2-15 完成されし戦闘員
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◆エル
ついに完成したボクの戦闘員、シャドウレギオン・ヴァージョン2。
せっかくだからスキルレベルアップに付き合ってくれたカルソーくんに見せびらかそうとしたら、知らない人がヴィクトリアさんと睨み合っていた。
ちょうどいいや、アレにも実験に付き合ってもらおう。
「紹介しよう。ボクの量産型戦闘員、シャドウレギオン。その完成形だよ!」
アクアボールの椅子から不自然に伸びるボクの影。光を無視して展開されるボクの闇魔法から溢れ出るシャドウボールは、ふわふわと浮かび上がってその姿を表す。
本当は外見にもこだわりたかったんだけど、そっちのスキルはまだ不完全。ただただのっぺりとした全身黒タイツの集団になってしまったけど、その実力は酪農場襲撃時の比ではない。
「す、スラーさん? 訓練はありがたいですけど、いくらなんでもこの数は多い、ような……」
カルソーくんが若干引いているけど、君はそれじゃダメだよ。正義の味方はこんな雑魚には屈しない。
だからその訓練をしようじゃないか。
「安心していいよ。今度のは殺さないように調整してあるから。でも、なるべく耐えてね?」
一斉に走り出したシャドウレギオンの攻撃目標は当然カルソーくんと、その隣の知らないおじさんだ。
「ちょっとエル! 私たちの食材があるのを忘れないでよ!」
しかし先頭の1体目が飛び蹴りを繰り出した時点で、ヴィクトリアさんの触手によってカルソーくんが彼らの視界から消える。
虚空に向かって蹴りを放った形になり、無様に落ちてしまった。
「ああっ、当たれば華麗に回転して着地したのに。何度も練習したのに酷いじゃないか」
「知らないわよ。あなたが買い出しさせた荷物に攻撃をするからでしょ?」
「た、助かりました……」
ヴィクトリアさんの触手に掴まれているカルソーくんは安堵のため息をつくが、彼女は背負っているカバンを回収すると彼をその場に放り捨てた。
「え!?」
「訓練なんでしょ? 食材が無事なら構わないわよ。頑張ってね」
「そんな! あんな数相手に無理ですよ!」
「正義の味方は無理なんて言わないよ。安全に配慮してあるから大丈夫だって。それに寝転んでいたら、恰好の的だよ?」
「ひえっ!」
カルソーくんは慌てて立ち上がり剣を構える。ビビってはいるけど、何度もやらせた実践訓練によって構えはしっかりしている。まあ自己流の構えなんだけど。
「……あれ? ゴーレムは?」
だけどシャドウレギオンがカルソーくんの前に現れることはない。ああ、あっちのおじさんを目標にしちゃったのか。
そう思って振り返ると、先程までカルソーくんとおじさんが立っていた場所には誰も居なかった。
「あれ、おじさんは?」
「私は見てないわよ? ……近くには居ないみたいだけど」
ヴィクトリアさんも食材の入ったカバンの方に意識を割いていて知らないらしい。魔力の感覚からまだ倒されては居ないみたいだけど……
どこに行ったかと首を傾げていると、フェルちゃんがおずおずと手を上げた。
ああ、居たんだ。ずっと厨房にいるものだと思ってた。そういえば最近は牛の解体のために外に出ているんだったっけ。
「あ、あの……」
「フェルちゃん。ボクの戦闘員とおじさんのこと見てたの?」
「……はい。えっと、あの人はザールさんっていうんですけど……」
「そう言えば名乗っていたわね。カルソーの先輩なんですって」
ヴィクトリアさんがどうでもいい情報を付け加えてくれた。これから死ぬ人のことなんて教えてくれなくてもいいのに。
「それで、そのザールさんとボクの戦闘員はどこ?」
「ザールさんはカルソーがヴィクトリアさんに助けてもらったときに、森に逃げました」
「ああ、そうなんだ」
せっかく実験台にしてあげようと思ったのに。ダンさんより弱そうだったから、ちょうどいいかと思ったんだけどな。
「それで戦闘員は?」
「えっと、その、ザールさんを追いかけて森の中に……」
「追いかけて……? そんなに広範囲までは動けないはずなんだけど……」
そこでボクはシャドウレギオンに施したスキルを思い出した。
現在のゴーレムは職業が人形師ではないため遠隔操作、自律行動共に範囲が狭い。それを克服するために新しい実験をしたんだった。
それはシャドウレギオン自体にボクの魂の一部を植え付けることで、狭い可動範囲自体を移動させようという試み。
それが最初に使用した闇魔法ダークオーダー。これは簡単に言えば自分の発動する魔法に闇属性を付与して強化するだけのものだ。
だけどこの闇魔法というものは、効果が強力な分コストの要求値が他の属性に比べて馬鹿ほど高い。それこそ人1人分の魂を捧げろとか、そういうレベルの魔力を要求してくる。だから禁術なんだろうね。
