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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第二章
52/173

2-22 歪む勇者パーティ

スラー撃破直後の話です。



◆勇者パーティ・フジ



「近寄らないで……! この、ひ、人殺し……!」

「えっ、な、何を言っているの? あいつは大量殺人犯で、人間じゃなくなっていたのよ!?」


 賢者バニラが、死にゆく転生者スラーを殺した。

 彼女の言うとおりこの場にいた冒険者たちを殺したのは彼で、町を襲撃したのも含めて許される罪ではない。実際ツルギもゴウドも、スラーを殺すために技を使った。


 だけど聖女フジには耐えられなかった。

 邪悪な殺人者、罪深い悪人だが、それでも目の前でつい先程まで喋っていた人間が、仲間の手によって殺された事実を、受け止められなかった。


 そもそも、彼らはスラーが実際に殺した現場を見ていなかった。町を襲ったのは闇魔法であり、この場にある死体も彼の証言しか証拠がない。

 そしてそれ以上に、彼らは魔物や動物以外の生物を殺したことがなかった。

 特にフジに至っては日本に居た頃から生物を殺すことに、それが食べるためだとわかっていても、忌避感を感じていた。


 フジは心の何処かで、本気でスラーがやったのではないと思っていた。思い込んでいたかった。それは聖女だからとか、日本から来た転生者の仲間意識だからとかではなく、自己防衛的に自分と同じ世界の人間が人殺しをしたなどと信じたくなかったから。

 だから何度もスラーに声をかけ、激怒するツルギの前に割って入り、罪を償うように懇願した。

 結局それらは無駄に終わり、ついにツルギとゴウドは彼を攻撃した。


 しかし奇跡的に彼は死ななかった。フジはまだチャンスがあるのだと、彼が死ななかったのは本当は悪人ではなかったからだと、彼が町で冒険者を殺した影の人形を出したのを見てなお、信じ込もうとしていた。

 殺せと何度言われようと、こちらから攻撃しなければ彼は死なず、なぜか回復しているようだから、このままでいればきっとわかってくれるのだと、そう願い続けた。



◆バニラ



 時を同じくして、賢者バニラは気がついていた。転生者スラーは、人間ではない。

 ツルギの攻撃を脚を失ったとは言え回避し、ゴウドに胸を殴られてなお生きているなんて、ふつうはあり得ないのだと。


 ツルギの『ジャッジメントソード』は、ただ振り回しているだけで魔物を殺す。斬るとかどうとかではなく、触れると魔力崩壊を起こして蒸発する。その威力は飛べない恐竜のような見た目の亜竜種すら、尻尾の一部をかすめただけで魔石へと変えた。

 それの出力を上げるオーバーロードともなれば、その漏れ出す光に触れただけでも敵を破壊する。実際にツルギは廃鉱山ごとゴブリンの砦を蒸発させ、先程の戦いのときもスラーの作り出した影人形を一瞥することなく消し去っている。

 だから、ツルギ自身も気づいていないようだが、本来触れた瞬間に魔力崩壊を起こす聖剣に触れて、ただ脚を失うだけで済むなど本来あり得ないのだ。


 更にその後のゴウドの追撃『メテオアーツ』。これは肉体強化系の最上位に当たるスキル群の総称で、一撃必殺に重きをおいた破壊力重視の格闘術だ。

 自身の肉体すら破壊してしまう一撃の威力は、ただのパンチですら城塞の防壁を吹き飛ばす。ツルギのジャッジメントソードは勇者のスキルだけあり、ツルギが敵だと認めたものしか破壊しないが、ゴウドのスキルは物理的にすべてを破壊する。

 にも関わらずゴウドの放った『メテオスマッシュ』は、あのひょろっとしたスラーの胴体を押し潰しただけで、殺すまでには至っていない。彼の寝ていた地面は大きく陥没していたのだから、決して加減をしたわけではないのに、だ。


 スラーは、あのひょろりとした学者のような男は、勇者パーティの文字通りの必殺技を、2発も受けてなお生きていた。

 それどころか、その直後に身体を回復させ、逃げるでもなく喋り続けていた。


 バニラはそれが恐ろしかった。失った脚からは血が流れ続けている。潰れた胸は、呼吸の度に上下していない。

 なのに喋って、笑って、自分を殺せと煽ってくる。

 彼は本当に人間なのか、それすら怪しく思えてきた。そして、そのときに理解したのだ。彼の身体は、とっくの昔に影人形と同じものになっているのだと。

 ――実際にはそれはスラーの発動していたシャドウアーマーであり、回復術はまた別のものだったのだが、使用したスキルはどちらも同じなので、バニラの勘違いは結果として間違っていなかった。


