3-10 はじめての反撃
◆エル
ぼんやりと歩いていると、いつの間にか通りの外れの方まで来ていた。このあたりは既に閉まっている店が多く、窓にも明かりがない。
引き返そうかと思ったが、それはいったい何のためになるのだろう。振り返りはしたが、結局そのまま歩き続ける。
あんな女の言いなりになるのが悪役なのか? ――でもそうしなければ、あの女は死ぬと言っていた。
あんな女死なせておけばいい。 ――でもそれでは、せっかく見つけた正義の味方が無駄になる。
なぜ正義の味方が必要なんだ? ――それは悪役を、ボクを倒すため。
じゃあなんでボクは死にたいんだ? ――正義は必ず勝ち、悪は滅ぶ運命だからだ。
でも、それはものの道理であって、ボクに当てはめるべきものじゃない。
ボクは確かに望んで【敵】となった。だからそれを全うしようと、悪役を演じていた。
そう、演じていたんだ。悪役に憧れて、悪人のふりをして、悪を振る舞った。その過程で沢山の人が死んだし、その罪のためにボクは殺されてきた。
だけど改めて思い返してみると、それは本当にボクがしたかったことだろうか。
エルのときは良かった。あれはすべて望んだ悪事だ。金を盗むのも、人を殺すのも、新鮮だった。
森を焼いたのは想定外だったし、ナクアルさんが捕まったのも許せなかったけど、結果としてヘドロイドという怪人でドントリアを混乱させ、最後は正義の味方ダンの手によって討ち取られた。
これは大満足だ。
でも次のスラーは? 今更ながら、もう少しやれることがあったと思う。
彼の環境が良くなかったとはいえ、ヴィクトリアさんを呼び出しただけの人生だった。魂への理解は深まったけど、戦闘員はもっと改良できたと思うし、闇魔法の暴走で不本意な殺戮をしてしまった。結果として転生勇者に殺されたけど、あれも正義の味方として十分だったかは疑問だ。
自分でした悪事は、新人冒険者の誘拐くらい。あと農場の襲撃か。それらだってヴィクトリアさんが食事を要求するから起きた事件じゃないか。
考えるほどに不満点が出てくる。良かったこともあるけど、悪役としては何一つ成していない。
そして今。ヴァルデスの圧倒的戦闘能力でボクは好きなように暴れている。
そこに不満点はない。ちょっとやりすぎるくらいだけど、スラーのときに何もできていないことで、多少ストレスが溜まっていたのかも知れない。
それにハイモアの改造はかなり良い出来だ。実際に性能の向上をその身で確かめたのだから、それは間違いない。
でも、そもそも、それ自体が失敗だったのかも知れない。
あの女を拾ったことで、そして生き返らせたことで、ボクの中身の無さを突かれてしまった。
黙って言うことを聞いて、ボクを殺せばそれでいいのに。なのになんでボクがあの女の言うことを聞いているんだ。
ヴィクトリアさんのときは、仲間だったからまだ納得はできる。でもあいつがいったい何だって言うんだ。
……ヴァルデス。なんでお前はあんな女を欲しがったんだ?
死んだ肉体に聞いても、返事はない。
だがその代わりに、妙な店の前まで歩いてきていた。
「……雑貨屋か?」
周囲は暗いのに、この店だけは営業していて、通りにはみ出るように棚が並んでいる。そこに陳列されているのは高価ではない消耗品ばかりだが、見るからに冒険者向けのアイテムだ。ボクはエルだったときにそれらの品々を盗んだから知っている。
「懐かしいな」
気晴らしに火をつけて遊ぼうか。そんな事を考えながらクズ魔石を手に取り、店に入る。
「……いらっしゃいませー」
やる気のなさそうな店員が声をかけてくる。
店内は照明の魔導具を使用しているようで、外から見るよりも明るかった。やはり冒険者向けの日用品が並んでいる。ポーション類に保存食、ロープにナイフに、これは寝袋か? 簡易結界なんてものまであった。
外套や防寒具、インナーもあった。気は向かなかったが、一応ハイモアの要求に沿うものがあるか確認することにした。
「おい……女物の、これくらいの背の女が着るような装備はあるか?」
「あー。無いこともないっすけど、武器防具はこの時間やってないんで。また明日の朝来てくれますか?」
そう言って店員は店の奥をちらりと見る。この店はまだ奥に続いているようで、金網で仕切られた先には武器や鎧が並んでいた。
「あるんなら持って来い。急いでるんだ」
「いやー、無理っす。俺、雑貨屋の雇われなんで。あっちは別の店なんで」
「知るかよ。俺からしたら同じ場所にある同じ店だ。いいから持って来い」
ボクはそう言って金貨をカウンターに置く。店員はゴクリと息を呑むが、首を横に振った。
「正直超魅力的っすけど、無理っす。奥の店のおっさんめちゃ怖いんで。金貨1枚で死にたくねえっす」
「そうか。なら勝手に入らせてもらうぜ……!」
「……っ!? 俺は知らねえっすからね!?」
奥への通路を仕切っているのは、所詮ただの金網だ。ヴァルデスの鋭い爪の前には布のカーテンと変わらない。
