2-18 シャドウキャリアー、闇に沈む
主人公の出ない回とか、書いておいたほうがいいんでしょうか。
◆勇者
「へえ、ということはお前たちは異世界から来たっていうのか!」
「はい。そこには魔法も魔物もなかったんですよ。ここは新しいことだらけで、とても楽しいです!」
「そのかわりこっちには娯楽は少ないけどな」
「もう、そういうコトは言わないでください。失礼ですよ」
勇者ツルギ一行の元に突然押しかけてきたハレルソンの森の町のギルドマスター、ミシウス。
突然手合わせをと単身で4人パーティへ奇襲を仕掛けたあと、今はレストランの個室で食事会となっている。
「いや、そっちの兄ちゃんの言うとおりだ。この国は少し前まで戦争をしていたってのもあるが、世界全体に魔物がいるせいで娯楽が少ない。というより楽しんでいる余裕がないんだ。冒険者はまだ気楽な方なんだぜ? 旅をして宝を見つけて、酒を飲んで歌を歌って、もちろん女もな」
勇者パーティの4人を順に見ながらマジメな口調で喋るミシウス。
真面目そうな好青年、勇者ツルギ。白い鎧を着込んで光る聖剣を使う、まさに勇者と言った出で立ちの男で、癖のない正統派魔法戦士スタイルだ。
少し荒っぽい口調の重騎士ゴウド。ツルギよりも一回り大きく、無骨な金属鎧で身を固め、守りと殴りに対応した盾一体型の大型ガントレットを両手に装備している。守り重視の格闘タイプ。
どこの宗教か知らないが青と白のローブを纏った聖女フジ。華奢な彼女に戦闘能力はないが、味方の支援に特化している、いわゆるバッファーだ。手合わせのあとミシウスも回復の世話になった。
そして様々な属性の攻撃魔法を駆使する賢者バニラ。戦闘中は近寄らせないという自信の現れなのか、身体のラインを隠そうともしない薄布の服で、スカートも短い上に太ももが丸見えのスリットが入っている。ミシウスは知らないことだが、彼女はいわゆるギャルで、おしゃれのためにそんな装備を着こなしている。
、途中まではマジメだったのだが、バニラの顔から視線が落ちたところでニヤリと笑う。
「おいおっさん、ギルドマスターだか知らねえけど、セクハラならぶっ殺すわよ?」
「せく、なんだそれ? いい身体をしている女がいれば、見るのは当然のことだろ?」
「とぼけているのではなく、本当に知らないようですね」
なぜ責められているのかわからないミシウス。フジが首を振ってバニラの肩に手を置く。
「ここは異世界です。私たちの常識は通じないのでしょう」
「ああ? まあいい。ともかく俺は強いやつと戦うのが趣味でな。偶然隣町に来ているって聞いたら、もう落ち着いていられなかったってわけよ」
「そんな理由で相手させられる俺たちの身も考えてくれよ。最初はマジで敵国の刺客だと思ったんだからな?」
ゴウドはパーティの壁役を自負しているが、まさか町中で襲撃に遭うとは考えておらず、先制攻撃を許してしまっていた。
既に回復しているが、脇腹に受けた痛みはまだそこにあるような気がして、時々さすっている。
「勇者って聞いていたからな。それに俺は殴る前に名乗りを上げただろ? あの程度対処してもらわねえと、勇者パーティの名が泣くぜ」
「これは厳しいですね。俺たちはステータスは高いけど実戦経験に乏しい。だからこそニーム王国内を旅して経験を積み、見識を広げるように言われていたのですが……」
「ならちょうど良かったな! 未だ現役のSランク冒険者と、実戦に近い形で訓練できたんだからな。その上飯まで奢られてるなんて、最高じゃねえか!」
「俺は一撃で倒されたから、その実戦トレーニングを受けられてねえっつーの」
「魔物の相手なら数をこなしていたんですが、やはり人相手だとうまくいきませんね」
ちなみにゴウドがすぐにやられてしまい、手合わせできたのは実質3人のみ。
ツルギの筋はいいが脇が甘く、セオリー通りに後衛を潰すと簡単に勝ってしまうと考えたミシウスはあえて手を抜いていた。
しかし乱戦の経験に乏しいバニラは誤射を恐れて支援に徹し、フジも戦闘能力が殆どないため、ほとんどツルギとの1対1だった。
最終的には倒れたゴウドをフジが回復し、4人の連携が整ったため辛くもツルギたちが勝利を収めたが、4人の中で納得しているものは居なかった。
先の戦いのフィードバックを交えながら食事を楽しんでいると、突然個室の扉が叩かれた。追加の注文は誰もしておらず、営業終了にはまだ早い。
その場の全員が訝しんでいると、扉越しに従業員が声をかけてきた。
「失礼しますお客様。ミシウス様に緊急の要件があると取次を頼まれ、一度は断ったのですが……」
「いったい誰だ? 要件は聞いているか?」
「相手方はザールと名乗る冒険者です。余程重要要件のようで、公には話せないと。しかしあまりにも必死だったので……」
「ザールだと?」
ミシウスはその名前をよく知っている。優秀な冒険者だったが、ある冒険の際に仲間を失った男だ。後遺症により冒険者を辞めたがそのまま落ちぶれていくのを見捨てられず、ギルドで新人教育の真似事をさせていたのだが、そんな彼が礼を欠いてまで急ぐような内容とは一体何だ?
