2-4 契約の条件
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ボクは早速呼び出した悪魔、ヴィクトリアさんに召喚した目的を告げた。
「この屋敷の掃除をして欲しいんだ。山積みの本と資料を外に出して、生活できるようにして欲しい。ああでも、ただ捨てるだけじゃなくて役に立ちそうな本とかは別けておいてくれると助かるかな」
ヴィクトリアさんは腕を組んだまま部屋を見回し、足元に目を落とし、天井を見てから、ボクと目を合わせた。
「うーん。無理っ!」
「なんで?」
「明らかに対価と見合っていないでしょうが。私は世界樹と融合しているせいで植物の声が聞こえるの。この屋敷に生える草が言っていたわ。この屋敷中がこの有様だそうじゃない。カビやきのこも生えていて、とてもじゃないけど人どころか植物すら住むような場所じゃないそうよ?」
そこまでとは知らなかったけど、まあこの有様ではあながち間違ってもいないだろう。
「汚いのは認めるけど、でもボクは誰とも知らない人の汚した屋敷の掃除をしたくないんだ。片付けなんてほとんどしたことないし、この身体はびっくりするほど貧弱だし。きっと本を積んだまま持ち上げたら腰が折れるよ」
「なにそれ。この屋敷に染み付いた匂いはあなたと一緒よ? そんな言い訳……妙ね。あなた身体と魂の匂いが違うわ。どういうこと?」
ヴィクトリアさんの目がすっと細くなる。
どうと言われても、さて説明してもいいものか。
「アール、これって喋ってもいいの?」
『エル様が良しとするなら良いのでは? 私は特に意見はありません。自己責任でどうぞ』
「ボクの魂の一部のくせに冷たいなあ。うーん、簡単に言うとボクは転生したんだ」
言って信じてもらえるかはわからなかったけど、ボクは自分の状況を説明することにした。
ボクは既に何度か死んでいること。スキルによって死んだ肉体に乗り移れること。この身体に乗り移ったのはついさっきだということ。元の肉体の人物が悪魔召喚の準備をしていたこと。ボクはそれを利用して悪魔に部屋の掃除をさせようとしていたこと。
ひと通りのことを喋ると、ヴィクトリアさんは呆れたように口を開く。
「……まあ、私も死んでこうなっている以上、転生というのは信じましょう。でも呆れたわ。人工精霊を作ろうとしていた研究者が悪魔召喚に手を出したというのも馬鹿げているし、それを利用して呼び出した悪魔に部屋の掃除を押し付けようだなんてのもアホくさい。どっちにしても頭がイカれていたのね」
「失礼な。スラーはおかしな人かも知れないけど、ボクは至ってまともだよ」
「異常者は異常なのが正常なのだから、そりゃまともな異常者でしょうよ」
ヴィクトリアさんは肩を竦めるが、ボクはそれほどおかしな思考をしていただろうか。
改めて考えると、そもそも悪魔に屋敷の掃除をさせようと言い出したのはアールだ。ということはおかしいのはアールであり、アールはボクの魂の一部だから、ということはやっぱりボクがイカれているのか?
『エル様? 今私に対して失礼なことを考えませんでしたか?』
「ボクにはもう何が異常なのかよくわからないよ。ともかくヴィクトリアさんが部屋の掃除をしたくないのはわかったけど、逆にどうすれば掃除をしてくれるの?」
「そうねえ。条件はいくつかあるわ。1つはまともな食事よ。なんでもいいけど、普通の人が食べて美味しいと思える食事を用意しなさい。もちろん1食じゃなくて、朝昼夕晩の4食にブランチとおやつと夜食もね?」
うん、なんとなく食事を要求されるのはわかっていた。でも多すぎやしないか? ブランチは朝と昼が合体した食事のはずだし、夕飯と晩ご飯があるなら夜食もいらない。いったい何時間おきに食べるつもりなんだろう。
ただ美味しい食事というのはボクにとっても有益だ。スラーはまともな食事をしていないから、体調や体格の面でもかなり虚弱だ。ご飯を食べてもう少しまともに動けるようにしておきたい。
そのために普通の食事を用意する。ついでに食材も用意する。これにはボクも完全同意だ。
「わかった。まともな食事だね。ついでにボクもそれを食べよう」
「用意するのはあなたなのだけれど、本当にわかってるの? 2つ目は魔力よ。どうにもこっちの世界は前のところよりも魔力が薄いみたい。息苦しいと言うほどでもないけど、力を使うとすぐには戻らないような感覚があるわ」
「魔力か。それってどうすればいいの?」
この世界に来て最初にスキルブックへ魔力を込めたように流し込めばいいのかと思っていたら、アールが答えをくれた。
『召喚された精霊や悪魔は、召喚者と契約することで魔力パスを得ます。これに関しては人形師の遠隔操作と同じようなものと考えてください。これによって魔力供給が可能です』
「だってさ。契約すれば魔力はどうにかなるみたいだけど?」
「そうなの、勉強になったわ。じゃあ条件はあと1つね」
ヴィクトリアさんはあっさりと頷き、次の条件を口にする。
「3つ目は私の助手よ」
「助手? 掃除くらい1人でやりなよ。そんなに足がいっぱいあるんだし」
