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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第一章
18/173

18 はじめてのドントリア

新連載3日目です。5話くらいアップします。



 ドントル領の首都にあたる町ドントリア。

 開拓村から道なりに進むこと約5日、小高い丘を登り切ると見えてきたのは、盆地に作られた要塞都市だった。周囲には麦畑が広がっていて、今は収穫時期ではないが青々と茂っている。


「大きな壁ですね。それに畑があんなに広い」

「元々は魔物避けのための壁だったんだがな。ザンダラとの戦争が終わったんで開拓地になった今では、ほとんど無用の長物だ。見ろ、壁の外に小屋がたくさんあるだろ? あれは毎日壁の内側の家まで戻るのがめんどくさくなった開拓者たちが建てたものなんだ」

「へえ。もう魔物は出ないんですか?」


 都市を取り囲むように建てられた壁には、櫓のようなものがいくつも見える。壁の高さも相当なものであり、かなり危険魔物が出ていたように思われるが、今はどうなのだろう。


「出ないことはないが、数は少ない。見張り塔は機能しているから、これだけ見晴らしが良ければ敵が近寄る前には察知できる。今俺たちがいる辺りも、昔は森だったらしい。それが今では牧草地だ。相当力を入れて切り開いたんだろうな」

「壁が高いのはその魔物の大きさに合わせたものですか? だとしたら距離があっても危険なのでは……」

「あの壁が高い? 開拓村の柵に比べたら高いが、あれはニームでも低いほうだぞ。国境沿いの防衛都市はもっと広い範囲に二重三重に壁が建てられているし、ザンダラなんかじゃ飛竜が出るところもあるから、あの倍は欲しいな。俺から言わせれば、まさに田舎領地って感じだ」


 ボクは声も出ないほど驚いていた。ドントリアの壁は周囲の人と比べての目算でも、高さが20メートル以上あるように見える。それが低いだなんて。

 あれ? でもボクがよく見ていた特撮に出てくる合体ロボットはもっと大きいし、それでも巨大なビルよりは小さかった。じゃあ意外とそんなものなのかな。


「さて、これから俺たちはドントリアに入る。見えているだろうが一応検問をしていてな。俺は冒険者としてのプレートがあるから問題ないが、お前さんには身分を証明できるものがなにもない」

「はい。だからここに身分証を作りに来た。ということですよね」

「そうだ。入場料に証明証と結構な金を取られるが、逆に言えば金さえ払えばここの身分は買える。開拓地ならではだな。他の領地はもっと厳しい審査とかが色々あるんだが、こんな田舎の身分なんて普通は欲しがらないから、手続きが簡略化されているんだ」


 ここで買える身分は一応ここの領民権になるのだが、その権利というのが有名無実で大した内容ではないらしい。この領地に正式に住んでいることを認めるだとか、領内での犯罪被害を衛兵に訴えてもいいとか、魔物から受けた被害に対して保証を請求してもいいとか。

 これらは身分証がなくても、税を払っていればニーム国の法において保証されている。それは人権がどうとか以前に、国民は国の資源であるという考えに基づいたものだ。村に住んでいるだけで徴税人がやってくるのに、その対価が何もないでは誰も国を信用しない。


 ではなぜわざわざ身分証を作る必要があるのか。それは主に領地を移動する際に必要になる。

 例えば旅商人や冒険者は同じところに留まらないことのほうが多い。そうすると常に移動し続けることで、税を逃れ続けることができてしまう。

 当然国や領主はそれを許さないので、入場料や通行税という形で金を取る。だが一々移動するたびに払っていたのでは旅商人なんて続けられなくなってしまう。物流の停滞は国にとっても損害だ。

