28 出撃、ヘドロイド
何の根拠もなかったけど、ボクは死んでもまだ生きていられると確信していた。
そして実際に、ボクの視界にはクリアな下水道の光景が映っている。
(ふは、ふははははは……! 成功だ。大成功だよ!)
ボクの試作怪人第一号、下水に潜むゴミ山怪人ヘドロイド。ボクは人形師のスキル遠隔操作で、死の間際魂を移し替えることに成功していた。
なんとなく予感はあった。最初に気がついたのは監視用のアクアボールゴーレムが壊れたとき、ボク自信にもダメージのフィードバックがあったときだ。あのとき身体が傷ついたわけではなかったのに、確かな痛みがあった。
次に気がついたのは今日のこと。遠隔操作中のネズミサイルがボクのフレイムスロアによって燃える前に、何者かによって攻撃をされた。誰にやられたのかはわからなかったが、背中に強い衝撃を受けた。その後は問題なく着火できたのだが、そこでふと疑問が湧いた。
自分自身によって破損したり燃えてもダメージはないのに、突然壊れたり攻撃されたときにだけダメージがあるのはなぜなんだろうか。
その時ボクは直感的にふと思い出したのだ。ボクはの身体はエルであってエルじゃない。この肉体は一度死んだエルの死体に、もう一度ボクが乗り移っているだけのもの。客観的に見たらこのエルはネズミサイルと同じ死体から作られたゴーレムと同じだ。
だからボクは、遠隔操作中無意識に魂をゴーレムに移動させているんじゃないかと考えた。
もちろん根拠なんてない。ただの想像でしかなかった。でもそうでなければあれほどリアルにダメージを受けのに、エルの肉体には何の影響もなかったことに納得できなかった。
それに遠隔操作中のゴーレムが魂と関係なくダメージを受けるなら、自分で蜘蛛型ゴーレムの脚を切り離したときも、ネズミサイルを着火させたときも、同様にダメージがなければおかしい。魂がゴーレムにあるならこの場合むしろダメージを受けるのではとも考えたが、ボクなら来るとわかっているダメージはゴーレムだから平気だと納得して無視するだろう。
(結局のところ、ボクは既にヘドロイドの中にいるんだから、それは正しかったってわけだ)
もしかしたら人形師でも遠隔操作でもなく、【敵】のスキルかも知れないが、それならそれで結論は同じだ。
ボクにはまだ、ナクアルさんを助け出すチャンスがある。
失敗したときのことなんて考えていなかったけど、そのときはそのときだ。どのみちボクの居ない世界なんてどうでもいい。悪役なんだから正義の味方が必要だっただけで、ボクがいないならそれも必要ない。
ボクと正義の味方は、共存関係なんだ。共依存と言ってもいい。
なら助けに行かなければ。それがボクのやりたいことなんだから。
(待っててね、ナクアルさん。必ず救ってあげるからね……!)
正義の味方ナクアルさんは、ボクの物語に絶対に必要なんだ。
悪役は正義の味方のためにある。好き放題暴れて、町をめちゃくちゃにしたボクは、その報いを受けなくてはならない。
正義の味方の手によって爆発四散する。それがボクの在り方だ。
ああ、理想の物語だ。そのためにこの世界に来たんだ。ボクはもう十分に自由を満喫し、好きなように生きた。気に入らないこともあったけど、最高だった。
ならここからはクライマックスだ。楽し気なエンディングテーマとエンドロールが待っている。ボクは2週に跨るほどの敵じゃない。迅速に退場しなければ。次の悪役が待っているんだ。
(ヘドロイド出撃! さあ、アンネムニカの栄光のために!)
