2-21 はじめての経験値
また遅れましたね。でも土日は休みじゃないから仕方がないんだ。
勇者たち4人を連れてやってきたのは、いつかの酪農場。まあ牛は全部食べちゃったから、今は養豚と養鶏だけなんだけどね。
「うっ……!?」
「なんだここは! 酷ぇ臭いだ! いくら動物を飼っていても、こうはならねえだろ?」
「腐臭と死臭が立ち込めていますね。死んだと言っていましたが、誰も後片付けはしなかったのでしょうか。アンデッドが居ないのが不思議なくらいです」
月と星の明かりだけで進んできたこの場所は、新鮮な卵が無料で手に入るため初めの襲撃以降も何回か利用していた。
「うおっと!?」
「おい大丈夫か? こんなところで転けたら、泥だけじゃなくてクソまみれになるぞ?」
「なにかに躓いたんだ。なんだこれ……骨?」
「ああ。ここは動物だけじゃなく、人も死んでいるからそれかも知れないね」
「なんだって!?」
なんでもないようにボクが言うと、4人はその場から飛び退く。
「フジ、すまないが明かりを」
「……はい。セイントボール、フラッシュ! ……ひっ!?」
「うっ!? おぷっ……!」
聖女の魔法による柔らかな明かりが周囲を照らすと、そこに広がっているのは地獄絵図だった。
押しつぶされ、内側から骨が飛び出た死体があった。様々な関節を無理やり捻られ、各部が皮だけで繋がっている死体があった。同じ場所だけ殴られ続け、腹部から下が崩れ落ちている死体があった。全身を刻まれた死体があった。首のない死体があった。上半身のない死体があった。焼死体があった。溺死体があった。虫に食われた死体があった。背骨しかない死体があった。
男も女も老人も子供も関係なく、ここに来たすべての死体でそこにあった。
「最初は2人だけだったんだ。ここの牧場の経営者から金を奪って殺した、それで終わりにするつもりだったんだよ」
「!? お前が、お前がこの全員を殺したのか!?」
勇者ツルギが剣に手をかけて怒鳴る。今更? 最初出会ったときからあからさまに怪しかったでしょ。
全員殺したのは事実だけど、物事には順序がある。今は悪役の独白パートだから、彼を無視して話を続けることにした。こういうのはお約束として重要なんだ。
「お金と、あとは食材が必要だったから、牛と鶏の卵を持ってかえった。そしたらここの卵は新鮮で美味しくて、でもそれを世話する人間がいなくなっていたから、代わりにボクが世話をすることにしたんだ」
「……それ、お前が殺したんだろ?」
「うん、まあね。でもなくなってから必要なものに気がつくって、よく言うでしょ? そしたらさ、ここに買い付けに来ている商人が経営者の不在を不審に思って、冒険者に調査の依頼を出したんだ。もちろんすぐにここに居たボクが怪しまれた。だから殺して……」
「お前はっ! 同じ日本から来たと言っていたのに、人の命をなんとも思わないのか!?」
またツルギが怒り出して話を遮られる。ちゃんと最後まで聞いて欲しい。でも、命をなんとか思うってどういうことなんだろうね。
「なんていうか、そもそも命ってどういうものなのか、たぶん認識が違うんだと思うな。ボクにとって命とは、魂が入っているかどうかの状態を指す言葉だと思っている。命を失うというのは魂を失うということであって……」
「それのなにが違うというのですか!? あなたは人を、生きていた人を殺しているのですよ!? 他人の命を奪って、なぜ平気なんですか!?」
今度は聖女も話を遮ってきた。説法の時間は黙っているものなのに、聖職者がそれを破っちゃダメでしょ。
「同じじゃないよ。ちゃんと聞いてよね? 命っていうのは魂と肉体が繋がっている状態で、命を失うっていうのは、魂と肉体が別れて2つのものになることなんだよ。それでさっきの話に戻るけど、ボクは殺した人間の魂をきちんと有効活用しているし、肉体の方もちゃんと使ってる。人の命をなんとも思わないかって言ってたけど、死んだ人間には感謝はしているよ。流石に数が多すぎて、鶏も豚も食べ切れていないみたいだけどね」
「なっ!? 何を言っているんだ!?」
「っ、お前まさか! 世話をしてるって、この人たちを食わせたのか!?」
「そうだよ。ここで飼っているのはみんな雑食だからね」