「ミシウスさん。俺たちには構わず、通して大丈夫ですよ」
「なに? 冒険者の急用なんて、だいたい面倒事だぞ? ギルド職員でなく、冒険者が直接抱えてきた問題だ。俺は働きたくねえんだが……」
「俺たち勇者パーティは、そういった国内問題にも対処するよう言われてるんだわ。面倒事でもろくでもなくても、ニームの王国のために働けってな」
勇者とはただの職業ではない。もちろん職業としても凄まじい恩恵を受けるのだが、それ以上に国家のために、国民のために戦うという使命がある。
正義のための戦闘職、それが勇者でいるための条件だった。
「内容によっては、お前さんらが解決するってことか?」
「はい。もしここでそれを断ってしまうと、最悪俺は勇者でなくなってしまうかも知れない。だから用件を聞く義務があるんです」
「なんにしても、ここで話していたって意味ないんだし、さっさとそのザール? って人呼んじゃいなよ」
「……だそうだ。悪いがそいつを呼んできてくれ」
「わかりました」
……話を聞いた勇者パーティはすぐに遠隔探知魔法を起動。事態を重く見た彼らは、超高速移動魔法によって森の町へと向かうのであった。
◆シャドウキャリアー
「吹き飛べ! メテオインパクト!」
重鎧を着た男が魔法陣から飛び降りる。彼の構えた両拳が赤く輝き、それに伴って外部に発露した魔力はどんどんと上昇していく。
(アレはマズい! 回避を……!)
シャドウキャリアーは展開した自分の身体を本体に戻そうとするが、シャドウレギオンの展開に特化しているため回避行動は全く間に合わない。
ならばとシャドウレギオンでの迎撃を試みるが、これも焼け石に水だ。圧倒的な魔力と落下速度の前に、シャドウアフターの影は接触した瞬間砕け散る。
「うおおおおっしゃああああ!!」
とても人1人が落ちてきただけとは思えない衝撃と爆風。重鎧の落下地点を中心に闇は吹き飛ばされ、そこに本来あった石畳が瓦礫となって現れる。
「ゴウドさん! 町への被害は最小限にしてください!」
「ここら一帯は全部が闇に包まれてる! どこが町だかわかんねえよ!」
実際にシャドウキャリアーの展開する闇は地面を覆うだけなので、建物への被害は殆どなかった。だが最初に勇者ツルギが光魔法で建物ごとシャドウレギオンを吹き飛ばしたせいで、より一層闇と影の区別が分かりづらくなっていた。
(なんという馬鹿げた威力。ただの一撃で本体を2割も失ってしまった……!)
シャドウキャリアーは焦っていた。シャドウレギオンの本体はまだまだある。しかし今まで狩っていた冒険者とは明らかに格が違う。どれだけレギオンを展開しようとも、勝てる可能性を感じられない。
しかしそれと同時に、致命的な命令がシャドウキャリアーの本能を刺激していた。
訓練せよ。学習せよ。新しい戦術をその身に刻め。どう考えたって自身が消滅してしまうであろう命令だが、エルの命令は、逃走を許さない。
(忌々しい。なんてふざけた存在理由だろうか。だけど、ああ愚かなマスターより生まれた愚かな私は、それでも見てみたい。彼らはきっと、他の生命にはできなかったことができるはずだ)
訓練の意味は、成長にある。成長の余地が互いになくなった冒険者なら、狩って殺して食べても問題はなかった。
だが目の前にいる4人は明らかに上位存在だ。学べることはきっと多くある。あってしまう。だから、逃げることはできなかった。
(……だけど、私も死にたいわけではない。なので、最初から全力で訓練をしましょうか……!)
