26 処刑の日
新連載です。本日で1章完結まで投稿します。
◆ドントリア市街地
「マッドラットが出た? そんなんで騒ぐんじゃねえよ。魔物ったって小せえし、たまに出るだろ? いつものことじゃねえか」
冒険者のマルコはいつものようにギルドへ向かう道中、馴染みの食堂のコックに声をかけられた。
マッドラットと言えば確かに魔物だが、小型のため動物との区別も曖昧だ。泳ぎが得意で素早く、少しなら壁も走る。そのため下水や排水管を通って町に出ることもある。
しかし前述したとおり動物と区別がつかないくらい小型で脆弱な魔物だ。初心者向けの依頼どころか子供が箒で叩いただけでも倒せる。大の大人が騒ぐような魔物ではないのだ。
「それがなんか様子が変なんだ。とにかく来てくれ」
「ったく、これで今日の依頼を取り逃したら3日は飯を奢ってもらうからな」
そう言いながらも愛用している食堂ではあるのでマルコはコックの後をついていく。このときは少し大きいか、あるいは変異種か、くらいに考えていた。変異種とは通常とは異なった性質を持つ魔物で、数を増やしやすいマッドラットではそれなりの頻度で現れる。だからと言って強いわけではないが。
「おいおい、なんだこいつは……?」
しかしコックに案内された店の裏のゴミ捨て場を見て、マルコは確かな異変を察知した。
マッドラットの数は6体。町で見るには多いが、外に出ればこれくらいの群れになることも珍しくはない。だからそいつらの異常さは数ではなかった。
明らかに死んでいるのだ。首は折れて、足や尻尾がないものもいる。そのうちの1体は明らかに腹に穴が開いて、内臓を引きずっていた。
なのに動いているのだ。ゴミ捨て場に近寄ると威嚇するし、近くにあった角材で殴り飛ばしてみると、当然吹っ飛びはするが、しばらくすると戻ってくる。
「な、おかしいだろ? 昨日はこんな奴ら居なかったんだが、今朝ゴミを捨てにきたらこの調子で。しかも別に餌を漁ってるってわけでもないんだ。ただここに居て、まるで何かを待ってるみたいな……」
「……考えすぎだろ。だがたしかにおかしいな。いちばん簡単な方法は殺して埋めることなんだが、どうにもすでに死んでるように見える。だとすればアンデッド化してると見るべきなんだが、それにしてはおとなしい。その上今は朝だ。アンデッドなら日光を嫌うのに、こいつら平気な顔して居座ってやがるな」
マルコはそれなりに実績のある冒険者だが、こんなマッドタットを見るのは初めてだった。アンデッドとの戦闘経験もあるが、それと同じ種には見えない。
「よし。少しもったいないが、要するに見えなければいいんだろ?」
「できれば追い出してほしいんだが、何をするつもりだ?」
「まあ見てなって」
マルコは懐からナイフを取り出し、そのうちの1つをマッドラットめがけて素早く投射する。ナイフは避ける様子のないマッドラットにクリーンヒットし、そのまま地面に縫い付けるように貫通した。
同様にすべてのマッドラットを串刺しにし、そのままゴミ捨て場の木箱の中に投げ入れた。木箱の中から抗議するようにマッドラットの鳴き声が聞こえてくるが、上からゴミを入れてしまえばその鳴き声も聞こえなくなる。
「ほれ、これで魔物は始末したし、現場も片付いたろ。あとはゴミの回収で一緒に燃やせばおしまいだ」
「片付いたって言っていいのか? まあ近所のババアから文句を言われなけりゃ店長も気にしないか。ありがとな! ナイフの代金くらいは飯を奢るぜ」
「お、わかってるじゃねえか。良ければ聖水もあるぜ? アンデッドには効果てきめんだが、こいつらに聞くかは知らん。あとでギルドに買いに来いよ」
そんな会話をしながら、マルコたちはゴミ捨て場を後にした。
彼らは視界から消えた小さな異変のことを軽く考えていた。所詮はマッドラット、きっと頑丈なだけの変異種、あとでゴミと一緒に燃やせばいい、と。
これが後に歴史に残る大火災になるなど、このときには誰も考えてはいなかった。
◆
「起きな。あんたの恩人の処刑の日だってのに、なんでそんなにぐっすり寝てやがるんだ? 私はそこまで吸い取ったつもりはねえけどな」
顔に水をかけられ、強制的に意識が覚醒する。抵抗しようとしたが、また腕を縛られていた。
「……外してください」
「無理だってわかってんだろ? 抵抗されても迷惑だから、その拘束は処刑の瞬間まで外さねえよ。ほれ、歩きな」
ケウシュが握る鎖を引くと、ボクは前のめりに倒れそうになった。ボクは腕の拘束だけでなく首輪もつけられていたようで、その首輪に彼女の持つ鎖が繋がれていた。まるで犬になった気分だ。
「朝ごはんはないんですか」
「この状況でよくもまあ……当然飯なんてないよ。処刑後に食わせてやる。ああそうだ。今日の処刑で使われる鞭は小さな棘がついた金属製でね。鞭で打たれる度に肉が削がれて飛びるんだ。あんたにはその肉を食わせてやるよ」
邪悪な笑みを浮かべるケウシュの目は笑っていない。きっと本当にそうしようと考えているんだ。目指すべき悪役の理想の1つだが、この悪意を受け止められる人間はそう居ないだろう。むしろなんでボクが平然としていられるのか、自分で自分がわからない。
「詳しいですね。鞭を受けたことがあるんですか?」
