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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-7 はじめての騎士

残酷な描写があります。

前半は別の方の視点です。



◆オディアール



 イカれた剣闘士、ヴァルデスは金と女を置いて店を出ていく。

 オディアールはそれが信じられなかった。

 ありえないことだ。ヴァルデスは金払いはいいが女を粗末に扱うような男ではない。商売女ですら大事にするあの男が、ましてや自分の連れを食っていいだなんて、言うはずがなかった。


「……い、行っちゃいました、ね……」

「おい。あいつは本当にヴァルデスなのか? 俺の知ってるやつと同じなのは姿と声だけで、中身はまるで別人だ。あいつはいったいどうしちまったんだよ?」

「わ、私も知りませんよ。あの人は北廃棄場の地下から、突然現れたんです」

「……どういうことだ?」


 ユルモと名乗った給仕服の女は、実際には廃棄場の研究員らしい。話を詳しく聞いても色々とはぐらかされたが、ヴァルデスとは初対面だということがわかった。


「じゃあなにか? 廃棄場内の埋め立て用の穴から地震のような衝撃と音が出て、確認しに行ったらヴァルデスが飛び出してきたと」

「そういうことになりますね……最初は廃棄された魔導具の事故かと思ったんですが、あとになって彼が起こしたものだとわかりました。廃棄場の要塞クラスの壁を殴って破壊したんですよ? そんなの、わけがわかりませんよ」


 やつの身体能力を考えれば穴から這い上がるくらいはするだろう。だけど大きく飛び上がるほどの能力があったとは思えない。それにそんな分厚い壁を殴って壊せるなら、やつは大人しく剣闘士なんてしているはずがなかった。地下牢なんて、さっさと壊して逃げればいい。


「そもそもやつはなんでそんな場所にいたんだ? 処理場は政府の機関だ。入るのだってそう簡単なことじゃねえだろ?」

「はい。正門の通行には許可が必要ですし、壁を越えるには魔力感知式の侵入警報があります。ただ……」

「ただ? なんだ?」

「あ、いえ、その、一応政府機関の関係者としては表に出せないんですが、その、関係者だけが知ってる通路があるんです。警報機はついているんですが、その……」


 ユルモの言いにくそうな言葉を聞いて、オディアールは廃棄場についての噂話を思い出していた。

 それは魔導具を扱う中古品ブローカーから聞いたもので、たまに軍の試作品が市場に流れるという。どれも壊れていたりパーツが足りなかったりでまともに動かないのだが、その仕様から確実に軍のものだといい切れるのだとか。

 ブローカーはその妙なガラクタの出処は荒野の流民からだと言っていたので、今聞いた話と合わせると北廃棄場には秘密裏に侵入できる場所があるのだろう。


「しかしそうなると余計に訳が分からねえな。あいつはゴミを売って小銭を稼ぐようなやつじゃねえ。こんなに大金があるわけだしな」

「そう、ですね……」


 テーブルに置かれた革袋の金貨は、こんな場所では確認するのも恐ろしいほどの重さだった。


「……仕方ねえ。パラゲのおっさんならなにか知ってるかも知れねえし、行ってみるか」

「え? ……あの、彼の言うことを聞くんですか?」


 ユルモは戸惑うような目でオディアールを見て、彼は困ったように頬を掻いて苦笑する。


「まあなんだ。ヴァルデスとは知らねえ仲じゃねえし、あんな風に変わっちまった理由は俺も知りてえわけよ。それに俺は冒険者で、こいつは依頼料だ。そう考えれば破格の内容だしな」