「あなたさあ…… 自分で役に立ちそうな本や資料は別けろって言ったでしょう!? 私は美食に生きてきたから、こういった魔法なんか専門外なの! 基準がわからなければ全部ゴミなのよ! 言ってる意味わかる? わかれ!」
ボクの発言にヴィクトリアさんは怒っているが、意外にも3つ目の条件は大分まともな、しかもボクの要求に沿ったものだった。
正直スラーの集めた資料なんて全部捨てても構わないと思っていたけど、ヴィクトリアが要求を果たそうとしてくれているなら助手はたしかに必要だ。
しかし、それはかなり難しい問題でもあった。
「確かにボクが役に立ちそうなものを別けてと言ったんだから、それを確認する人が居て然るべきだとボクも思う。大いにそう思うよ」
「でしょう? そうでなければ掃除なんて壁をぶち抜いて、ゴミを外に放り投げるだけで済む話だからね」
随分大雑把な掃除だ。でも壁に穴があるなら外とそんなに変わらない。掃除の意味がなくなってしまう。
「壊さないように掃除してね。うーん、でもその……助手を探すには、ちょっと問題があるんだ」
「なによ? 私が悪魔だからってこと?」
「いいや、そんな単純な話じゃなくて。もっと重大な問題なんだ。言いにくいんだけど、何が役に立つのか、ボクにもわからないんだ」
そう言って苦笑すると、ヴィクトリアさんもニコリと笑った。おや、笑顔なのに眉間に皺がよっているような……
「ふーん? 自分の役に立つものがわからないの。へえ、そうなんだ。それは大変ねえ」
「うん、そうなんだ。でもヴィクトリアさんがわからないなら、それがわかる悪魔に来てほしかったな」
「っ! 言って良いことと、悪いことがあるでしょうが!」
ヴィクトリアさんが身体を捻り、スカートの裾がひらりと揺れたかと思った瞬間、ボクは強い衝撃を受けて、意識を失った。
◆
『ああ、エル様が飛ばされた。この人でなし』
「私は悪魔なんでしょう!? 人でなくて結構よ!」
ヴィクトリアが放った触手の塊によるフックはエルの全身を殴打し、窓ガラスを破って外へと吹き飛ばした。
幸いというか、エルはゴーレム化させた椅子に座っていたため、ある程度の自動防御が行われていたが、今の一撃でゴーレムは完全に粉砕された。ある意味ゴーレムが主人の身代わりになったと言えるだろう。
「で、アールと言ったかしら? あなたはどうするつもりなの?」
『どうとは?』
「今私が吹き飛ばした主人の敵討ちだとか、許しを請うだとか、そういうことをするつもりはないのかしら?」
ヴィクトリアは触手を絡み合わせ、槍のような武器を作り出す。それをスキルブックへと突きつけるが、スキルブックはふよふよと浮かんだまま行動を起こさない。
『エル様のことでしたらお構いなく。お怒りの原因は明らかにエル様に非がありますので。あの子には人の心がないのです』
「……私が怒りのままにあいつを殺すと言っても?」
『一度や二度死んだ程度で消滅するような存在ではありません。試してみても構いませんよ? しかしながら1つだけ忠告をすると、エル様を殺すと困るのは、むしろ悪魔ヴィクトリア・グーラ・エギグエレファだと考えます』
ヴィクトリアはアールの言葉に槍を下ろし、眉をひそめる。
「どういうことよ? あいつと私に一体何の関係があるというの?」
『直接の関係はありませんが、悪魔や精霊といった存在は常に魔力を消費しています。存在しているだけならそれほど感じにくいかも知れませんが、今も作り出した武器の魔力を大気中から回収しきれていないのでは? 先程エル様に要求していたように魔力がないと、あなたはいずれ消滅します』
「……それで?」
アールはスキルブックの自動回収機能により本体が徐々に薄くなっていく。
『悪魔の契約とは、悪魔にとっての呼吸のようなもの。成立しなければあなたはこの世界に生きていけない。近くにちょうどいい魔力源がありますが、あれは殺すとその魔力ごとどこかに転生します。よく考えることですね』
「あ、待て……!」
アールはそれだけ言い残して、溶けるように消えてしまった。魔力の残り香でエルの中に消えていったのはわかるが、取り出す方法はここにはない。
「……なんなのよあいつら! 勝手に呼び出しておいて好き放題言って、その上私を放置して眠るだなんて!」
エルを強制的に眠らせたのは自分だが、それは彼のせいなので棚上げにする。
「ふん。あんなやつの魔力に頼らなくても、そもそも食事をすれば魔力は得られるのよ。あいつが目覚めるまでにばっちり回復して、あの生意気な本ともども串焼きにしてやるんだから」
ヴィクトリアは誰に言うでもなく宣言し、そこでふと気がつく。怒りに身を任せてエルを殴り飛ばした余波で周囲を散らかし、足の踏み場がないどころか外に繋がる扉までもが本と資料の山で埋まっていた。
唯一の出口は埋まり、しかし直接外へと繋がる窓から出るなどというのは、なんだかエルと同じになったようでプライドが許さない。
ヴィクトリアは窓の外を見てから、もう一度扉へと向き直り、叫んだ。
「……なんで私が片付けないといけないのよ!」
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