5-25 学院ダンジョン探索 1
遅くなりました。すみません。
◆エル
「ダンジョンと言っても冒険者じゃねえ学生に出入りさせてるのはほんの低層だ。危険がないとは言わねえが、昼寝でもしてない限り死にはしない。いざとなったら助けてやるが、それまでは好きに探索して構わねえぞ」
学院ダンジョンに入る直前、ビンゴはざっくりと自分の方針をボクたちに伝え、すぐにスマホを取り出した。
ボクは教官らしい指導を想像していたので、あまりにも現代人らしい行動に肩透かしを食らった気分だ。
「……なんというか、休日とはいえ授業の延長だと思っていたのですが」
「どの教官でもあんな感じだよ。ただでさえ休日出勤だからね。自分の研究がある教官は生徒たちの、自分で言うのもアレだがほとんどお遊びのようなダンジョン探索に付き合いたくはないというのが本音だ。たぶんメイ隊員が遅れたのも、誰が付き添うのかで最後まで決まらなかったんだろう」
アカサ先輩はため息交じりにボクの疑問に答えてくれた。
なるほど、確かに先輩たちはクラブ活動の本来の目的はダンジョン探索にあると言っていた。それなら遊び半分と捉えられてもおかしくないだろう。
メイの話では引率を決めるためのくじ引きを作る担当をじゃんけんで決めるところから始まったそうだ。前日にやれ。
「だけど監督責任の関係で俺たちの安全は保証されているし、教官は放任主義だからある程度の自由もある。それこそダンジョンを観光したいだけならこれ以上の環境はないよ」
「というわけでメイ隊員。早速未知の魔道具とやらを探そうじゃないか」
「はい隊長! 斥候は任せてください!」
アカサ先輩の言葉とともに冒険者経験のあるメイが走っていく。何人もの人間が踏み固めていったであろうダンジョンの通路は舗装道路のようで、彼女の足取りはとても軽快だ。
ところでこの学院ダンジョンは複数の入口を持ちながら、入口のそれぞれが別の階層に繋がっている多層構造ダンジョンらしい。
階層ごとにも現れる魔物や動植物に差があり、今ボクたちが入ってきたのは最も浅い第2層だ。
最も浅いのなら1層であるはずだが、1層は深層に繋がるための入口が複数ある玄関のような階層らしい。危険な最深層まで直通で繋がっていると噂され、そのため学院で完全に管理されている。
だから一般開放されている最も浅い層は第2層なのだ。
「隊長、前方に敵影なし。先を進みましょう!」
「よし。行こうかエルさん。ここからが『学院77不思議調査クラブ』加入のための試練だ」
「試練と言っても、ほとんどピクニックだけどね。気楽にいこうか」
「はい」
トニー先輩は軽く笑って長剣を構える。
第2層の基本構造は洞窟型のダンジョンであり、土の地面から石の壁が迷路のように生えている。天井はあるが教室と同じくらいの高さであり、大型の魔物は出てこない。
出現するのはゴーレムに分類されるマッドマンが主であり、物理攻撃にも魔法攻撃にも弱いので初心者でも簡単に対処可能だ。
「早速お出ましだ。相手は2体だが動きの遅い泥人形。エルさんの実力を見せてくれ」
「わかりました」
少し進んだところで出会したマッドマンはその名の通り泥でできた人型のゴーレムだ。
のっぺりとした出で立ちで武器や防具はなく、それらを持つための手指のような部品もない。動きもフラフラとしていて、攻撃と呼べるのは腕を振り回すくらいのものだ。
だがそんな攻撃でもそれなりの威力はあるため、打ち所が悪ければ怪我をするし基礎体力や防御力が低ければ致命傷にもなり得る。
そのため生徒の実力を図るための最初の魔物として、この学院では頻繁に利用されている。
さてそんなマッドマンだが、当然ボクの実力を持ってすれば雑魚雑魚の雑魚だ。どんな攻撃でも倒せるだろうし、なんなら数日前に不良に絡まれたときのように、立っているだけで相手が自滅するだろう。
だけどそれはここではやりすぎだ。
ボクはあくまでもメイの友人としてここに来ているし、クラブに入るのに必要以上に力を見せたくもない。
(けどなあ。サンリ教官から貰った武器を使ってもボクは強いんだよなあ)
ボクは弱体化魔道具であるナイフを構え、それっぽくマッドマンに対峙する。
