3-2 はじめての言葉遣い
残酷な描写あり。吐瀉表現あり。
たぶんこの章全体的にそんな風になりそうです。
◆
「あ、い、いや……こ、殺さないで……!」
「ん?」
ああ、そう言えばここには兵士の他に、最初に叫んだ女性がいるんだった。
すっかり忘れていたけど、最後に燃やした兵士に向かって声をかけていたので、ボクに見つかってしまった結果になった。
彼女は兵士と同じようなガスマスクをしているが、武装は特にないようだ。どこかの制服のような小綺麗な格好をしているが、ボクが激しく暴れたせいで返り血で汚れているし、怯え竦んで地べたを後ずさっているから泥まみれだ。
「わ、私、何も見てません!」
「は?」
「何も見てません! 何も知りません! お金も、な、なんでもします! だから、だから殺さないで!」
どうやら命乞いをしているようだ。さてどうしようか。
今回のボクは脳みそが筋肉でできている武闘派の悪役だ。他人の言うことを聞かない縛りで皆殺しにしながら、なにか武闘派ならではのものを手に入れられればいいかなと思っていたけど。
ふむ。なぜだろう。彼女を殺すのを惜しいと思っている自分がいる。
怯える彼女を見ていると、なにか根源的な、食欲ではない欲求が湧き上がってくる。破壊衝動とは違うし、殺すのとも違うが、どこか暴力的な要求だ。
はて、以前何処かでもこの欲求を感じたことがあるような。
「……」
「た、たすけて、くれますよね……? あ、わ、私、誰にも見つからずに、こ、こここ、ここを出る方法、知ってます! だ、だから殺さないで……!」
目元に涙を浮かべ震えながら、何故か口元が笑っている。あれは病院に居た頃に聞いたことがあるけど、酷いストレスで精神に負荷がかかると、肉体が通常の状態に戻すために普段と同じ事をしようとするらしい。
ああ、かわいそうに。彼女はきっと普段から笑みの絶えない女性なのだろう。それなのに、こんなに必死に泣きながら懇願している。ここで殺すのは、きっとすごい悪いやつだ。
そういえば、筋肉系の悪役はなぜか女好きが多い。ヒロインに恋してみたり、人質にほだされて計画を喋ってしまったり。武闘派の幹部でもそういう話はあった。
それらはお話の上でのお約束なのだと思っていたが、もしかするとなにか意味があるのかも知れない。
「よし、決めたよ」
「……な、なにを……ですか……?」
ボクが話をしようと1歩近づく度に、彼女は2歩分後ずさる。
1歩、また1歩。ボクが足を出す度に彼女は段々と早く、そのうちに止まっていても後ずさっていくが、すぐにゴミ山にぶつかってしまう。
「あ、あああ……、お、お願いです、殺さないで……」
「いいよ。その代わり、美味しいご飯を用意してくれるかな?」
「は、はい! なんでもします! 食事でもなんでも、用意させていただきます! 助けてくださって、ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼女は命の危機が去ったとわかった瞬間にその場で土下座のような姿勢になって、何度も頭を下げた。まるで壊れた水飲み鳥みたいだ。あれ? 何度も振り子みたいになってるなら壊れてはいないのか。
とりあえず面白そうなおもちゃが手に入ったし、しばらくはこれで遊ぼうかな。
◆
「こ、こっちの道を抜けて、あのゴミ山の影に、壁が壊れた場所があります」
彼女の名はユルモと言うらしい。未だに腰が抜けて歩けそうになかったので、肩に抱えて先導をさせている。服がぐっしょり濡れているが、返り血と冷や汗のせいだろう。
ちなみにまだ服は着ていないけど、ゴミの中からなんとか腰巻きにできそうなものを見つけたので下半身にはそれを装備している。たぶんカーテンか何かだ。これがないとユルモの視線が煩わしかった。
今いるゴミ捨て場はザンダラ北部廃棄場といって、一応政府の管理施設なのだとか。ここにはニームとの戦争に使われていた魔導具類もあり、それを盗む輩がいるので少数ながら警備兵も配置されていた。ボクがみんな殺しちゃったけど。