「っうぷっ……! おぇっ……!」
あ、ずっと黙ってた賢者が吐いた。そこのやつはまだ新しい死体なのに、もったいない。
「イカれてやがる……!」
「よく言われるよ。さて話を戻すけど、みんなここに着た目的を忘れていないかな? もう気がついてると思うけど、町を襲撃したシャドウキャリアーを作ったのはボクだ」
屋敷からはもう十分すぎるほど離れたし、彼らにボクを殺す理由も与えた。シャドウレギオンを数体呼び出して、戦闘態勢に入る。
「真犯人は見つかったみたいだけど、その後はどうするのかな?」
「俺は、勇者として、お前を討つ! 転生者だろうと日本人だろうと、ニームの平和を脅かすのなら、ここで倒す!」
ツルギくんが抜いた剣は漏れ出す魔力だけで周囲を照らす。あれがシャドウキャリアーを倒した聖剣か。眩しすぎるくらいで、聖女に明かりを頼る必要なかったんじゃないかな。
さていよいよバトル開始だ。そう思っていたけど、聖女がボクとツルギの間に割って入る。
「フジ!? 何故前に出た!」
「待ってください! 確かにスラーの行いは許されざる悪行です! しかし彼は同じ日本から来た転生者。なにか事情や、誤解があったのかも知れません! 説得の時間をください! スラー、あなたもどうしてこんな行いをしたのか、はっきりと説明をしてください!」
何を言い出すかと思えば、説得だって?
理由はさっき全部言ったのに、金と食料のために殺したボクに一体何の誤解があるっていうの?
「フジ、こんなやつの言葉に耳を傾ける必要はない! さっきまでの言葉が全てだ!」
「そうだぜ。喋ってる間ずっとニヤニヤ笑っていたクソ野郎の、どんな事情があったらこれが誤解になるっていうんだ!」
そうだそうだー、ツルギとゴウドの言うとおりだー。
ぶっちゃけ聖女は隙だらけなのでシャドウレギオンで奇襲をしてもいいのだけど、それは少し流儀に反する。戦闘員は人質をとっても奇襲はしない、ような気がする。
さてどうしたものかと考えていたら、それまで黙ってゲロを吐くだけだった賢者から質問が飛んできた。
「あんたの言う、魂の有効活用っていうのは、闇魔法のことよね……? そのために、こんなに人数を用意して、闇魔法発動のために……」
「え? 少し違うかな。闇魔法って魔力さえあれば、無理に魂を使う必要はないんだよ。魔力がない人が無理に発動するために、魂も代用できるってだけ」
なんでそんな質問をしてきたのかと思うくらいどうでもいい内容だったけど、せっかくだから答えておく。そうしたら今度はゴウドが睨みつけてきた。いや、ずっと睨まれていたか。
「あ? じゃあこいつらを殺して、何が役に立ったっていうんだよ?」
「あれ、知らないの? ……ああそうか、人を殺さないと知るわけないか」
「……闇魔法でなければ、一体何の何のために殺したのよ?」
「もちろん邪魔だったからっていうのが一番だけど、魔物や生物を殺すとスキルレベルや基礎能力が上昇するでしょ? 魂はそれに使うんだけど……え、もしかしてそれも知らないの?」
当然知っているものだと思っていたが、彼らの反応はなんとも言えない感じだ。ちなみにボクの場合職業【敵】の関係で吸収されているんだけど、それは言う必要はないか。
「あー、職業補正で能力値が高いと気が付かないのかな? まあいいや、とにかく殺すと経験値が手にはいるんだけど、人間、その中でも冒険者っていうのは特に魔物や動物を殺す機会が多い。だから本人は弱いくせにスキルが多いせいで、殺したときにもらえる経験値が多いんだよね。だから殺人は成長効率がいいんだけど……あれ、どうしたの?」
説明を終えると、勇者を含めて、全員が絶句していた。スキルや基礎能力と経験値の関係を、どうやら本当に知らなかったらしい。
しばらくみんな固まっていたが、賢者だけはすぐにスキルブックを起動して何かを調べている。
それと同時に脳内にアールから警告が入った。ボクが【敵】になって候補から外れているからすっかり忘れていたけど、彼らはまだまだ現役の神候補。これ言っちゃダメなやつだった。
「ごめんごめん、これ教えちゃダメだったから、他の転生者には内緒にしてね」
少し冗談っぽくおどけてみせるが、わかってくれたかな?
