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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
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5 はじめてのスキル



『使用者LL72太郎、登録承認。これからよろしくお願いします、エル様』

「うわ、本が喋った!」


ボクが本名を告げると、突然本が喋りだした。


「それはスキルブックに付属された人工精霊だ。名前をつけてあげるといい」

「わかりました。じゃあ、ボクがエルだから君はアールだ。よろしくね、アール」

『……』


 ボクは自分の名前があんなのだから、名前にこだわりがない。だからわかり易い名前をつけたんだけど、アールは返事をしてくれなかった。


「嫌われちゃったのかな?」

「ふふ、人工精霊のアールはスキルブックの成長、つまり君の成長とともに進化していく。本来なら初期登録時点で喋ることのほうが珍しいんだ。それだけ魔力を注いだ証拠でもある」

「なるほど」

「これで準備は完了した。まずはスキルブックを開いて、どこか光っているページはないかな?」


 先程まではどうやっても開かなかったスキルブックが、入院時代に使っていた薬手帳よりも簡単に開くことができた。

 適当に開いてみたが、今見ているのは魔法使いのページだ。スキルブックというだけあって魔法使いになると獲得できるスキルや派生職業、また魔法使いになる方法の記載もあった。今は魔力は足りているが、言語能力スキルの他に基礎能力も全体的に足りないらしい。

 この魔法使いのページは全体的に薄暗く、先生の言う光るページではないだろう。

 しばらく捲っていくが、光るページ、つまり該当する職業は見当たらない。


「先生、ボクはどの職業にもなれないみたいです……」

「おっと、それは想定外だ。異世界人なら大抵は何かしらに該当してきたんだが…… ちょっと失礼。……なるほど。病院ぐらしが長かったせいか、補正込みでも基礎能力がこちらよりもだいぶ低いな」

「……」

「まあそんなこともあるさ。だが安心したまえ。職業がなくても生きていけるし、あとからでも職業を獲得できるのがスキルブックの優れているところだ。それに魔力の操作を覚えた君なら、スキルの獲得は簡単にできるはずだ。そうだな、はじめはアールを呼んで自分に見合ったスキルを選んでもらうといい」

「わかりました。アール、無職のボクでも使えるスキルを選んで?」

『複数の候補が存在します。どのような系統でお選びしますか?』


 アールに提示されたスキル群は多岐に渡り、例えば初期技能の格闘術だけでもパンチやキックなどから枝分かれしていて、とてもではないが確認しきれない。

 困っていると先生が助け舟を出してくれた。


「攻撃系遠距離魔法、直線的でわかりやすく、複数回連続使用可能なものに絞ってくれ」

『初期魔法ライトニング、ファイアボール、アクアショット、ウインドカッター、シャドウレイが候補になります。現在のエル様の能力値ではこの中から1つをおすすめします』

「攻撃魔法! ボクも魔法が使えるんですね! でもなんで1つなんだろう?」


 ボクはファイアボールとシャドウレイがいいなと思ったけれど、アールはどちらかにするように再度提案してきた。


「スキルブックによってスキルを得るのは、この世界の人間にはできないズル、文字通りのチートだ。本来ならスキルは勉強したり修行したりして獲得するものだからね。だがチートでスキルを入手するからと言って何でもかんでも無制限に、という訳にはいかない。スキルを覚える君の身体に限界があるからだ。だから今はどちらか1つにと言われている。今すぐに2つとも習得するのは不可能ではないが、きっとひどい頭痛に苛まれて何日か寝込むことになる。また後から取れるから、1つにしたほうが君のためだ」


 先生にまでそう言われては仕方がない。ボクは頭痛にもある程度慣れているけど、それは痛みに耐えるのに慣れているだけであって無理に身体が動かせるわけではない。脳が痛がっているときは素直に休むのが一番だと経験的に知っているので、今回はファイアボールだけにした。

 シャドウレイにしなかった理由は、ファイヤボールで発生するであろう火や炎が、攻撃以外にも応用が効くかなと思ったからだ。


 スキルを獲得した瞬間、ボクは自分で経験したことのない記憶が蘇ってくるように、ファイアボールの使い方を理解した。絶対にまったく知らないのに、その使い方を思い出した(・・・・・)。なるほど。こんな体験を2つも3つも同時にしたら、頭が痛くなるに違いない。


「その顔は、スキルの入手に成功したようだね?」

「……はい。『ファイアボール』」


 初めて口にする言葉なのに、初めての魔法なのに、何の淀みも躊躇いもなく、手のひらに燃え盛る火の玉を発生させることができた。

 本来ならこのまま目標に向かって発射するスキルだが、今は木でできた小屋の中だ。そう簡単に燃えはしないだろうけど、そのまま火の玉を握り潰してスキルを解除する。


「おめでとう! これで君はこの世界で、最低限戦うことができるようになった!」

「そうなんですね。なんだか実感がないですが、嬉しいです」

「魔法スキルの中では初歩だが、この世界には魔法の覚え方を知らないものもいる。魔法を使えない、魔法を使われたことのないもの相手になら、君は十分戦えるさ。戦えるのなら、これからの異世界生活でも大きく挫けることはないはずだ」


