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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
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6 はじめての夜歩き



 小屋の外は思ったよりも暗くなっていた。病院に居たときの感覚だとまだ19時くらいだと思っていたけど、そう言えばあっちは常に明かりがついていた。この村は田舎だからか、明かりは殆どない。


「でも暗いほうが悪そうでいいな」


 ペタペタと足の裏から伝わる感覚も、昼間よりひんやりしている。ボクはまだあの病院のガウンのままだ。靴も下着もない。

 こういうとき小説の中の主人公はなんとかお金を稼いで買ったり、あるいは人助けをして食料を譲ったりしてもらっていたが、ボクの目指すべきものは悪役だ。


「なければ盗まないとね」


 幸いなのか、この村には酒場などの娯楽施設はない。村長の話では朝早くから畑仕事をして、夜は早くに眠るのだそうだ。ナクアルさんとそんな世間話をしていた。

 ちなみにナクアルさんはボクがこの村の子供ではないかと確認していたが、この村にはボクくらいの子供は居ないそうだ。


「あれ? それじゃあ何も盗むものがない? まあいいか。適当に入ってから考えよう」


 夕食のときのナクアルさんと村長の会話を思い出す。

 ナクアルさんは警察のような仕事をしているようで、この村の方に来て行方不明になった旅人を探しているらしい。村長さんは知らないと言っていた。

 その他にこの村の周辺で盗賊の目撃情報もあるらしく、それは村長さんも知っているようだった。でもこの村にはなにもないから襲われないと笑っていた。ナクアルさんはその盗賊が怪しいので暫くこの村を拠点にしたいと言い、村長さんも承諾していた。

 ボクはそのついでにお世話になるらしい。放っておいてくれればいいのに。


「夜のうちに逃げてしまおうか。うん、そうしよう。なにか盗んで、そのまま消えてしまおう」


 家々の戸締まりを確認しつつ、今後の方針を決める。アレだけぐっすり寝ていたのだから、そう簡単に起きないだろう。

 そうと決まればあとは盗むだけ。なのだがどうにも戸締まりが厳重だ。ただの丸太小屋が並んだ、知り合い同士しか居ないような集落なのに、鍵だけはしっかりとしている。


「防犯意識が高いのはいいことだけど、盗賊が来ないような村なのになんでこんなに厳重なんだろう?」

「それは盗賊が居るからだよ」


 背後から声をかけられる。まったく気が付かなかった。ゆっくりと振り返ると、そこには村長が居た。


「こんばんは」


 ボクは何事もなかったように挨拶をする。口からこぼれた疑問に返事をされたので無駄だろうけど。だけど何かしらの効果はあったようで、村長はクツクツと笑い出した。


「ふっ、ふくく。お前面白いな。どう考えてもピンチなのに、なんでそんなに平然としていられるんだ?」

「ボクは命の危機は何度も超えてきましたけど、危機的状況に陥ったことはありません。そんなときはいつも意識がありませんでしたから。だからどういう状況がピンチなのか、いまいちわからないんです」

「はっ、おかしなやつだ。いいこと教えてやるよ。今がその危機だ。今がピンチってやつだ」


 そんな事を言いながら近づいてくる村長の手には、薪を割るためのナタが握られていた。


「殺すんですか?」

「お前、本当におかしなやつだな。お前の倍くらいある大人でも、刃物をちらつかせればビビって命乞いをしだすんだぜ?」

「そうなんですか。でもボクはナタで切られたことがないので」

「切られたことがあるやつはそう居ねえよ」


 話しているうちに、村長との距離はだいぶ近くなった。ナタを振り下ろせば、丁度ボクの頭に当たるくらいの距離だ。

 村長がナタを握った手を振り上げる。


「……」

「…………本当にビビらねえんだな」

「なんとなく、死ぬ気がしなかったので」


 それは漠然とした感覚だ。長い病院生活の中、何度も命をつなぐための手術をされてきた。それのおかげか、何となく分かるのだ。自分が死ぬ気配と、なんとなく大丈夫そうな感覚が。

 お前転生前は看護師に殺されただろうって? あれはノーカンだ。薬殺された原因の薬は日常的に使っているものだったし、きちんと死ぬ間際には死ぬのだと自覚していた。だからノーカンだ。


「つまらねえガキだが、騒がねえのは好都合だ」

「騒いだら夜だから、きっとみんな起きてしまいますね」


 おや? もし騒音で村人が起きてくるなら、それは立派に悪事なのではないか? なら騒げばよかったかな。一瞬そう考えたが、その場合ボクは悪役ではなく被害者だ。

 ボク悪役になりたいのであって、村長を悪役にしたい訳ではない。まあ村長は十分悪者っぽいけど。

 そんな事を考えていると、村長に首を掴まれた。意外と力が強く、ちょっと痛い。


「力、強いんですね。少し痛いです。暴れないから離してください」

「残念だがそれはできねえ。殴って黙らせないだけマシだと思え。ほら、歩け」





 首を掴まれたまま向かった先は、村長の家の裏。物置のような小屋が地下室への階段になっていて、外よりも一層暗かった。


「ボクはこれからどうなるんですか?」

「素直についてきたから教えてやるよ。どうせ助けなんか来ねえからな。俺たちはこの村の村人じゃねえ。村の全員が盗賊団だ」

「盗賊なのに畑仕事をしてるんですか?」

「あんなもん嘘に決まってるだろ。俺たちの本業は人拐いだ」


 なんだか意外だったからそう聞いたら、違ったらしい。

 どうやら彼らはこの村を襲撃して村人をまるごと奴隷にした。でもそんなにすぐには全員売れないから、元の村人の生き残りをそれぞれの家で飼っていて、畑仕事はその売れ残りの食い扶持のために仕方なくやらせているそうだ。