「……つまりなにか? お前は、お前が強くなるために人を殺したっていうのか……?」
「もののついでにだよ? 最初の目的はお金と食料を奪うことだった。でもこの場所が定期的に食料の取れる手頃な環境だったから、その秘密を守る必要があった。だから秘密を探る冒険者達を殺したってわけさ。追い払うより殺したほうが簡単だからね。取引先の商人も殺したから、しばらくは安泰だったんだけど……今度の相手は少し厄介そうだからね」
「もういい、わかった……お前は死ね……!」
「! 行け、シャドウレギオン!」
おっと、勇者ツルギが完全にキレた。それに伴って聖剣の輝きが増して、漏れ出す光が空気を焼いている。凄い出力だ。本当に同じタイミングで来た候補者なのか、ちょっと疑わしい。
流石にこれ以上のおしゃべりは望めそうになかったのでシャドウレギオンを放ったが、余剰魔力に触れただけで蒸発している。あれ、かなりマズいかも。
「ジャッジメント・オーバーロード!!」
ツルギとの距離はまだまだあったが、振り下ろした瞬間に刀身が伸びた。まるで光の柱が倒れてくるようで、ボクは慌てて横に飛ぶけど、そこはスラーの貧弱ボディ。あっさりと両足が吹き飛ばされ、勢いのままボクは転がっていく。
「ぐぇ……っ! その攻撃、ずるいなあ……!」
「……チッ、しぶてえ野郎だ! メテオスマッシュ!」
避けたボクに向かってゴウドが飛びかかる。シャドウレギオンはまだあるけど、こちらは展開しても間に合わない。
胸に向かって放たれた大きなガントレットの一撃は、本当の隕石が降ってきたように重い。シャドウアーマーのお陰で死なずに済んだけど、凄い、胸ってこんなふうに凹むんだ。絶対肋骨刺さってるね。
「がはっ……!」
なんとか自分の身体をゴーレム化させて、最低限の運動機能を復活させる。とは言えいまさら戦うつもりはない。最初から死ぬためにここにいるわけだしね。
「はっはは、ごほっ……は、勇者より弱いなんて、言ったけど、はは、大して変わらない……どっちもボクを一撃で、殺せないの……?」
「ああ!?」
「……嘘、まだ息があるの?」
「もう諦めてください! あなたの罪は、許されません! ですが、償いが必要なのです! 生きて、その罪を償ってください!」
聖女がなにか言ってるけど、意味がわからない。罪を償うために死ぬんだから、生きるのは矛盾がある。
ボクは今までいろんな悪役を見てきたけど、改心したのはほんのちょっとだけだ。みんな最後は爆発四散している。あ、また爆発機能をつけるのを忘れていた。せっかく研究者だったのに。
それはともかく、ボクに改心するつもりはない。でも償えとはどういうことなんだろうか。なにか補償が欲しいのかな?
