30 先生の優雅なティータイム
◆???
地上とは違う、かと言って空でも地下でもない、天界、あるいは世界の裏側と呼ばれる、ただただ広いだけの隙間。
そんな世界に建てられた小さな城の一室で、先生と呼ばれた人物がティータイムを楽しんでいた。
「ふーむ。やはり紅茶は市販品に限る。安いティーバッグのストレートに、人工甘味料たっぷりの菓子パン。最高のお菓子タイムだ」
貼り付けられた胡散臭い笑顔の中性的な顔立ちで、切り揃えられたショートの黒髪に燃えるような赤い釣り目。派手なスーツには古今東西様々な怪物が描かれ、下に着ているシャツは毒々しいマーブル模様。ネクタイ代わりのトラロープで首を飾り、程よく胸があるのに、口から出てくるのは渋い男性の声だ。
彼だか彼女だかがいる部屋も変わっていて、畳の床にガラスのテーブル。本人はゲーミングチェアに座り、傍らに置かれた古書には古い液晶画面が写っている。
その古書のようなモニターに、突然メッセージが表示される。
『今期神決定戦における転生者死亡のお知らせ』
チカチカとマーカーがうるさいので、タイトルだけ確認してからモニターを閉じる。よくあることだ。今回は100人近く仕入れたのだから、まだ仕事は回ってこないだろう。
そうしてまたティータイムの戻ろうとしたとき、家の呼び鈴がなった。
「オッス、ラゴランディア元気してるかー」
まだ何も返事をしないうちに窓から現れたのは、竜から神へと成り上がったファニルロイだ。竜らしく宝に目がなく、最近は先生もといラゴランディアが異世界から持ち込むものに異常な執着を見せている。
今もファニルロイは竜でありながら人に擬態し、タンクトップにホットパンツ、サンダルとかなりラフな格好をしている。ちなみに現在の姿は女性のものであり、灰色の髪は床につくほど長く、健康的な肉体に服のサイズが合っていないため、いろんなものが零れそうになっている。
「……ファニー、その服は男物だと伝えたはずだが?」
「そうだったか? まあいいじゃねえか。この服は肌触りがいいから気に入ってんだよ。それからこの前ぶっ殺したこの女の身体も気に入ってる。気に入ってるもんを組み合わせたら最強に決まってんだろ?」
「またそうやっていたずらに人を弄んで…… 神としての自覚がまるで足りていない」
「仕方ねえだろ? 俺はただ庭で寝てるだけなのに、人間どもから勝手に攻めてくるんだぜ? 話を聞いたら、俺を倒せたら神になれるって噂があるらしい。許せねえよなあ?」
ファニルロイは憤りながらラゴランディアの菓子パンとティーバッグを口に運ぶ。開封もせずにバリバリと袋ごとパンを噛みちぎり、ティーバッグはまるごと飲み込んでしまった。
「……」
「かーっ! やっぱ異世界の食い物は美味えな! 甘さがこっちのとは段違いだ! だけどお前、こっちの小せえのはナンセンスだな。渋くて食えたもんじゃねえ」
「はあ。お前にお茶の概念はまだ早かったようだな。それで、一体何のようでここに来たんだね?」
「ああそうだ。賭けだよ賭け。またお前の負けだ」
ファニルロイはここに訪れた要件を思い出し、手を叩いて笑みを深める。
「賭け? 一体何のことだ?」
「とぼけるなよ。ほれ、これだ。お前のところにも来てんだろ?」
ファニルロイが取り出したのは折りたたみになる前の携帯電話だ。しかしその画面は最新式のものに置き換わっており、表示されているメッセージは『今期神決定戦における転生者死亡のお知らせ』だった。
「お前が引き取ったガキと、俺が引き取った女、どっちが早く死ぬか競争しただろ? その結果がこれだ。お前が負けたんだよ、ラゴランディア」
勝ち誇ったように小躍りをはじめるファニルロイを無視し、ラゴランディアは自分の古書を手に取る。なるほど、死んだ転生者はエルくんのことだったか。それを見た瞬間ラゴランディアは思わず吹き出しそうになったが、紅茶を飲んで落ち着きを取り戻す。
エルくんが死んだ、か。今更何を言っているんだ。彼が死んだのはこれで3度目だぞ? 今更死亡と認識したのか。これが笑わずに要られるものか。
「お? どうした、そんなに肩を震わせて。悔しいのか?」
「ふむ。そうかもしれんな。まあいい。さて何を賭けたか。負けるつもりがなかったので、何を賭けたか覚えておらんよ」
「はっ、そりゃお前。……あー、何を賭けたんだったか。あー、この前お前が食ってたやつ、アレなんだっけ?」
「この前とはいつのことだ? プリンか、ハンバーガーか、それともチョコレートバーか?」
実際のところ、何も賭けてはいない。単純にファニルロイが勝負事を何でも賭けだと言っているだけで、ラゴランディアはそれに付き合っているだけだ。
暫く考え込んでもファニルロイは何を賭けたのか思い出せず、結局目の前にあるものを奪っていくことにした。
「まあいいか。とにかく賭けは俺の勝ちだ。このパンは貰っていくぜ!」
「好きにしたまえ。だが、次の勝負は負けないからな」
ファニルロイは窓から飛び去り、後には食べ散らかされた菓子パンの破片だけが残されている。
「だがそうか。ついにエルくんは死んだか。私の作った肉体は、彼の魂には狭すぎると常々思っていた。そうか、ついに死んだか」
病院で彼に出会ったとき、ラゴランディアは衝撃を受けた。なぜ生きているのか不思議でならないほど死に囚われていた名前のない少年。
その少年の願いは、あろうことか死ぬことだった。
自由に生きて、自由に死ぬ。物語の悪役のように自由でありたいと言っていたが、明らかに生きる方ではなく、どのように死ぬかを重要視していた。
理不尽に好き勝手をするから、正義の味方のために死ぬ。
きっとそのように死んだんだろう。彼にはそれができるだけの力がある。
「エルくんは、私たちの世界を楽しんでくれたかな?」
そうであれば嬉しく思う。そうでなければ、次こそ楽しんで欲しい。
「君の物語は、まだまだそんなところで終わりはしないのだから」
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