2-13 冒険者ギルドにて
「カルソーが来ない? そりゃまたどうしてだ?」
冒険者引退済みのザールは、いつものように冒険者ギルドに併設された食堂で飲んだくれていた。
たまに駆け出し冒険者の指導や稽古をしているが、今日現れたのはギルドの女職員だ。
なんでも新米のカルソーとフェルという冒険者2人組が、最近ギルドに顔を出していないらしい。
「こちらでも理由はよくわかっていないんです。冒険者は自由業なので好きなタイミングで休むのは構わないんですが、マッドラットの常設依頼を食費に充てるような生活をしていたので、こう何日も休むのはどうにも不自然というか……」
「なんか事件でもあったのか?」
「彼らの主な活動範囲はハレルソンの森ですよ? 一般人でも出入りするような場所ですし、危険な魔物の出現例はここ何年もありません。何かあればすぐに情報が入ります」
ザールは確かにそうだと頷きながらジョッキに口をつける。最近は冷たい酒を好む奴らが多いが、夏こそ温いエールがよく染みる。
「ザールさんはよくカルソーくんと訓練所に出入りしているので、もしかして外でも会っているかと思ったんですが……」
「俺が外に出ないのに、会うわけないだろ。そんで? もう1人のフェルって娘もギルドには顔を出さないのか?」
フェルは1度だけカルソーと共にザールの元へ現役時代の話を聞きに来たが、彼が酒をせびった上で自慢話しかしなかったのでそれ以来顔を見ていない。なおカルソーはその話に感銘を受けたため、何度も足を運んでいた。
「ええ。2人が利用していた宿にも確認をしたんですが、どうやらそちらにも戻っていないらしくって」
「駆け落ち、には若すぎるわな。そもそもあいつらを邪魔するものはなにもねえ。おい、エールをもう1杯もってこい」
「もう、真面目に話しているんですよ? 若い冒険者が行方不明となると、それはこのギルドの失態にもなりかねません」
「最近のガキは飽きっぽいからな。なにか新しくて楽しいものを見つけたんじゃないのか? はは、ああそりゃ確かに失態だ。冒険者なのに夢がねえってことになるからな」
そんな話をしているところに、酒場の給仕をしている男性がザールのために新しい酒を持ってきた。
「はいお待ち。ザールさんの酒代はギルドから出てるようなもんなんですから、あんまり笑って追い出されても知りませんよ?」
「ははは、まだまだ蓄えはあるから心配するな。それにガキ2人食っていけるだけの夢を見せれねえ冒険者ギルドなんて、見限られて当然じゃねえか? お前もそう思うだろ?」
「いやあ、ウチはその冒険者ギルドの方々の好意で店をやってるんで、ノーコメントっす。ところでさっきから話してる子供ってのは、よくザールさんに酒を奢って冒険譚を聞いていた子ですか?」
「え? ええ、はい。カルソーくんという冒険者です。皮鎧の剣士で……」
「そいつなら最近は市場の方にいますよ?」
「え?」
「なんだと?」
まさかのところからカルソーの話が出てきて、ザールと職員は給仕に向き直る。
「どういうことだ?」
「いや理由までは知りませんよ? ウチも飯を出すんで朝早くから市場で仕入れをしてるんですが、俺が帰るくらいの時間に現れてカバンいっぱいにいろんなもんを買い込んでいくんです。時間も遅いし目利きがなっていないから言われるがままに金を出していて、かなり損をしてるように見えましたね。毎日来てるんで馴染みの農家に聞いたら、毎回全部で1万くらい使っているらしいとかなんとか……」
「毎日1万クォーツも? そんなお金がいったいどこから……」
「おいおい、1万クォーツくらい稼がせてやれよ? 今の冒険者ってのはそんなに金欠なのか?」
ザールと職員の反応はまるで違ったが、金がない人間が金を使っている。その点は不思議でしかない。
「カルソーに直接話を聞いたのか?」
「いやあ、別に俺から用はないですからね。買ってる量は多いけど店をやってるってほどでもないし、どこかのクランに入ったのかと」
「クランに加入した場合にはギルドへの届け出が必要です。市場に現れるなら隠している風でもないですし、その線は薄いかと」