「わ、私は違いますからね!? 私の身体は、依頼料には含まれませんよ!?」


 そんなオディアールの返事を聞いて、ユルモはとっさに立ち上がって一歩下がった。

 彼女の声を聞いて周囲がざわつく。ここでそんなことで悪目立ちはしたくない。大金もあるし、オディアールは冷静になるように声のトーンを落とした。


「あんなの信じるなよ。そんな事しねえって。……いいから座れって。それにヴァルデスの女に手を出そうなんてやつはいねえよ」

「……私は、彼の女なんかじゃありません。ただ、死にたくなかったから、従っているだけなんです。……もう、私自身どうしたらいいのか、なにもわからない……!!」

「あ? そりゃ、どういう意味だ?」


 オディアールはユルモの言っている意味が分からなかった。彼女は椅子に座るどころかその場に崩れ落ち、堰を切ったように泣きはじめる。

 死にたくなかった? ヴァルデスは女に手を出すような男じゃない。そう思っていたが彼女の様子を見るに、やはり以前の彼ではなくなっているのだろうか。


「おい、兄ちゃん。ここ個室あるよな。彼女をそこに連れて行ってやってくれ」

「……面倒事はゴメンですよ?」


 訝しむウエイターだが、革袋の中から金貨を数枚取り出して胸に押し付ける。


「それだけあれば十分だろ?」

「はいよろこんで! おーい、彼女を奥の、一番高い部屋にご案内して差し上げろ!」


 ユルモはウエイトレスに宥められながら奥へと運ばれていく。何故かオディアールとの痴情のもつれということになっていたが、彼はこの際気にしないでおくことにした。


「それから衛兵を呼んで、彼女の話を詳しく引き出すんだ。彼女はなにか事件に巻き込まれているかも知れない」

「……わかりましたよ」


 ウエイターは面倒事だとわかって不服そうだが、金貨を見てからため息をつく。


「あれ、お客さんはどちらに? 奥の部屋に行かないんで?」

「俺は他に行く場所がある。また戻ってくるから、もし彼女が移動するなら行き先を聞いておいてくれ」


 そう言い残してオディアールも店を出た。

 向かう先はヴァルデスとの共通の知り合いである、パラゲの店だ。



◆エル



 ユルモの使用していた倉庫は魔力登録によって施錠されている。そのため通常なら開けることは出来ないのだが……


「クリエイトゴーレム。開けゴマ……ってね」


 鍵の解錠なんて簡単なことだ。わざわざ開けようとしなくても、扉そのものに開いてもらえばいい。これなら物理的であろうと魔法的であろうと、壊す必要もなく開けられる。壊しているわけではないので、閉めるときも安心だ。


『この方法は結局のところ魔力量によるゴリ押しなので、より強固な魔力錠は突破できませんけどね』

「開いたからいいんだよ」


 途中で寄り道をしたせいですっかり暗くなってしまったが、この倉庫にはなんと備え付けの魔導ランプがあった。ゴーレム化することで気がついたのだが、これなら暗くても作業は簡単だ。


「まだ生きてるかな? うん、息はあるね」

「……ぅ……ぁ……」


 ユルモが被せたのであろうドレスを取り去ると、そこには前と変わらない状態の女騎士がいた。王女を抱いた状態のまま眠る傷だらけの騎士。やはり絵になるな。

 ところで王女の目隠しと猿ぐつわはなぜ外されていないんだろう。ユルモがこれを無視するとは思えないのだけど。

 そう思って王女の拘束具を外そうとすると、なぜか騎士が苦しそうに表情を歪めた。


「……ぅう……! くっ……!」

「なんだこれ。どうなってるんだ?」

『どうやら彼女は呪われているようですね』


 ボクが疑問を口にすると、アールは最速でネタバレをしてくれた。


「呪いって? 魔法とは違うの?」

『呪いは闇魔法の一種です。ただし発動の際には必ず魂を必要とします。効果は様々ですが限定的で、しかしその分強力な効果が多いです』

「ふーん」


 どういう効果かは知らないが、王女と騎士がセットになっているのは間違いないようだ。

 王女を抱いたままでは処置がし難いので別々に寝かせる。仰向けに寝かせることで発覚したのだが、彼女は内蔵も相当傷つけられているようで、肋から下が抉れるように凹んでいた。


