2-1 はじめての転生
ここから2章です
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目が覚めると、ボクは知らない部屋にいた。
「……生きてる? なんで!?」
思わず立ち上がり、その勢いで椅子が倒れた。どうやら机に倒れ込むように寝ていたらしい。
「どこだ、ここ?」
周囲を見回すが、やはり知らない部屋だ。沢山の本が山積みになっていて、部屋中が埋め尽くされている。机の上には目の前には眼鏡と飲みかけの液体が入ったカップ、それから書きかけのノートだ。
そこで気がついたが、妙に視界が高い。それに手も大きく、ゴツゴツしている。
「ボクは、いったい……?」
服装も村人が着ていたものより上質な布のシャツで、下に履いているのは紺色のスーツパンツのようだ。倒れた椅子には上着がかかっていて、やはり上下で合わせるものらしい。
振り向くとそこには窓ガラスがあり、薄っすらと映る顔は全く知らない男性のものだった。手入れをしていないせいで伸びているセミロングの金髪に、同じく手入れをしていないであろう顎髭が薄っすらと生えている。少し垂れ気味の碧眼は半開きでクマが酷く、かなり眠たげな印象だ。
髪や目の色の特徴からニーム王国の人のようだけど、一体何でボクがそうなっているんだ?
『おはようございますエル様。2度目の復活おめでとうございます。いえ、ヘドロイドへの転送を含めれば3度目でしょうか。ともかく、また会えたことを喜ばしく思います』
「アール? アールなのか?」
声のする方向に向き直るとそこにはいつの間にかスキルブックが浮かび上がっていた。ボロボロだったはずのその古書は、こころなしか傷が修復されている。
「……なんかきれいになった?」
『スキルブックのレベルアップに伴い多少の修繕がありました。機能に変化はありません』
「あ、そう」
しかし人口精霊アールが付いたスキルブックなら、やはりボクはエルのはずだ。なのにこの身体はいったいどういうことだろう。首を傾げると妙に軋むし、それにかなりの空腹を感じる。
「ああ、ステータスを見ればいいのか」
というわけでスキルブックを確認する。
スラー・ハレルソン。26歳。男性。職業=貴族、魔法研究家。基礎能力値は軒並み貧弱で、魔力の総量が異常に高いが、今は枯渇気味だ。そして体力も瀕死間近で、極度の空腹状態になっている。
いきなり死にそうじゃないか。
ボクはとりあえず机にあったカップを飲み干し、部屋を出る。
「部屋の外まで本が山積みになってる…… いったいどんな生活をしていたんだ?」
足の踏み場もないほどのゴミ屋敷、というのが前世の世界にはあったそうだけど、今ボクがいるこの家もその状態にかなり近い。床には投げ出された紙束と脱ぎ散らかされた衣服が散乱し、一歩進むごとに積んであった本の山が崩れていく。
この家の中にも食べ物はあるはずだが、探している余裕はない。幸い窓の外には木々が見えた。人まずはその葉を食べればいいだろう。
なんとか家を出ると、入り口が倒れてきた本の山に埋もれてしまった。あーあ、ボクは知らない。
自分がいた家は、思ったよりも広い洋風の屋敷だった。村の物置小屋みたいな家よりもかなり立派だ。まあ、中身はゴミ屋敷なのだけど。
庭にはボクも知っている植物がいくつかあった。それに木にも実が生っている。直接その身を食べたことはなかったけれど、何故か妙に懐かしい木の実。
「あれは……夏リンゴ……」
手を伸ばして1つもぎ取る。この身体はかなり硬く、肩より上に腕を伸ばすだけで少し痛みがあった。
シャツで夏リンゴの表面を拭き、そのまま齧りつく。……歯も顎も貧弱だったが、それでもかじり取る。シャリシャリとしていて甘酸っぱい。ドントリアで初めてダンに飲ませてもらったジュースと同じ味だ。
ダンは無事にナクアルさんと町を脱出できただろうか。最後まで見届けられなかったのは心残りだが、ダンならきっと大丈夫だろう。
「……この身体、弱いなー。前のボクよりも弱いんじゃないか? もうお腹いっぱいだ」
夏リンゴを半分食べたところで空腹感は満たされた。しかし魔力と体力の回復は殆ど感じられない。残り半分も無理やりに飲み込んだ。吐きそうな気配を感じるが、そうでもしなければこの身体はまともに機能しないのだ。
少しでも体力を回復しやすくするため仰向けに寝転ぶ。日光が心地よい。
「病気でもないくせに、いったいどうしてこうなった?」
