2-9 はじめての戦闘員
「とりあえず、屋敷の掃除をしてもらおうかな。本や資料を外に出して、人が住める環境づくりをしようか」
「はい、わかりました!」
元気よく返事をしたカルソーくんは、屋敷に向かって走り出していく。
目論見通りとはいかなかったけど、結果は同じだ。ボクの代わりに掃除をしてくれれば誰でもいい。
「ねえエル。あなた冒険者の訓練なんてできるの? 歩くのも覚束なそうな貧弱な身体をしてるけど」
「いいや? 少しだけ剣や弓の練習はしたけど、それだけだね。特訓なんてしたことないよ」
ちなみに練習をしたのは以前のエルで、解放軍の村で教わったごく初歩的なものだ。
ヴィクトリアさんは胡乱げな目でこちらを見るが、できないものはできない。
「勘違いをしたまま突っ走って、可哀想な子。こんな詐欺師よりは私が相手をしたほうがまだマシね」
「ヴィクトリアさんは戦闘経験があるの?」
「ふふん? 何を隠そう私は元冒険者よ。食を極めると高級食材はともかく、珍味に関しては市場にほとんど出回らないの。かなり高額になるし、そもそも巡ってくるチャンスが少ないわ」
ああ、それはわかる。食べ物ではないが、転生前のボクの臓器はドナー待ちの間に腐ってしまって、ほとんど機械の人工臓器になっていた。巡り合わせがないというのは痛いほど理解できる。
「じゃあどうするか。そんなものは決まっているわ。自分で取りに行けばいいのよ」
「うーん極端。でも出回らない珍味っていうくらいだから、難易度は高いんじゃないの?」
「そうね。最初はオークを相手にするのすら苦労したわ。オークって低ランクに分類されているから、二足歩行の豚くらいにしか考えていないでしょ? でもそれは大きな間違いだったわ。オークを相手に槍を突き立てたら全然刃が通らないし、相手は怒りで暴れまくるし……気がついたら私は病院のベッドの上。今思い返しても笑えるし、たまたま別のパーティがいなかったら死んでたわね」
ヴィクトリアさんは遠くを見つめながら苦笑する。
「病院で事情聴取をされて、私は自分が行った行為をそのまま告げると、医者はそれはもう大激怒。なんでこんなに怒られているのかわからず聞いたら、『お前は豚を倒したことがあるのか』って言われて。でも豚って魔物を家畜化した無害な存在だから、戦うなんて考えたこともなかったの。負ける理由がないと言ったら養豚場に連れていかれて、豚と戦わされたわ。まさかって思うでしょ? でも本当なのよ」
「聞いたことがあるよ。豚はイノシシを飼い慣らしていった動物なんだよね」
「そうそう。元はマッドボアっていう魔物で、そいつから硬い皮も鋭い牙もなくなったのが豚。そう考えていたのだけど、私は間違いを思い知らされたわ。マッドボアより一回り小さくて、大きさも私の腰程度。だけどその体重は私の4倍もあって、じゃれついてきた突進で吹き飛んだわ」
理科の生物の授業で教えてもらったなあ。人間は持久力と毒耐性以外はほとんどの生物に負けていて、武器を持って集団で行動しないと猫にも勝てないって。
「だから、オークに関しても根本的な勘違いをしていたのよ。そもそも豚は強かった。それが人間より一回りも大きくなって、二足歩行で武器を持っている。なんであれが低ランクなのかわけが分からなくて、でも後で知ったことだけど、魔物ってみんなすごく強かったわ。だからオークも倒せないようじゃ冒険者なんて無理、ってことで低ランクにされていたの」
ちなみに低ランクと言っているけど、オークはD3ランクで、これはDランク冒険者が3人で挑めば安全に勝てる程度の目安ということらしい。
なお当時のヴィクトリアさんはまさかのFランク。Eランクですらない仮登録したての見習い冒険者で、しかも1人で挑んだとのこと。
「無謀すぎじゃない?」
「仕方ないのよ。当時の私は騎士補佐官っていう、騎士の代わりに事務仕事をする職についていたの。本当はその騎士の人と結婚する予定だったんだけど、あのクソ野郎は遠征先の娼館で商売女に一目惚れしてそのまま駆け落ち。まさか国まで捨てるなんて思うわけないじゃない? そのせいで補佐官だった私にまで責任が及んで……それからは単純よ。私はやけ食いにやけ食いを重ねて、美食に目覚めて国を巡って、それまでに稼いだ金はすべて使い果たした。でも実家に戻るなんてできるわけがなくて、手元にあったのは彼が残した装備だけ。でも美食はやめられなくなっていたから、話の頭に戻るってわけ。……借金に手を出さなかっただけまともでしょ?」
「ヴィクトリアさんって意外と直情的だなあ」
「思い立ったら即行動よ。そうしないと鮮度が落ちるの。食材も情熱もね」
人に歴史ありとは言うけど、まさかこんな話が聞けるとは思わなかった。ヴィクトリアさんは勝手に喋り始めるから聞いていて面白いな。
どんな冒険をしてきたのか聞きたくなったが、
「ヴィクトリアさん、あの、デザートができました」
「あら、ちょうどいい時間ね。じゃあ私おやつを食べてくるから」
「ああうんいってらっしゃい…………アレ?」
フェルちゃんがヴィクトリアさんを呼びに来て、屋敷に行ってしまった。
「……結局誰がカルソーくんの訓練をするんだっけ?」
話は途中で終わってしまい、結局翌日またカルソーくんの訓練について話し合うことになるのだった。