ところがボクにとってそのコストは、ボクにとってむしろ有利に作用するものだった。なにせそもそも魂を分割して運用しようとしていたところに、向こうから魂を要求してきたんだ。これほどウィンウィンな関係もない。
そして完成したのがダークオーダーをベースにゴーレム化させた戦闘員展開システム、シャドウキャリアー。なぜダークキャリアーじゃないかと言うと、展開される戦闘員がシャドウレギオンだから。
自分の完成させた魔法を思い出したところで、改めて自分の足元とシャドウレギオンを走らせた方向を見る。やはりというか、そこにはシャドウキャリアーも居なかった。
「あー、ということは全員でザールさんを追いかけちゃったのか。せっかくカルソーくんで訓練しようと思ったのに」
「スラーさん? 俺を訓練しようと思った、ですよね? 聞き間違いじゃないですよね?」
カルソーくんはなにか言っているが、そんな細かいことはどうでもいいじゃないか。
あーあ。せっかく完成したのに、ボクのゴーレムはまた勝手にどっかへ行っていしまった。
「……まあいいや。今日はもうお開きだ。ボクは部屋に帰る」
「え? あの、戦闘員? の回収とかはしなくていいんですか?」
「構わないよ。あれはカルソーくんの訓練のために作った雑魚だから、数は多いけどきっとすぐにやられちゃう。町に入ったところで全滅するよ。じゃ、またご飯楽しみにしてるから」
「あ、は、はい……」
フェルちゃんは心配そうな顔をしているけど、強化されていると言っても所詮は影魔法の脆いゴーレムだ。カルソーくんの攻撃でも倒せる戦闘員が強いはずがない。
「闇魔法を使っておいて、ほんとにそんなに弱いのかしらね?」
このときのボクは知らなかったことだが、そもそもカルソーくんはゴーレム化させて治療したことによって肉体そのものが最初であったときよりも強化されていた。
更にその魔力の残滓により、戦闘員のカルソーくんに対する敵味方の識別に迷いが生じて、全力が出せていなかった。
そしてボクがすっかり忘れていたことが1つ。
ボクは【敵】であり、その魂の一部を受け継いだシャドウキャリアーもまた【敵】だ。
ボクが忘れていたのは【敵】の職業のデメリットの1つ、存在を維持するために他者の魂が必要であること。
果たして闇魔法から生まれた【敵】の魂を持つゴーレムは、自然消滅を肯定するだろうか。
人工精霊へと昇華したシャドウキャリアーの答えは当然、否だ。
◆ザール
「はあ、はあ、……クソ! どうして、こんなことに……!」
最近は足を踏み入れることもなくなったハレルソンの森を、ザールはただひたすらに走る。
冒険者を辞めてからここに来るのは新人冒険者の訓練のときだけだ。見知った場所だが、そのせいで今自分がどれだけ走れていないかがわかる。
(ああ、クソ! 今日は酒を飲むんじゃなかった!)
ただの新人冒険者の身辺調査。それだけだったはずの依頼が、今は殺気を振りまく影の集団に追われている。
今でもどこか信じられないでいる自分がいる。しかしちらりと後ろを振り返れば、そこには悪夢から出てきた影が蠢いていた。
「! おっと!」
少しでも走るペースを落とすと、奴らは飛び蹴りを放ってくる。普通は同じ速度で走っていれば当たるはずはないのだが、何かのスキルなのか影の飛び蹴りは空中で加速する。
そのためペースを落とさず、更に真っ直ぐではなく左右に振らないと攻撃を受けてしまう。
(あの蹴りを食らっても死にはしない。だが体勢を崩したところにあの群れが来るとなると……)
影の飛び蹴りを避けたとき、大木にぶつかっていくのを見た。その時の音と衝撃から大体の威力はわかるが、その上で奴らと正面から争うのは分が悪すぎる。
ザールは引退前も上級冒険者というわけではなかった。堅実に依頼をこなし、腕も評判も悪くないが、それでも一騎当千の上級ランカーと比べれば見劣りする。
彼の長所は危機察知能力であり、それによって難しい依頼もクリアしてくることができた。だからこそわかる。あの影の群れとやり合うのは無謀だ。
森の浅い所まで来た。町まではもう少しだが、影の群れは引き下がらない。
(まだ走れる。まだ走れるが、こんなものを町に入れるべきじゃねえ。俺はどうしたらいい!?)
スラーとかいうやつの口ぶりからカルソーの訓練用ゴーレムらしいが、とてもじゃないがそんな生易しい雰囲気ではない。こんなに殺意を振りまいておいて、何が訓練なものか。
だがもし本当にこれを使って訓練をしていたなら、カルソーの成長も納得だ。
(と、今はそんな事を考えてる場合じゃない。まずはギルドに連絡を、いやその前に衛兵か…… っ!?)