「とりあえず騎士を治すか」

「……ぅ……? あ、あぐぁっ!? あ、あああ、あああぁぁぁああああああ!?」


 今のボクの魔法出力は大きくない。だけど魔力量そのものは十分にある。カルソーくんの時よりも身体の破損は少ないから、施術自体は簡単だ。足りない臓器はあったけど、壊れたものを治すより新しく作る方がゴーレム化治療では楽にできる。


『だからといって、魔力を注ぐために闇魔法を使うのはどうかと思いますが』

「闇魔法は魔力を強制的に使用するから使いやすいんだよ」

『普通はそれが原因で死ぬのですけどね』


 ボクが使用できる闇魔法はダークオーダ―のみだけど、闇魔法は発動と同時にボクの魔力を奪い取る。ボクは魔力量だけは何故かいっぱいあるからね。常人なら死ぬらしいけど、この程度なんともない。

 それにダークオーダーが強化魔法というのも、今のボクにとっては良いように作用している。これによってクリエイトゴーレムの出力自体が増しているのだ。


 その代償として彼女の魔力は闇に染まっていくけど、それ自体は別に問題ない。

 というのも闇属性は影属性の派生先として、使いづらいけど普通に存在している属性だ。その重すぎる代償から忌避されているのと、宗教上の理由により迫害されているけど、属性自体に罪はない。条件が厳しいのと魔法自体がレアなので使用者は極端に少ないが、一般人の中にもたまに闇属性持ちはいる。


 ちなみに聖属性と闇属性は他の属性とも相性がよく、複合属性として発露することが多い。

 仮に闇属性の人物が魔法を使えたとしても、闇魔法の条件のせいで複合先の別属性がメインになるため、闇属性とは本人でさえも気づかないのだとか。

 なおこれらはすべてアールによる補足だ。


「ああああっ、くぁああぁぁぁあああ!」

「そろそろいいかな?」


 ボクのクリエイトゴーレムによる肉体の補強と、ダークオーダーによる魔力の強制注入により女基礎の傷や怪我は完全に完治した。しばらくすれば目が覚めるだろう。


「それにしても、ヴァルデスは強いけどこういった小細工は本当に苦手だね。スラーならこの半分、いやもっと早く処置を完了できたよ」

『獣人は魔力による肉体強化が得意ですが、その分外に出力することが苦手なのです。種族由来のものなので、諦めてください』

「……ぅうっ……? ここは……?」


 おっと、想像以上に早く女騎士の意識が戻った。完全には覚醒していないのだろうけど、上体を起こして周囲を確認している。

 さてどうしたものかと考えていると、横に寝かせている王女を見て表情が変わり、次にボクを見た瞬間飛びかかってきた。

 正直驚いた。今までに見た誰よりも動きが早い。それでもヴァルデスの肉体には遠く及ばず、殴りかかってきた右腕を掴んで床に叩きつける。

 腕を捻ってうつ伏せに寝かせると立てないんだっけ? それも試してみよう。


「うぐぁっ!? 放せ! 姫様に何をした!?」

「何もしてねえよ」

「ではあの拘束具はなんだ!? お前らは私を使って、いったい何を……!」


 何を言っているのかよくわからないが、たぶんボクのことを誘拐犯だと思っているのだろう。

 それは誤解なのだけど、完全に間違っているわけでもないのが面倒だ。ボクは箱詰めされた彼女たちを奪った誘拐の誘拐なので、誘拐犯だという部分だけはあっている。


「まあ落ち着けよ。どうせお前では俺に勝てない。話を聞いたほうが利口なんじゃねえのか?」

「黙れ外道! 犯罪者とは取引をしない! これはあぎぃっ!?」


 話し合いをしようというのに、言うことを聞かない人は嫌いだ。なので掴んでいた右腕を折った。簡単に直せるから、これで黙るなら安いものだ。


「落ち着けって。次に口答えをしたら、今度はお前の大事な王女の腕を折るぞ。……返事は?」

「……う、ぐ……くっ……」


 返事はしなかったが、頷いたので肯定と取る。そうしないと話が進まない。


「俺様の名はヴァルデス。先に言っておくが、お前らを見つけたのは本当に偶然だ。金を稼ぐために馬車を襲ったんだが、その荷物の中にお前たちは箱詰めにされていた。つまり俺はお前らの命の恩人だ」