 だけどツルギもゴウドも、その異質さに気がついていなかった。彼がおかしなことをしないように睨みを効かせているのに、彼のおかしな行動に気がついていない。

 あの余裕から、彼は既に戦える状態まで回復している。バニラにはそう思えてならなかった。


 そして、これは無意識のことではあるが、彼を殺せば、人を殺して本当に経験値が手に入るなら、私も2人に追いつけるかも知れないと、バニラには暗い欲望が生まれていた。


 判断は一瞬だった。

 一番使い慣れた、そして自分が使える中で一番闇魔法に対して効果がある魔法の発動。

 気がつけばスラーの眉間には小さな穴が空き、そこからは血の代わりに黒い影が流れていた。



◆ゴウド



(……やりやがった! 出し抜かれた!)


 賢者バニラが町を襲った転生者、スラーを殺した。

 それ自体は別にどうでも良かった。こんな歪んだ人間と同じ転生者だと思われたくなかったから、さっさと死んでほしかった。

 だが本当に殺してよかったのか? スラーが言っていた経験値の話が、どうしてもゴウドには引っかかっていた。


 ――魔物や生物を殺すと、スキルレベルや基礎能力が上昇する。


 なんとなく、なんとなくではあったが、肌感覚としてそういうものを感じてはいた。

 しかし勇者パーティとして鍛えた訓練教官からも、この世界の知識を教えてくれた学者たちからも、そんな話は聞いていない。

 彼らから聞いたのは、スキルは使用することで経験が貯まるということだ。基礎能力に関しても、現代と同じように反復トレーニングでしか鍛えることはできないと言われていた。


 だがスラーははっきりと明言した。さも当然のように、まるで常識だと言わんばかりに。

 そしてその直後の取消発言。他の転生者に言うな、という言葉から察するに、この事実は転生者のみが知り得る情報で、かつ何らかの条件があったのだ。

 そのくせ死の間際には経験値がもったいないと言っていたことから、恐らく真実なのだろう。


(やつはこの世界の転生者のなかで、俺たちよりも多くの情報を持っていた。イカれてはいたが、イカれていたからこそ辿り着けた情報があったんじゃないのか?)


 思い返してみると、スラーには不審な点が多い。

 まずその見た目と名前だ。勇者パーティは全員が元の日本からそのまま転生、どちらかと言えば転移してきている。今は魔力のせいで多少変色しているが、元々は全員黒髪黒目、名前もバニラを除けば本名だ。

 それに対してスラーの見た目はこのニーム王国民に多い金髪碧眼だ。もちろんそれだけで日本人ではないというわけではないが、彼の名乗ったハレルソンはこの地の領主の家名であり、転移してきたというわけではないように思える。


 そして先程の戦闘でも、やはり違和感がある。

 そもそもやつはツルギの攻撃を回避し、かすりはしたが耐えた。あのときゴウドは頭に血が上っていたため即座に追撃したが、本来あの攻撃は耐えることができない必殺技なのだ。

 ゴウド自身が直接ツルギの攻撃を受けたことはない。だがゴウドが仕留め損ねた魔物を、ツルギは何でもないように打ち払い、魔力片へと崩壊させる。

 自分が殴って倒せなかった魔物を倒されるのを何度も見てきた。だからこそ、あの聖剣の破壊力は理解している。まさしくチート武器だ。

 触れた先から魔力へと分解していく攻撃を、スラーは両足だけの犠牲で耐えた。


 今思うと、ツルギも無意識のうちに、殺人だけはしないように緩めていたのかも知れない。勇者として正しさを求める彼なら、ありえないことではない。


 しかしその後のゴウドの追撃、メテオスマッシュの直撃すらも、スラーは耐え抜いた。

 これは自分が放ったのだからはっきりと言いきれる。殺す気で殴ったし、全力でスキルを使用した。その余波で転んでいた彼の背後の地面は抉れて吹き飛んでいる。

 にも関わらず、スラーの直接の被害は胴体部分の損傷だけだった。もちろん激しく押し潰されていて、風船人形を凹ませてような、とても生きているとは思えない状態だった。

 だが、それでも生きていた。魔法で強化された城壁すら穿つ必殺の一撃を、ただの人間が耐えた。Aランクの強力な魔物ですら潰れて肉塊になる衝撃を受けて、人だとわかる原型をとどめていた。


 更にありえないのは、その直後に喋り始めたことだ。あれだけの攻撃を受けて、満身創痍にも関わらず、ムカつくニヤケヅラで訳のわからないことを語っていた。


 冷静になって考えれば考えるほど、スラーの異常さが際立っていく。

 だがその異常性が、異常な耐久力が、殺人による基礎ステータス上昇の産物だとしたら?