「あれ、ザールさんじゃないっすか。外にいるなんて珍しいですね」
そこに居たのはまだ新人を抜け出したばかりのDランク冒険者達だった。何人か見覚えがあり、知らないやつもいた。
まだ距離があり、ザールには気がついてもその後ろの悪意には気がついていない。
「お、お前たち! ここは危険だ! 今すぐ逃げろ!!」
「ええ? グレイハウンドでも出たんですか? なら俺たちに任せてくださいよ!」
ザールの叫びは彼らには届かず、むしろその剣幕から勘違いを起こした。
確かにハレルソンの森は比較的安全な地域であり、時たま現れる流れの魔物もせいぜいがオークで大した脅威ではない。
それが彼らを慢心させていた。所詮引退冒険者、いつまでも先輩面をしているだけで、自分たちの実力を知らないのだと。
「……ちっ! 忠告はしたからな!」
彼らの横を駆け抜けるザールは息も絶え絶えで、それが彼らを余計に挑発した形になった。
「へっ、あの中年、あんな走りで息切らしてやがる」
「言ってやんなよ。ガキ相手に酒たかってるようなやつだぜ」
「無駄口はそこまでだ、足音が近い。……来るぞ!」
戦闘陣形を組む冒険者たち。
その目の前に現れたのは、黒くのっぺりとした影の群れ。
「な、なんだこいつら、魔物なのか?」
「ザールのおっさんが追われてたのはこいつらか」
「なんでもいい。人間じゃねえならやっちまえ!」
その声に反応し、シャドウレギオンの群れも戦闘態勢に入るが、
「喰らえ! なんだ? 手応えがねえぞ?」
「ファイアボール! おいおい、一撃かよ」
「とんだ雑魚じゃねえか、全部やっちまうぞ!」
冒険者たちの攻撃を浴び、霞のように消えていく影の群れ。
あまりの打たれ弱さに彼らは調子づき、前進しながら次々にシャドウレギオンを倒していく。
油断した冒険者たちは偶にパンチや飛び蹴りを貰うが、それの威力も大したものではなかった。
「おいおい、あのおっさんこんなのにビビってたのかよ!?」
「昔は有名だったのに、今じゃただの酒飲みか。悲しくなるぜ」
「おら、消えろ! マジで弱いな。マッドラットより弱いなんて、新記録じゃねえのか?」
笑いながら影を打ち払う冒険者たち。だがその弱い影の群れは、いつまで経っても全滅することがない。
「……なんかおかしくねえか? 数減ってるのか?」
「おい、お前何体倒した?」
「10より先は数えてねえ…… あぐっ、痛ってえな! 効かねえんだよ!」
影の攻撃は依然として大したことはない。
しかしどれだけ倒しても数の減らない影に対して、彼らは少しずつ恐怖し始めた。
疲れから冒険者達の攻撃の頻度はだんだんと減っていき、代わりに攻撃を受ける回数が増えていく。ほとんど無制限に使えると思っていた最低ランクの攻撃魔法も、今は撃つ魔力がない。
回復を使用にもただ疲れているだけなので低級ポーションでは思ったようにいかず、むしろ数の多さから回復は隙になっていた。
「お、おい……これまずいんじゃないのか?」
「今更逃げるのか? こんな雑魚相手に?」
「……引こう! これは俺達じゃ無理だ。弱いけど、倒せない相手だったんだ!」
冒険者たちはそこでようやく分が悪い相手だと認識し、そこで自分たちの状況に気がついた。
彼らは調子に乗って戦いながら影の群れへと進んでいた。今いるのは群れの中心地であり、
シャドウキャリアーの真上だった。
『魔力残量、許容量を下回りました。本体との接続、追加の供給……ナシ。システム再起動。生存モードに移行します』
「だ、誰の声だ!」
「知らねえよ! そんなもんに構ってねえで帰るぞ! 剣士なら前にいけ!」
立ちはだかる影の群れ。当然冒険者たちはそれを無視し、横薙ぎに剣を振るう。それだけで影はかき消え、道が開ける。
はずだった。
影に食い込んだ剣は途中で止まり、
「は? な、なにがべっ……!」
「え?」
先程までとは比べものにならない一撃。
構えも何もない、ただ振りかぶって放たれただけのパンチだったが、それは誰の目にも認識されることなく、剣士の顔の半分を吹き飛ばした。
事切れた剣士はその場に膝をつくと、飲み込まれるように影の中に沈んでいく。
「な、な……!?」
『魔力回収を確認。……微量。しかしながら費用対効果は良好と判断。活動を続行します』
「あ、ああ、うわあああああああ!!!!」
殺戮が始まった。
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