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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
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2 はじめての異世界

新連載です。よろしくお願いします。


 目が覚めると、そこは異世界だった。


「……っ!」


 視界いっぱいに広がる青い空と白い雲。飛んでいる鳥は明らかに巨大で、病室からは見たことがない種類だ。

 寝たままの体勢で顔を横に向ける。いつもならそこにあるはずの点滴の機械がない。右手で胸やお腹を触る。機械に繋がっているはずのチューブもケーブルもない。もう少し右腕を伸ばして左腕を触る。そこにも点滴のチューブはなかった。


「本当に、本当に何もついてない……!」


 喜びのあまり勢いよく上半身を起こす。いつもなら身体に負担がかかるし、痛くてできない動きだったが、今は何の違和感もなく動かすことができた。それどころか……


「今、左腕を使った!?」


 はっと気がついて左腕を見る。ほとんど無意識に身体を起こしたとき、いつもは感じないところから触感があった。その発信源は左手であり、手のひらにはくすぐったい名も知らぬ草がついていた。

 ボクはまじまじと左手を見つめ、手のひらをゆっくりと握る。確かめるように肘を曲げる。……動く。間違いなく、ボクの意志で。

 いつもはゴムの棒のように重くて邪魔なだけの左腕が、凍ったような左手の指が、右腕と同じように自由に動く。それだけで涙が出そうになった。

 もちろん、視界に入った身体の変化はそれだけではない。

 ベッドにいたときは極力見ないようにしていた、途中からない下半身のふとんの膨らみ。今は草原に投げ出されている両足は、その膝から下が、きちんとついていた。


「は、はは、あはははっ!」


 ペタペタと脚を触る。触った感覚も、触られた感触もある。ずいぶん長い間動かすことを諦めていたから、歩き方はわからない。立ち上がることもできない。力の入れ方は何となく分かるが、どうにもうまく動かない。


「誰だって最初は初心者なんだ。赤ちゃんだってすぐには立たないじゃないか」


 脚の動かし方がわからないのと、脚がないのではまったく意味が違う。この程度で挫けはしない。

 ふと視界の片隅に木があるのが目に止まった。ならばやることは1つだ。

 ボクはうつ伏せに寝転んで、腕を立てる。赤ちゃんはハイハイからつかまり立ちをして歩き始める。その点ボクはすでに上半身は高這いだ。力も赤ちゃんよりはずっと強いし、一歩も二歩もリードしていると言って良い。

 そうやって自分を鼓舞しながら、腕の力だけで木に向かって進んでいく。なんだか下半身をなくしたゾンビみたいだ。進む速度はそれほど速くなかったが、途中からは膝立ちになることができるようになり、木に辿り着く頃には足の指で地を蹴ることもできるようになっていた。

 そしてそのまま木に手をかけ、膝に力を入れると、あっさりと立つことに成功した。


「急に世界が広くなった気分だ。みんなこんな視界で生活をしていたんだなあ」


 初めての直立はそれほど感動しなかった。だけどその高さから視界に入る光景は、涙がにじむほど美しいものに思えた。

 テレビと画像でしか見たことのなかった、本物の自然の世界。さっきまでは立つことと歩くことで頭が一杯で気がつかなかったけれど、草原を撫でる風は涼やかで心地よく、風に乗った草原の匂いは病院で嗅ぎ慣れたものとはまったく違って、呼吸するだけで気持ちがいい。いつの間にかかいていた汗も、病院と違って全然不快じゃない。


「……ありがとう先生。ありがとう神さま」


 ボクは神さまを信じていなかったけれど、今回のことでようやく信じる気持ちが芽生え始めた。あの病院にいた頃、ボクの病気は神が与えた試練だと言っていた誰かのせいで神さまが嫌いだった。

 あの病気の試練の対価がこの景色だと言うなら、やはり神さまは詐欺師でサディストなのだろう。だけどこれが対価の始まりだと言うなら、信じてみてもいいかもしれない。

 まあ、目指すのは悪役なんだけれど。

 いつまでも眺めていたい光景だったが、足を上る虫のむず痒さで本来の目的を思い出した。


「そうだ。歩くんだった」


 つかまり立ちに成功したら、次はつかまり歩きだ。と言ってもそれほど難しくはなかった。ここに来るまでのハイハイで、脚の動かし方をそれなリに掴んでいたらしい。

 木を支えにしながら周囲を何度もぐるぐると歩き、慣れてきたら木から離れて歩く。最初は少しバランスを崩したが、そのお陰で踏ん張り方がわかった。こういう原始的な動きは、理性よりも本能のほうが素早く機能するのだと学んだ。そうして歩き方も慣れてきたところで、思い切って走ってみた。


