2-6 はじめての狩り
毎日投稿ギリセーフ
◆エル
またしてもヴィクトリアさんに殴り飛ばされボクは意識を失なっていた。だが今回は強制的に意識を覚醒させられる。
まるで電気が走ったかのような痛みが全身を巡り、ボクは目覚めた。
「起きなさい!」
「……ヴィクトリアさんがボクの意識を奪ったんじゃないか……」
たぶんボクがヴィクトリアさんを起こしたのと同じように、彼女がボクへ魔力を流したのだろう。少しだけ違和感というか、魔力の残滓が残っているのがわかる。
ボクが上位だと思っていたけど、魂の契約って相互に関係するのかな。
「あなたが食事を作れないなんて言うからでしょう!? いったいどうするつもりだったのよ!」
「それはもちろん、できる人に任せるだけだよ」
「ふん、一理あるわね。で、それはいったい誰なのよ?」
ヴィクトリアさんは屋敷を見回すが、当然僕たち以外に人はいない。
「誰もいないようだけど?」
「いなければ召喚すればいいんだよ。ヴィクトリアさんみたいにね」
そう言ってスラーの部屋に向かおうとするが、首に触手を巻き付けられストップを掛けられる。
「ぐぇっ、何をするのさ」
『エル様。悪魔召喚に使用した魔法陣は既に破損しています。修繕は不可能であり、再度召喚陣を構築するには材料もスキルも足りません』
「付け加えるなら私のいたあの世界に、私のような知識と人格を持った存在はいなかったわよ」
召喚陣って意外と面倒だったんだな。その上ヴィクトリアさんの言うことが正しければ、料理人なんて専門職を人外ランダムガチャから引き当てるのは相当難しいだろう。
そもそもヴィクトリアさんが規格外だったのだと納得して、しかしボクの意志は変わらない。できないものはできないし、こんなことのために料理人の職業を獲得するつもりもない。
ではどうするか。そんなのは簡単だ。料理人を捕まえてくればいい。プロでなくても料理ができればとりあえず納得はするだろう。
「仕方ない。派手にやるとすぐに足がつくから、あまりやりたくはなかったんだけど……」
ボクは外に出て地面に手を当てる。思い浮かべるのはヘドロイドほどではないけど、大きくてしっかりとした手足のある土人形だ。
「クリエイトゴーレム。あーあ、また戦闘員じゃないものに使ってしまった」
「見直したわエル。あなた意外と魔法の才があるのね。でもこんなもの食べないわよ? 土は何度も洗って濾して……食べるためには意外と手間なのよ?」
「……これはヴィクトリアさんの食事じゃないよ」
「あら、じゃあなにかしら」
「それはもちろん……」
ボクはパペットマスターでゴーレムを遠隔操作し、ゴーレムから声を発する。
『近所を見に行って、適当な人を捕まえてくるよ。誘拐ってやつだね』
少しだけ視線の高いゴーレムがそう言うと、心なしかヴィクトリアさんの顔が引き攣っていたようにも見えた。
『行くぞクレイゴーレム。料理人探しに出発だ!』
◆ある冒険者
「ヂュッ……!」
警戒心の薄いマッドラットの背中目がけて剣を振り下ろす。たったの一振りでマッドラットの命は断ち切られ、僅かな反射で痙攣していたがそれもすぐに亡くなった。
「ほい、これで6体目。マッドラットなんてチョロいもんだぜ。なあフェル。こんな雑魚にわざわざ金出してくれるなんて、王国はついに金のなる木でも見つけたのか?」
「はあ、カルソーはちゃんとギルドの話を聞いてよね。ドントルっていう田舎の領地で、マッドラットの燃える変異種が大量発生したのよ。かなりの被害が出たから、火災対策の整っていない地域ではマッドラットの変異種発生抑制のためにマッドラットを間引きましょうってなったの。でもみんな雑魚だからって相手にしないから、ギルドが駆除依頼を出してるんじゃない」
まだ成人して間もない少年冒険者カルソーは、幼馴染のフェルの話を聞き流しながらマッドラットの死体の解体をする。ただ殺すだけではなく、その証明のために頭部が必要なのだ。
