2-11 はじめての金策
一部残酷な表現があります。
ヴィクトリアさんにお金を稼ぐように言われた日の夜。ボクは全身を覆うようにシャドウボールで鎧型のゴーレムを作り出した。
ただしこれは自律行動するわけではなく、超至近距離での遠隔操作専用機。もっと言えばゴーレムのような鎧だ。
「ヘドロイドを操作していた感覚で行けると思っていたけど、案外あっさりできたな」
『エル様はパペットマスターのスキルをマスターしていますので、それほど難しい事はありません。問題は耐久性能ですが……』
アールの言う通りこれは影魔法を自分の表面に貼り付けているだけに過ぎない。もし相手に反撃されたらたやすく貫通するだろう。
もちろん別の魔法や素材で、例えばアクアボールや土で作れば耐久力は増すだろうけど、それは本来の目的に反している。
「ボクの目的はあくまでも戦闘員の実験。そのためのデータ収集だ。他の素材で作ったら、それはただのゴーレムでしかない」
『いえ、エル様の目的はお金を稼ぐことでは?』
「それはついでだよ。魔物を倒せば経験値が手に入るように、人を襲えばお金が手に入る。なら戦闘員の実験を同時にしたほうが効率的じゃないか」
ボクがこの鎧を作ったのは、スラーが元々修得していた影魔法、シャドウポケットを利用するためだ。
このシャドウポケットとは限定的な空間魔法の一種で、効果は自分より小さいものを影の中に仕舞っておけるというもの。影の中は魔法による異空間となっていて何でも入るとなれば、誰もが一度は憧れる夢の魔法だ。
しかしこの魔法には弱点も多く、まず発動中は常に魔力を消費し続ける。まあ異空間を作り出して留めておくのだから当然だ。
次にその異空間のサイズだが、これは魔力量と自身の影の大きさにかなり左右される。夜などの光の少ない状況だと結構入るのだがその分魔力消費量は増え、日中は影そのものの大きさが小さくなるため自分の体積の半分くらいしか入れることが出来なかった。
ちなみに大量に物を突っ込んだ状態で光の下に出ると異空間が小さくなり、中に入っていたものは影から飛び出してしまう。これは異空間自体が急激に小さくなるせいで発生し、魔力などは関係なく抑え込むことはできない。
というわけでシャドウポケットは便利だが不安定な空間魔法なのだが、そこで開発されたボクのシャドウボールアーマーは全身が影。これにより収納スペースの拡張だけでなく、不意に光を浴びても内容物を溢すという心配がなくなったわけだ。
「そしてこのアーマー自体は元がゴーレムなので最低限の運動能力もある。前みたいにお金を盗んでも、それが重くて歩けないという心配がないのさ」
『……それなら身体を鍛えればいいのでは?』
アールの言うことはもっともだ。実際これは影魔法をゴーレム化させている分だけ余計に魔力を消費している。
しかしこれは見た目が強そうなだけでなく、顔も隠れてわからないので、ヴィクトリアさんの言っていた怪しそうに見えない。
『怪しそうに見えないのではなく、怪しいし見えない、が正しいと思いますが』
「まあまあ。ボクがスラーだとバレなければいいってことでしょ? なら完璧だよ」
ボクは自室の窓から外に飛び出し、月光を浴びながら森へと入っていく。
カルソーくんから聞いた情報を元に、ボクは町とは反対の方向へ向かう。
「こっちには牧場があるんだって。ヴィクトリアさんも食事を我慢しているって言ってたし、明日は焼肉パーティだ!」
◆ある酪農家
「――!――――!!」
「……なんだ? 外が騒がしいな……」
元冒険者の酪農家ビアードは、外から聞こえてくる動物たちの鳴き声で目を覚ました。
外はまだまだ暗く、昨日の酔いが残っているためフラフラとした足取りで、しかしとっさに使えるように槍だけは持って外に出る。
この農場は冒険者が定期的に魔物を間引いていくため比較的安全な土地だ。だが時たま流れの魔物が現れることもないわけではない。
「――! ―モー!」
騒ぎはやはり厩舎の方だった。ランプを持ってくるのを忘れたが、空には雲もなく、月明かりだけで十分に見える。
ビアードの酔いがだんだんと覚めてきた。持っていた槍を握り直し、大声で誰何する。
「なにもんだ! 俺の農場で何をしている!」
「ブモ、ブモー!」
返事はない。しかし牛の鳴き声がいっそうよく聞こえてきた。