「速い! 身体が軽い! あはは、あはははははは!」


 フォームも何もない、ただただ腕を広げて、足を前に出す。全身で風を感じながら一歩二歩と脚を前に放り出す度に、身体が飛んでいるように軽く感じられる。まるでボクも風になったみたいだ。

 このままどこまで行けるんだろう。元の身体ならとうの昔に疲れて動けなくなっていた。でも先生は丈夫になると言っていたし、そういえばいつかの正義の味方のライバルが『自分の限界くらい理解しておくんだな』と言っていたのを思い出した。

 自分の限界。生きてるだけで限界だった昔のボクには無縁だったけど、今のボクはそれを確かめておくといいかもしれない。

 そう思い至って、とりあえず動けなくなるまで走ってみることにした。





 ボクの限界が来る前に、ちょっとした事件が起きた。

 草原を走っていると他よりも整備された道のようなものが見えたので、その道を走っていたときのことだ。正面から妙な生き物に乗ったお姉さんに声をかけられた。


「そこの少年。こんなところで、君は何をしているんだ?」


 きれいなお姉さんだった。金髪碧眼の凛とした顔立ちで、病院に居た看護師さんたちよりも若そうなのにずっと力強い目をしている。小説の挿絵でみたような西洋風の鎧姿で、背中と腰に合計で三本も剣を装備していた。きっと見た目通りに強いのだろう。

 それよりも気になったのはお姉さんの乗っていた妙な生き物だ。ダチョウのような姿に見えていたけど、その両脚はもっと太くて力強く地面を踏みしめ、頭もエリマキトカゲのような顔立ちをしている。

 その長い首にはなにかの道具がついていて、お姉さんがそこから伸びる手綱を握っているから馬のような存在なんだろうけど、テレビでも図鑑でもこんなダチョウトカゲは見たことがなかった。


「ボクは走っていました」

「……それは見ればわかるが、そんな格好で靴も履かずに…… まさか盗賊にでも襲われたのか?」


 特に聞かれて困ることでもないので正直に答えると、お姉さんはなにかに思い至ったようで顔を強張らせる。でもボクがこの世界で出会ったのはお姉さんが初めてだ。


「盗賊というのは知りません。ボクは自分の限界が知りたくて走っていました」

「そ、そうか。襲われたのでないなら何よりだが、だとしてもその格好はいったい……」


 今更だが、ボクの格好は病院に居たときの薄っぺらいガウンだけ。足がなかったから当然靴なんてないし、機械に繋がれたままベッドの上に居たので下着もない。大きく足を上げれば下半身は丸見えになってしまうだろう。

 今までずっと病院に居たせいで見られることに抵抗がなくて気が付かなかったけれど、今考えると結構大胆な格好に思えてきた。悪役にしても格好がつかないので、まずは服をどうにかしないと。


「気がついたらここにいました。服も靴もありません」

「なんと……いや待て。気がついたらここにって、1人でか?」

「はい」

「いやいや、そっちのほうが重大なのに、なぜ限界を知るために走っていたんだ? ここは少ないとはいえ魔物も出る。一体何を考えていたんだ?」

「歩き方を知らなかったので、その練習をして、そのまま走り出していました」


 それらはすべて事実だが、お姉さんは額に手を当て天を仰ぐ。


「なんと言えばいいのか言葉が出てこないが、つまり君はたった1人で、何の装備もなくこんなところに放置され、歩き方すら忘れていた、と?」

「だいたいそうだと思います」


 正確には歩き方は忘れたのではなく知らなかったのだが、その説明をすると長くなるし、前の世界の話なんて信じられないだろう。ボクは一冊だけ貰った転生小説を何度も読んでいたので、そういうのには詳しいつもりでいた。


