20 救出に向けて
新連載、ということは旧連載もあるんですよ。
すぐに違うものを書き始めるのは悪癖ですね。
「おい起きろ。いつまで寝てるつもりだ?」
翌日、ダンに身体を揺らされて目が覚めた。どうやらすでに昼近いらしい。
「……おはよう、ございます」
「おう、おはよう。随分寝たな。まあ気持ちはわかる。5日間も歩いてきてからのこの極上のベッドだからな。俺もぐっすりだったぜ。疲れもしっかり取れただろ?」
「はい。おかげさまで」
寝不足なのは明け方まで蜘蛛型ゴーレムを使ってマーカーを設置して回ったせいだが、当然そんな事は言わない。ベッドも極上と言うほどのものではなかった。現代のものと比べたら失礼だけど、前世の病院のベッドのほうが数段上だ。
「顔を洗って着替えてこい。少し町を歩いて、それから飯にしよう」
あとから聞いた話だが、ダンは目覚めてすぐに護衛の役割を果たすため朝食は抜いて、トイレ以外はずっとボクの部屋の扉の前にいたらしい。
なんだか少し申し訳なかったけど、ナクアルさんを助けるための必要なセットアップだ。ダンにも理解してもらうしかない。
町は相変わらず賑やかだった。道路には様々な出店や屋台が出ているし、公園では曲芸や弾き語りのパフォーマンスなんかもしている。
ボクたちは少し離れた木陰でそれを見ながら、屋台の串焼きを食べている。幸福感はあるけど、味はそれなりだ。少し塩っぱくて、味にムラがある。
「すごい人だかりですね」
「まあな。ドントル領の各開拓村はすべてこの町に繋がっている。だから村から買い出しに来た連中も、他の領から来た行商人も、みんなここに集まるんだ。結構他の国の連中もいたりするんだぜ?」
言われて周囲を見渡せば、弾き語りをしているのは耳の尖った背の高いエルフのお兄さんだし、串焼きを販売しているのは赤い髪のおじさんだ。この領地の人はだいたい金髪碧眼なので、珍しいと言えばそうかも知れない。
しかしそうする時になることがある。
「……でもこれだけ他国の人が集まる領地なら、奴隷を使った不正なんて普通にバレませんか?」
この町がすべての開拓村に繋がっているなら、普通に行商人が辿り着いてしまいそうなものだけど。
「お前さんの言うとおり、奴隷なんてものを使って開拓していれば普通にバレる。現に俺の調査でも簡単に見つかってるわけだしな。だがこれは領主主導の大掛かりな不正だ。商人や冒険者がこれはおかしいと騒いだところでもみ消されるし、他の領土で告発しても確認が来る頃には正常な村に置き換わっている。というのが現状だ」
「バレるとかどうとかは関係ない、パワープレイということですか。個人の力では解決できそうにないですね」
「もちろん他の領では怪しい噂も出回っているだろう。だが全員がその事実を知っているわけではないし、旅に来た商人や冒険者に被害があるようなものでもない。みんなある程度はそういう不幸もあるだろうと飲み込んでここにいる。……それは決して許されるものじゃないはずなんだが、所詮は他人事なんだ」
ダンは怒りを滲ませながら手を握りしめる。かなりの力が入っていたのだろう、食べ終わった串が折れてしまった。ああもったいない。アレはゴーレムの材料にちょうど良さそうだったのに。
「俺の予想では今回の処刑騒動も、奴隷使用疑惑の話題逸らしに行うものだと考えている。言い方は悪いが、強盗による殺人と放火ってのはだいたいセットだ。当然どっちも死罪だが、それをわざわざ分けて罪状にしてるところがなんとも怪しい」
「……」
「っと、口が滑ったな。俺は捕まった冒険者はお前さんの恩人じゃないことを祈ってるぜ」
ダンはそう言うが、その表情はなんとも気まずそうなものだ。そして残念なことに、ボクはもうすでに捕まった冒険者の正体を知っている。捕まったのはナクアルさんで間違いない。
わざわざあんな深いところに厳重に監禁されていたんだ。
「そろそろ行くか。せっかくだから服や靴を新しいものにして、初心者用の武具なんかも見てみるか」
ダンはあくまでボクの護衛。本音では1秒でもここに居させたくないだろう。しかしそれでも町の案内をしたり新しい料理を食べさせたりしてくれるのは、気晴らしをさせているつもりなのかも知れない。