ボクは最期の時を迎えるために、その重たい一歩を踏み出した。
◆解放軍デルガド
エルが死んだ。
元より殺すつもりだったが、まさか魔力暴走によって死ぬとは考えていなかった。
「エル! お前なんて無茶を……!」
ケウシュのやつが飛びついて肩を揺さぶるが、もう無理だ。明らかに死んでいる。
「メロミィ! 回復魔法を!」
「無駄だ。お前だってわかってるだろ? こいつの死因は魔法の強制発動による魔力暴走。外からどうこうできるもんじゃねえ」
「デルガドの言うとおりです……でもまさか、あんなことをするなんて……」
メロミィも人死にには慣れているが、それでも顔が真っ青だ。まさか自分と同年代の子供が、普通はどうやっても発動できねえ魔力不足のギリギリの状態から、魔法を強制発動した。それが信じられねえんだろう。
本来は強制発動しようにもまず魔力不足で目眩がする。これを訓練なしに乗り越えられるやつはそういない。訓練したって耐えられるようになるだけでなくなるわけじゃない。
次に肉体を魔力に変換しようとするため、全身を強烈な痛みが襲う。俺も戦場から生きて帰るために無理をしたことがあるが、死んだほうがマシだと思うほどの全身を切り裂かれるような痛みだ。事実として強制発動をすれば、肉体は裂けて取り返しの付かないダメージを受ける。幸い後遺症はなかったが、当時は内臓が破けて大変だった。今でもその傷が痛む。
エルのやつはそんな本能と肉体のセーフティを強引に突破して、命を賭してなにかの魔法を発動した。それが何なのかはわからねえし、発動できているとも限らねえ。だが、
「お前の仲間を助けたいという想い、その覚悟。しかと見届けた!」
こいつはただのガキじゃなかった。リーダーやダンが気にかけるだけの傑物だった。仲間のために命を投げ出せる、本物の英雄だ。ここで死ぬには惜しい人間だった。
しかしそれと同時に、こいつの性質は邪悪だった。たった一人の仲間を助けるために町に混乱を齎し、その余波で人を殺す。他人の命どころか自分の命すら顧みない、ここで死ぬべき怪物だった。
「お頭、大変だ! この店にも火が回ってきてる! 早く脱出を!」
階段の下で、ダンが来ないかを見張らせていた解放軍の部下たちが騒ぎ始めた。
窓の外では今なお混乱が続いている。罪人を連行している衛兵共も判断に困っているようだ。だがそこに女を救い出そうとする仲間は見当たらない。救出が目的のはずなのに、そこには誰も現れないままだ。
「……まさか、エルは1人で助けるつもりだったんですか?」
メロミィも俺と同じ結論に達したようだ。ダンは女の救出のために解放軍を抜けたとはいえ、ここまでの残虐さとそれをするほどの能力はない。あいつは良くも悪くも愚直に正義を貫く。これが正義だとは考えないだろう。
恐らくエルはダンの性格を見抜き、この状況だけを作り出したのだ。そうすれば勝手にダンが救い出す。死ぬことまでは想定外だっただろうが、助け出せたのなら混乱を収める方法を用意していたはずだ。
だがそのエルはもういない。どれだけ作戦を練っていたのか知らないが、それが完遂することはもうないのだ。
あとに残されたのは、燃える町と混乱する民衆だけ。
「ちっ、お前らよく聞け! 俺たち解放軍は今から領民の避難活動を行う!」
この状況を作り出しのはエルだが、こうなるまでに追い詰めたのは俺たちだ。たった一人のガキの願いを、みんなで邪魔してこの有様だ。その落とし前はつけなければならない。
「な、デルガド、どういうつもりです?」
「町に火をつけ多大な被害を出した下手人は死んだ! だがそのせいでこの混乱が収まることはない。見ろ、衛兵共もこの状況を捌ききれていねえ! そこで俺たちが住人を援護し、救出し、命を救い出す。そうすれば俺たちは住人の支持を得られる! 解放軍の目的のためにこの状況を利用してやろうじゃねえか! さあ急げ! 1人でも多くの人間を救うんだ!」
「わ、わかりました! 他のメンバーにも伝えます!」
部下は慌てて外に出ていく。偉そうなことを言った手前、俺も動くしかないだろう。壁に立てかけてあった柱のような大剣を手に取り、窓に足をかけたところでケウシュに声をかけられた。
「……デルガド、あんた一体どういうつもりなんだ?」
「言ったとおりだ。この状況を利用する。……それに、こいつを焚き付けて無茶をさせたのは俺たち解放軍のせいでもある。少しの間は仲間だったんだ。尻拭いくらいはしてやろう。お前も今なら領主の屋敷に忍び込めるだろ? 死んだエルのためにも、使えるものは何でも使って情報を奪ってこい。メロミィ、ついてこい。スキルを使って俺のサポートをしろ」
「は、はい!」
メロミィを抱きかかえ、窓の外に飛び出した。目指す先は囚われている女のところではない。焼け落ちて倒壊した建物のせいで通れなくなった路地だ。
「おい、押すな! こっちは通れない!」
「他に道はないんだぞ! 裏路地だって燃えている!」
「止まってるんじゃねえ! 後ろに大勢いるんだぞ!?」
現場は大混乱だ。だがメロミィのスキルでこの火事の規模はわかる。そこら中で燃えているが、ひとつひとつは大したことがない。
俺はスキルを使って建物を見下ろせるほどに飛び上がり、渾身の力をもって大剣を振り下ろす。
「お前ら伏せていろ! ウインドブラスト!」
攻撃魔法に変化するほどの風圧は、火災が飲み込む空気を一瞬で消し去る。エルが魔法によって産み出した炎なら、一度消してしまえば火種はもうない。
そしてその読みは的中し、炎は完全に消し止められた。再度スキルを使用し、倒壊した建物も吹き飛ばす。これで通路は確保された。
「俺たちはカンキバラ解放軍だ! お前たちの道は俺たちが切り開く! ついてこい!」
「この国に巣食う悪を滅ぼす正義の軍団です。覚えておくがいいですよ!」
歓声を上げる住民たちとメロミィの言葉に吹き出しそうになるが、次の火災現場に目をやることで意識をそらす。
正義の軍団か。そんなものになるつもりはないが、今の状況は傍から見たらそうなのだろう。
自分たちの不始末で火がついて、自分たちで消していく。
正義ってのは、一体なんなんだろうな。
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