表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
23/173

23 ダンの覚悟

新連載です。



◆ダン



「ちっ、外が騒がしいな。何の騒ぎだ?」


 エルがゴーレムで雑貨屋を襲撃していた頃、ダンはドントリア内の解放軍の隠れ家にいた。


「どうやら大通りの店が盗みに入られたらしいです。こんな夜更けに、迷惑な野郎です」

「関係がないなら外の様子を見るのはやめておけ。そんなことで怪しまれたらたまったもんじゃない」


 ドントリアの中でも南に位置する貧民窟。宗教戦争に破れ、廃棄された教会が彼らのアジトだ。

 崩れた祭壇に腰掛けるのは、大柄なダンよりも更に一回り大きい鎧の大男デルガド。その傍らにはエルと同じくらいの背丈のローブを被った少女メロミィが立っている。彼女は水晶玉を抱えていて、そこには煙の上がる例の雑貨屋と野次馬や衛兵が映っていた。

 ダンはその2人の前で、かつてエルが自分にしたように、頭を下げて跪いていた。


「話が逸れたな。ダン、お前がリーダーたちに逆らってまでここにいる理由はわかった。処刑される冒険者が冤罪だってのも信じよう。その上でだ。その上でなぜそこまでそのガキに拘る? お前だってわかってるだろ? 冤罪で殺されるなら、殺されちまったほうが解放軍にとっては都合がいい。そのガキが泣いて喚こうが、2、3発も殴れば言うことを聞くもんだ」

「そうです。今更1人死のうが2人死のうが、同じことなのです。ダンさんだって、もう何人も奴隷たちを見捨ててきました。それなのに今更子供の証言のために、そんな危険を犯すんですか?」


 ダンは彼らの言葉に歯を食いしばる。

 確かに今更だ。俺はすでに何度もチャンスを見逃してきた。1人でも2人でも、無理やり抱えて村から逃がすことができたはずだ。それくらいなら国超えも簡単だったはずだ。

 でも俺はそれをしなかった。心の何処かで、まだ時間があると思っていたからだ。正攻法で解決できると思っていたからだ。

 その結果はどうだ? 証拠を集めようにも奴隷商や盗賊の動きは読みにくく、アジトを抑えることができない。奴隷村を見つけても、肝心の現場には書類の1つもありはしない。現場を押さえようにも国の調査隊は行動が遅く、着いた頃にはすべてが終わっていた。

 なにも間に合っていないじゃないか。俺は正義感だけでここに来たのに、今の今まで誰一人として救えていなかった。

 そんな俺が救えたのは、自分の足で奴隷村から脱出し、森の中で死んだように眠っていた少年ただ1人だけだった。


「あの少年は、いずれ必ず開放軍にとって有益になる存在だ。そんな彼が助けてほしいと願っているのは、彼にとっての命の恩人なんだ。処刑されようとしている冒険者がエルを助けたんなら、彼女もあの奴隷村にいたことになる。なら彼女は組織ぐるみの不正の証人だ。助ける理由に値するはずだ」


 決して自分で助け出したわけではない。でもエルだけだったんだ。自分で胸を張って、ここに来て人を助けたと言えるのは。悲しいくらいにちっぽけだが、それでも俺の正義はまだあるのだと信じられたんだ。

 そんな彼の、ただ1つの願い。それさえ叶えられないなら、俺の正義はもうどこにもなくなってしまう。


「そんな事はとうにわかってんだよ。それでも俺たちは、リーダーは不要だと判断した。リスクとリターンを天秤にかけて、1人の命と組織の存在意義を天秤にかけて、それでもいらないと、割に合わないと判断したんだ。その天秤を覆せるだけの利益がねえなら、俺たちは動かねえ」

「リーダー、か。スラスカーヤが組織を作った理由が、彼女の個人的な復讐だとしても、リーダーの目的が奴隷商だった自分の父と、売られた先のドントル領主への復讐だったとしても、同じ意見なのか?」

「ふっ、変わりませんよ。変わるはずがありません。解放軍のメンバーは大なり小なり領主への恨みがあります。その恨みのエネルギーが悪事より少しマシな方向に向いているだけです」

「メロミィの言うとおりだ。そもそも幹部クラスの俺たちが組織の成り立ちを知らねえはずがねえだろ。……なあダン、戦争の最前線で命を張って戦った騎士の値段を知ってるか?」


 デルガドは祭壇を殴りつけ、メロミィはまた始まったと離れていく。


「答えは0だ。10年だ。10年戦ったんだぞ!? そんなふざけた話があるか!? 戦争が終わって戻ってみれば、俺の家にいたのは顔も知らねえ新しい住人だった。俺は家族を必死に探した。俺には母と弟がいたからな。だがどこを探しても見当たらず、なんとか古い知り合いに行き着いたら、とんでもないことを聞かされた。領主は俺をたった1ヶ月で戦死扱いにしやがって、家族に与えられたのは記念のメダルと半年分の麦だけだった。そんなもんでは生きていけるはずもなく、弟も俺の知らぬ間に戦場に出ていたらしい。だがそれはおかしかった。俺は戦場で国から金をもらっていたし、仕送りもしていた! だが! ……その金は、領主がしっかり横領していたさ! そして弟もすぐに死んだと知らせがあったそうだ。1人残された母は生きる希望を失い……!!」