◆
カルソーくんとフェルちゃんが屋敷に来てから1週間が過ぎた。
彼らは掃除した部屋を1つ使っていいと言ったら、連れてきたその日のうちにそれぞれに掃除をして部屋を確保。今では立派にこの屋敷の住人だ。
彼らの生活はそれぞれに別れ、ボクがカルソーくんと行動をし、ヴィクトリアさんがフェルちゃんについている。
フェルちゃんは朝からほとんど厨房に籠もっていて、ヴィクトリアさんが料理を教えこんでいる。
ヴィクトリアさん曰く、フェルちゃんには料理の才能があるそうだ。その分厳しく当たっているようで、フェルちゃんはいつも緊張した表情でいる。
ただ、料理自体のクオリティはどんどん上がっているので、大変かもしれないけどそのまま頑張って欲しい。
カルソーくんは朝ごはんを食べたら町へ買い出しに。昼食の後は屋敷の掃除というルーティンだったが、掃除はもうだいたい片付いている。
最初の日は買い出しに行かせたら戻らないんじゃないかとか、金を使い込むかも、などと心配したが、
「フェルだけ料理を教えてもらっていて羨ましいな。俺もスラーさんに特訓してもらえるように、早く仕事を片付けないと」
なんて言って、持たせたカゴいっぱいに食材を詰めて帰ってきたので杞憂だった。
なお冒険者としての訓練はまだ開始いていない。掃除は体力トレーニングになるとか嘘をついて誤魔化しているが、そろそろなにか考えないと。
ちなみにその間、ボクは遊んでいるわけではない。自室でスキルのレベリングをしていたのだ。
「やっとシャドウボールのスキルマスターだよ。面倒くさかったー」
『おめでとうございます。これで次の段階に進めますね』
ヴィクトリアさんやカルソーくんのことでわたわたしていたが、ボクの本来の目的は戦闘員の作成だ。
そのためにクリエイトゴーレムを獲得していたのだが、スラーの研究課題によってボクは新しい素材に目をつけた。
すなわち魔法をゴーレムとして戦闘員に仕上げる。
既にアクアボールで何度もやっているだろうって? 実はそうなんだ。でもアクアボールをゴーレム化させると、球状の物体から人型に形成するので魔力の操作が大変だった。
クレイゴーレムや過去のヘドロイドのお陰で、内側に仕込む人型ゴーレムの魔力イメージは完成している。
しかし肝心の本体の形成に魔力を割きすぎるのは、雑魚戦闘員のくせに高級品のようでなにか違う感じがしていたのだ。
そこでボクが目をつけたのはスラーの習得していた影魔法。シャドウボールの派生先であるシャドウアフターというスキルだ。
これは攻撃魔法だがどちらかと言うと近接戦向きのスキルであり、自分の残像が魔法の影として現れて時間差で追撃するというもの。
なぜこれを利用しようとしたかと言えば、このシャドウアフターは予め自分の残像に行動を記憶させておくことで、罠のように設置することができるのだ。
更にそれをゴーレムに応用すれば、攻撃行動を仕込んだ状態でゴーレムを作成できる。つまり複雑な命令なしでもダイナミックに動き回るゴーレムが作り出せる!
「行くぞ、シャドウアフター! ボクの行動をトレースしろ!」
ボクは早速シャドウアフターの魔法を起動させ、まずはパンチやキックなどの簡単な動作を記録する。
このシャドウアフターを設置する対象は影のある場所ならどこでもいいのだが、自在に行動をさせるのに一番適した影はシャドウボールだ。
ちなみにシャドウボールはゴーレムの素材としても形状変化させやすいので、アクアボールよりコストが安い。
というわけで、
「更にクリエイトゴーレム! シャドウボールをゴーレム化し、更にシャドウアフターのプリセットを仕込んで……!!」
ボクの目の前の影は徐々に形を変えていき、ついにボクの形をした影、シャドウスラーが完成した。
「……やったか!?」
『まだゴーレムとして作成しただけです。自律行動をさせなければ完成とは言えません』
「あ、そうか。よしいけ、シャドウスラー! 今、お前を解き放つ……!」
自律行動をオンにした瞬間シャドウスラーはファイティングポーズを取り、その場でボクの記録させた攻撃を繰り出す。
「おお! ようやくまともな人型自律ゴーレムが……!」
『おめでとうございますエル様。ところでこのシャドウスラーの行動目的は?』
「それはもちろん戦闘員だからね。目の前の敵に襲い掛かれ、だ……よ……?」
シャドウスラーはボクの命令通りに攻撃モーションを繰り返し、その目標を発見した。
今この部屋の中にはボクとアール(本)とシャドウスラーしかいない状況であり、
『あっ』
「うわ、ちょっと待て、こっちじゃない……!」
影の放つパンチはボクが放ったものよりも数段鋭く、ただの一撃でボクの意識を刈り取った。
『ふむ。雑魚戦闘員にしてはなかなかどうして強そうですね』
後でアールに聞いた話では、ヴィクトリアさんが食事の時間で呼びに来るまで、シャドウスラーはその場でパンチとキックを繰り返していたそうだ。追撃するようなことにならなくてよかった。
なお、部屋に入ってきたヴィクトリアさんに襲いかかった瞬間、触手でワンパンだったらしい。
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