3-4 はじめての戦利品
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頼りなさそうな細い臭いでも追いつけたのだから、一度補足した馬車など簡単に追いつけるわけで。
「た、頼む! 殺さないでくれ!」
御者だったのは男は、ボクが視界に入った瞬間に馬車を止めて土下座してきた。その潔さは認めてもいいけど、助けを乞うのは自分だけでいいのかな?
「中に2人いるだろ? それはなんだ?」
「……っ! し、知らない! 俺はただの運び屋だ! 護衛はさっきの2人だけで……!」
「ふぅん? なら運んでる荷はなんだ?」
「詳しくは知らねえんだ! ほ、宝石とか、服とか、なんかそういう高級なもんだとは聞いてるが、次の町まで馬車ごと届けて、俺の仕事はそこで終わるはずだったんだ! この馬車も荷物で、本当に何も知らない!」
そう言われるとこの馬車はなかなか質が良さそうなのに、御者はドントルにいた農民と同じような格好だ。馬もあまり毛並みが良くない。
「服か……丁度探してたんだ。おい、殺されたくなければそれをもってこい」
「え? あ、いや、もちろん言うとおりにするが、女もんだし、そんなに大きくないぞ?」
「俺が着ると思ってんのか?」
「…な、なわけないよな! 待っててくれ!」
御者は慌てて馬車に向かい、中に積んでいた木箱を外に投げ捨てていく。
「……ぅっ……」
その木箱の1つから小さく呻き声が聞こえた。中にあった臭いの発生源は2つともその中にあった。どうやら人間も荷物だったらしい。
うーん? どこかで似たような話を聞いたような……
「ぜ、全部降ろしました! 今から開けますんで!」
「ああ、早くしろ」
御者の男は鉄梃を使って、無理矢理に木箱をこじ開けていく。
1つ目には金貨の革袋が詰まっていて、開けた本人が息を呑んでいる。
2つ目は彼の言うように女性用の衣服が入っていた。ただ、ドレスや給仕服などの一般的なものより、穴の空いた下着や反対側が透けるほど薄い扇状的な衣装のほうが多い。
3つ目は宝石の装飾品や、貴金属でできた置物などだった。だけどそれを開けた瞬間に御者の手が止まる。
「どうした? まだ残ってるだろ?」
「あ、いや、そうなんだが…… あ、あんた、こいつはとんでもないことになるぞ……?」
そう言いながら彼が拾い上げたのは、何の変哲もない置物だ。剣の形をした天秤に蛇が絡みついている。よくできていると思うが、ボクに美的センスはないのでそれの価値はわからない。
「ああ? それがなんだってんだよ?」
「し、知らないのか!? 天秤揺らしの蛇は、闇組織『バランス・ブレイカー』の象徴だぞ!? つまりこの荷は、その組織のものだったんだ! それを、それをこんなにしちまって……! 俺もあんたも殺されちまう!」
「殺されるだあ? それを決めるのは俺だけだ。今すぐ死にたくなえれば、さっさと全部の箱を開けろ」
「……うぐっ。ど、どうなっても知らねえからな!?」
御者は文句を言いながらも残りの箱を開けていく。ついに最後の箱を開けたとき、彼は叫んだ。
「う、うわあああ!?」
「なんだってんだ。騒がしい」
「や、やっぱりこれは、バランス・ブレイカーのもんだったんだ! こんなもんだと知ってたら、俺はこの仕事を引き受けなかった!」
騒ぐ彼が開けた木箱には、2人の女性が入っていた。すっかり忘れてたけど、そう言えばそうだった。
1人は裸にされた上で全身を酷く傷つけられている。さっき呻いたのは彼女だろう。呼吸は浅いがまだ死んでいない。
もう1人は白いドレスを着た少女だった。目隠しと猿ぐつわをされているが、眠っているらしい。1人目の女性が庇うように抱いているので、ドレスは赤黒く染まっている。
「ああ、俺はどうしたらいいんだ!? こんな、こんなもん知りたくはなかった!」
「へえ、美人じゃねえか。知ってる顔か?」
「はあ!? あんた本当になにも知らないのか!? この方はザンダラの第6王女、メルシエ様だぞ!? それで、たぶんこっちの女は騎士のハイモアだ。少し前に行方不明なったと、大々的に発表があったばかりじゃねえか!」
そんなことを言われても、ボクが目覚めたのは昨日だ。ヴァルデス本人の情報は知っていても、周辺情報までは略歴にない。彼の記憶が完全にボクの中にあるわけではないのだ。
それはさておき、この2人をどうしようか。ここに放置すると、少なくとも弱っている騎士の方は死ぬだろう。
かと言って行方不明の王女など完全な厄介事だ。ボクが起こしたのならともかく、落ちてる面倒事を拾うほどヒマではない。
しかしながら、これはボクの戦利品だ。脳筋は何かと女を欲しがる。そして理由は定かではないが、ヴァルデスの肉体もそれを望んでいるような気がする。それを確かめるにも、ここで拾うのは悪くない。
まあ、面倒になったら殺せばいい。それが今回のボクのスタイルだ。
「よし。こいつは俺のものだ。連れて帰る」
「……こんな事は言いたくないが、あんたが連れ帰っても英雄にはなれねえぞ? 戦後のザンダラは連合が崩壊して亜人に対して風当たりが強い。俺はてっきりその逆恨みで馬車が狙われたんだと思ってたんだ。悪いことは言わねえ。ここに置いてって、人が助けに来るのを待ったほうがいい。こんなにあるんだから、金だけで十分だろ!?」
「なんだお前、俺の心配をしてるのか? 襲われて、こんな目にあってるのに?」