 そういえばこの世界に送られる前に見た画像の中には、冒険者風の人たちが奇怪な生物と戦っているものもあった。あれは洞窟のような場所だったが、読んでいた小説には街道でもモンスターが出ていたので、きっとこの世界でも頻繁に現れるのだろう。ナクアルさんも魔物が出ると言っていたし。


「スキルを覚えたら、この後はどうすればいいんですか?」

「自由にしたまえ。君の目指す悪役になるために訓練を積むのもいいし、今すぐにそこの女性を襲って悪役になってもいい」


 そう言って先生が指差した先で寝ているのはナクアルさんだ。すっかり忘れていたが、彼女はこれだけ騒いでいても目覚める様子がなかった。よほど疲れていたのだろうか。


「昼間に強制的に助けてもらったので、ナクアルさんは正義の人です。いつか戦いたいとは思いますけど、それはボクが悪になってから。今襲っても、きっと勝てませんよ」

「ふふ、そういう意味で言ったわけではないのだけどね。……おっと、もう時間だ」


 ピピピッとこの世界には不釣り合いな電子音が鳴り響く。その連続した音の発生源は先生の腕時計だった。アラームを止めた先生はうんざりした顔でため息をつく。


「私の出番はこれで終わりだ。生きていれば、いずれ合うこともあるだろう」

「先生、ありがとうございました!」

「君は色々とさっぱりしているね。他の候補者はもっと色々とごねたりしたんだが。なにか質問とかはないのかい?」

「別にないですけど……」


 ボクは今までできなかったことを好き勝手にできればいいと思っている。外に出るのも、自分の足で歩くのも初めてのことだった。だからなにか聞いたら、それはネタバレになってしまう。

 かと言って魔法のようにその存在の取っ掛かりすら知らないものもあるので、ある程度は他人を頼ることになるだろうけど。

 そういえば、これだけは基本的に秘密にされていて、一般人は知ることのない情報を1つ思いついた。


「質問、1つありました」

「ほう? せっかくだ、1つだけならなんでも答えよう」

「先生、この世界の悪の組織の目的はなんですか?」


 日曜日の朝の1時間。そこで見てきた様々な敵は、それぞれ様々な目的で正義の味方と戦っていた。ある時には自分たちの楽園を作ろうとしたり。ある時には資源を狙って襲ってきたり。ただ暴れたいだけの組織も居れば、宝物を求めてやってきた組織もいた。

 きっとこの世界にもそんな悪の組織が居る。そいつらは、一体何を目的に活動をしているのだろうか。

 ボクはそんな単純な質問だと思って聞いた。だけど先生は困ったように苦笑する。


「エルくん。その質問は1つだけど、その答えは1つじゃないんだ」

「え? なんでですか?」

「悪の組織というのはね。1つだけじゃないんだ。非合法な組織はいくつもあって、目的もまたいっぱいある。それらが君の夢見る悪の組織と同じかは、私にはわからない。だから答えられないんだ」

「そうですか。先生にも知らないことがあるんですね」

「はは、そうだな。なんでも答えると言ったが、わからないこともいっぱいある」


 答えを聞けなかったのは残念だけど、それはそれでいいなと思った。だって悪の組織がいっぱいあるなら、悪役もいっぱいいるはずだ。ボクは別に組織に入るつもりはなかったけれど、やっぱり死ぬときは組織の名前を叫んで逝きたい。


「それじゃあ、先生の組織の目的は何なんですか?」

「うちかい? うちはくだらないよ。君たちの世界から人材を集めて、こっちの世界で売り捌く。ただの密輸業者さ。……っと、流石にこれ以上の遅刻はできないな。ではエルくん、オルヴォワール」

「あ、先生……行っちゃった。……さようなら、先生」


 別れの挨拶を告げる間もなく、先生は煙のように消えてしまった。虚空に向かって挨拶したが、届いているだろうか。

 それよりも、少し気になることができた。それを考えていたせいで挨拶が遅れてしまったのだが。


 先生はボクの世界から集めた人を売り捌くと言っていた。なら、ボクはいったい誰に売られたのだろう。ボクを買った人は、いったいボクに何を望んでいるんだろう。


「それにしても、ナクアルさんはよく寝ているなあ」


 せっかくなので貰ったポーションの封印を開けて中身を飲み干す。薄っすらと甘く、スッキリと鼻を抜けていく。昼間に食べた葉っぱをすごく薄くしたような感じだ。あちらは甘くなかったけど。


 ……退屈だ。しばらく立って、ボクはそう思った。

 この小屋には窓がなく、それどころか簡単なベッドくらいしかない。そのベッドは鎧を着たままのナクアルさんが寝ているし、かと言ってスキルブックを見るのは、ナクアルさんがいつ起きるかわからないのでやめておいたほうがいいと思った。

 夕飯を食べた時間はまだそれほど暗くなかったし、異世界に来た興奮でまだまだ眠気はない。


「そうだ。夜歩きって悪いことだよね?」


 どこかでそんな話を聞いた覚えがある。悪役を目指すなら、小さなことでも悪事を積み重ねないと。ナクアルさんは寝ているし、クァークは村の外にいる。早速試してみよう。


 ボクはそっと小屋の扉を開いて、周囲に誰も居ないのを確認すると外に出た。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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