ギルドが出している初心者冒険者向けの簡単な常設依頼。それはマッドラットの討伐数に応じて報酬を出すというシンプルなものだった。
魔物の中でも最弱とされているマッドラットは、武器を持っていれば子供でも倒せるほど弱く、町に現れても適当な棒で叩かれて終わりだ。
そんな弱小魔物でありながら悪食この上ない雑食性と虫のような繁殖力を持ち、放置すると無限に思えるほど湧いて出てくる。
ドントル領が被害にあったのはこれを放置したせいだと考えられ、そのためニーム国内では、特に水資源に乏しい地域では積極的な討伐が求められていた。
カルソーとフェルは、ニーム国内のドントルと同程度の田舎領地であるハレルソンの冒険者だ。まだまだ駆け出しのため今日も常設依頼のマッドラットを狩りながら、本命である夏リンゴを探していた。
夏リンゴは手入れのされていない野生種でも味がよく、金欠の冒険者にとっては手っ取り早く腹を満たせるためある意味で金よりも貴重なものだった。
「このあたりのはまだ実が小さい。来るのが早かったな。酸っぱくて逆に腹が減っちまう」
「……そう思うんなら食べないでよ。この辺は私たちみたいな低ランカーがたくさん来るから、もう殆ど取り尽くされてるのかも」
「先週はあんなにいっぱいあったのにな。そういや知ってるか? この森を抜けた先にある幽霊屋敷の話」
「それ前にも聞いたわよ。精霊の研究に取り憑かれた人の話でしょ? でもギルドの人に確認したら森の先にあるのはちゃんとした私有地で、このハレルソン領主の別荘って聞いてるわ」
フェルは呆れたように言うが、カルソーはニヤリと笑う。
「それはギルドから聞いた話だろ? 先輩冒険者のザールさんから聞いたんだけど、それはどっちも正しくて、今はハレルソン家の親族が1人で住んでるんだ」
「ザールさんって、あのいつもお酒飲んでる人でしょ? もう少し人付き合いは考えたほうが良いと思うけど…… それで?」
「ザールさんも駆け出しの頃はこの森で夏リンゴを漁っていたんだ。それで今みたいに収穫が少なくなってきた頃、その私有地に足を踏み入れた。そこにはきちんと手入れのしてある夏リンゴの木がいくつもあったそうだ」
「それはハレルソンの別荘ならあってもおかしくないだろうけど。……まさかそれを頂こうってわけ!? いくらなんでも不敬よ!?」
「大丈夫だよ。ザールさんも勝手に食べて見つかったらしいけど、その時いた現領主は『ハレルソン領にあるものはすべてハレルソン領民のものだ。好きなだけ食べ、その分領に尽くせばいい』と、何のお咎めもなしで許してくれたそうだ。なら俺たちだって領民なんだから、問題ないだろ?」
カルソーは自信満々にそう言うが、フェルには不安な気しかない。
「それっていったいいつの話よ? その時いいって言われたからって、今でもいいとは限らないし、今住んでいるのは親族の人で領主じゃないんでしょう? 私は賛成できないわ」
「お前はそうやってすぐにマイナスに考えるよな。じゃあ俺が一人で行って確かめてみるよ。それでいいって言われたらお前の分も取ってきて、ついでにしばらく来てもいいか聞いてみる」
「うわっ、図々しい。もしダメだったらどうするの? 流石にないとは思うけど、窃盗で捕まったら罰金じゃすまないのよ?」
「そんなことにはならないって。森の中の私有地の境界線なんて曖昧なんだし、知らなかったって言って店と同じくらいの金を払えば許してくれるよ。じゃ、行ってくるから」
言うが早いかカルソーは普段は進まない、獣道の途切れた奥まで進んでいく。
「ああもう! あなたは嘘が下手なんだから、そんな言い訳すぐにぼろが出るって。待ちなさいよ!」
フェルもまたカルソーの後を追って森へ入っていく。
彼らは失念していたのだ。その先にいるのが、精霊研究に取り憑かれた狂人であったことに。
そして彼らは知らなかったのだ。その先にいるのが、もっと凶悪な何かになっていることを。
◆エル(クレイゴーレム)