 デルガドは役者のように身振り手振りを交えて語る。その途中力任せに床を踏み抜き、バランスを崩したことで冷静さを取り戻した。


「……メロミィ、俺はどこまで喋った?」

「弟の墓で復讐を誓ったところです」


 メロミィはしれっと嘘をつくが、こうでもしなければデルガドは後30分は喋っていた。


「わかっただろ? 俺たちは所詮復讐仲間だ。その捕まった冒険者が処刑されることで恨みを持つものが増えるなら、それも解放軍にとってはプラスなんだ」


 復讐仲間、か。俺も最初は奴隷の調査依頼のやり直しを要求されたことで不信感を持ち、その反発心で行動をした。ここにいる理由も、あるいは正義感なんかじゃなかったのかも知れない。

 それでも、エルに金を積まれて頭を下げられ、その時揺れ動いた気持ちは正義だと信じたかった。

 解放軍は動かない。彼らを動かせるだけの利益はない。

 なら俺がここにいる理由は、解放軍に拘る理由は、もうどこにもなかった。

 ダンは跪くのをやめ、ゆっくりと立ち上がる。


「わかった。よくわかったよ。間違っていたのは俺だった。それならそれで、もう1つ頼みがある」

「……なんだ?」

「デルガドさん。サブリーダーの権限で、俺を解放軍から除名してくれ」

「っ、裏切るのですか?」


 メロミィは水晶玉を前に構え戦闘体勢に入るが、デルガドはそれを手で制する。


「ダン、お前は優秀な戦士だ。もう少しすれば幹部クラスになれるほどにな。……もう一度聞くぜ? なんでそんなにそのガキに拘るんだ。そのガキの言うとおりに女を助けて、いったいお前にとって何の得があるんだ」


 損得で言えば、俺はすでに夢のような大金を積まれている。だけど俺は金のために動いているわけじゃないと信じるために、その金はほとんどスラスカーヤのところに置いてきた。


「何の得があるのか、俺にもわからねえ」

「はい?」

「わからねえから、その答えを見つけるために助けに行くんだ」


 冒険者だった頃はエルにそうされたように、金のために人を助けた。だけど本当にそれだけだっただろうか。

 人が人を助けるのは、本当に損得だけの、金のためだけなのか。

 それならなぜ俺は金にならない解放軍にいたのか。

 本当は、もっと純粋に困っている人を助けたかったからじゃないのか?

 その答えが、エルの希望の先にあるはずなんだ。


「デルガドさん、俺には人を助ける理由がわからない。当たり前にするもんだと思っていたからだ。祖国のみんなを奴隷から開放したいと思っているのは本心だが、それが俺に何の得になるのかはわからない。エルのためにナクアルを助けて、それがなんになるのかもわからない。わからないが、それでも助けられる命を助けてほしいと言われたら、助けに行ってやりたいんだ」

「……その結果として、奴隷解放が遅れたとしてもか? 一人の命と大勢の人間の時間を天秤にかけて、それでも行くと言うんだな?」

「ああ。あんたら解放軍には迷惑をかけたくない。だから除名してくれ」

「その行動そのものが、私たちの足を引っ張ると言っているんですよ!」


 メロミィが喚くが、俺の心はもう決まっている。

 奴隷解放は成し遂げたい。だけど、まだ誰も自分の手で助けられていない俺がそんな大きな目標を掲げたところで、ガキが勇者を目指していると言うのと同じ妄想に過ぎない。

 まずは1人でも、自分の手で救い出す。これは奴隷開放への、正義に向かうための一歩なんだ。


「ふん、お前ももういい年なんだ、そんなキラキラした目をするんじゃねえ。お前みたいに青臭い正義感で動くやつは、確かに解放軍にはいらん。除名だ除名」

「な、デルガド? 本当にいいんですか!?」

「構わねえよ。リーダーだって、こうなっちまったやつにはもう用はねえだろ」

「……今まで世話になった。除名、感謝する」


 ダンは頭を下げて踵を返す。

 しかし軍を抜けるというのは、当然こんな終わり方だけで済むはずもなく……


「お前は解放軍を抜けた。だからコレはあくまで独り言だが…… お前と一緒にいたガキ。あれは解放軍のものだってのを忘れるなよ?」


 ダンははっと目を見開き、その言葉を最後まで聞く前に走り出した。忘れていたわけではない。忘れていたわけではないが、準備が万全だったわけではない。

 仲間だったのだから、そこまですることはないだろうと、そう思い込んでいた。


 ダンが貧民窟から宿に戻る頃には、すでに夜は開けていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