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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第二章
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2-10 はじめての金欠



「で、あなたはいつまで寝てるつもりなのよ」

「寝てるわけじゃない。考え事をしているんだ」

「なんでもいいけど、料理を冷ますような真似はしないでよね。せっかく私が教えてるんだから」


 そこはフェルちゃんが作ったからじゃないのか。部屋を出ていくヴィクトリアさんを見届け、ボクも立ち上がる。

 シャドウスラーの実験体は失敗したけど、得るものも大きかった。

 まずほとんど理想形に近い形で出来上がっている。これはゴーレムの出来がどうとかではなく、ボクが思い描いた通りの動きをしていたから成功ということだ。

 つまりスキル選択は間違っていなかった。影魔法はかなりやれる。いかにも悪っぽいし、今後も積極的に使い込んでいこう。

 問題はゴーレムの命令系統か。人形師だったときには発生しなかったのに、なんでボクに襲いかかってきたんだ?


『エル様の設定方法に問題がありました。過去にネズミサイルを運用していた際の命令をそのまま入力したものだと思いますが、あれは人形師の職業補正によって敵味方の識別が自動で行われていたのです。人形が人形師を殺してしまったら、その人形も動けなくなりますからね。自律行動させていたネズミサイルたちもこれにより同士討ちが発生しませんでしたが、現在のエル様には人形師の職業補正がありません。そのため制作者であるエル様にも襲いかかることができたのです』


 そういうことだったのか。確かに雑な命令でよく動くと思っていたけど、職業による補正は基礎能力値だけでなくそういうところにも発揮される、と。


「とりあえず敵味方識別機能は作らないとなあ。まだまだ課題は山積みだ」


 ゴーレムへの命令は本来コアとなる魔石や魔導具に書き込むのだが、ボクは自分の魔法そのものをコアにしているので命令を書き込む余地が殆どない。こればかりは素材が悪いので、クリエイトゴーレムのスキルレベルがマックスになろうとも改善できない問題だ。


「識別だけならボクの魔力をマーカーにすればいいだろうけど、そうなると連携行動も取らせたいし……」

『ところで昼食に向かわなくていいのですか? このままだと、また意識を失う可能性が高そうですが』

「あーっと、そうだった」


 ヴィクトリアさんは食事のこととなると容赦がない。この前なんて朝起きれなくて朝食を抜いたら、昼食の時間に2食まとめて食べさせられた。それなら昼食を作らなければいいのに、そういうことではないらしい。よくわからない。


「一応ボクが上位の契約者なのに……なんでこんなに逆らってくるんだろう」

『魂の契約は、謂わば互いの魂の陣取りゲームです。エル様が悪魔ヴィクトリアの一部を支配しているように、彼女もエル様の一部を支配しています。それが食事面だった、それだけです』


 なお今回はぎりぎり怒られることはなかったが、代わりに皿洗いを命じられた。





「スラーさん! 俺に特訓をしてください!」


 一通りの作業を終え、部屋に戻ろうとしたところをカルソーくんに捕まった。

 めんどくさいなあ。掃除が終わったんなら町に帰ればいいのに。


「今日の分の買い出しは終わったの?」

「はい!」

「掃除も終わったって?」

「はい! 本と紙切れを外に出して、それぞれ分けて箱に入れてあります!」


 そこまでは頼んでないけど、それはありがたい。なら少しくらいは特訓をしてもいいかな。


「よし、それなら訓練の仕方を教えてあげよう」

「! ありがとうございます!」


 訓練と言ってもただの筋トレだ。しかしその重要性はダンから聞いている。

 どうやらこの世界の低ランク冒険者はその日暮らしになっていることが多く、日々常設依頼の達成や討伐をした魔物を売って生活をしている。

 そう言った不安定な生活から、怪我をすれば生きていくことができなくなる。そのため基本的に安全に狩れる魔物しか相手にせず、戦いから得られる経験値が殆どない。これは基礎能力値もスキルレベルもどっちもだ。

