3-11 はじめての理解
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「こら、放さんかあ! ワシじゃない! あっちじゃあ!」
「大人しくしろ!」
「こんなに武器を持って、これだからドワーフは……!」
売店の店員に連れられてきた衛兵たちは状況が理解できなかったようで、ボクではなくおっさんを羽交い締めにした。
「わーっ、違うっす! ドワーフのおっさんはここのオーナーで、あっちの獣人が強盗っす!」
だけど遅れてきた店員が事情を説明し、改めてボクに縄を回す。いつもなら簡単に倒せた相手だけど、今は抵抗する気力がなくなっていた。
「たく、ドワーフだか獣人だか知らねえが、こんな時間に騒ぎを起こしやがって……」
「立て! さっさと行くぞ……おい、立て!」
「……」
引きずっていけばいいのに。だが彼らが縄を引いても、ボクはピクリともしない。非力すぎやしないか? 仕方がないので立ち上がると、今度はおっさんのほうが彼らを呼び止めた。
「おい待て! そいつにはまだ聞く事がある! 来てもらって悪いが、帰ってくれ!」
「はあ!? おっさん何言ってるんすか!? 強盗っすよ!?」
「さっきさんざん殴ったからな。もう暴れる力もないだろう。それに見ろ、この荒れた店内を! 誰が掃除をすると思っている? 無論こいつだ!」
おっさんはハンマーの柄でボクの胸を軽く叩く。正直言っている意味が分からなかった。彼はボクがしたことをオディアールから聞いていると言っていた。
ボクが殺人犯だと知っているし、それについてもハンマーで殴られた。
なのになぜ衛兵に突き出さないんだ?
「おいおい。こんな時間に呼び出しておいて、手ぶらで帰れってか?」
「こっちも仕事で来ているんだ。犯罪者を捕らえたのに、その手柄がなければ遊んでいたと思われる。その埋め合わせはどうするつもりだ?」
衛兵の言っていることは正しいのだが、彼らの態度は怪しい。職務なら、なぜ衛兵の方から補填の要求のような提案をするんだろう。
「坊主、いくらか握らせろ」
「ええ!? ……わかりましたよ」
店員はカウンターからボクが置いた金貨を持ってくる。
衛兵たちはそれを見ると目の色を変え、奪うように金貨を引っ手繰った。
「あ、ちょっと!」
「よし、帰るぞ! 事件は起きていない。被害者もいない。民間人の通報は酔っ払いの喧嘩だった。喧嘩両成敗だ」
「うおっ、10万アーツ金貨じゃねえか! 初めて見たぜ……!」
衛兵たちは上機嫌で店を出ていく。門番は割とまともだったけど、町の中はそうでもないらしい。衛兵にも当たり外れがあるのか。
「坊主。いくらかとは言ったが、ありゃ出し過ぎだ」
「いや、アレ持ってきたのはコイツなんすよ。だから俺も店も別に損はしてないっていうか……それより、パラゲさん! コイツ引き取って、どうするつもりなんすか!?」
ああ、それはボクも気になる。おっさんはボクに何を求めているんだ?
「こいつは……まあ、知り合いだ。一応客でもある。坊主、店を閉めて今日は帰れ」
「……大丈夫、なんすよね?」
「心配するな。暴れてもすぐにぶん殴って黙らせる」
おっさんはハンマーを回しながらニヤリと笑い、店員は訝しみながらも店の前に出していた商品を片付けはじめる。
「ヴァルデス、ちょっとこっちに来い」
「……」
ボクはおっさんのあとについて、更に店の奥に向かった。そこは地下室への階段であり、下っていくと上の店よりも大きな工房になっていた。
ずらりと並んだ大小様々な刃。高品質の魔石やインゴットが山と積まれ、製作途中の金属鎧が天井から吊り下げられている。
よく見ればそれは上にあった武器やレプリカの装備品に似ている。なるほど、こちらが本来の店というわけか。
「まあ適当に座れや」
おっさんはボクの縄を切って、ポットからカップに水を注ぐ。あれは魔石から水を生成する魔導具だ。上の雑貨屋ではそれなりに高額だったから覚えている。
「まず……何から聞くべきなのか、ワシは迷っている。お前はなにか聞きたいことはないか?」
「……なら、なぜ俺を助けた? 俺はお前の知るヴァルデスじゃない。それにユルモから話を聞いているなら、それはたぶん全部事実で、俺は人殺しだ」
ボクに質問を振ってきたくせに、おっさんはしばらく黙ったままカップを見つめていた。
やがておっさんはその水を一口のみ、口を開く。
「お前が連れて行かれるのを止めたのは、お前を助けたわけじゃない。あいつら、衛兵どものためだ。あのまま連れて行かれたら、お前は一晩くらいなら黙っているだろう。だがその後はどうなったか、わかったもんじゃない。たぶん詰め所の人間を皆殺しにして、またここに来たはずだ」
