2-8 はじめての弟子
ヴィクトリアさんを満足させた昼食は、ウサギに似た魔物のスープだった。
「あ、あの、お口に合えばいいんですが……」
フェルちゃんはなんだかビクビクしているが、別に味が悪くて怒るようなことはしない。
「ヴィクトリアさんが笑顔だったから、味の心配はしていないよ。いただきます。……うん、おいしいじゃない」
「そ、そうですか。……よかった」
話を聞くとヴィクトリアさんから、不味いものを作ったら殺すとか、食材を無駄にするなとか、煮込み方がなっていないとか、そういう注文を多くつけられていたらしい。
美食を極めて死んだ人だから、料理へのリスペクトが強くてそういう態度になったんだろう。ボクはそういうこだわりはないので、食べられるなら生のままでも文句はない。
しかし今このスープを食べながら、1つだけ残念な事に気がついてしまった。
前のボクにはなかった味覚が、スラーにはあった。どういうことかと言うと、ボクは初めて食べるスープなのに、スラーが過去に食べていたせいで新鮮味が薄いのだ。
これは転生の弱点だな。転生後は身体能力だけでなく、こういった味覚や経験などの記憶も引き継がれてしまう。
別に肉体の記憶の引き継ぎは悪いことだけではなく、過去のボクが使用できなかった魔法やスキルを習得していたりするので、本来ならば歓迎すべきものだ。
だけど長い病院生活を経てようやく手に入れた自由の身。知らないものを既に経験しているのは、なんだか損した気分になってしまう。
「はあーあ。美味しいんだけど、なんだかがっかりだなあ」
「あの、なにか……問題がありましたか……? 嫌いな食材とか……?」
「ん? ああいや、スープのことでもフェルちゃんのことでもないよ。気にしなくていい。ところで君はもう食事はしたの? 美味しいから君も食べなよ」
隣の席の椅子を引いて食事に誘うってみるが、フェルちゃんは首を振ってそれを断った。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。……作り直しをさせられて、なべ1杯分食べたので……」
「そうなんだ。いっぱい食べられてよかったね」
今のボクはこの器1杯で十分だ。前のボクでもおかわりは半分にしたかな。冒険者は身体を動かすから、きっとよく食べるんだ。ダンもそうだったし。
スープを飲み干し器を持って席を立つと、フェルちゃんに声をかけられた。
「あ、あの、2杯目ですか? なら私が用意しますので……」
「ううん、ボクは満腹だよ。ごちそうさま。そうじゃなくて、器を洗おうと思ったんだけど、洗い場はどこかな?」
「え!? わ、私が洗います!」
何をそんなに驚いたのかわからないけど、フェルちゃんはボクの持っていた器を奪って走って行ってしまった。
解放軍の村で生活していたとき、洗い物はボクの担当だったんだけど、まあやってくれるなら別にいいか。
奥の部屋から水の音が聞こえるが、ボクはそれを聞き流して外へと戻っていった。
身体は治せたけど、カルソーくんの今後について話し合わないとね。
◆
屋敷から出ると、カルソーくんは既に椅子に拘束されていた。
「んん! んんんんーー!!」
全身をヴィクトリアさんの触手で拘束されていて、顔まで蔦がぐるぐるまきだ。あんな怪人見たことあるけど、何を言っているのかわからない。
「ヴィクトリアさん、顔の拘束は解除してよ。じゃないと話をできないよ」
「あらエル、おかえり。あのスープどうだった? ありあわせの食材で作らせたにしては良かったでしょ。決めてはスパイスの加減なのよ」
「ああそうなんだ。美味しかったけど、他に食べたことがないから比較はできないかな」
「……まあ、美味しかったんならいいわ」
ヴィクトリアさんは若干不満げだが、カルソーくんの顔の拘束を解除してくれた。
「ぷはっ! なにしやがるんだ植物の化け物め! この、早く縄を解けよ!」
「あなたが中に入って直ぐに目が覚めたんだけど、起きたらずっとあの調子でうんざりだわ。言うに事欠いて私を化け物呼ばわり。殺してやろうかと思ったけど、人間は不味いから生かしてあるわ」
ということは美味しかったら殺していたのか。ヴィクトリアさんの判断基準は改めて確認しておこう。
さて、一応カルソーくんは喋れる状態になったが、彼には言わなければいけないことがある。
「カルソーくん。はじめましてボクはスラーだ。君にはいくつか話があるんだけど、その前に1つ。ヴィクトリアさんに謝りなさい」
「え?」
「な、何だよお前。その化け物といったいなんの関係が……!」
「ボクが聞いている前で、それ2度目だよ。彼女は化け物じゃない。ヴィクトリアさんという名前の女性だ。もう一度言うけど、謝りなさい」
ボクは少し怒っていた。カルソーくんはフェルちゃんを助けたいと思える正義の心の持ち主だ。
まだまだ見習いだがそんな彼がなにもしていない人に向かって、見た目だけで判断して化け物呼ばわりするなんて、それが許せなかった。
「謝りなさい。人を見た目で判断するなんて、そんな愚かなことはないよ。彼女が君になにかしたのか?」
「……それは、いや、俺今縛られてるし……その人のせいだと思っても仕方がないだろ!?」
あー、それは正論。