「あるよ? あの鞭は意識が飛ぶほどの激痛と、意識が戻ってくるほどの苦痛を食らわせる。私は謂れのない罪で犯罪者扱いされ、仲間とともにここの地下に投獄された。そこで死ぬほど鞭を浴びせられて、無罪だとわかったときには背中の骨が見えていたらしい。魔法で命こそ助かったが、仲間はすでに死んでいた。私が助かったのは、順番が最後だったから、ただそれだけだ」
ボクは昨日彼女の全身を見たが、とてもそんな傷があるようには見えなかった。魔法による回復とはそんなに凄いものなのか。
だけど命が助かって傷が癒えたからといって、仲間が返ってくるわけじゃない。ケウシュが解放軍にいる理由は、きっとそこにあるのだろう。
昨日はこんなことでボクの復讐心を煽れるわけがないと言っていたが、彼女は復讐心に囚われている。だからボクに処刑を見せるんだろう。
「……ふん、つまらねえ昔話はもう終わりだ。さ、思い出を作りに行こうか。あんたにとっても、忘れられない一日になるぜ?」
ああ、それはそうだろう。なんたってピンチに陥った正義の味方が悪の手から救い出される光景をリアルに見られるのだ。忘れられるはずがない。
◆
ボクが移動させられたのは広場の処刑台が見える、少し離れた建物の2階だった。流石に拘束した子供に堂々と外を歩かせるはずもなく、ボクの閉じ込められていた倉庫からもそれほど離れていなかった。
処刑台が見えるのはボクにとっても好都合だ。これでナクアルさんの様子がすぐに分かるし、作戦開始のタイミングも図りやすい。
部屋にはすでに先客が居た。ボクくらいの背丈の水晶を持ったローブの女の子と、かなり大柄な鎧の男だ。
「ケウシュ! またあなたはそんな格好をして! 同じ女として恥ずかしいのでちゃんとした服を着てください!」
少女はケウシュを見るなり騒ぎ出した。ボクは慣れてしまったが、確かにスケスケの衣装は目に毒だ。鎧の男はニヤニヤと笑っているが、ローブの女の子は真っ赤になってそっぽを向いている。
「メロミィはまだまだガキだねえ。戦闘中に胸を揺らすだけで相手の意識が削げるんだ。こんな便利な幻惑スキルが最初からあるってのに、使わないのは損だぜ?」
「ケウシュの言うとおりだ。俺はもうさっきから釘付けよ。このまま戦ったら勝てる気がしねえ。ところでそっちのガキがリーダーの言っていたエルか? 随分おとなしいな」
「……っ!」
鎧の男の目はボクを向いた瞬間鋭くなった。ヤバい。この人はかなり強い。今のボクでは魔法スキルを使う前に首が飛ぶだろう。そのくらいの威圧感を感じる。
なんでこんな人が解放軍にいるんだ? 気配だけならスラスカーヤよりも確実に上に見える。それとも彼女は実力を感じさせないほどの強者なのだろうか。
「なんでこんなガキにダンの野郎もリーダーもあんなに拘っているのか、さっぱりわからねえな」
「デルガドに同感です。魔力もステータスもほんとに子供じゃないですか」
ローブの少女、メロミィが水晶を覗きながらそんな事を言うので、一瞬ドキッとした。あの子もセレンと同じように鑑定スキル持ちなのだろう。ステータスまでわかるならスキルレベルはセレンよりも上だ。
「んー。エルでしたっけ? あなたはなにか有用なスキルを持ってるんじゃないですか? 答えてください。言わないと殴ります。デルガドが」
「おいおい、デルガドが殴ったら死んじまうだろうが。んで、実際どうなんだエル。あんたなにか面白いスキルを持ってるのか?」
メロミィはスキルの有無まではわからないらしい。ケウシュはボクを後ろから抱きつくように拘束し、頭の上が重くなる。
「スキル? 何のことだか、わかりません」
「嘘はよくねえなあ? メロミィみたいなガキだって何かしらスキルはあるんだ。あんたみたいに立派な男が、スキルを持ってないはずがない」
「立派な男? ケウシュ、お前まさかこんなガキを食ったのか?」
ケウシュがニヤニヤしながら手をボクの下腹部に伸ばす。それを見たデルガドは呆れた様子でため息をつき、メロミィは耳を覆ってしゃがみこんでしまった。
「ああ、それが一番わかりやすいかならな。見るか? 結構いいもん持ってるんだぜ?」
「誰が男のもんなんかを見たがるかよ。それよりそんなガキの相手をすんなら俺に抱かせろ」
「や、やめ、その話は聞きたくないです!」
いつの間にか話題が逸れてバカバカしい下ネタになったとき、外の様子がひときわ賑やかになった。
「おっと、今日のゲストの登場だ。そのガキに椅子を用意してやれ。外の様子がよく見えるようにな」
窓の外、処刑台前の広場を埋め尽くす人の群れの更に奥。小さくだが、確かに見えた。
4人の衛兵に囲まれて、鎖に繋がれた白い服の女性。地下で見たときよりも更にやつれ、肌も髪も死人のようだったが間違いない。
「……ナクアル、さん……」
ようやく見えた。ようやく外に出てきた。ボクはこの瞬間のために準備をしてきたんだ。
ナクアルさん、必ずそこから、あなたを助け出します。
(全ネズミサイル起動、作戦開始だ……!)
1人を救うために町を焼き払ったとしても……
それがボクの望みだから。
その日、ドントル領の新たな歴史が動きだした。
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