警備兵は交代制だから、あと数時間すると不審に思った次の部隊が現れるはずだ、とユルモは言っていた。
ボクとしてはそれと戦ってもよかったんだけど、雑魚との連戦だと気がついたので一旦止めることにした。こういうのは緩急が大切だ。同じ相手ばかりでは飽きる。
それとは関係なく、今回ボクは1つ新しい試みをすることにした。
「おい。壁にはたどり着いたが、壊れてねえぞ?」
それは言葉遣いだ。今のボクは筋骨逞しい大柄の武闘派剣闘士ヴァルデス様だ。それの一人称がボクではなんとも情けない。なので荒々しい口調を練習することにした。
「ひ、あ、ち、違います、あっち、あの塊の先の……」
「めんどくせえ……メテオスマッシュ!」
「……え? キヤーッ!!」
もちろん口調だけではなく、態度にもそれを出す。
道を間違えた? 違うね。壁があったら壊せばいいのさ。
破壊力と貫通性に優れたメテオアーツを発動すると、ボクの目論見通りいい加減なパンチでも壁を吹き飛ばすことに成功した。
本日2回目の衝撃と轟音。
今わかったけど、あの穴が脆かったんじゃない。この技が、そしてこの肉体が強い。
その証拠にボクの目の前に聳え立っていた壁はただ穴が空いたわけではなく、周辺数メートルに渡って粉砕し、地面も抉れるように吹き飛んでいる。周囲にはものすごい粉塵が立ち込め、バラバラと壁だった破片が降ってきた。今度から気をつけて使おう。
自分の起こした結果を見て感心していると、突然大きな警報がなった。
そりゃそうか。警備兵が殺されたのと、壁が壊されたのでは規模が違う。そりゃバレるよ。
いそいそと壁を抜けると、そこは一面の荒野だった。ただでさえ緑が少ないのに、分厚い雲で覆われているせいで、どんよりと暗い。
「おい、次はどこに行けばいい?」
「……」
「……おい、返事を……あっ」
行き先案内人が返事をしないので少し揺するが、それでも返事がない。ここに来て反抗かと思ったけど、それも違っていた。
肩に抱えられた状態で、あんな大きな壁を破壊するスキルの衝撃をもろに浴びたのだ。兵士ですらないただの女性に耐えられるはずもない。
死んでこそいないが、気を失っているようだ。
「仕方ねえな」
別に置いて行ってもよかったんだけど、女を拐うというのは悪役っぽかったのでそのまま抱えて行くことにした。
行き先はわからない。ただ走って、辿り着いてから決めればいい。
◆ユルモ
パチパチと、木の燃える音がする。近くに焚き火があるようでとても温かい。
というか、むしろそれ以外がすごく肌寒い。
「へくちっ……!」
ユルモは自分のくしゃみで目が覚める。そして、その寒さの原因に気がついた。服がない。そしてここは川辺だ。自分の服は、ずぶ濡れにされて焚き火の周辺に散らばっている。
「あった。私の服。……っ!?」
「起きたか? まあ食えよ」
「ひっ!? あ、あっ、ああ、ありが、とう、ございます…… はむ。……っ!?」
服を取りに行こうとしたユルモの目の前に突きつけられたのは、木の枝で串刺しにされた焼き魚だった。それを差し出してきたのは、悪夢で見た狼の獣人の大男。
有無を言わさぬ彼の目に恐怖し、なんとか魚の串焼きを受け取り、それを口にする。
酷い味だ。下処理も味付けもされていない、ただ串に刺して焼いただけの魚。なんとか飲み込めるように噛み砕くが、噛めば噛むほど生臭さが口の中に広がっていく。
だけど、吐き出したらきっと殺される。
ユルモは自分がまだ悪夢の中にいるのだと信じたかった。だけど、自分の五感がここが現実なのだと知らしめてくる。
「美味いか?」
「っ、は、はいっ! おいしい、おいしいです! 私なんかにご飯を、ありがとうございます!」
「……マジで言ってるのか?」
「もちろんです! うわあ、この魚、私大好物で! ほんとに、ぐすっ、わ、涙、出るほど……泣くほど美味しいんです! だから、だから……!」
鋭い眼光を見て、ユルモは確信した。忠誠心を試されている。ここでなにか彼の機嫌を損ねれば、きっとあの兵士たちのように殺される。