『エル様。この身体の前の持ち主スラーは引きこもりがちな研究家であったようで、食事も殆ど摂っていませんでした。死因は体力低下状態での魔法の強制発動。エル様と同じですね』
「ボクと同じかは知らないけど、なんでそんな事がわかるのさ」
『ステータス画面を確認してください。【敵】のスキルレベルアップにより、転生先の直前の状態が確認できるようになりました』
アールに促されて再度ステータスを確認すると、項目が増えている。そこにはスラーの簡単な経歴や、そこから推察される人間関係も触り程度だが読み取れた。
どうやらこのスラーという人物は人口精霊の研究をしていたようだ。
精霊を魔力生命体だと仮定し、魔法そのものに意思をもたせることで生物として自己完結できないか、というテーマをもって研究していたらしい。
その突飛な発想と貴族という肩書から最初の頃は同じ志の仲間もいたようだが、研究は思うようにいかず仲間たちは離散していった。貴族という肩書も役に立っていたのは最初の頃だけで、ハレルソン家からは既に追放されている。
彼の研究テーマの概念そのものは、ボクの作っていたアクアボールゴーレムに近い。しかし決定的に違うのは、魔法に意思をもたせようという部分だ。
そのために彼はこの国では禁止されている精神操作系の魔法に手を出した。話が飛んでいるように思えるが、彼の中では繋がっている。どうやら彼は発動した魔法のコントロールを手放し、魔法そのものが崩れる前に意識を与えればいいのでは、と考えていたのだ。
たぶんだけど、彼の考えはこうだ。まずボクのアクアボールゴーレムは、ボクが与えた命令に沿って行動する。その命令を精神操作魔法で破壊し、自由意志を与えれば人口精霊になるのではないか、ということなのだろう。
「でも、そんなことって可能なの?」
『可能か不可能かで言えば可能です。ただ、使用するスキルが違うため、そのままのアプローチでは成立しません。それにつけ加えるなら、人工精霊に自由意志は存在しません。あくまでも生成時に定められた命令に沿った思考と行動であり、自由意志の真似事をしているだけです』
「そうか。人が考えて与えた自由意志だから、それは本当の意味で自由じゃないのか」
そもそも意思が存在しないのに、植え付けられた自由は自由なのか否か。自由って難しいなあ。
ちなみにこのスラーは精神操作魔法を習得できていない。持っているのはボール系の基本魔法と、闇魔法への入り口の影魔法を数種類。それに知識に関するスキルをいくつかだ。
「今更だけど、転生したからボクが持っていなかったスキルがいっぱいだ。その代わりボクの持っていたスキルがないけど。取り直すの面倒だなあ」
『おや、お忘れですか。エル様は死ぬ前に獲得していたスキルを引き継げますよ?』
「え?」
そうだっけ? なんかそんなことを言われたような気も……
ひとまず最終的にファイアボールよりも使い続けていたクリエイトゴーレムを確認し、獲得する。そのまま続けてフレイムスロアを獲得。さらに人形師のパペットマスターも獲得できた。
「スキルレベルも上がったままだ。アクアボールゴーレム! おお、思い通りに作れる!」
『エル様は新たな肉体へと転生し、その身体へ以前の情報を取り込んだため【敵】のスキルレベルが上がりました。【敵】のスキル情報が一部開示されます』
「え!? 今!?」
スキルブックが勝手に捲られ、あの真っ黒に塗りつぶされたページになる。今でもそのページは読めないが、読もうとすると情報だけが頭の中に流れ込んできた。
・【敵】は死亡すると新たな死者へと転生する。
・【敵】は死者の肉体から情報を引き出せる。
・【敵】を維持するためには魂を必要とする。
簡単に言うとこう言うことらしい。最後のはともかく、前2つはもうやったから知ってるよ。いや、やったから情報が解禁されたのか。
ともかく【敵】というのは死んでも蘇る職業らしい。
「……なんかこう、もっとわかりやすく強い能力とかじゃないんだね」
『エル様の強さの基準は不明ですが、何度でもスキルを持ち越して転生を繰り返すのは十分強力ではありませんか?』
「うーん。確かに強いんだけど、強さの方向っていうのかなー」
間違いなく明らかにチート能力ではあるんだけど。ボクはもっと派手な情報が欲しかったなあ。
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