 だから低ランクのうちなら簡単な筋トレや武具の扱いの訓練でも、基礎能力値の上昇やスキルレベルアップにそれなりの効果を発揮するそうだ。

 それでもダメならそもそも能力値は十分ということであり、後は戦い方のセンスだろう。


「というわけでカルソーくんにはこの運動をしてもらいます」


 ダンに教えてもらったトレーニングメニューのメモを渡す。ボクがやったものを単純に3倍にしたものだが、冒険者を目指すならそれくらいやれるだろう。

 しかしカルソーくんの表情は芳しくない。そんなに難しいメニューだっただろうか。

 内容としては腕立て腹筋スクワット、それから単純な走り込みと、あと彼は剣を使うようだから縦横の素振りだけ。当たり障りはないはずだけど……


「……あの、すみません俺……」

「なに? 難しい運動じゃないと思うけど?」

「いや、すみません。俺字が読めないんです」

「……ああ、そう」


 それはボクも教えられない。時間の無駄だからね。仕方がないのでボクがトレーニングを実践して見せて、それをやらせることにした。

 カルソーくんは目を輝かせて嬉しそうに運動に励んだが、ボクはたった数回の腕立て伏せでギブアップだった。スラー(この身体)マジで弱すぎ。





「あなた本当に運動はからっきしね。なんで私の攻撃を受けて生きてるのか不思議なくらいよ」


 部屋に戻ると珍しくヴィクトリアさんがいた。


「……なんの用? ボクは戦闘員の研究に戻りたいんだけど」

「私も料理の研究に戻りたいわ。でも問題はその料理についてよ。はっきり言うけど、お金がないの」

「え、もう? 10万クォーツもあったんでしょ?」


 カルソーくんに聞いたら町で食事をしたら1食500クォーツくらいだと言っていたので、4人でも1週間で10万は使いすぎだ。


「それは貧乏冒険者の基準でしょ? 私がクズ野菜のスープに肉が一切れと売れ残りの固いパンで満足すると思っているの?」


 そう言えばヴィクトリアさんは1日に7食、ものすごい量の食事を要求しているんだった。まあ流石に今は自重しておやつを含めた4食だけど、それでもみんなより1食多い。


「じゃあ自分で狩りをしてきたら? 元冒険者なんだし、そういうの得意なんでしょ?」


 というかそれ以前にヴィクトリアさんは呼び出した本来の目的、屋敷の掃除をしていない。

 掃除はほとんどカルソーくんが行い、フェルちゃんが自分の部屋と厨房を担当していて、それで全部だ。初日にボクの部屋で暴れたところから外に出る廊下までは片付けられていたが、それも自分が動くための最小限で、アレを掃除とは呼ばない。


「あなたねえ。それくらい確かめないはずがないでしょう? この森は植生はいいけど、魔物はほとんどいないの。フェルに聞いたらこの屋敷の周囲の森は低ランク冒険者の狩り場として有名で、食用可能な魔物はほとんど狩り尽くされているそうよ。だから貴族の別荘としても静かで安全なんですって」

「へえ。そうだったんだ」

「あなたの屋敷でしょ? それくらいわかっておきなさい。ともかく食材も食材に充てるお金もないの。どうにかしないさいよ」


 そう言われても、屋敷を掃除させた中から金品が見つかったという話は聞かない。ボクの部屋の金庫にあったのも土地の権利書などの重要書類だけで、金にできそうなものではない。


「そうだ。あの外に出した本はそれなりに売れるんじゃないかな。明日カルソーに持っていかせようか」

「どうかしら。暇つぶしに読んでみたから知っているけど、アレ自体は都市伝説や田舎の伝承をまとめてあるだけで、魔法の形は成していないものだったわ。でも題材が禁止されている魔法についてのものだし、足がつきやすいんじゃない?」

「魔法にならないんなら、バレても問題ないんじゃない?」


 ただのオカルト本なら娯楽としての価値もありそうだと思ったが、ヴィクトリアさんの表情を見るにそう簡単なものではないらしい。


「あなたは大分世間離れしているのね。いい? 一般人でも魔法が使える人間はいるけど、魔法を学んだことがなければ、なぜそれが魔法として成立するかは知らないことが多いの。魔法の存在を知っていても、魔法を触りだけでも理解している人間は少ない。だからあんなただの噂話集でも、魔法を学んでいなければ禁忌の魔導書に見えてしまうのよ。それを駆け出し冒険者が山積みで持ってたら、たとえ顔見知りでもギルドや教会に連絡が飛んで異端審問行き。そうすればすぐにここもバレるわ」