そこでボクは1つ思いついたことがある。
「ふは、罪は……死でしか、償えない……よ。生きて償う? このまま置いておかれれば、きっとすぐに死ぬよ」
「そうだスラー! お前の罪は、償うには重すぎる! 死ね、そのまま死んで、地獄で侘び続けるんだ!」
「詫びる、つもりもない。ねえ、提案があるんだけど、だれか、ボクを殺してよ」
「介錯をしろってのか……?」
ゴウドは睨みつけてくるが、そういうわけではない。
「いいや? ただ、このまま死ぬと、経験値がもったいないな、と思って。どうせなら、欲しいと思わないのかな? 冒険者を何十人も殺した、ボクの経験値を……」
「何人殺したところで、その程度の強さなら意味がない! お前は自分で証明したんだ! 人を殺してえた経験値に意味はないと! お前の言葉を信じるつもりはないが、仮に真実だったとしても、所詮その程度のものだったんだ!」
「……勇者なら、そうかもね? だけどそっちの黒鎧は? 聖女は? 賢者は? すべての職業を知っているつもりはないけど、勇者ほどの補正値がある職業はない、よね? 特に聖女なんて、戦う能力がないんだから、少しくらいは欲しくないのかな」
「わ、私は…… 私はそんな汚れた力は、必要ありません……!」
突然話を振られた聖女は怯えたように後ずさるが、死にゆくボクに何を怯える必要があるんだろう。
「なら、せめて償わせてよ。ボクの、ボクが殺したみんなの力を、正しいことに使って見せてよ? それならどうかな? みんなの力も、死んでいったみんなの魂も、汚れているっていうの?」
「それ以上喋るな! お前の話なんて、誰も信じはしない!」
ツルギがボクの首筋に剣を当て、聖女から視線を切る。
「……そのまま少し動かすだけだよ? 勇者のスキルは、強力な代わりにレベルをあげるのが大変じゃないかな?」
「黙れ!」
「ねえ、聖女さん。ただただ放置して死なせるのが、ボクの正しい贖罪なのかな? 誰かのために死ねるなら、それが一番じゃないのかな? ねえ……」
「ライトニングレイ……!」
「っ!? バニラ!?」
光が見えたのは一瞬のことだった。聖女を守るように立つツルギの横から、光魔法が放たれた。
うんうん、それでいいよ。実のところ、ゴーレム化のスキルが強くて普通に再生しかけていたんだよね。ちゃんと死ねて、それも殺されて、よかったよかった。
「バニラ! なぜ、なんで殺したんだ!」
「仕方ないでしょ!? あんなにムカつくこと言われて、フジちゃんを傷つけられて! 何もしないでいられるわけないっての!」
「だからって、お前まで人殺しになってどうするんだ!」
「あいつは人じゃない! ゴウドが殴ったときに、変な魔法を使って、もう人間じゃなくなっていたの!」
薄れゆく意識の中で、そんな会話が聞こえてくる。
へえ、あの賢者やるなあ。クリエイトゴーレムに気がついていたのか。
「ねえ、同じ魔法職ならわかるでしょ? あいつは魔法を使って回復をしていた。フジなら、それがわかるよね?」
だけど、どうやらそれをわかっていたのは賢者だけだったらしい。
「あ、ああ、あああああぁぁぁっ、い、いや……」
「……フジ……?」
「い、いや、いやよ! 近寄らないで、ひ、人殺し……!!」
「えっ? 何を言っているの?」
おや? ボクのことは事情や誤解があるとか言っていたのに、なに言ってるんだこの女?
……残念だけど、これ以上はボクには聞こえてこない。肉体が完全に機能停止したみたいだ。
アンネムニカに栄光あれ。……口が動かなかったけど、シャドウキャリアーが言っていたみたいだし、まあいいか。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回で第2章、スラー・ハレルソン編は終了です。また1つか2つ間を挟んで3章になります。
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