 そこで身分証の登場だ。これにより自分は自身の所属している領やギルドで税はもう払っているとアピールし、自由に領地を行き来できるのだとか。


 なんというか、絶対にそれだけではないし色々と違う気もするが、ダンの認識ではそういうものらしい。


「というわけでこいつはエル。旅の途中で寄った村のやつに頼まれてな。いい学校に行かせたいから、今のうちから身分証を作ってきてくれと頼まれている」

「エルです。よろしくお願いします」

「ふぅん。外の村ってことは開拓村だろ? 収穫前だってのに大変だな。んじゃ、一応規則なんで入場料を」


 槍を持った衛兵が右手を出し、ダンが銅貨を数枚握らせる。そしてもうひとりの衛兵にも同様に銅貨を渡した。

 すると2人目の衛兵がニヤリと笑い、門に併設されている詰め所から書類を持ってきた。


「わかってるじゃねえか。ほれ、入場証明証だ。身分証は中央広場の領民館で作れる。場所はわかるか?」

「ああ、大丈夫だ。おつかれさん」

「ありがとうございます」

「勉強がんばれよ、少年」


 ダンについて足早に門をくぐり抜ける。壁の内側はテレビCMで見た海外のような町並みが広がっていて、道の途中途中に様々な屋台や露天が出ていた。

 ダンは少し歩いたところの屋台でなにか飲み物を購入する。陶器製のカップが2つ。1つはボクに渡してきた。


「これは奢りだ。歩き疲れただろ? そこの椅子で休もう」

「ありがとうございます。……ところで、さっきのはどういうやり取りだったんですか?」


 薄い黄色の甘い匂いのする飲み物は、一口飲むと肉や魚とは違った幸福感があった。甘いのにスッキリしていて、少しだけ胃酸のような感じがする。どうやらこれが酸っぱいと言うらしい。


「さっきの? ああ、衛兵の奴らか。あいつら入場料を言わなかっただろ? 料金は横の看板に書いてあるんだが、証明証の発行は別料金と書いてあるんだ。これがないと身分証を作るときにもう一度入場料を取られるんだが、そのときは不正入国だとかなんとか言われて、更に倍以上毟られる」

「なんだかずるいですね。でもなんでそんなことを?」

「ひとつは証明証がいらない人間も居るからだ。開拓村の連中とかな。1つの土地から動かない農民なんかは、身分証自体が高いし、移動を繰り返さなければ元を取れない。そう考える人間が多い」


 総合的に見れば身分証があったほうが安くなるそうだが、農民が纏まった現金を用意するのは大変らしい。


「もうひとつは連中の小遣い稼ぎだ。こんな田舎じゃ娯楽も少ねえからな。注意力のないやつをからかって遊んで、ついでにちょっとだけ収入が増える。そしてその金で夜呑みに行ってまた笑う。そんなとこさ」


 2つ目は思った以上にくだらない理由だったが、それでも仕事自体はしているのでダン的にはまともな衛兵らしい。

 ボクはこの世界の字があまり読めいから、危うく引っかかるところだったかも知れない。ダンから少し教わっているが、あとで言語系のスキルがないか確認しておこう。


「ついでにもう1つ聞きますけど、なぜ銀貨じゃなくて銅貨だったんですか?」

「おいおい、設定を忘れるなよ。今のお前さんは開拓村出身のただの子供だ。発展途中の村に銀貨が流通してるわけ無いだろ? それに釣り銭を用意するのだって面倒だからな。衛兵の記憶に残りやすくなる」


