2-12 狩りの成果
「どう? ボクだってやればできるんだよ?」
「……あなたさあ」
襲撃から帰って数時間後。
ボクの積み上げた牛の死体の前で、ヴィクトリアさんはため息をついた。
「もちろん肉だけじゃないよ? 少ないけどほら、20万クォーツと貸金庫の権利書。これなら……」
「私言ったわよね? 怪しくない金を稼げって。現金はともかく、その書類の! いったいどこが! 怪しくないのよ!」
「ええ……? ただの銀行券じゃないの?」
「しっかりバッチリ権利者の名前が書いてあるでしょうが! いったいどうやってこんな物を!」
「それはまあ、この権利者をぶっ殺して奪ってきただけだよ?」
流石に拷問したことまでは言わなかったけど、ボクの答えを聞いてヴィクトリアさんは天を仰いだ。
「……あなたがそこまでイカれているとは思わなかったわ。こんな端金のために人を殺して、なんとも思わないの?」
「悪魔のくせになに言ってるの? なんとも思わないよ」
「……あなたのほうがよっぽど悪魔ね。まさかこんなのと契約をしてしまったなんて……」
「何を言ってるのかわからないけど、契約の前に言ったじゃないか。ボクは悪役として好き勝手に生きて、正義の味方に殺されるんだって」
きちんと伝えたはずなのに、どうしてそんなことで怒っているんだろう。それに犯罪行為だと言うなら今更だ。今屋敷で暮らしているカルソーくんとフェルちゃんは拉致被害者なわけだし。
「確かに言ってたけど、まさかこれほど低俗だとは思っていなかったわ。金のために人を襲うだなんて、そのへんの押し入り強盗と変わらないじゃない。あなたの魂と混ざったときに視た、世界征服を企む偉大な悪役はどこに行ってしまったの?」
「世界征服か。それもいつかしてみたいけど、どうやればいいのか全然思いつかないね。それにボクは思いついた悪いことは何でも試してみたいと思ってる。低俗かどうかは関係ないよ。悪いかどうかが基準なんだ。……もしかして、実はこの人が悪の親玉で、ボクが殺した牛は人食いの魔物だったりとか?」
もしそれなら弱すぎだから滅んでも仕方ないと思うけど……
ああでも、あそこにいる豚は人食い豚だ。それじゃあんまり間違っていないかも?
「そんなわけないでしょ……あーあ。人殺しはもういいわ。せっかく狩ってきたんだから、肉の処理をしましょう。このままだと傷んでしまうわ。見たところ血抜きも何もしていないし……これどうやって殺してきたの?」
「戦闘員の実験に使ったから直接は見てないけど、たぶん撲殺じゃないかな」
「ああ、あの変な影の……次からはもっときれいに殺しなさい。こんなに美味しそうに育っているのに、これじゃあもったいないわ」
なんだかんだ言ってもヴィクトリアさんは食料を喜んでくれているようだ。
なにをするのか見ていると、彼女の足代わりに生えている触手の先端に鋭いトゲが飛び出て、それを牛の死体に突き刺していく。
「それなにしてるの?」
「寄生植物の一種に、死体を操るものがいてね。私が食べた世界樹のスキルで似たようなものが再現できるの。寄生植物によって生かされているから腐ったりはしないのに、本体は死んでいるから肉の熟成が進むのよ」
「へえ」
死んでいたはずの牛たちはヴィクトリアさんのスキルと魔力によって立ち上がり、小さな庭の芝生を食べはじめる。
実際には食べているわけではなく、食べる真似をして擬態しているだけらしい。
「それほど保つわけではないから、毎日一頭ずつは捌かないといけないけどね」
「……え? 1日に牛を1頭も? いったいどれだけ肉があると思ってるの? いくらヴィクトリアさんとは言え、それは流石に食べ過ぎだよ?」
「あなたが狩ってきたんだから、責任持ちなさいよ。それに私なら問題ないわ。冒険者時代には大食いコンテストで羊を10頭食べたから」
ヴィクトリアさんは胸を張るが、いったいどこに吸収されるんだろう。魔力に分解されるからって、人間には限度があるよ?
しかしヴィクトリアさんは食材を無駄にしない美食道を歩むもの。有言実行とばかりにその場で1頭きれいに解体し、冒険者のくせに起きるのが遅いカルソーとフェルちゃんを大いに驚かせた。
その日からしばらく豪華な牛料理が続くんだけど、誰も飽きたとは言えなかった。
◆
「スラーさん! 俺の成長具合を見て欲しいです!」
襲撃から数日後。肉だけは余っているせいで買い出しが少なくなったカルソーが、またボクの研究の邪魔をしてきた。どうやら教えた訓練では物足りなくなってきたらしい。いくらなんでも早くない?
