3-5 はじめてのフートゥア
ユルモの匂いを辿って戻ると、彼女はまだその場にいた。木の陰でずっと座っていたようだ。
「あ、おかえりなさい。……その荷物は?」
「服を持ってきた。どれでもいいから着替えろ」
「……はい。えっ!? なぜここに王女が!?」
一応破いた幌で覆っていたが、彼女は捲って見てしまったようだ。
「あ、あの! 彼女は行方不明だったメルシエ王女では……!?」
「気にするな。それは俺の戦利品だ。いいから着替えろ。そっちの木箱に入っているだろ」
「うっ、くっ……わ、わかりました……」
ボクからまともな返答が来ないと諦めたのか、ユルモは幌で身を隠しながら着替えはじめる。色々種類はあったけど、彼女は無難な給仕服に着替えたようだ。
「終わったか? なら町へ向かうぞ。お前はそのまま荷車に乗って、その女を隠せ」
「はい……で、でも、検問でチェックされたら、どうするんですか?」
「お前、あの町に詳しいと言っていたよな? 検問はどれくらいまともに働いている?」
「……一応政府の施設で働いていたので、言い難いんですけど、それほど真面目ではないです…… あ、でも、こ、これも言い難いんですが、獣人相手には、その、余計な文句をつけたり、言いがかりをしたりして、不正に出入りを制限したりしています……」
御者のおっさんは賄賂でどうにかなるようなことを言っていたが、質が低すぎるのも考えものだ。不当な入国制限とは、そこまでは考えていなかった。
今は幌の布を巻いているから尻尾は見えないし、耳も覆ってしまえば隠せるか……
いや、ちょっと待て。ボクは脳筋の悪役だ。なんでそんな小細工をしないといけないんだ? 文句があるならぶっ殺す。そう決めたじゃないか。
「ああめんどくせえ。正面突破だ。衛兵が殺されたくなければ、お前がなんとかするんだな」
「え? ええ!? そんな、無茶な……!?」
もう何も知ーらない。ボクは町に向かって荷車を発進させた。ユルモは慌てて破れた幌を広げるが、隠しきれるかな?
町の入口まではすぐそこだ。この町も大きな壁で囲われていて、馬車が2台は通れるような大きな門があった。
「おい、そこの獣人。止まれ。止まって、身分証か通行証を出せ」
「ああ!? 俺様に言ってるのか? んなもんねえよ!」
「なに? それなら入場料が必要だが、その前に荷を検めさせてもらう」
「なんだと? 俺のモンに触ろうってのか!?」
大声で怒鳴ってみせるが、衛兵は怯まない。慣れているのか? 不良兵士なら脅せばどうにかなると思っていたが、彼の目はそれとは違うようだ。
「わ、ま、待ってください! 私は北部廃棄場の研究員、ユルモと申します! これ、これが私の身分証です!」
ボクが衛兵と睨み合っていると、ユルモが荷台から飛び出してきた。
衛兵はすぐにそちらへと向き直り、彼女の書類を確認する。
「……なるほど、こちらは正規の身分証ですね。ですがそれならこれだけの大荷物です。フートゥアの通行証もあるはずでは? それに、こちらの獣人の身分証は?」
「あ、えーっと、彼は荒野の流民でして、身分証はありません。なのでこちらで発行します」
「流民…… 荷物に関しては?」
彼はまともな方の衛兵らしい。ユルモの説明の足りていない部分をすぐに突いてくる。
「俺の私物だ。文句があるのか?」
「……危険物がないか、確認はさせてもらう」
「そ、それは大丈夫です! 彼は廃棄場での雇用が決定していて、この荷車は検品済みです!」
「いえ、規則なので」
ユルモの言い訳虚しく彼は破れた幌を捲り、気まずそうに顔を背けた。
王女がバレたのなら騒ぎになるはずだと思って振り返ると、そこにあったのは例のいかがわしい下着や衣装だ。
「……これは?」
「…………わ、私のです……」
顔を背けたまま確認する衛兵と、顔を真赤にして答えるユルモ。王女がバレなかったのは一旦いいけど、この空気はどうしたものか。
「おい、行っていいのか?」
「……んっ、ああ。さっさと行け。今回の入場料は廃棄場に請求するので、後で確認するように」
「ご、ごくろうさまです……」
ユルモが荷台に座ったのを確認して荷車を出す。何事もなかったので、実際には少しホッとしている。
ここで騒ぎを起こしたら、食事どころではなくなるからね。
◆
「オススメの店ってのは、どっちにあるんだ?」
「……もちろん案内しますけど、その前に王女、いえ、荷物をどうにかしないと、もし誰かに見つかったら騒ぎになって、それどころではなくなってしまいますよ」
それはユルモの言うとおりだ。食事のあとなら騒ぎになったほうが楽しいが、今のボクは美味しい料理を求めている。
「ならどうする? 先に言っておくがこれ以上食事が遅れるなら、俺は戦利品をお前の言うように荷物に変える。その意味がわかるな?」
「……え? まさか、彼女を手に掛けるつもりですか!?」
「声がデカい。だがそのとおりだ。よく考えてから行き先を選べ。俺は他人の命に興味はない」
命はどうでもいいけど、魂はボクが貰う。今回は既にいっぱい殺しているので、スキルの強化も捗っている。
ヴァルデスは元々かなりの高スペックだったけど、ボク自身のスキルレベルはそれほど高くない。なので今回は殺しで経験値稼ぎをするというのがサブ目標だ。
そのためなら王女を守って弱っている騎士であろうと、まだ幼気な王女であろうと、容赦なく殺す。魂に貴賤はない。経験値量に差はあるけどね。