「バレてなにか困るの?」

「あなたさあ…… 私は悪魔なのよ? 毎朝鏡を見る度に、緑色になっている顔を見て現実に引き戻されて、靴を履こうとしてこの蔓草のような触手を見て泣きそうになっているの。誰がどう見ても化け物じゃない。私にだって自分が精霊かそうでないかの区別くらいつくわ。精霊じゃない魔力生命体なんて、基本全て討伐対象よ」


 ヴィクトリアさんは、自分の存在がバレたら殺されると危惧しているようだ。

 なるほど。ボクは殺されることが人生だと思っているけど、彼女は違うらしい。それならそのへんもどうにかしないとな。

 しかしその前にすることがある。


「ヴィクトリアさん」

「……なによ?」

「ボクはヴィクトリアさんのことをいい人だと知っているよ。それに見た目もきれいじゃないか。頭の花は色鮮やかだし、肌もすべすべで、全身から清潔感のあるいい匂いがする。ボクは肌が緑かどうかなんて気にしないよ」


 ボクは女の子には優しくしろと、病院にいた頃みんなに言われている。そのための言葉も看護婦さんから教わっているんだ。

 それにきれいなのは事実だ。ボクの好きな特撮の悪役には必ず女幹部がいた。ヴィクトリアさんの貴族風なドレスや鞭のような触手はまさにその理想形で、正直今まで見てきたどの作品の女幹部よりも好きだ。

 そしてそんな美しい見た目なのに、食へのこだわりが強い食いしん坊だというのもギャップがあっていい。


「エル……」

「だからヴィクトリアさん、そんなに自分を卑下しないで、」

「魂が繋がってるから考えがバレてるんだけど、悪の女幹部っでどういう意味よ。他の女と比較されても全然嬉しくないんですけど。それに食いしん坊ですって? 食費がないから食べるのを少なくして我慢しているのに、なんて言い草!」


 おや、どうやらボクの褒め言葉は間違えていたらしい。というか考えってバレるんだ。知らなかった。


「でもまあ、慰めようとしたところは認めてあげるわ。人の心がないなりに考えたんでしょうけど、それ逆効果だからやめなさい」

「……」


 女心はむずかしいなあ。


「とにかく、怪しそうに見えないように金を稼ぐ。それも明日までによ。わかったら返事は!?」

「はいはい。わかったよ。金を稼いでくるよ」

「ほんとにわかってるの? まあいいわ。私はフェルのところに戻るから、任せたからね」


 そう言い残してヴィクトリアさんは部屋を出ていった。

 それと同時にスキルブックが出現し、アールが小言を言いはじめる。


『エル様は考えを読まれないように精神を防御することが大切そうですね。それに本人が気にしている部分を褒めるのは難しいテクニックです。せめてもう少し心の距離を詰めてからでないと』

「魂が繋がっているのに心の距離を縮めるなんて、意味あるの?」

『……そもそもエル様には心がないので無意味でしたね』


 心なんてのは脳が作り出した意識の一面に過ぎない。脳みそというサイコロの出目が顔に現れる感情だ。それが心だ。電気回路と脳内物質が作り出したまやかしだ。

 喜怒哀楽同じ人でもそれぞれ性質が全く変わるのに、みんなまとめて1つの人格だなんていうから気持ち悪い。

 怒っている感情と、喜んでいる感情。それらは同じ人間というケースに入った別人格にしか思えない。


 そんなものを同一人物として理解して扱うなんて、ボクには無理だ。


『それはそれとして、どうやってクォーツを稼ぐつもりですか? 現在この屋敷に金銭的価値があるものは殆どありませんが』

「ああ、そんなのは簡単だよ。なければ取ってくる。ヴィクトリアさんもそう言ってたじゃない?」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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