ここで飼っている牛はフォレストブルという魔物を家畜化している最中で、この厩舎の中にいるのは3世代目。まだまだ野性味が強く、それ故に魔物としての戦闘本能が残っているのだが、そいつらが悲鳴を上げている。
これはただごとではない。そう思ったビアードは厩舎の入り口へ回り込み、絶句した。
「な、なん……なんだってんだ……!?」
「ブモー!」
厩舎の中にいたのは暴れる牛の群れと、それに向かって攻撃を繰り返す人型の影。暴れる牛に蹴られ、突かれ、その度に影は消えていくが、しかし影だからなのかすぐにどこからともなく現れてまた攻撃を繰り返す。
「やめろ! やめやがれ!」
ビアードも槍を振り回して影を追い払う。槍の先が撫でるだけで影は消えるが、手応えはまるでない。そのくせすぐに復活するので、むしろ攻撃するだけ体力を消耗していく。
「なんなんだ! この! 消えろ!」
ビアードは牛を守るためムキになって攻撃を続けるが、それは影も同じだった。
影は武器も持たずに殴ったり蹴ったりするだけで、一発のダメージはそれほどないように見える。しかし止むことのない猛攻には、いくら魔物の血を残しているとはいえ耐え続けられるものではなく、一頭、また一頭と倒れていった。
「はあ、はあ……くそが! 何が目的だ!」
牛が倒れるに連れて、影の攻撃対象が徐々に牛だけでなくビアードにも移り変わる。
それに気がついたときには手遅れだった。
「おい! やめろ、こっちに来るな! あでっ! 効かねえんだよ! クソ、がはっ!」
無言で繰り出されるパンチとキック。型だけを真似た何一つなっていない攻撃は、常人が放つものと変わらない威力だ。
つまり冒険者であったビアードにとってもダメージはそれほどない。
しかしそれは全く効かないというわけではなく、
「やめっ! おら! っ! 効くかっ! クソッ! うぐぁ!?」
少ないながらもダメージは溜まっていき、それ以上の速度で疲労は蓄積する。
やがて反撃をした際の崩れた体勢に蹴りが入り、
「! おっと……!? ぐへ、や、やめろ! やめやがれ! う、うわああああああああ!!」
周囲には常に4人以上の影がいる状態だった。
そんな状態で転けてしまえば、疲労の溜まった身体では立ち上がることなどできず……
「うーん。金はあんまりなかったなあ。でも牛はいっぱいあるから、ヴィクトリアさんも喜ぶでしょ。さ、シャドウレギオンたちはどんどん運び出して―」
同じ攻撃を繰り返すだけの影。エルが名付けた戦闘員の名は『シャドウレギオン』。
その実態はその名の通り影の軍団であり、シャドウボールのコアを破壊しない限り、シャドウアフターで設定された攻撃を繰り返す不滅の戦闘員だ。
「ここの牛が全部で13頭か。あっちには豚がいたけど、流石に多すぎるね。また今度にしよう。鶏もいたから、そっちの卵だけ貰っていこうか。……あれ?」
運び出されてた牛の死体をシャドウアーマーにしまい込んでいると、エルはその死体のうちの1つが牛でないことに気がついた。
「ああ、どおりで家の中にいないわけだよ。ビアードさんだっけ? 君がいないから、金庫を開けるのに奥さんが拷問されたんだからね? 結局鍵は壊したんだけどさ。奥さんは無駄死にだ。かわいそうにね」
エルはビアードの死体の腕を掴んでブラブラとさせながら、まるでビアードが悪かったかのように自分の悪事を吐露する。
「というか、君が死んじゃったら誰が動物の世話をするつもりなの? また略奪に来るつもりだったのに、これじゃ動物が飢えちゃうよ。……ああそうだ。餌だけあげておけばしばらく生きていられるよね?」
いいことを思いついたと言わんばかりにエルは笑みを深め、ビアードの服を引きちぎる。
「ボクは優しいからね。離れ離れに死んでいくなんてかわいそうだ」
エルは全裸にしたビアードの死体を引きずって彼の家に向かい、そして家の中からも全裸にした彼の妻の死体を抱えて出てくる。
2人の死体を抱えたエルが向かう先は、豚舎だ。
「ブヒッ、ブヒッ?」
「やあ豚さんたち。食べてばかりじゃ悪いから、たまには君たちも食べるといいよ。大丈夫、美味しい君達を食べてきたんだ。きっともっと美味しいはずだよ」
「ブヒーッ!」
新鮮な肉に群がる豚の群れ。
彼らが雑食で良かった。これで餌と死体処理の一石二鳥。何事も効率的にやらないと。
「またしばらくしたら来るよ。その時は、君たちの番だけどね」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。