 戸締まりがやたら厳重だったのは、外からの侵入じゃなくて脱走を防ぐためのものだったのだ。


「奴隷の売れ残りなんか損切りしてさっさと逃げないから、ナクアルさんみたいな人が来るんですよ」

「お前、ガキのくせになんつう考えをしてやがる。確かにお前の言うとおりだが、ここの奴隷はそこいらのやつよりも数倍高値で取引できる。その分買い手にも金の準備がいるってわけだ。それに旅人や正義気取りの冒険者ってのは、ちょうどいい臨時ボーナスなんだぜ? やりすぎると危険だが、あと2、3週は問題ねえ。……っと、喋り過ぎたな。さっさと入れ」


 村長に促され、ゆっくりと確かめるように階段を降りていく。石造りだが、土がたくさんついていて、頻繁に利用されているのだとわかる。きっとこの奥にも奴隷の売れ残りが居るのだろう。

 降りた先は狭い物置のようなところで、無理やりつけたような扉があるだけだった。


「ナクアルさんはどうなるんですか?」

「あれもいい女だったからな。きっと高く売れるぜ? さっき確認したが、仕込んだ薬のお陰でぐっすり眠っていたよ。後で拘束して……そういやお前、なんで眠ってねえんだ?」


 あんなにぐっすり眠っていたのは、薬のせいだったのか。そりゃ騒いでも起きないはずだ。全身を切り刻まれても起きないんだから、あのくらいで起きるはずがない。

 それはそうと、ボクは村長が首から手を放した瞬間に振り返って、両手を村長の顔の前に突き出した。


「ファイアボール」

「てめっ!? ぎゃあああぁぁぁあああああ!!」

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール」


 突然顔を焼かれた村長は、両手で顔を覆って火を消そうとした。魔力でできたこの火の玉は命中すると消えてしまい、燃焼し続けることはない。だけど村長はそれを知らなかったんだろう。ボクも知らなかったし。これが先生の言っていた、魔法を知らないものへのアドバンテージというわけだ。

 当然そんな隙を逃すはずもなく、ボクは何度もファイアボールを撃ち込んだ。顔を手で覆われていれば防御の薄い別の場所へ撃ち込み、そちらに防御が向かえばまた顔を撃つ。村長はのたうち回って暴れるが、すでに彼の手足の当たる範囲にボクはいない。少し階段を登った位置からファイアボールを撃ち続ける。

 やがて村長は動かなくなったが、それでも油断は禁物だ。ボクは悪役の往生際の悪さを知っている。悪役は復活して立ち上がったり、いつの間にか逃げて巨大化したりするんだ。

 だから悪役に容赦はしない。何度も、何度も、入念にファイアボールを連射する。


「……もういいかな?」


 そうして真っ黒な人の形をした炭が出来上がった頃に、ボクは魔法を使うのをやめた。


「うーん、村長って言ってたけど、実際は戦闘員クラスの雑魚だったのかな?」


 足の先で蹴ってみるが、グズグズに崩れるだけで反応はない。復活はしないようだ。


「なんとか勝ったけど、でもどうしよう、盗みの前に殺しをしちゃった。殺人をする悪役はかなり極悪な位置づけで滅多に出てこないのに……これって正当防衛ってことでノーカンにならないかな? まあいいや。せっかくだからなにか盗もう」


 正当防衛はやりすぎると正当性を失う。拉致監禁に対する反撃が判別不可能なほどの放火では、流石にギリ無理そうだ。

 そんなことよりも当初の目的を果たそう。ボクは盗みに来たのだ。しかし視界内に目ぼしいものは見当たらず、鍵のかかった扉しかない。

 ボクをここに閉じ込める気でいたなら村長が持っているはずだと思ったが、ファイアボールを撃ちすぎたせいか少し溶けて曲がっていた。これでは使い物にならない。


「鍵が簡単に壊れるなら、錠も同じくらい脆いんじゃないかな」


 というわけでファイアボールを2回ほど放つと簡単に錠を破壊できた。


「お邪魔しまーす」


 ないとは思うが奇襲に備えて手のひらにファイアボールを生成したまま中に入る。部屋の中は暗く、奥行きもなかったが酷い匂いが充満していた。し尿と汗の混じった、腐ったような匂いがする。


「なにもないのかな? 奴隷はもう売っちゃった後なのかも……ん?」


 なにもないように見えた部屋の隅で何かが動いた。それは雑巾を張り合わせったようなボロ布で、ファイアボールで照らすと土で汚れた白い手足が伸びている。


「もしかして奴隷の人? まだ生きてる?」


 そのボロ布に包まれた人は一瞬ビクッとした後に、ゆっくりとこちらを向いた。


「た、旅の人ですよね……? 来たときに見ました! あ、あの助けください……!」


 そう言って必死に縋りついてきたのは、ボクよりも年上でナクアルさんよりは若そうな、耳の尖ったお姉さんだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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