衣服の買い物や露天の冷やかしなどをして町を巡った帰り道、領主の館からそれほど離れていない広場でなにか工事をしているのを見かけた。
均等に加工された木材が並び、舞台のようなものを組み立てている。
「……ちっ、エル、あまりジロジロ見るな。行くぞ」
ダンの態度ですぐにわかった。あれは処刑台だ。宿から意外と近いのは助かる。細工するのに丁度いい距離だ。建造物の詳細はあとでゴーレムで確認すればいい。
促されるまま足を進めようとすると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「処刑は3日後だ! そんなんじゃ間に合わねえぞ! もっと気合い入れて作業しろ!」
……ボクに残された時間は、想像よりもずっと少なかった。
◆
「まさかあんなに動きが早いとはな。もっと時間はあるもんだと思っていたんだが……」
宿に戻ると、ボクよりもダンのほうが落ち着かない様子だった。椅子に座ったまま小刻みに足を動かし、何かを思いついて立ち上がったかと思うと、また座って机を指でトントンと叩いている。
「……クソ、何も思いつかねえ! エル、悪いが俺は情報を集めに少し出る。絶対に部屋を出るなよ!」
護衛として来たはずなのに、ボクを置いて出て行ってしまった。
なんだかんだ言ってナクアルさんを助けたい気持ちはあるのだろう。
「居ないほうが都合がいいんだけど、まだ明るいから蜘蛛型ゴーレムは使いづらいな」
『エル様。人形師の経験値が上がったため、複数のゴーレムを自律行動させることが可能になりました』
「……これマジ?」
人形師の職業スキルは『パペットマスター』は自動効果、パッシブスキルと呼ばれるものだ。ゴーレムの遠隔操作だけではなく、自律行動時のより細かな命令なども行えるようになっていた。
今回のスキルレベルアップにより強化されたのは、自律行動可能なゴーレムの上限解放。それだけなら普通っぽい感じだが、問題は開放された数だ。1から2や3に増えたのではない。複数体行動させられるという機能そのものが開放されたのだ。
どういうことかと言うと、そもそもボクは知らなかったのだが、基本的に自律行動させられるゴーレムは1体までだったらしい。これは遠隔操作している分も含めて1体までだった。
遠隔操作しているなら自律起動じゃなくない? という気もするが、本来人形師は遠隔操作をいつでも切る事ができる。そうした場合、操作していたゴーレムは自律起動に切り替わる。
そのため複数体用意してい他としても、命令をして動かせたのも、遠隔操作できるのも同一の1体までだった。
だから今回のスキルレベルアップは革命的なものだった。これによってボクは何体ものゴーレムを同時かつ自動的にマーカーまで移動させることができて、しかもその全てに遠隔操作の切り替えができる。
もちろん何体も同時に遠隔操作用の魔力経路を用意するのは大変だが、できるようになったのとできないのとでは大違いだ。
「そもそもボクは最初から自動でいっぱい動かせると思っていたからね。まさかスキル扱いで、しかもレベルアップしないとできなかったなんて、知らなければボクのナクアルさん救出計画は破綻していたよ」
『エル様はスキルの入手順が本来とは逆でしたので』
アールが言うには本来なら人形師になって自分の人形を作り(この時点では自律行動できるゴーレムではない)、それを遠隔操作しているうちに複数操作、自律行動の順で開放され、自律行動可能なゴーレムを作ることでクリエイトゴーレムのスキルを獲得できる。なので本来は複数操作のほうが先に獲得できるとのこと。
そう言えば病院のレクリエーションで一度だけ人形劇を見たことがあった。内容は民話と昔ばなしの合体したような創作だったけど、その時の人形師は上から両手で一度に何体も人形を操っていた。
それを思い出してみると人形師という視点からでは、複数操作のほうが正当な強化であり、むしろ自律行動のほうが邪道だ。
「使えるようになったのならどっちでも一緒か」