 ああなるほど。子供が持ち歩くには銀貨は高額で不審なのか。ボクも気をつけるようにしよう。

 ちなみにボクのお金の殆どはあの日ダンに渡したのだが、彼は解放軍のためにとスラスカーヤへ渡したそうだ。

 ダンにとって今回の単独行動は解放軍への背任行為に近いため、その償いの意味もあるらしい。

 渡したと言っても手紙とともに置いてきただけなので、もしかしたら今頃スラスカーヤたちは怒り狂っているかも知れないが。





 ドントリアの領民館は3階建ての入り口の大きな立派な建物だった。入り口には外の門と同様に衛兵が2人居て、周囲を退屈そうに眺めている。


「おつかれさん。今日はこいつの身分証を作るために来たんだが、受付はどっちだ?」

「身分証? あんたじゃなくてそっちの子供にか?」

「はい。学校に行くのに必要だからと言われました」


 衛兵は胡乱げにボクを見るが、すぐに視線を館内に向け、カウンターを指さした。


「身分証は奥の受付が担当している。たぶん大丈夫だろうが、もし窓口が埋まっていたらそのまま順番に待っていろ。割り込んだら叩き出すからな」

「わかってるって。行くぞエル」

「はい。ありがとうございます」


 衛兵にそれぞれ頭を下げると、会話に加わっていないもうひとりが驚いた顔で苦笑した。


「随分行儀がいいな。貴族の子かと思ったよ」


 その言葉は聞き流し、案内されたカウンターに向かう。対応中の人は居なかったが、受付の職員も居なかった。


「あの、すみませーん」


 少し待ってから声をかける。隣のカウンターにはそれぞれ受付中の職員がいるし、奥にも明らかに書類仕事をしている職員がいる。

 しばらく待ち、もう一度声をかけようとしたところで隣で受付をしていた女性の職員が来た。


「お待たせ。ごめんねー、この時間は休憩で受付の人数が足りないのよ」

「ああ、いえ、大丈夫です」


 書類仕事の職員は受けてくれないのかと思ったが、役所は無駄に人数がいるのに仕事が遅いと看護師さんがよく愚痴を言っていたから、そういうものなのかも知れない。


「それで、ご要件は何かしら?」

「こいつの身分証を作りたいんだ。これがこの子の親の書類で、こっちが本人の分。町に来たのはこの子だけで、入場証明証はこれだ」


 ダンは背負っていた革袋から数枚の紙束を取り出した。ボクも知らないボクのための書類だ。いつの間にこんなものを用意していたんだろう。


「はいはい、……はい。必要書類は揃っていますね。しかし親御さんが居ないとなると、失礼ですがあなたは?」

「俺はしがない冒険者だ。こいつの父とは知り合いでな。俺が町に用があると言ったら、ついでだからと頼まれた」

「そうでしたか。では先に発行料を。1万クォーツになります」


 1万クォーツがどれくらいの価値か知らないが、お金はダンに任せてある。なので彼を見上げると、その顔は不愉快そうに歪んでいた。


「1万だって? 高すぎる。書類も入場証明もあるってのに、なんだってそんなにするんだ? 普通はその半額以下だろ?」

「ええ、確かに通常の発行料なら3千アーツほどです。しかしながら今回身分証を発行させていただくエルさんは成人済み。であれば今年度の納税書も必要になります。……それはここには見当たりませんが?」


 ダンはしまったと言ったふうに顔に手を当て、職員さんは口元を歪めて話を続けた。


「出身は当領地の開拓村ということなので、納税書がなくても徴税人に支払っていればこちらに記録が残っています。しかしながら税金関係の窓口はこちらではありませんので……」


 職員が指さした方には、たくさんの人が並ぶ列がいくつもあった。


「あれはしばらく動きそうにありませんね。整理札もお持ちではないようですし……このまま支払ったほうが、かえって安いと思いますよ?」





 結局ボクは1万アーツを支払い、鉄のプレートでできたドントリア領の身分証を手に入れた。表面にはニームの国旗とドントリアの名が刻まれ、裏面には僕の名前が刻まれている。裏面には余白が大分あるが、そこには公的な資格や自身の所属などを刻むらしい。


「国に仕える官僚や騎士なんかのための余白だ。後は貴族が自分の派閥の結束のために使ってるな」

「そうなんですね。でも、なんだかすみませんでした。ボクの依頼のために余計な出費をさせてしまって」


 本来ドントリアに来た目的は、捕まった人物がナクアルさんかどうかを確認すること。身分証などただの言い訳に過ぎなかったので、結果的にダンに余計な手間を掛けさせたことになる。