金網を縦に引き裂き、左右にこじ開ける。ボクは無傷でも服代わりの幌は簡単に破けてしまう。こんなことで引っかかって破くのはボク的にもNGだ。
「ああっ! こうしちゃいられない、早くおっさんを起こしに行かねえと……!」
店員はボクの横をすり抜けて、更に店の奥へと走っていく。今回はそれを止めることはしなかった。今朝までならきっと殺していると思うけど、どうにもそんな気分じゃなかった。
営業をしていないためこちらの店内は暗かったが、この身体は夜目も効く。店内を物色するのに不都合はなかった。
問題があったとすれば、ロクな装備品がないということだ。
「……飾ってあるのはほとんどがなまくらとレプリカ……。鎧も前半分しかねえし、何なんだこの店は? ……っ!?」
不意に何かが飛んでくる気配があった。とっさにしゃがむと、先程まで自分の頭があった位置に金槌がめり込んでいる。
振り返って立ち上がると、店内の照明がついて目が眩む。
「なにしやがる!?」
「嘘だろ……!? パラゲさんの投擲を避けやがった!?」
「なにしやがるたあ、こっちのセリフよ! 今更なにしに来やがったあ!」
「ああ!?」
先程の店員が呼んできたおっさんは、小柄ながら筋肉だるまという表現が正しい髭面の強面だった。腰にはまだまだいくつもの金槌などの工具をぶら下げ、目つきは射殺すように鋭い。
「おい、お前は衛兵のところに行け!」
「わかりやした!」
「ちっ……!」
「させるかよ!」
流石に衛兵は面倒だ。そう思って雑貨屋の店員に飛びかかるが、なんと空中にいるボクに向かっておっさんが飛び蹴りをしてきた。
「ぐっ……!」
強い。改造したハイモアよりも素早く、そしてその一撃が重い。空中での姿勢制御が出来ないことを除いても、彼はボクの動きを見てから行動したはずだ。
「オディアールの坊主から話は聞いている! 記憶がねえんだってなあ!」
「なに!? お前、俺を知ってるのか!?」
「よく知ってるよ! お前が何をしでかしたのかも、なあ!」
「っ……!」
倒れた状態のボクの顔めがけて振り下ろされる、先の尖ったのみのような工具での刺突。横に転がって躱すが、すぐそこは壁だ。
「お前の記憶を取り戻してやる! アースクエイク!」
おっさんは今度は大きなハンマーを振り下ろす。とっさに両腕で防ぐが、その衝撃は逃がせない。
「ぐぅっ!?」
腕も、筋肉も骨も異常はない。頭にも直接触れていない。だがその振動が、大地を揺るがす衝撃が、ボクの脳を激しく揺さぶる。
「あ、んぁ……」
横になっているのに立っているような、そうかと思うと視界が回る。脳震盪か。経験はないけど、知識は知っていた。これ気持ち悪いな。
腕に意識が回らない。防御を使用にも、両腕はてんでバラバラな方に投げ出される。
「こいつを食らって無事だったやつは居ねえ。神竜の下僕共ですら、こいつでぶちのめしてきたんだ。どうだ、効いただろ?」
「……ひ、効いたぜ……」
「ふん。それはワシにものを頼んでおいて消えた分だ。それから、そこの扉を壊した分もな」
おっさんはどこかを指さして言うが、視界が揺れてどこを指しているのかわからない。切り裂いた金網のことか?
「そしてこれは、よく知らねえ女の子を泣かせた分だ!」
「ぐべっ……!」
このおっさん容赦がないな。もう一度ハンマーで顔を殴られる。スキルは使用していないが、完全に無防備な状態なので流石に痛い。鼻血も出た。
だけどよく知らない女の子って誰だ。オディアールの名前が出たけど、ユルモのことか?
「そしてこれは、その子の仲間を殺した分だ!」
「ぶび……!」
もう一度殴られる。ハンマーはボクの返り血で真っ赤に染まっている。ユルモはまあいいとしても、その仲間って警備兵か? それはもう完全に他人じゃないか。
その後もなにかの分だと言われながら、何度も殴られた。その度にボクから変な音と声がして、その度に血が跳ねる。
何度も殴られていて、気がついたことがある。おっさんは最初は怒っていたけど、今は何故か辛そうだからだ。人を殴るのは、少なくともボクは楽しかったけど、この人は違うんだろうか。
ではこの人は、なぜ他人のためにそこまで怒れるんだろう。そしてなぜ他人のために、そんなに辛そうにしながらボクを殴れるんだろう。
もう一度振り下ろされるそのハンマーには、もうほとんど力が籠もっていない。
ボクの意識も戻っていたので、その一撃は手で受け止めた。
「……!」
「1つ、聞いていいか?」
「…………なんだ」
ボクは寝た状態のまま、おっさんに視線を合わせる。
「お前は、なんでそんな辛そうに人を殴るんだ?」
「……っ!」
おっさんの顔にはより一層シワが寄って、今にも泣きそうな顔に見えた。
「その前に、ワシからも1つ聞くが……お前、ヴァルデスじゃねえんだろ?」
「……ああ」
ボクはその問いに正直に答える。
「……それがワシの答えだ。そうか、もう、あの坊主は居ねえんだな……」
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