27 下水魔物の襲撃
新連載本日2本目です。
少し残酷な描写があります。
◆ダン
周囲の騒ぎが大きくなった。耳を済ませれば騒音の中にも情報はある。罪人の連行が始まったらしい。
「クソッ、間に合わなかった!」
人混みをかき分け、路地裏に滑りこむ。こういう状況では多少離れていても人の居ない場所のほうがかえって都合がいい。
エルは見つからなかった。
あの日俺が解放軍を抜けた直後、エルは拐われた。犯人は間違いなく解放軍のメンバーだ。
宿屋の人間の話では夜中に客が呼んだという娼婦が現れたそうだ。それ自体は珍しいことではないが、大きな荷物を背負っていたのが印象的だったという。
その情報を元に冒険者ギルドで聞き込みをしたところ、ケウシュという女冒険者の名前が上がった。なんでも数年前に無実の罪で投獄され、仲間を失って出てきたらしい。それ以来彼女は賞金首ハンターを自称していたそうだ。
しかし情報はそこで途絶えた。この町にいることは間違いないが、どこに居るかはわからない。娼婦をやっているのも事実なようで、毎晩宿と男を変え、町中を転々としていた。正直解放軍の情報収集担当として、これ以上の逸材はそう居ないだろう。
誘拐犯からの追跡を諦めた俺は、連れ去られたあとの監禁場所を探ることにした。まずは自分が知る限りの解放軍の利用施設を確認したが、どこにも運び込まれた形跡はなく、ケウシュの痕跡もなかった。
町の外に、解放軍の村に戻される可能性も考えたが、衛兵の話では馬車やカートを使う行商人は出ていなかった。子供とはいえエルはそれなりに大きいので、乗り物を使わずに長距離を移動させるとは考えづらい。
この可能性は早々に排除し、念のため見張りを用意したが、未だに馬車を使うものは現れていない。
「時間切れだ。ああクソ、俺はこれからどうすればいい」
ダンは迷っていた。このままエルを探すのか。それともナクアルを助けに向かうのか。
少なくともエルが殺されることはない。だからわざわざ誘拐したのだ。自分の護衛依頼は失敗となるが、ギルドを通したものではないので傷つくのはプライドだけだ。
だがナクアルの方は違う。あと1時間もすれば確実に死ぬ。かと言って助けに行くのは無謀だ。何の準備もない冒険者が正義感だけで止められるほど、領主や組織は温くない。
(俺は、俺にはやっぱり何もできないのか?)
必ず守ると言った子供は誘拐され、組織を裏切ってまで助け出すと言った女には近寄れてすら居ない。
ふと視界の隅にマッドラットが映り込む。ネズミはその場でぐるぐると尻尾を追い回し、どこにも進めないでいた。
まるで俺みたいだ。動いているようにみえて、同じところを回っているだけ。エルを助けたつもりでいたが、女を助けるつもりで居たが、結局なにもできていない。大きく遠回りをして、最初に戻ってきただけだ。
「なあ、俺はどうしたらいいんだ? 俺は、いったい……って、答えるはずねえか」
「ヂ、ヂヂヂ……!」
「……は?」
ほんの気まぐれで魔物に声をかけた。答えなどあるはずもなかったが、突然そいつは有り得ない変化を起こした。
炎上したのだ。体内から突然火を吹き上げ、そうかと思った瞬間には大通り目がけて走っていった。
「キャーッ!!」
通りから悲鳴が聞こえてきた。
「マッドラットだ! マッドラットが燃えているぞ!」
「火事だ―! 南地区で火事が起きているぞー!」
「バカ言え! 燃えているのはあっちの倉庫だ!」
「わ、うわーっ! マッドラットの大群が出たぞー!」
一体何が起きている? 肉体強化スキルを使用し建物を駆け上り、屋上から町を見下ろす。
「な、なんなんだこれは? なにが起きてるってんだ……?」
3階建ての屋上という、周囲よりも少し高い場所だからはっきりわかった。
町は混乱で満たされていた。
あちらこちらから煙が上がり、悲鳴と火の粉が町を覆っている。足元では群衆が逃げ惑い、逃げ惑う人によって人が踏み倒されていく。
すでに処刑台近くまで来ていたナクアルも、民衆のパニックによって身動きが取れないでいる。
「は、ははは、お前は進めなかったわけじゃねえんだな」
先程見たマッドラットの奇妙な動きは、操作された異常行動だったんだ。どこにも行けないわけではなく、ただ時を待っていた。俺とは違って、きちんと役割を持っていた。
それはどうしようもない悪行だったが、しかしだからこそ俺の正義感に火をつける。
「お前みたいなネズミですら働いてんだ。人間サマが、金もらってなにも出来ませんでしたってわけには行かねえよな……!」
これは何者かが目的を持って起こした奇襲だ。もしかしたらナクアルの仲間の起こした行動かも知れない。
だからと言ってこんなことは許される行為ではないし、それにいるかもわからねえナクアルの仲間に頼るわけにはいかねえんだ。
俺が頼まれたんだから、俺が助けてと言われたんだから。
俺が、助けられると信じてるんだから。
「待ってろよエル。ナクアルは必ず俺が助け出す……!」
今度こそ、自信を持って俺が助けたと言うんだから。
◆エル
(ナクアルさん救出作戦開始! 全ネズミサイル、起動せよ!)