木々の隙間を縫うように、そのゴーレムは枝をかき分けて進む。大柄な人間よりも更に一回り大きい巨体は、視界の殆どが遮られていた。
(ボクのゴーレムは失敗ばかりだ。大きく作りすぎたよ。前が全然見えない)
遠隔操作中のエルは声を出さずに1人ぼやく。魔力によって得られた擬似的な視界は、人間と同様に頭部からのものしか確認できない。
蜘蛛型ゴーレムなどを操作していたときはもっと視界に自由度があったのだが、たぶんこのゴーレムが人型だから無意識に視界を人間同様だと思いこんでいるのだろう。
(適当に歩いてきたけど、全然人なんかいない。もし誰も見つからなかったらどうしよう)
本来なら通常の契約よりも強力な魂の契約をしているボクはヴィクトリアさんの要求を飲む必要はないのだが、ボク自身も美味しい食事を毎回用意できる人材が欲しかった。
そのための料理人狩りなのだが、料理人どころかただの人すら見つからない。スラーはよほどの僻地に住んでいたのだろう。ますます食事をどうしていたのかが気になる。
そんな事を考えながら歩みを進めていると、途中で引っかかるものを感じた。なんというか、進みたいのに進めないと言うか、これ以上進むと良くない感じがすると言うか。
何事かと本体に意識を戻しスキルブックを確認すると、その理由がひと目でわかった。
(あ! 遠隔操作の範囲ここまでなのか!)
どうやら職業が人形師ではないため、パペットマスターのスキルを持ってしても活動できる範囲に制限があった。それはドントリアで暴れてたときよりもずっと狭い。
(なるほど。職業による補正ってそういうところにも関わってくるのか。勉強になるな)
ただスキルを獲得するだけでなく、より適正のある職業と組み合わせることで真価を発揮する。なかなかどうして奥が深い。
(でも今はそれどころじゃないな。これ以上進めないなら範囲内で探し回るしかない。料理人はいなくても、せめて食材くらいは見つけないと)
流石に手ぶらで帰るとヴィクトリアさんはまた怒るだろう。しかし手土産があれば多少はマシかも知れない。そう考えて方向転換をし、ぐるぐると内側に向かって円を書くように移動を開始する。
しばらくすると妙な痕跡を見つけた。
(ネズミサイル……いや、マッドラットの死体か。なんで首だけないんだ?)
それは血溜まりに沈む首のないマッドラットの死体。それ以外にも身体が大きく傷ついていて、直接の死因はそちらだろうと思える。だがどうにも不審だ。
まず首だけがないのは不自然に思える。下水道でマッドラットの死体に群がるマッドラットを見たことがあるが、共食いの場合こいつらは骨も残さず食べてしまう。最も固い頭だけ食べて他を残すというのは考えいくいだろう。
更に死因となったであろう身体の傷。明らかに斬り傷で、しかも一筋しかない。そういう魔物も居るのかも知れないが、ボクはこの傷をドントリアで見たことがある。これは剣によるものだ。
そういえばダンが話してくれた冒険者時代の話に、魔物討伐依頼の証明の仕方というものがあった。
依頼主やギルドが直接死体の見分をしなかったり、そもそも死体が不要だった場合は、倒した魔物の一部だけを提出すればいいということになっているとか。
普通は魔物の素材が金になるので、死体を持ち帰らないというのはあまりないそうだが、大量討伐や帰還が難しい場合には素材を諦めなければならない。そういったときでも最低限、心臓などのコアになる部位は持ち帰る。
ならマッドラットの場合は? こいつらはどこにでも湧いてくるから素材の価値はないだろう。それでも何らかの理由で倒した証明が必要なら……
(ボクなら心臓だけ取り出すけど、マッドラットの心臓は小さくて脆い。この倒し方ならきっと潰れてるし、それなら頭のほうになる、か)
マッドゴーレムの体勢を低くしてよくよく観察すると、そこには薄く足跡も残っている。更には点々と落ちる血のしずくも……
(あっちは、ボクの屋敷の方角だ! これはついているぞ!)