だから無理にでも食べた。なるべく美味しそうに。身体が拒否反応を起こしているけど、それでも無理に飲み込む。
「…………」
「おいひい、おいひいれす!」
獣人はユルモが食べる様子をじっと観察しているだけで、それ以上は何も言わない。だけど、その無言がただただ恐ろしかった。
あの目が怖い。人を人と見ていない、魔物よりも冷徹な目。あの目に睨まれた兵士たちは、様々な方法で次々に殺されていった。あレはまるで何かを試しているようだった。
だから私も試されている。だが兵士たちの最後の瞬間が脳裏に浮かんだとき、自らの槍で串刺しにされた部隊長がフラッシュバックした。してしまった。
「うぷ、お、おぶ、おろろろろ……!」
「あ、吐いた」
ユルモには、自分が食べていた魚が、あの槍で突き殺された隊長に見えてしまった。嫌悪感がしたのは一瞬だったが、元々口にするのも躊躇われる、吐くほどマズい魚を無理やりに飲み込んでいたのが仇となった。
一度決壊した胃の逆流は止まらない。食べた魚をすべて吐き出し、それでも止まることなく胃が戻そうとする。
「おえっ、はぁ、はぁ、お、おろろ……!」
「なんだ、やっぱりマズいじゃねえか」
「!? ち、ちが、これはっ! これは、まだ、まだ食べられます! まだ食べます! だから、殺さないで……!」
獣人の言葉に、はっと冷静になったユルモは今度こそ殺されると思った。
だけど何としても死にたくない彼女は、自分の吐瀉物を川原の石ごとすくい上げ口に運ぼうとする。
「み、見ててください。ちゃんと、ちゃんと残さず食べますから……!」
「もういい、やめろ」
「キャッ!」
ユルモは悲壮な覚悟で口をつけようとしたが、獣人はそれを良しとしなかった。手に掬った吐瀉物をはたき落とされ、その衝撃で彼女自身も崩れ倒れる。
「あ、ああ、いや、いやよ……、こ、こんなところで、死にたくない……」
「殺さねえよ」
「ほ、ほんとう、ですか……? ちゃ、ちゃんと食べなかったのに……?」
「そう言っただろ? 俺はお前を生かしてやる条件に、美味い飯を用意しろと言った。覚えているか?」
獣人の問にユルモは全力で首肯する。
「だが美味いかマズいかの基準は人それぞれだ。そこで俺は1つ試すことにした。これはさっきそこで獲った魚だが、俺の中では美味くなかった。だがそれが共通の認識なのか、お前にも聞くことにしたんだ。それなのにうまいうまいと食うもんだから、少し困った」
「……あっ」
「だがマーライオンみてえに威勢よく吐き出したのを見て確信した。やっぱりマズかったんだってな。あのまま味音痴だとわかったらここで捨てたが、とりあえずはそうじゃねえみてえで安心したぜ。わかったらその汚れた身体を洗ってこい」
「あ、あ、あり、がとうございます」
ユルモはとりあえず生かされるのだとわかって安心し、その後自分が吐瀉物まみれなことに気がついて急いで川に向かった。
夏に入ったとはいえ、川はまだまだ冷たい。しかしほとんど全身汚れているので、川に入るのに躊躇いはなかった。やはり肌寒いが、慣れてくると水の温度が心地よい。。
(私は、本当に生かされているんだろうか)
冷たい川の水で冷静になったユルモは、ぼんやりと今後のことを考えた。
味音痴だったら捨てられた。というのは、逆に言えばここに置き去りにされるだけで済んだのかもも知れない。
だけど味覚がまともだとわかったから、きっとまた連れ回されるのだろう。いつか殺されるかも知れないと怯えながら生きるのは、いつか殺されるなら、果たしてそれは生かされているというのだろうか。
川から上がってあの獣人の元に戻ると、彼はすでに横になって寝ていた。
全裸にされているのに、何もされないのか。今なら逃げられるのではないか。逃げたら、追ってきて殺されるのでは……
様々な思考がユルモの脳内を駆け巡ったが、結局彼女は何も選べず、焚き火で乾いた服を着て眠ることにした。
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