視界に入るナクアルさんは、すでに処刑台を登る階段まで迫っている。
ここだ、ここしかない。
今回の作戦でボクの用意したネズミサイルは全部で3種類。
まずはボクの遠隔操作によってフレイムスロアを発動する、手動着火型。こいつらは自律行動で町中に待機させている。意識を切り替え、とにかく燃えやすそうな場所にダイブだ。
次にボクの手動着火に反応して火がつく作成した誘発着火型。こいつらは魔石を組み込まれたもので数に限りはあるが、ノーマル型と一緒に行動をさせている。うまく行けばファイアラットの群れが誕生だ。
そして3種目のノーマル型。マッドラットの死体をゴーレム化させただけのものであり、こいつらへの命令はシンプルだ。待機状態を維持し、命令と同時に人を襲え。ただそれだけ。
元は弱い魔物だったがゴーレム化したことで耐久力が上がり、死の恐れもない。更に燃えた個体まで突っ込んでくる。こんなものが群衆の中に放たれればどうなるか。
「キャーッ!!」
処刑台の広場から悲鳴が上がり、周囲から煙が立ち込めてきた。作戦の第一段階は成功だ。
「? 何が起きてる、メロミィ」
「ちょっと待ってください。ああもう、煙が酷くてよく見えない。……え? ええ!? 町が、町中が燃えて居います! 大火事ですよ!」
「ちっ、なんだってこんな時に……!」
ケウシュは苛ついた様子で舌打ちをするが、デルガドは冷静なままだった。
「こんな時に、だからだろう? これから無実の冒険者が処刑されるってんだ、どう考えたってそれ絡みじゃねえか。おいガキ、なにか知ってやがるのか?」
遠隔操作はだいたい終わったが、作戦の第二段界はまだだ。今邪魔をされるわけには……
「!? デルガド、そいつ魔力を使っています!」
「何だと!?」
「……ちっ」
クソ、気がつかれた。メロミィの鑑定か。読み取れる魔力のステータスは最大値じゃなくて現在値を参照されるのか、それともどちらもなのか。ともかくバレてしまった。
そうとわかった瞬間のデルガドの行動は早かった。なにせ痛みよりも先にボクの目の前に壁があったんだから。窓際に座らせられていたボクからは見えなかったが、思い切り蹴り飛ばされたらしい。
ああ、身体がめちゃくちゃ痛い。それに久しぶりの鼻血だ。病院以来じゃないか? この状態だと息がしづらいんだよなあ。それに後頭部も痛い。それから足首と、背中と。椅子に固定されていたのに、吹き飛ばされたって、よくボクは無事で居られたな。ああ、息がしづらい。
「返事をしやがれ! てめえ、いったいなにをしやがった!」
首元を掴まれ、強引に持ち上げられる。それどころか天井に打ち付けられた。背が高いとは思っていたけど、これは貴重な体験だ。背後に天井がある。
「なんとか言いやがれ!」
「無理、無理です」
返事をしようにも口から出るのは血の塊と、ゴボゴボと不快な音のする息だけ。
「デルガド、放してやりな。そのままじゃ喋れないし、死んじまうぜ」
「ちっ」
「ごぱっ……! ひゅっ……」
天井近くから一気に床に叩き落された。お腹の中身が全部出たような音がして、目がチカチカする。視界は真っ赤だ。あー、背中から下の感覚がない。これはちょっと、いや、無理っぽいなあ。
ボクはボクが死のうとしていることを冷静に分析していると、デルガドがお腹を踏んづけてきた。また口から血の塊が出る。温かいのに冷たいなんて、変な気分だ。
「デルガド! もうやめな。今重要なのはそいつが何をしたかじゃねえだろ? 仲間を助けたくて無茶してるってだけじゃねえか。まだガキだぞ? そんなことで殺すつもりか?」
「俺たちの敵は領主だ。この町じゃねえ! ここの住人でもねえ! こんなことして人を助けて、本当にそれが正しいと言えるのか? そんなやつは解放軍の仲間には必要ねえ。お前は、邪悪なんだよ!」
ああ。以外だった。あんな悪い笑みを浮かべて極悪なことを言っていたケウシュがボクの命の心配をして、悪の騎士みたいな格好をしているデルガドは町の人たちが心配なんだ。
ダンには、やっぱり悪いことをした。この人たちにも、この人たちなりの正義があるんだ。
正義は移ろうもの。その時々で形を変えて、その時々で向いている方向が変わるもの。頭ではわかっていたつもりだけど、実際に会ってみないと意外とわからないものなんだな。
最期にそれを知れて、ボクは大いに満足だった。
「……なんで、笑って……?」
メロミィの呟きが、やけに大きく聞こえる。そうか、ボクは笑っているのか。なんでだろう。ボクはまだナクアルさんを助けきっていないのに。
まあいいや。ボクの作戦の大部分はすでに成し遂げられている。あとはボクが直接操作して、完了に持ち込めばいい。
ヘドロイド、遠隔操作発動!!
ただでさえ痛い全身に加えて、頭まで割れるような痛みに襲われる。脳内でアールが警告するが、構うものか、どうせボクはここで死ぬんだ。
なら、最期に好き勝手して死ななければならない。それがボクの目指す悪役だから。
ああ、でもそのまえに、これだけは言わないと。
「……アンネムニカに、栄光、あれ……」
エルの肉体は魔力不足の限界を超え、まるで爆発するように命を失った。
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