「いや、いやいや。縛られてるのには理由があったかも知れないだろ? ……そうだ。君はゴーレムに殴られて全身に酷い怪我をしていた。腕とか足とか、肋骨とか何本も骨が折れていたんだよ。カルソーくんは骨折の応急処置の仕方を知っているかな?」
「……そんなもん、回復魔法かポーションで治るだろ」
「そういうものがなかった時の話だよ。腕や足の骨折なら固い木の棒なんかを当てて固定する。肋骨の骨折の場合は呼吸の運動で痛みが出るから、軽く押してやるといいらしい。そこで今の君の状態はどうかな? 腕や足は椅子の硬い部分に固定されて、全身もぐるぐる巻きにされているから骨がズレて痛むことはない。どう、完璧な応急処置じゃない?」
「そんな、まさか……」
「いや、流石にその言い訳は私も無理があると思うわよ?」
おや、ボクはヴィクトリアさんの弁護をしているのに、そちらからツッコミが来るとは思っていなかった。でもカルソーくんには聞こえていないようなので、そのまま話を続けよう。
「さて、そんな重症だったカルソー君だけど、今はどうだい? 叫んでも身体は痛くないし、拘束されていても全身に力が込められるでしょ?」
「た、確かに……縛られている痛みはあっても、あのゴーレムに殴られた怪我や骨の折れた痛みはない……」
それはボクが治したからね。その代わりかなり体内をいじくり回しちゃったけど、まあ治ったからいいや。
しかし過程を知らずに結果だけを受け止めたカルソーくんはみるみる表情を変え、ぐっと目を閉じて謝罪を口にした。
「……すまなかった! 俺、目が覚めたばかりで混乱していて、フェルのことも気がかりで、それでつい、暴言を……! 本当に反省している!」
「まあ、謝罪は受け入れましょう」
ヴィクトリアさんは釈然としない様子だったが、とりあえずこれで次に進めそうだ。
「うんうん。カルソー君ならわかってくれると思っていたよ。それで本題なんだけど、ボクは今フェルちゃんの身柄を預かっている」
「え!? フェルの!? それはどういう……ああ、思い出した! ゴーレムに襲われて、それでフェルは無事なんだな!?」
「うん、もちろん無事だよ。それで彼女には料理人として家の手伝いをしてもらっているんだけど、君には……」
「助けてくれて、ありがとうございます!!」
ボクの話を遮って、カルソーくんは首だけで勢いよく頭を下げた。
「俺、あのときフェルのやつを逃がそうと必死で、でもあいつ、動けなくなっちまって……! それでもなんとかしようと思ったんだけど、結局ダメで。そのとき、ああ、俺ここで死ぬんだなって思ったら、どうしてもフェルのことが頭に浮かんできて……でも、スラーさんが助けてくれたんですね!! 本当に、本当にありがとうございました!」
少し涙混じりに喋るカルソーくんだが、それは盛大に誤解だ。
なにせ彼らを襲ったゴーレムを操っていたのはボクで、ここまで運んできたのもそのゴーレムだ。単純に拉致したのは自分だと言ったつもりなんだけど……
どうしてこうなった? ヴィクトリアさんと目を合わせるが、彼女も呆れた顔で首を振る。
あれか? もしかしてさっきの嘘のせいで、僕たちが本当に助けたと思い込んでいるのか? だとしたら単純と言うかなんというか……
「まあいいや、それで。フェルちゃんには料理と掃除を頼んでいるんだけど、カルソーくんには……」
「スラーさん! 俺何でもやりますよ!」
「え?」
まだ何も頼んでないんだけど、いったいどういう心の変化なんだ?
「俺、気がついたんです! 森の奥で1人精霊研究に勤しむ領主の親族。その貴族の人の隣りにいる緑の肌の女性…… ヴィクトリアさんは、大精霊だったんですね!?」
「え?」
今度はヴィクトリアさんが驚いたように口を開く。
まあ、悪魔も精霊も要素は一緒だから間違いじゃない、のかな?
「ゴーレムを倒せるほどの能力があるなら、精霊の召喚くらいできるに決まってる! いや、もしかして俺たちを助けてくれたのはヴィクトリアさん? ともかく俺には全て分かりました! 精霊召喚を果たしたスラーさんは、なにかここから出られない理由があるんですよね。それが何かは聞きません。だけど俺にもなにか手伝わせてください!」
「うん、まあ、手伝いはさせるんだけど……」
「その代わり、俺を特訓してください! 俺は強くなりたいんだ! フェルを守ってゴーレムを倒せるような、強い冒険者になりたい!」
なんかこう、すごく勘違いをされている。
ボクは悪役で、彼らを殴って拉致してきた。それなのに女の子が無事だっただけで、そんなに感謝することがあるかな?
理由はともかく、彼のフェルちゃんのために強くなりたいという気持ちは理解した。それは正義の味方になるために重要な心がけだ。
彼は弱いだけで、正義の味方になる素質は十分ある。そうとなれば、ボクの答えは既に決まっている。
「いいよ。ボクがどれほど君の役に立てるかわからないけど、特訓をしてあげようじゃないか」
「! ありがとうございます!」
「その代わり屋敷の掃除や買い出しをしてもらうけどね」
「はい!」
ボクは悪役だ。それは正義の味方のための悪役だ。
正義の味方を成長させる悪役。たまにはそんなのもいいんじゃないかな?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。