「見てって言われても、ボクは鑑定スキルなんて持っていないよ?」
「いやそういう見るじゃなくて、こう、動きを確認してほしいと言うか、自分じゃ気づかない点を指導してほしいと言うか……」
「……まあ、たまにはいいか」
研究と言ってもシャドウアフターのスキルレベル上げと動作パターンの確認だけだし、正直行き詰まっていた。カルソーくんの動きを取り入れてみるのもいいかも知れないな。
というわけで外に出てカルソーくんに訓練をしてもらい、その様子を眺めることにした。
正直に言ってボクが教えた運動だけど、ボクには正しい動作がわからない。だから見ても意味がないと思っていたけど、カルソーくんの動きはダンがやっていたそれと同じように洗練されていた。
「なかなかやるじゃん。体勢も崩れていないし、もしかしてやったことある?」
「はい! 昔騎士に憧れていたとき、騎士学校を辞めてきた冒険者に教えてもらったことがあります!」
なんでもその騎士見習い崩れは『こんな無駄な運動を毎日させられるから、楽しく暮らせる冒険者の方がいい』と言っていたそうだ。
子供だったカルソーくんはそれを鵜呑みにして、せっかく教えてもらったのに訓練を続けなかった。
しかしボクから改めてこれらの基礎訓練を教えられたことで価値観がぐるりと代わり、騎士やボクがやっているのだから効果があると信じているのだとか。
単純でいいね。正義の味方には愚直さも大切だ。
「スラーさん。今までの動きでなにか気になることとかはないですか?」
ひと通りの訓練を軽く行ったカルソーくんに質問されるが、そう言われてもなあ。
基礎訓練やトレーニングはとにかく繰り返すことが大切だとダンから聞いているけど、実際にそれを続けてきたわけではない。ボクがやっているのは他人の助言の横流しだ。
だから彼の訓練を見ても正しくて何が悪いのか、ボクには判断がつかない。
「基礎トレーニングはできてると思うよ。数日だとわかりにくいかも知れないけど、ひとつひとつの運動が前よりも軽くなってくるはずだ」
そのためこの助言も間違ってはいないと思うけど、口からでまかせだ。
「ありがとうございます。 それともう1つ、言い難いんですけど……ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん? なにかな?」
「剣の訓練なんですけど、これだけはどうにも実感がわかなくて……」
ああ、それはそうだ。ボクは何の流派も知らないから、思うがままに振らせている。
「なんというか、もっと実戦みたいな訓練がしたいと言うか……相手をしてもらえないですか?」
「ええ……?」
はっきり言って今のボクの身体能力は壊滅的だ。そんなボクは実戦稽古? 無理無理無理。死んじゃうよ。
と思っていたが、1つ案が浮かんだ。
試しにシャドウレギオンと戦わせてみよう。前みたいに殺したら面倒だから、追い打ちだけはしないように設定して……
「スラーさん、1戦だけでもいいんです。実際の剣の動きを……」
「ボクは剣を使わないからそれは無理だけど、実戦の訓練なら相手を用意できるよ」
ボクはシャドウボールを発生させ、それをカルソーくんの背後に放り投げる。落下したそれはすぐさま影の1体のシャドウレギオンとなり、ファイティングポーズを取った。
「す、スラーさん? こいつはいったい……?」
「影魔法による擬似的なゴーレムだよ。魔力が切れるまで動くから、好きなだけ相手をしてもらうといい。倒せたら基礎訓練に戻るように。じゃあねー」
「わかりました! ありが、ぶべ……!」
あーあー。お礼なんてしてるから早速一撃貰っちゃって、痛そー。
カルソーくんも反撃とばかりに剣で薙ぐが、焦っているのかコアどころか本体にすら届かない。反撃のパンチは型はなっていないが鋭く、カルソーくんを吹き飛ばす程度には威力がある。ということは基礎訓練はまだまだ成長の余地があるね。
しかしカルソーくん相手では、あんな雑魚戦闘員でも戦えてしまうらしい。でもあれ以上弱くはできないしなあ。
「まあいいや。多少は強くないと脅威だと思ってもらえないし」
ボクは屋敷の入口でしばらくカルソーくんとシャドウレギオンの戦いを見ていたけど、すぐに飽きたので部屋に戻ることにした。
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