ボクは喜びのあまりマッドゴーレムを走らせる。木の枝に当たって身体が削れていくが知ったことではない。視界は塞がっているが、これだけ物音を立てていれば、相手が先に気がつくはずだ。
「なんの音だ……? うわああ!? ゴーレムだ!」
ビンゴ! やったことはないけど、あたりが出たらこう叫ぶらしい。
『ビンゴ―!』
「え? きゃあああああ!!」
目の前にいたのは2人の少年少女。元のボクと同い年くらいで、少年は布の服に皮の鎧、背中に剣とカバンをを背負っている。少女の方はローブ姿で、見える範囲に武器はないがこちらも大きめの肩掛けカバンをしていた。
ふたりともスラーと同じ金髪碧眼。やはりここはニームなんだろう。
少年の方はすぐに剣を構え、カバンを投げ捨てる。
「逃げろフェル! もうすぐ先にハレルソンの別荘がある! そこで助けを呼ぶんだ!」
「そんな! カルソーも逃げないと! ゴーレムは最低でもCランク、こんな大きいやつはきっとBランクくらいあるよ! あなたじゃ勝てっこない!」
「そんなことわかってるよ! それでもどっちかが時間を稼がないと、魔物から逃げる余裕なんかあるわけないだろ!?」
おお、かっこいい。まるで正義の味方みたいだ。会話から察するにきっと弱いんだろうけど、それでもその心意気はいい。
ボクがクレイゴーレムを一歩前進させると、カルソーと呼ばれた少年の剣が震えた。フェルと呼ばれた少女も足がすくみ、動けないようだ。
「早く逃げろ!」
「で、でも…… 足が……!」
さて。ここでふたりとも叩きのめして持って帰るのは簡単だが、ボクはカルソーくんの勇気を称賛したい。彼を正義の味方たらしめたい。
そのためにはフェルちゃんに逃げてもらわないと困るんだが、どうすればいいだろうか。
まあ、とりあえず殴ってから考えよう。
暴力は全てを解決するって歴史の授業で習ったし、ドントリアではそれでうまくいった。
ゴーレムが大きく拳を振り上げる。カルソーくんは動かない。フェルちゃんも動かない。
更に一歩前進。カルソーくんは完全に射程距離だ。
『ビンゴ―!!』
「わ、わああああああああ!!」
もう一度だけ声を上げて威嚇すると、カルソーくんは破れかぶれに剣を振り上げ突撃してきた。うん、それでいい。
フェルちゃんの方を見ると、恐怖で目を覆ってしまった。ああ、そっちはダメだ。減点。
クレイゴーレムの柔らかい腹部にゆるい衝撃が走る。まあ素材はただの土だしね。刺さりはするよ。
「や、やった!?」
『いやいや、そんなわけないじゃん』
「……え?」
おっと、ついうっかり普通に喋ってしまった。声に反応したカルソーくんは呆然とゴーレムを見上げる。うーん、戦いの中でその反応はよくないな!
もういいや。君は正義の味方失格。ボクは振り上げた拳をカルソーくんに叩きつけ、
「い、いやあああああああ!! あぐぁっ!?」
『うるさ』
逃げることも戦うこともできなかったフェルちゃんに、手を切り離した土の塊を投げつけて黙らせる。
うん、とりあえず料理人候補ゲットだぜ。
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