「なんにしても無事だったんならいいじゃねえか」
「いえ、無事ならば冒険者なのですから、ギルドに貢献していただかないと。彼らがいなくなってからマッドラットの討伐件報告が減り、上からもっと狩らせるようにと指示が……あっ」
職員はうっかりと言った具合に口に手を当てた。ザールと給仕がいる前で言うべき話ではなかったからだ。
ザールはエールを飲み干しため息をつく。
「なんでえ、ギルドの失態ってのはつまりそういうことかよ」
「い、いえ、違いますよ? 彼らが心配だったのは本当です」
「常設依頼なら大した額でもねえんだろ? そんなもんを未来あるガキどもにやらせて、稼ぎは1日1万にもならねえなんて、搾取もいいところだ。そりゃ逃げ出すわな」
「と、とにかく! ザールさんはカルソーくんが今何をしているのか確かめてきてください。Eランク冒険者のノルマ達成がまだなので、このままだと除籍になってしまいます」
職員が慌てたようにザールへ依頼を出す。
彼女が言っている冒険者のノルマというのは事実で、Eランク冒険者はDランクに上がるために、定期的にギルドへの貢献度を獲得しなければならない。
この貢献度というのが面倒なシステムで、要はどれだけギルドの依頼を達成したかというものなのだが、その基準は曖昧だ。
だいたい10件程度の依頼を成功することとされているが、常設依頼や緊急度の低い依頼はカウントされないことも多い。中には直接的な貢献、つまり賄賂によって貢献度を付与する職員もいるのだとか。
「俺をタダでこき使おうってのか? カルソーが元気でやってるならそれでいいだろ?」
「いえ、カルソーくんは無事でもフェルさんの方はどうです?」
職員は給仕に問を投げるが、彼は首を横に振る。
「すみませんけど、ウチで飯を食わない冒険者までは覚えてないですよ。ただ、市場に来るのは少年の方だけですね」
「ということです。常に2人で行動をしていたのですから、カルソーくんはきっとなにか知っているでしょう? 正式に依頼書を用意するので、ザールさんは彼らの調査をしてください」
引退しているとは言え、依頼となると無下に断るわけにもいかない。
ザールは俺に出す金があるならもっと早くに彼らに使ってやればよかっただろうに、と思いながらもその依頼を引き受けることにした。
◆
翌朝。
ザールは市場の前でカルソーが現れるのを待っていた。
「おはようございます。今日は酒を飲んでないんですね」
仕入れに来ていた酒場の給仕は挨拶とともに冗談を言うが、ザールはそれをじろりと睨んで懐から酒瓶を取り出す。
「……わーお」
「飲んでないわけがないだろ? ほれ、俺の相手なんかしてないでさっさと仕入れてこい。ついでにつまみを買ってこい」
しばらく市場の中を見て回り、人が減ってきた頃に目当ての人物が現れた。
カルソーだ。冒険者ギルドで見ていた頃よりも肌に活力が見て取れて、表情も充実しているが間違いない。
(ああクソ。俺の前にいるときよりも活き活きしていやがる。やはり冒険者はやめたのか?)
心のなかで舌打ちをし、ザールはそっとカルソーの後をつけてみる。彼は肉や魚には目もくれず、新鮮な野菜や果物を中心に買っているようだ。
通りがかりに肉売りの品を見たが悪いものではなく、値段もそれほど高くない。育ち盛りの冒険者がこれをスルーするということは、やはり誰かの使いか?
カルソーの仕入れはひと通り終わったようなので、町を出たところで声をかけることにした。しかし彼は街道から逸れて、何故か森へと向かっていく。
これはなにかある。ザールは直感に従ってスキルを使用。彼を飛び越して目の前に立ちはだかった。
「おい坊主! 久しぶりだな!」
「え!? ザールさん!? こんなところで会うなんて、お久しぶりです!」
突然の出現にも関わらずカルソーは頭を下げて挨拶をする。その辺は酒場にいた頃から変わっていない。
しかしザールは近距離で相対したことで彼の変化に気がついた。
(……やはり身体に籠もった力量が前よりも上だ。ほんの数日だが、誰かに師事して鍛えられているのか?)
「ザールさんはどうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ。お前最近ギルドに顔を出してないんだってな? 受付の姉ちゃんが泣きついてきたから、代わりに様子を見に来たってわけだ」
「ああ、たしかにここ最近は忙しくてギルドに行っていませんでしたね。でもEランクの駆け出しには依頼なんて来ないって言ってたので、そんなに心配されるとは思ってませんでした」
カルソーの言葉と昨日の職員の態度で、ザールはひとり納得がいった。
(ギルドの連中はマッドラット狩りに新人を使い続けるために、貢献度を稼がせねえように依頼を回してねえわけだ。そして最低限ランクを維持させるために常設依頼を発注し続ける。なんとも阿漕なやり方だ)
「でもどうしよう。ギルドで心配されているのか……でもまだ戻る訳にはいかないし……」
「いや、それはいいんだ。お前は気にするな。あいつらが心配しているのは自分の立場だけだからな。そういやもう1人一緒に居ただろ? フェルって言ったか? そいつはどうしてる?」
「ああ、フェルなら今は一緒に暮らしています。今日も彼女が調理するための食材を買い出しに来てたんですよ」
カルソーは何でもないことのように答えるが、それが妙に引っかかる。
(常駐依頼しかできてねえような冒険者が2人で一緒に? この森で? それにしたってそんなにたくさんどうやって消費するんだ?)
少なくとも町で仕事をしている様子はない。それは昨日のうちに調べているから間違いないはずだ。ではいったいどこから金が出ている?
ザールは顔には出さず、あえてからかうように笑う。
「2人で一緒に森ぐらしってか? なかなか隅に置けないじゃねえか。もう手を出したのか? 初めてはどうだった?」
「ちょ、ザールさん! 俺とフェルはそんなんじゃねえって!」
「それなら早くやっちまえよ。何事も早いほうがいい。おっと、出すのだけはペースを合わせろよ。そっちが早いのは嫌われるぜ?」
「だから、違うって! もう、俺行きますよ!?」
カルソーは顔を真っ赤にしているが、それで気がないというのは無理がある。
だが彼から歩き出したのは都合がいい。そういう流れになるようふざけた話題を出したのだが、これなら怪しまれずに彼らの拠点までたどり着けるはずだ。
「しっかしなんだってこんな森に? それに森ならわざわざ買わなくたって食いもんはいっぱいあるだろ? 調理ったって火を起こしたら火事になっちまうぞ? ドントルの事件で不審火には警戒が強くなったのは知ってるだろ」
「俺たちは今スラーさんって人にお世話になってるんです。それに森に住んでるわけないじゃないですか。森の中だけどきちんとした屋敷があって、4人で住んでます」
歩きながら会話を続け、カルソーたちが今住んでいる場所があるのはわかった。
しかしこの森の中の屋敷といえば領主たるハレルソン家の別荘だけだ。だがもう何年も前に廃棄され、そこに住んでいるのは狂気の精霊研究者だったはず。
「おいおい、お前まさかあの幽霊屋敷に入ったのか!?」
「幽霊屋敷なんて嘘っぱちで、研究に取り憑かれた狂人ていうのも嘘でしたよ。いや、ものすごく本や資料を積み重ねていたから、そういう狂人なのかも? でも会ってみたらすごくいい人で、俺とフェルはそこでお世話になっています。フェルは今や一流料理人ですよ。俺もスラーさんに鍛えてもらっていて、早く1人前の冒険者になりたいんです!」
ザールは横を歩きながらそれを呆然と聞いている。あの屋敷の住人がいい人だって? それはあり得ない。あいつは影魔法や闇魔法の研究を進めるために、あの別荘を領主から奪ったんだぞ?
それに鍛えるって言ったって、ただの魔法研究者に何ができるっていうんだ。
というかあの屋敷に住んでいるのは1人だったはず。
スラーとカルソーとフェル。あと1人は誰だ?
「おい、坊主。あの屋敷に住んでいるのはハレルソン家のスラー1人だったはずだろ? 4人てのはどういうことだ?」
「ああ、それは……丁度今外にいる、あの人ですよ。おーいヴィクトリアさーん!」
いつの間にか屋敷の私有地にまで入り込んでいたようで、すぐに視界は開ける。
ザールはそこにいる人物を見て、絶句した。
カルソーが手を降って呼びかける先に居たのは、つる植物の下半身を持つ悪魔だった。
「遅かったわねカルソー。ところで、その横にいるのはなに?」
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