「……そ、それなら、私が前に使っていた、貸倉庫屋があります。倉庫と言っても、実際には住所登録のためにベッドルームとして使っていたものです。まだ契約期間内なので、中には何もありませんが、そこなら隠すのにはちょうどいいと思います」
なぜそんなものを借りているのかと聞くと、フートゥアでは身分証の発行にこの町の住所が必要であり、ユルモは現在は政府関係者だが元々はフートゥアの出身ではなかった。
しかし仕事の都合でフートゥアと廃棄場を行き来する上に、実際の寝食はほとんど職場で行うのでアパートを借りるのは金額的にもったいない。そういう理由でアパート代わりの倉庫だったらしい。
ちなみに現在では職場での役職も上がり、あの廃棄場内の居住スペースで生活していたため、荷物はすべて移動済みだそうだ。
ユルモの案内で倉庫街に向かうと、そこにはドントルの開拓村のように、同じ形をしたレンガ造りの建物がいくつも並んでいた。
「ふぅん? なかなかいい家じゃねえか」
「いえ、倉庫ですよ。まあ、私と同じように家代わりに使っている人は多いですが……」
開拓村にあった家に比べれば、こちらの方がよっぽど家らしい。扉は荷物を運びやすいように大きく作られていて、荷車ごと中に入ることができた。
ユルモの言うとおり中には何もなく、荷車を置いてもなおスペースが有る。しばらく拠点として使おうか。鍵も魔力登録式なのでユルモ以外は貸倉庫屋しか開けられない。ここにおいておけば一先ず安心だろう。
「よし、飯にするか。案内しろ」
「あ、あの! その前に、お願いがあります!」
荷物も片付いたのでさっそく外に出ようとすると、ユルモが回り込んできて跪いた。
なんか最近よく見るな。正直ヴァルデスは目線が高いから、地に伏せられると視線を下ろす必要があるから面倒だ。
「……なんだ? 食事が遅れるなら、殺すと言っただろ?」
「そのことでお願いがあります! ハイモア様を、あの怪我を負っている騎士の女性を助けてほしいんです! 荷台で横にいたからわかるんです。あの方は酷く弱っています! このまま、こんな場所に放置されたら、きっと死んでしまいます!」
「そうか。それで?」
確かにあの女騎士は見つけた時点ですでに弱っていたし、時間もたっている。このまま放置すれば時間の問題だろう。
だけど別に興味はない。ボクは既に彼女に細工をしたから、死んだら彼女の魂はボクの経験値に変わる。このまま死んでもなんの問題もない。
「それで……? それで、助けてほしいんです……けど……」
「お前は何もわかってねえな。お前が今生きてここにいるのは、俺に美味い飯を提供する役目があるからだ。それはわかってるよな?」
「っ……!! は、い……」
「あの女はたしかに俺の戦利品だが、2人もいるから片方が死んだって別に困りはしない。元々弱っていたからな。わかってて持って帰ってきたんだ。そうでなければ、この馬車の中で見つけたときに道端に捨ててきている」
「な、なら……なんで、なんで一度は助けたんですか……?」
助けた? 別にボクにそんなつもりはない。ユルモは勘違いをしているな。
「言っただろう? そいつらは戦利品だ。白い少女を守るように抱く傷だらけの女。俺はその状況が気に入った。その構図が気に入った。だから持って帰ってきたんだ。生きてりゃそれでもいいが、死んだら死んだで構わねえ。剥製にして飾るくらいには、いい女だ」
「!? あ、ああな、あなたは、あなたは狂ってる……!!」
「お前の目の前で何人もぶっ殺したこの俺が、なんで正常だと思ってたんだ?」
「……むぐっ!」
よく言われるから最近自覚してきたよ。ボクはイカれてるし狂ってる。
だけど困ったことに、その女をどうしたいのかボクにもよくわからないんだ。あのときヴァルデスの身体は女を持ち帰れと疼いていたけど、今はその時の熱がない。
別に助けてもいいんだけど、今のヴァルデスの出力では、ゴーレム化による強制的な肉体改造による再生治療は難しい。死んだら簡単に直せるけど、その時の中身はきっとまた人工精霊だ。
それに脳筋はそんな細やかな作業はできないに決まっている。だからボクもなるべくしたくない。
ところでボクが警備兵を皆殺しにしたことを言ったら、何かを思い出したようでまた吐きそうになり口元を抑えている。せっかく新しい服に着替えさせたのに、ここで吐かれるのは困るなあ。
しょうがないから折半案を出してあげよう。
「なら1つゲームをしてやる。いいか、よく聞けよ? これからお前は俺を飯屋に案内する。それが不味ければお前の命はない。ここまではさっきと同じだ。ここからが追加要素だが、その帰り道にお前がその女を助けられると思うものを1つ買ってやる。戻ってきたときに生きてればお前の勝ち。死んでたら負けだ。それでも助かるとは限らないが、もちろんやるよな?」
そもそも普通に考えたら行方不明の王女の護衛だった騎士なんて、病院に運ぶだけでも大事件だ。そのうえボクは既に大量殺人犯。さらにこの国では嫌われている獣人だ。
ユルモはどのように考えて、ボクが彼女を助けると思ったんだろうか。ボクが医者か何かに見えたのか? 自分が助かったことで、少し甘えているんじゃないかな。
返事がないので冷たく睨むと、彼女は無理になにかを飲み込んでこくこくと頷いた。
「よし決まりだな。最後の昼食にならないように、よく祈っておけよ」
「は、はい……」
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