どうだろう。殺しはしなくても、暴れて抜け出すくらいはしたかも知れない。ここに来たかは、定かじゃないけど。
「お前はどのくらい、その男について知っている?」
「ああ? ヴァルデスのことか?」
「そうだ。その男がどのように生きて、どのように暮らし、何と戦っていたのか。お前は知っているか?」
それは、ボクは知らないことだ。彼の記憶はない。スキルブックから略歴は確認できるのでだいたい何があったのかは知っているけど、それは上辺だけの情報だ。
「元軍人で、元冒険者。借金から地下格闘技場の剣闘士になったが、また表に出てきた……俺が知っているのはそれだけだ」
「はっ。間違っちゃいねえが、穴だらけだな。その前に、お前はなんだ? ヴァルデスじゃなくて、その中にいるお前だ。お前は何者なんだ?」
「……ボクはエル。何者、か。なんなんだろうね。ついさっきまで、それをずっと考えていたよ。ヴァルデスの死体に憑依した、幽霊、かな」
またこれだ。ボクは何者なのか。昨日までだったら、今朝までだったら、ボクは胸を張って悪役だと言っていた。今だって殺人を犯しているから悪人ではある。
だけど、今はその肩書きに自信を持てない。
【敵】だし、悪人だけど、それを名乗っていいのか迷う。怖気づいているわけじゃない。ただ、ボクはその生き方を望んでいたのかがわからない。
なぜ悪役を目指していたのか。好きなことを好きなだけやって死ぬためだ。でも、その好きなことがわからないんだ。
ボクはいったい何が好きなんだろうか?
そんなボクの心情を知らないであろうおっさんは、そのまま話を続けた。
「……ヴァルデスは、死んだのか。エル、まあ聞け。お前が何者であろうと、その男ヴァルデスの身体を弄ぶなら聞く義務がある。聞く責任がある」
「……ボクだって、望んでここにいるわけじゃないのに」
「黙って聞け」
おっさんが話し始めたのは、スキルブックにはなかったヴァルデスの過去。
彼が軍人だったのは、故郷の家族を守るためだった。
彼が冒険者になったのは、家族の生活を守るためだった。
彼が護衛対象とトラブルになったのは、別の冒険者を助けるためだった。
彼が借金を背負ったのは、その冒険者の違約金を肩代わりしたせいだった。
彼が剣闘士として相手を殺してきたのは、そうしなければ自分が死んでいたからだった。
彼は世界の理不尽と戦っていた。それだけだった。
「ヴァルデスは、ただ巡り合わせが悪かっただけの、どこにでもいる気のいい男だ。少し腕は立つが、それだけだった。長い地下生活が終わって表に出てきたやつが、ワシに合うなりなんて言ったと思う? あいつは、あの馬鹿は、自分が殺した相手を弔うために、旅に出たいと言っていたんだ……!」
「……」
「そんな呆れるほど、心根のいい男を、お前はただの殺人者に貶めた! 何人殺した!? なんで殺したんだ!? ヴァルデスは自分が殺した相手の名前を、全員言えたんだぞ!? お前にはそれができるのか!? ……なぜだ!? 何が目的だったんだ!? なぜヴァルデスの中に、お前みたいな狂ったガキが入っているんだ!?」
「……知らないよ、そんなの」
知らない。知らない知らない知らない。そんなこと、どうでもいい。
ボクは悪役を目指していたんだ。だから殺したんだ。殺した相手の名前を覚えているほうがどうかしている。そんなのボクの知ったことじゃない。
だけど、再び怒りの火がついたおっさんは止まらなかった。
「知らないで済む問題じゃないだろ!? お前は、自分の罪の重さがわかっていない! 人が死ねば、誰だってそいつには家族がいて、友人がいて、知り合いがいる! お前はその全員を悲しませているんだ! それがわからないのか!?」
「……わからないね。ボクにはそんなのいないから」
そう、ボクには家族も友人もいない。実際には家族はいたけど、いただけだ。会ったこともない。知り合いは、自信を持ってそうだと言えるのは先生とヴィクトリアさんだけか。
だけどボクには、彼女たちが死んで悲しむ自分の姿が想像できなかった。
……逆はどうだろう。
最後に見たヴィクトリアさんは悲しげだったけど、それはスラーが死ぬとわかっていたからなのか。だとしても、なぜそうなるのかがわからない。だってボクは死なないのだから。
やはり何度考えても、ボクには悲しみがわからない。だからこの考察には意味がなかった。
「……わからんか。そうか。それでわかった。ワシは、お前みたいな目をしたやつを見たことがある」
「何の話?」
怒っていたおっさんの話が突然飛んだ。目には憎しみがあるからまだ怒っているようだけど、先程の死人の家族の話ではなさそうだ。
「お前の目は、アンデッドと同じ目をしている」
「……はあ」
