取って戻ってきた。
祈るようにハンマーを上段に構え、それを今までで最も素早く振り下ろす。
おそらく彼の全力だろう。ボクにはそれを振り下ろす初動が全く見えなかった。
見えなかったが、ボクは余裕を持ってそれを回避できた。
地面を叩いた衝撃がボクを揺らすが、それも些細な問題だ。だってボクは既にパラゲの背後の、もっと後ろにいる。余波だって食らいはしない。
「……!? どこだ!? どこに消えやがっ……!?」
「手を抜いていたつもりじゃねえんだ。だけど、俺が獣人だってのはすっかり忘れてたわ」
おっさんの動きは、今のボクにはあまりにも遅い。振り返る彼の顎を小突いただけで、彼の意識は簡単に落ちてしまった。
獣人の、耳の形をした感覚器官。それはなにもにおいを見るためだけのものじゃなかった。
崩れる穴から脱出するための道筋も見えたし、酒場から後をつけてくる尾行も察知できていた。ボクだけがそれを忘れていて、そのせいでこんなにも能力が落ちていたとは思わなかった。
獣霊回帰。獣人に備わる奥義とも言えるバフスキル。獣人の全力は、その感覚器に魔力を集中させて人間のリミッターを外せることにあったんだ。
「ありがとう、おっさん」
殴り倒したパラゲに改めて礼を言う。
彼の言葉がなければ、ボクはこの力を開放できなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。