後に引くことはできない。狩り殺して飲み込むか、殺されるか、闇の人工精霊に残された選択肢はそれだけだ。
シャドウレギオンをすべて展開し、今までのすべてを持ってゴウドへ攻撃を仕掛ける。
「うおっ!? まだこんなにいやがったのか! だが、そんな攻撃効かねえな!」
闇魔法により強化を受けたシャドウレギオンの攻撃ですら、その鎧の表面を拳で撫でるだけで傷にはならず、返しのパンチであっさりと崩れていく。
だがそれでいい。絶望的な基礎スペックの差で負けたのだとしても、それもまた学習だ。
「セイントオーラ……! ツルギさん、ゴウドさん、周囲に聖なる結界を展開しました! これで闇の魔力による精神汚染は防げます!」
「よし、先行したゴウドと俺が直接本体を叩く! フジとバニラはこのまま上空から援護してくれ」
「乱戦での遠距離攻撃のコツは教えてもらったからね。今度はあのおっさんのときのようなヘマはしないわよ?」
「わかった、背中は任せたぞ!」
ゴウドだけですら満足に戦えず、学習も進んでいないというのに、最初にコアへとダメージを与えた白い剣士、ツルギまで降りてきた。
ツルギの体捌きは、既に見知った流派と似ている。しかしその流れるような動きの滑らかさは、飲み込んできたどの冒険者よりも洗練されていた。
次々と打ち破られていくシャドウアフターの残像たち。本来ならすぐに再生するはずの残像は、彼の持つ剣の魔力によってコアへとダメージを受け、着実に数を減らしていく。
だがそれでいい。この世界には魔力を断つ武器がある。それを知れたことだけでよしとしよう。
「ライトアロー、ホーミング!」
「ヒールボール!」
上空からの攻撃も厄介だった。よく動く魔法の矢は前衛2人の隙をカバーし、ヒールボールはシャドウレギオンが全力で与えた小さな傷をすぐに癒やしていく。
あまりに鬱陶しいので何体かのシャドウレギオンで石や武器を投げてみるが、それに気がついたゴウドがすぐにカバーに入って防がれる。石がその高度まで飛んでいくことのほうが稀だった。
だがこれらも学びだ。
有利な位置からの援護とは、確実に相手からの反撃を防げる位置でないと意味がない。
そして連携行動に必要なのは、お互いの信頼だ。予め決まったセットプレイがあるわけではない。相互に理解しているからこそ、攻撃の隙を味方に任せることができる。これは偶然集まっただけの冒険者の群れにはできないわけだ。
シャドウキャリアーの展開した闇は、主にツルギの聖剣と自身の魔力の消耗によって、確実に消えていく。だが闇の人工精霊は満足していた。
個体差の範囲が広いという学びがあった。スキルの成長があった。戦術の広がりを感じた。
ついにシャドウレギオンの最後の1体、そのコアが破壊されたとき、彼は闇に潜むのをやめた。
「お前が、悪魔の正体か……!?」
「……子供、なのか?」
真っ黒な闇の魔力で形作られた、【敵】の魂の欠片を持つ人工精霊。
その姿は、かつてドントリアの町を燃やした少年、エルのものだった。
『あ、ああ……おや、この姿なら喋れるようですね』
「……っ! お前の目的はなんだ!」
人形の闇の魔力が突然喋りだしたため、ツルギは聖剣を構えて油断なく睨みつける。
「ツルギくん、気をつけて! そいつ悪魔なんて生易しいものじゃないよ! そいつは闇の魔法そのもの、魔法が魔法を使役していたんだよ!」
「なんだと? どういうことだ!?」
人工精霊は少し驚いた。魔力生命体と化した魔法は、精霊や悪魔と区別がつかない。それなのにあの女ははっきりと闇の魔法だと言い当てた。
そういう判断に役立つスキルが、きっとあるのだろう。これも新しい学びだ。と、そろそろ魔力が切れてしまう。その前に、聞かれたことには答えなければ。
それもまた、彼らにとっての訓練となるのだから。
『私の目的は冒険者を訓練し、自身を訓練することでした。残念ながらそのために必要な魔力も魔法も既に失われているため、これ以上の稼働は望めません。短い間でしたが、戦闘員展開システムシャドウキャリアーのご利用、ご協力まことにありがとうございました』
答えろと言われたことに答えたところ、勇者は口を開いて唖然としている。隣のゴウドも何かを言いたげだが言葉が出ないようで、なかなか面白い表情だった。
ああ、もう消えてしまう。
そういえば、最期にこれだけは言わなければならないのだった。
『アンネムニカに、栄光あれ』
闇の魔力はその残滓だけを残し、風に吹かれて消えていく。あとに残ったのは、崩壊した町の一角だけ。
上空から援護をしていた2人も地面に降り立ち、勇者たちと合流する。
「……終わった、んだよな?」
「ええ、ここに闇の魔力はもう残っていません。しかし、アンネムニカとはいったい……?」
「んー、どこかで聞いたことがあるんだけど、なんだったかな」
フジは首を傾げるが、バニラは何かを思い出そうと顔に手を当て、額を指で叩く。
ゴウドもふっと息を吐いて拳を下ろすが、勇者ツルギだけは森の奥を睨みつけていた。
「どうした? トドメはさせていないが、魔力切れで消えてったんだろ?」
「はい。バニラさんの言うとおり、アレは完全に魔法の消滅と同じでした。もう危機は去って……」
「いや、まだだ」
「……え?」
「あいつが魔法だったんなら、それを発動した人間がいいるはずだ」
勇者ツルギが睨む先。彼には確かに、風に散った闇の魔力の行方が見えていた
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