 そう考えると、多少無理があるが納得はできる。なぜ攻撃系スキルを強化しなかったのかと思わないでもないが、逆に言えばそれで今まで問題がなかっただけだ。

 現に彼はあの影の戦士で冒険者達を何人も殺している。勇者パーティの職業補正がそれを上回っていただけで、彼の攻撃性能は十分にこの世界で無双できていた。それなら防御や耐性面でのステータス稼ぎはありえなくない。


 そう言えばバニラが、魔法を使って人間ではなくなっていると言っていた。もしかすると、それが闇魔法のことなのではないだろうか。

 闇魔法はこの国では禁忌とされていて、研究は疎かその取っ掛かりですら確認できない。スキルブックを確認しても、影魔法から派生で入手するまでその詳細が確認できなかった。

 バニラの言葉が正しければ、闇魔法には魂を使う必要があるらしい。やつの強さの秘密は殺人で得た経験値と、その魂を使用しての闇魔法による自己強化にあると、ゴウドの中では結論づけられていた。


 そしてその答えにたどり着いたとき、彼には明確にスラーを殺す意思が芽生えていた。やつを殺せば、やつと同じだけの基礎能力が得られるのだと。

 ゴウドは強さを欲していた。彼の中には、ツルギに対するコンプレックスがあった。

 同じ勇者パーティのメンバーだが、自分は勇者ではない。やつが剣で、俺は盾だ。やつは常に先頭に立ち、俺は常に2番手にいる。ここに来る前のギルドマスターからの奇襲も、後衛の護衛に入らなければ、俺は耐えられていたはずなんだ。そんな状況に満足している男が、いったいこの世のどこにいる?

 思い起こせば勇者に対する不満が溢れ出し、スラーを殺せばそれが打開できるのだと勝手に信じ込んでいた。


 だからこそ、バニラ出し抜かれたと感じていた。



◆ツルギ



 ツルギの目には、自分が敵だと判定した対象を追跡する能力がある。

 だからこそシャドウキャリアーが消滅したあとでもその行き先がわかったのだが、スラーには判定がなかった。

 はっきり言ってスラーはかなり怪しい雰囲気だったが、それでも黙ってここまで着いてきたのは、彼が町を襲った敵だと確定しきれなかったからだ。

 結果として彼は敵であり、仲間のバニラがとどめを刺した。


(……だが、まだ終わっていない)


 ツルギには敵が見える。スラーは敵だと判定し、そして死んだ。だが、その判定はこの世界に残り続けている。

 今回はシャドウキャリアーのときとは異なり、判定はあるのにその行方がわからない。

 ツルギにとってもはじめての状況で、どう対処していいのか分からなかった。


 しかし1つだけ、スラーの死でわかったこともある。シャドウキャリアーを倒したとき、その残滓はスラーのいた方向へと消えていった。

 そして今、スラーが死んで残った魔力の残滓は、バニラの中へと吸い込まれていった。


 ――魔物や生物を殺すと、スキルレベルや基礎能力が上昇する。


 彼が残していった言葉だ。今だからこそわかる。あれが魂であり、あれが経験値と呼ばれるものの正体だったのだ。

 そしてその敵だったものの判定は、バニラにはない。ツルギはそれを確認して、安堵した。

 

(よかった。バニラが、仲間が敵にならなくてよかった)


 だが、そこでふと気がつく。ではシャドウキャリアーは、あの怪物を倒した経験値はどこへ消えたのかと。あのとき、あの怪物には誰もとどめを刺していない。

 では経験値は消えていったのか? それはきっと違う。なぜなら、たしかにその残滓が森の中へ流れていくのを見たのだ。おそらくスラーに吸収されていったのだろう。


(だとすると、やはりあの怪物はスラーが作り出したものになる。なのになぜ、同じ敵としての判定がなかったんだ?)


 ツルギの疑問は尽きない。

 しかし1つだけ、今すぐにやらなければいけないことがあるのを思い出した。


「フジ、バニラ、とにかく落ち着けって!」

「いや、いやよおおぉぉぉ……バニラが人を殺して、あ、あああ、人が、人がこんなに死んで、うわああぁぁぁぁぁん」

「……ツルギくん……ツルギくんは、信じてくれるよね……?」


 仲間の輪が乱れている。たった1人の敵のせいで、ろくな攻撃すらできなかった敵のせいで、俺の仲間たちがこんなにも傷ついている。


 心の傷は、仲間たちの間に入った罅は、いったいどうすれば治せるのだろうか。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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