『注意点として自律行動可能なゴーレムと遠隔操作可能なゴーレムに区別はありませんが、遠隔操作をする場合には魔力パスを繋ぎ続ける必要があります。その個体を自律行動に切り替えた場合、自律行動範囲は遠隔操作可能範囲を逸脱することはできません。また何らかの事象により遠隔操作可能範囲を逸脱した場合は自律行動に切り替わりますが、遠隔操作可能範囲に戻った場合でも再度遠隔操作することはできません』
アールは難しい言い回しをするが、要するに魔力パスとは人形についている糸のことだ。自分で動かしたいゴーレムには糸を付けておけ。糸がついていると勝手に動ける範囲は狭い。糸が切れたら戻らない。というだけのことだ。
まずは手始めに自分が何体まで遠隔操作可能なのかを確認する。総数の確認なのでゴーレムの作りは単純でいい。
適当にアクアボールをコアにしたゴーレムを作り出し、風呂場の排水口から外に出す。かなり排水管は単純な作りなので下水まで一直線だ。落とし物をしたら一巻の終わりだろう。
ちなみにこの町には地下に下水道がある。いや普通はあるだろと思うかも知れないが、開拓村にはなかった。こちらも単純なもので、近くの川から水を引いたものを町の地下に流しているだけだ。現代のような上等な上下水道施設はないが、自然を汚す化学物質の類もないのでそれほど問題にはなっていない。
こぶし大のアクアゴーレムを30体ほど捨てたところで違和感を感じ、次のゴーレムに魔力パスを繋ごうとしてもうまく行かなかった。なるほど、これが限界か。結構多いな。
「一旦すべてのパスを切って……なんかいきなり疲れが取れた感じがする」
『魔力パスの維持には魔力的な負担を伴います。また魔力パスを上限まで繋いだ状態の場合、エル様本人の肉体性能、及び魔力性能も通常の半分程度の出力しか発揮できませんので、身の安全を確保した状態での操作が望まれます』
「やっぱりそういうのはあるよね。ところでパスを繋いだ状態で自律行動しているゴーレムになにかトラブルがあったとき、すぐに分かる方法とかってあるのかな?」
『パスを繋いだ状態であれば、エル様が注意力散漫になっていなければ気がつけます。またパスが繋がっていない場合でも、ゴーレムの設計次第で確認することができます』
結局は設定次第か。スキル説明を確認した限りでは、監視機能や警報機能なども可能らしい。それをどう伝えさせるかは、スキルレベルと本人の発想力にかかっている、とのこと。
とりあえず試作品として小さなアクアゴーレムを生成し、監視任務を与えた。この部屋の扉の外に待機させ、ダンが戻ってきたら自壊するように設定。これなら自分の注意力の感度を確認できるし、少し水浸しになるだけでそれほど迷惑にもならないだろう。
人が居ないのを確認してから廊下の隅の置物の影に設置。
「これで安心して作業が……あれ?」
部屋に戻ってすぐに先程設置したゴーレムが壊れた。しかしダンは戻ってこない。暫く待ってみてもダンは来ないので、設置場所を確認する。水で濡れているのでここで壊れたのは間違いない。
疑問に思いながらももう一度同じものを設置して、今度は遠隔操作で左目だけ視界を共有させることにした。複数操作のお陰でこういう芸当もできるのだ。
なんとも慣れないが、これでわかるはず……そう思ってゴーレムの前を横切った瞬間、ゴーレムが自壊した。
「うえ、気持ち悪……」
急に左目が弾けたような違和感と痛みに襲われる。もちろんボクの左目に直接ダメージがあったわけではない。錯覚によるダメージだ。久しぶりだったけど、病院時代には定期的に訪れていた幻の痛み。ゴーレムの遠隔操作の思わぬ副産物だ。ちょっと気をつけよう。
「しかしこれで原因がはっきりしたよ」
こればかりはゴーレムの性能が悪い、というよりもこんなお粗末なゴーレムを作ったボクが悪い。こいつには人を見分ける能力がない。だから人が通ったら、誰であろうと反応を示す。
そうと分かれば後は単純だ。設置場所を部屋の外ではなく、扉そのものにすればいい。ボクは早速扉に髪の毛を貼り付けそれをゴーレムとし、開いた瞬間にわかるようにした。
我ながらいいアイデアだと思ったけど、結局このゴーレムが機能することはなかった。
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