「だ、誰がそんな話を……信じられるものか」

「俺だって同じ立場なら信じねえ。だがそれが事実だ。よく思い出せよ。お前たちを襲ったのは、本当に俺か?」


 女騎士はしばらく黙ったまま目を瞑り、記憶を遡るようにゆっくりと口を開く。


「…………いや、違う…… 私達は視察のためにシーマへと向かい、その道中で賊に襲われた。よく統率の取れた一団だったが、その中にお前のような獣人は居なかった」

「ほらみろ。やっぱり人違いじゃねえか」

「だとしても、お前がそいつらと関わりがないとは言い切れない……!」


 それはそう。物的証拠がない以上、疑われるのは当然だ。だけどこの状況下で優位にいるのはボクの方。

 疑うのは自由だけど、その結果としてボクの不興を買えば、彼女たちお命など容易く消え去る。


「ならどうする? 俺はお前たちに価値を求めていない。気が向いたから助けただけだ。気まぐれで拾った野良犬に手を噛まれたら、そんなもん当然、殺すに決まってるよなあ!?」

「あがっ!? あ、ああああぁぁぁあああああ!?」


 地に伏せた彼女の右肩を足で押さえつけ、折れた右腕を引っ張った。ぶちぶちと筋肉が千切れて、彼女の右腕は左腕よりも半分くらい長くなった。

 引っこ抜いてもよかったんだけど、それだと血で汚れるから今回はしなかった。ボクは意外ときれい好きなんだ。


「あ、あああ、わ、私の、うで、うでが、ああああ……!?」

「理解したか? それが今のお前の状況で、それが今のお前の、いやお前たちの価値だ」

「ぐっ、この、外道が……! そうやってなんでも思い通りになると思っているなら、無駄だ! 私の心は決して折れない! 姫様の命を天秤にかけても、私はそれでもこの国の騎士だ!」


 痛みに悶え、全身に脂汗をかきながらも、女騎士は叫んだ。どうやら彼女は本物らしい。

 思ったとおりの、本物の正義の心を持つ人間だ。


「負け犬がよく吠える。だが気に入った! それでこそ正義の味方だ!」

「……は? 何を言っている!?」


 女騎士は混乱しているようだが、そんなことはどうでもいい。

 彼女は立派な騎士だ。ボクのような悪人を倒すのは、彼女のような騎士でないといけない。

 だけどそのためには、彼女は弱すぎる。

 ではどうするか。そんなのは簡単だ。彼女を強くすればいい。


「おい!? 何をするつもりだ! 放せ! 私の頭から手をどけろ!」


 弱いものを強く作り変える。幸いボクにはそのノウハウが有る。

 でもそれは苦痛を伴うものだし、今その意識は邪魔だ。


「待て、やめろ! こ、こんなところで、こんなところで私は……死っ!?」

「おやすみ。また出会うところからやり直そうか」


 後頭部を掴んで、頭を床に叩きつける。1度では確実ではない。何度も、何度も。殺しきらないように、丁寧に打ち付ける。全身が弛緩し、呼吸がなくなるまで続けた。でも魂までは奪わない。

 魂がなくなったら、それはゴーレムと変わらないからね。

 これで準備は完了だ。もう一度彼女を、もっと強力に作り直そう。


 これで彼女は強くなる。今度は王女を守れるように。今度は襲われることがないように。

 そして、ボクを殺せるように。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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