 今いるのも領主の館からそれほど離れていない、少し高めの宿だ。夕飯はびっくりするほど美味しかったし、魔導具と呼ばれるアイテムによってお風呂に入ることもできた。セレンが聞いたら羨ましさを超えて怒り出すだろう。

 だがダンは気にするなと笑い、ルームサービスのワインを傾けていた。


「どのみち身分証はあった方がいい。いずれはこの国を出るんだ。そのときにこれがあればスムーズに検問を突破できる」

「そうだとしても、相場よりだいぶ多く支払ったんですよね?」

「いや。あれはむしろ安くなってるんだ」

「え?」


 あの場では高すぎると言っていたのに、いったいどういうことだろう。ボクが首を傾げると、ダンはニヤリと笑い、そのからくりを教えてくれた。

 まず身分証を作るとき、基本的に出身地の納税書は絶対に必要らしい。これがないと納税の証明ができないため、成人してからの年齢に応じた税金が追加で取られるからだ。この国の成人年齢は15歳なので、仮に身分証を作るのが20歳だとしたら5年分を追加で払うことになる。ふつうなら毎年きちんと収めているのに、誰もそんなものは払いたくはない。

 なら未成年ならばとなるが、その場合は親の納税書類が必要だ。未成年であってもそちらに記録が残ることになっている。

 しかしボクにはそのどちらもがない。


 そこでダンが使ったトリックはこうだ。

 ボクの年齢をギリギリ成人ということにして、最小限の追加納税だけで乗り切ってみせた。


「門でのやり取りを覚えているか? ここみたいな新規参入者の多い開拓地には、少しだけズルをしようとする輩が公私に関係なくいる。他の領地なら書類不足だと突き返されてもおかしくはないんだが、あの職員は後で自分で正規の書類を追加して、追加で払った税を掠めるつもりでいたのさ」

「言われてみれば、途中から意地悪そうな顔をしていましたけど…… でもあの人が正規の書類を用意しようとしたら、ボクの記録がないことがバレませんか?」

「その点については問題ない。エルは今日きちんと追加の税金を収めただろ? 正規の書類がなかったら払った金だ。なら今日払った分を正規の書類にしないといけないってわけよ」


 ちなみに納税記録がないこともそれほど問題にはならないとのこと。

 どうも徴税人だってそう何人もいるわけではなく、この領地の新規開拓村は多い。普通に回収に回っていても、完全に回収とは行かないらしい。

 そのためほとんどの開拓村の徴税は、村単位で何人分というように纏めて払われている。そこに名前がなくても、その時点で村にいなければ誰もわからない。こういう開拓地では急に人が増えるのはよくあることらしい。

 そういう意味ではわざわざ税金を収めに来た分だけ、払いそびれてそのままのやつよりも良い領民ということになる。


「人を騙そうとしてるやつは、意外と騙されることに慣れてない。今頃は大慌てで書類の書き直しをしているだろうよ。だからといってエルは何も気にする必要はない。こっちは最初から書類不備のつもりで立ち回っていたわけだしな。さて、明日は街の案内をしてやろう。そろそろ寝るぞ」


 ダンはそう言うと部屋の鍵を締めて、自分のベッドに横になる。いつもはボクよりも絶対に後に寝るのに、酒のせいか旅の疲れのせいか、すぐに寝息が聞こえてきた。

 ボクがベッドで横になっていたから、鍵を締めて自分で持っていたから、ボクが出ていくことはないと油断していたのだろう。

 やっと自由な時間ができた。


「……クリエイトゴーレム」


 ボクは最初から自分で外に出るつもりはなかった。予め用意していたパーツを組み上げ、小さな蜘蛛型ゴーレムを作り上げる。


「ナクアルさん、絶対に見つけ出すからね」


 窓の隙間からそっと投げ出されたボクのゴーレムは、命令に従って一直線に走り出す。


 向かう先は当然、領主の館だった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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