「あ、ああ。なんでだろうな。これがバランス・ブレイカーのものだとわかって、なんか、勝手にあんたも被害者になっちまったような気がして…… いや、そんな事はいいんだ! とにかくあんたもさっさと逃げた方がいい!」
面白いおっさんだなあ。さっきまで命乞いをしていたのに、少し別の役割を与えると従順に従うし、それが面倒なものだとわかると、ボクは襲撃者なのに親切心を働かせる。
気に入った。彼は殺さないでおいてやろう。
「ところで、他に荷物はないのか? 俺が着れるような、でけえ服とか装備とかだ」
「え? いや、馬車の荷物はこれだけだ。そっちのドレスは……流石に小さすぎるしな」
「何を勘違いしてやがる。俺はこれから町に向かうんだよ。こんな格好じゃ入れねえから、まともな服が必要なんだ」
「あっ、そうだったのか。俺はてっきり、女装趣味だったのかと……」
そんなわけがあるか。と思ったけれどボクの今の格好は上半身は裸で、下半身にはゴミ捨て場から拾ったカーテンを巻いているだけだ。それは赤いチェック柄なのでスカートに見えないこともない。ギリギリ相撲の化粧廻し風だけど、こっちの世界では知らないだろう。
「お前あの町から来たんだろ? 俺に合う服を用意できる店を知ってるか?」
「い、いや。言っちゃ悪いが、獣人は尻尾があるから、普通の服屋からは嫌厭されてる。それにあんたずいぶん大きいからな。普通の服を改造するのも難しいだろう。冒険者向けに装備を作ってる店で、オーダーメイドするしかないんじゃないか?」
「んで、その店はどこにある?」
「え、あ、わ、悪いが知らねえ。俺は冒険者じゃないから、治安の悪い北町には詳しくねえんだ」
「……そうか」
なるほど。とりあえず北町というエリアなら、冒険者関係のものがありそうなのか。
一先ずは馬車の幌を引き裂いて、適当に身体に巻きつける。肌触りはすごく悪いけど、一般的な露出度になったんじゃないかな。
「正直に答えろ。今の俺は旅人に見えるか?」
「あー…… 北の荒野の流民はもっと小汚いから、イケるんじゃないか?」
「まあいい。その言葉が嘘だったら、門番が死ぬだけだ」
「そ、それは俺のせいじゃねえから知らねえよ! 気になるんだったら、そっちの金貨でもくれてやれば誰だって黙るぜ」
ああ、賄賂か。そう言えばそんな手段もあったな。それを聞いて大体の方針は決まった。
まず王女とその護衛らしい女は持って帰る。どうするかは起きてから決める。
それを運ぶのはあの馬車だ。馬はかわいそうだから逃してやるか、あのおっさんにくれてやろう。
「よし。これからのことを決めたぞ」
「っ……! ど、どうなさるんで?」
「お前はまずこの散らかした荷物を馬車に運べ。女は俺のものだから触るな。わかったか?」
「は、はい!」
彼は結構優秀だ。見ていると宝石や金貨も盗もうとはせず、せっせと皮袋に詰め直し、かなり手際よく荷物を木箱に戻していく。
だが1つだけ、例の蛇と天秤の置物を触れるときには手が止まった。
「ああ、いいことを思いついた。その置物はこっちによこせ」
「え? ああ、どうするつもり……!? あ、あんたなんてことを!?」
ボクは受け取った置物を握り潰し、2つに千切って道に捨てた。
「どこの田舎組織だか知らねえが、こんなもんは恐れるに足らん」
「お、王女を拐った組織だぞ!? お、俺は知らねえからな!?」
ビビっているが、それでも彼は手を動かすのを止めない。ボクがヴァルデスでなければ、部下にしてもいいと思える存在だ。でも今回はそういうのはしないから、ちょっと残念。
元々それほど荷物は多くなかったので、すぐに全部馬車に戻せた。
あとに残ったのは女の入った箱だけ。中からそっと2人を抱き上げ、空いているスペースに寝かせる。
「……うっ、くぁ……」
王女の方はともかく、騎士の方は結構傷が深いようだ。たぶん結構な血が流れている。なにせ騎士のほうが背が高いのに、王女よりも軽かった。
「ポーションとか、なにか怪我を治せるものは?」
「あれは高いから俺みたいな庶民は持って歩かない。冒険者なら準備はあっただろうが……」
そういう御者が視線を向けた先は、さっき3人殺した方角だ。
「ならいい。この馬車は貰っていく。……馬は邪魔だから外せ」
「あ、ああ。……って、ちょっと待ってくれ! 俺はどうなるんだ!?」
どうなるって、命乞いをしたから助けたじゃないか。その後のことまでは知らないよ。
しかし文句を言いながらも指示には従うので、やはり彼は面白い。少しくらい戦利品を別けたくなるほど従順だ。せっかくなので金貨の入った木箱を破壊し、彼に向かって革袋を1つ放り投げる。
「な、なんだ!? 重い! 潰れる!」
金属がたくさん入ってるんだから、それはそうだろう。彼はまともにキャッチしようとしたせいでよろけて倒れて、周囲に金貨が散らばってしまった。
「そいつはお前の仕事分だ。馬もくれてやる。じゃあな」
「え!? こ、こんなにか!?」
ボクは自分の速度に耐えられるように荷車をクリエイトゴーレムで強化し、さっさと走り出した。
彼は驚き喚いているが、もう会うこともないだろう。
ユルモの元へ戻る道中、3人の冒険者の死体が騒ぎになっていたが、ボクは無視して通過した。
その際こちらを睨むような視線もあったけど、それも無視した。
そんな面倒事よりも、ボクは早く美味しいご飯が食べたかったんだ。
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