「はぁ、これもなにかの縁か。私は冒険者のナクアル。天門教会の名に誓って、君を保護しよう。君の名前は?」

「……名前は、覚えていません。でもそんな、助けなんて悪いですよ。ボクは1人で大丈夫です」


 ボクはお姉さん、ナクアルさんの申し出を断る。せっかく自由になれたのだ。なんでも一度は自分で試してみたい。それに先生にもまだ会っていないし。

 名前を教えるのも躊躇われた。だってまだ会ったばかりだし、それにボクの名前はあちらでも普通じゃない。

 とにかく今は、人に頼るというのが嫌だった。


「そうは言ってもな。出会ってしまった以上名前も思い出せない子供を放置するわけにもいかんし、幸い私の目的の村はこの近くだ。というか、君はその村から来たのではないか?」

「それは違います。どことは言えませんけど、もっと遠くから来ました」

「なら尚更だ。遠くから来た子供がたった1人で、靴もないまま盗賊の出る田舎道にいる。助けなければ、冒険者としての義務や教会の教え以前に、人としての道理を踏み外す」


 ナクアルさんの言うことはきっと正しいのだろう。でも正しいと思ったとき、とたんにそれに逆らいたくなってきた。だってボクが目指すのは悪役なんだから。

 だけど子供を助けるのが正しい行いなら、ボクがここで助けられなければ、ナクアルさんは正義の道を踏み外してしまうことになるのだろうか。

 ならそれは少し困る。ボクの目指す悪役は正義のための悪役だ。彼女の行いを肯定しない悪行は、ボクの望むものとは違う。

 でもボクはそんなに子供に見えるのだろうか。ボクはこれでも15、を迎える前に死んだのだったけど、戦国時代なら成人の年齢とそう変わらない。

 そういえば鏡や水面を見て自分の姿を確認するというのは異世界の定番だけど、ボクはまだそれをしていない。なので他人から見える自分の姿をまだ知らなかった。そもそもここは異世界なので、年齢に沿った見た目の基準もわからないのだが。

 ああそうだ。わからなければ聞けばいい。こればかりは頼るほかない。


「ナクアルさん。変なことを聞きますけど、ボクって何歳くらいに見えますか?」

「変なのは今に始まったことではないが、そうだな。冒険者見習いになる子供たちとそう変わらないように見える。10歳くらいか?」


 それほど衝撃は受けなかったけれど、どうやらボクは元の年齢よりも少し幼く見えるらしい。思えば長い病院生活。月に一度は手術をするような日々だったし、ご飯を食べられない日も多かった。栄養が足りていないのだろう。

 だがそれなら仕方がない。悪役を目指すボクだけど、少し妥協することにした。見た目が10歳なら子供だ。助けられても仕方がない。


「はぁ…… わかりました。ボクはナクアルさんに助けられます。で、どっちに行けばいいんですか?」

「……助けると言ったのは私だが、君は貴族の子供のように生意気だな。まあいい。クァーク、伏せだ」


 ナクアルさんが握っている手綱を揺らして指示を出すと、彼女の乗っているダチョウトカゲが頭を下げて地に伏せる。こいつの名前はクァークというらしい。


「このハシリトカゲは1人用だが、君くらいなら乗っても問題ない。乗り方はわかるか?」

「ハシリトカゲ…… 実は初めて見ました。どうすればいいんですか?」


 たぶんナクアルさんと同じ用に首元に跨がればいいんだろうけど、なにかマナーのようなものがあるのかも。馬だって後ろから近づくと蹴られるらしいし。

 大人しそうな生物だけれど、ボクの腕よりも大きな口を持つ生き物はまだ怖かった。怒らせたら頭を齧られてしまいそうだ。

 そう思って近づけないでいると、ナクアルさんが手招きをする。


「大丈夫だ。こいつらはこう見えてほとんど草食。生き物は虫くらいしか食べない」

「そ、そうなんですか。じゃあ……」


 ナクアルさんの座るハシリトカゲの首元まで近づいた瞬間のことだった。


「それっ! 思ったよりも軽いな。ちゃんと食べているか?」

「な、わっ、座るんじゃないんですか!?」


 一瞬のうちに両脇を掴まれたかと思うと、そのまま持ち上げられ、気がついたらお姫様抱っこのように抱えられていた。


「最初はそのつもりだったが、慣れないものが下手に跨ると投げ出された足がハシリトカゲの足にぶつかってしまうことがある。なら私が抱えて走らせたほうが早いし安全だ。腰に手を回してしっかり捕まれよ。クァーク、出発だ!」

「シュァゥッ」

「わ、わああああああ!!」


 ボクの初めての異世界は、なんとも情けない悲鳴から始まることになってしまった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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