「お前は人を人としてみない。悲しみがわからない。だから怒りもわからない」
「……それが……?」
だからなにさ。そう言おうと思ったが、彼の続く言葉にボクは何も言い返せなかった。
「お前は、自分がわからないんだろ。悲しみも怒りもないなら、喜びも楽しみもない。何に興味があるのかわからない。できることを試して、それがたまたま殺しだっただけだ。さっき上であの衛兵たちを殺さなかったのは、できなかったからじゃない。殺す理由が思いつかなかったからだ。だから抵抗もなにもしなかった」
「……なにを」
「お前は空っぽなんだ。お前にはなにもない。何者かわからないんじゃない。何者でもないんだ。感情もなければ意志もない。ただ生きて、ただ動くだけ。アンデッドの、生ける屍と同じだ。そんなことなら、ヴァルデスは死んだままでよかった。そのほうがまだマシだった! なんで、なんでお前みたいなやつに……!」
本当なら、カッとなって手が動くんだろう。
でもボクは、動けなかった。だってそれは事実だから。
アンデッドか。それは魂だけのボクはもちろんそうだし、死体だったヴァルデスもそうだ。
だけどそうじゃない。動いているのに目的がないから。目的がないのに人を殺すから、彼は怒っているんだ。
ああ。ボクはなぜ人を殺したんだったか。
ボクは悪役になりたいだけで。
でも何のためにそうなりたいのかわからなくなって……
その始まりは何だったんだろう。
◆
思い出されるのは、ただただ白い病院の天井。
――意味のある死を求めていた。
病院のベッドで終わる、無意味な死を忌避していた。
でも、それじゃあエルは意味のある死を迎えたのか?
いいや。エルはデルガドに踏まれて死んだ。悪役でもなんでもない。無力な子供の死だ。
じゃあヘドロイドには意味があった?
たしかにその手でナクアルさんを掴んだ。だけどすぐにダンが助けに来た。ボクがあそこに居た意味は、もしかしたらなかったかも知れない。
なら、ヘドロイドが踏み潰した民衆は? 彼らの死には意味があったの?
…………たぶん、ない。
町は混乱に陥っていた。でもそれはネズミサイルの影響だ。ヘドロイドは後押ししたに過ぎない。
ナクアルさんを助けるために、民衆をかき分けて進んだ。踏み歩いて進んだ。たくさん死んだ。
でも助けに行く必要はなかったのかも知れない。だって最後はダンが助けたのだから。
ヘドロイドに、そして民衆の死に意味はあったのかと聞かれたら、すぐには答えが思いつかない。
彼らは、ボクが最も忌避した無意味な死を迎えていった。
ボクが何よりも許しがたい死を迎えた。
悪役に殺されるただの背景。そこに意味があるなんて、命があるなんて、考えたこともなかった。
それが何を意味するのか、考えたこともなかった。
「……あっ……」
いいや、いいや違う。全く違うね。ボクは思い出した。
正義の味方の、正義とはなんなのか。
それは悪ではない全てだ。悪以外のこの世の全てだ。民衆は、正義だ。
だけど、あそこに居たのは間違った正義だった。正義の味方を吊るし上げる、間違った正義の群れだった。悪に騙された、愚かな正義だった。
だから殺したんだ。きちんと意味はあった。彼らの死は無駄じゃない。より正しい正義のための礎になったじゃないか。悪に誑かされた正義は、もはや正義ではないじゃないか。
思い出した。そうだよ、簡単なことだったじゃないか。
正しい正義の味方のための悪役。それがボクの求めていたものじゃないか。
正しい正義の味方が、正しい正義の味方でいられるように、間違った正義を殺す。そうしたんじゃないか。正義じゃないなら死ぬべきだ。
そして、ああ、ボクは気がついたよ。おっさんの言っていた悲しみも、ボクはわかった。
ボクはナクアルさんを殺されたら、きっと復讐する。どこまでも追い詰めて殺す。何者であろうと同じように殺す。
殺されたのがヴィクトリアさんだったとしても、同じことをする。ダンでも、フェルちゃんでも、ボクが関わった人が殺されたら、必ず復讐する。
それが悲しみの正体なんだ。そして、それならボクが踏みにじった命にも意味はある。
彼らはボクに復讐をする。力がなかったとしても誰かを頼って、団結して、みんなの力でボクを殺しにくる。それは正しく正義だ。
その正義のため為なら、正義の味方だってきっと輝くような活躍をする。
そこまで考えついて、ようやくわかった。
「おっさん。ありがとう」
「……あ?」
「思い出したんだ。ボクが何者であろうとしたのかをね」
ボクは、正義の味方が好きなんだ。
悪役と同じくらいに。彼らのために、力になりたいんだ。
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