マッドマンに目はないが、何かしらの感覚器でこちらの動きを察知したのであろう。2体とも動きが少し活発になった。
「エルさん。緊張せず、いつものようにやっちゃって大丈夫よ」
「メイの言うとおりだ。相手は魔物だし魔法で作られたゴーレムの一種。生き物とも違うのだから、倒すことを恐れなくていいぞ」
色々と悩んだが、メイは授業でボクの動きを見ているのだから今更か。
メイやアカサ先輩にそう後押しされ、ボクは前に出る。
ナイフの基本は手数だ。闇雲に急所を狙うのではなく、相手の防御を上から傷つけるかのごとく刃を刻んでいく。
これは魔物相手にも有効で、基本的に魔物は痛みを恐れない。そのため魔物は自分の能力値でゴリ押しするのが常だ。
それ故にナイフから受ける切り傷に気が付かない。魔物からしてみれば気がついたら致命傷になっていた、なんて状況に陥ってしまう。
もちろん魔物の防御力を突破できるだけの切れ味が必要だし、すべての魔物に有効というわけではないが、それでも冒険者の多くが予備の武器としてナイフを持っているのにはそんな理由があるのだ。
「行きます」
ボクはスキルに操られるがままに姿勢を低くし、2体のマッドマンの間を駆け抜けて脚部を刃で撫でていく。
マッドマンの目の代わりの感覚器でボクが後ろを取ったことはすぐに露見するが、だからといってやつらの運動能力では捉えきれない。すぐさま踵を返してまた脚を切る。
何度も同じ行動を繰り返す内にマッドマンの片方は片足を失い崩れるように倒れた。それに巻き込まれる形でもう1体も横倒しになり、ここまで来たらゴーレム種の弱点であるコアも丸わかりだ。
ボクは素早く2回の刺突を繰り出し、マッドマンたちを完全に沈黙させた。
「ふう。終わりました」
「「…………」」
「……?」
戦闘終了の報告を先輩たちにすると何故か返事がない。
何事かと思い振り返ると、彼らは驚きの表情で止まっていた。
「いやー……いつものように、とは言ったけど……やりすぎじゃない?」
「模擬戦ではトドメまでいきませんから、それはそうですけれど」
「いやいやいや! そっちじゃなくてその前の戦闘だよ! マッドマンなんて蹴って倒してコアを踏んで終わるような魔物なのに、わざわざあんなナイフ術を使うなんて……」
「エルさんは、もしかしてなにか不満なことでもあったのか? それなら何でも相談してくれ。マッドマン相手にあんなムキになって戦うなんて、少し心配だ」
「……」
どうやら加減の方向性を間違えたらしい。
マッドマンは雑魚中の雑魚だというのが生徒たちの間でも共通認識であり、ボクはそれをわかっていなかった。
先輩たちは見学しながら雑魚だから一撃で仕留めてしまえばいいのにと思っていたようで、それをすると強者認定されてしまうのではないかという無意味な杞憂がボクの中にあったのだ。
「お前、こんな雑魚相手に、過敏になりすぎだろ」
途中から様子を見ていたらしいビンゴは、ボクの事情を知ったうえで口元を抑えて笑うのをこらえていた。
かくしてボクは雑魚相手にも手を抜かないやつだと認定されたのだった。
◆
「メイさん。マッドマンしか出てこない低層のダンジョン探索って、本当に楽しいんですか?」
少々やりすぎてしまったが無事『学院77不思議調査クラブ』に加入したボクだったが、いつまでも変化のないダンジョン探索に飽きが来ていた。
それはボクだけでなく先輩たちも同じようで、朝ダンジョンに入る前までの元気な調子は見られない。
「あーねー。時々出現するアイテムボックスから魔道具とかが見つかればまた別なんだけど、それまでは同じ場所を歩き回るだけだから、つまらないのはわかるよ」
「やはり同じ気持ちでしたか」
「正直私の地元のダンジョンのほうが面白みはあるかな。その分危険もあるけどね」
メイは元冒険者なので実力的にはもう少し深い層での探索も可能だ。だがそれをしないのはクラブに入れてくれた先輩たちに協力したいからだという。
しかしその肝心の先輩たちも段々と投げやりになってきている。これはお互いにとって良くないのではないだろうか。
こんなときボクが作って撒いた呪いの装備が見つかれば話は変わるのだろうが、アレはボク自身が設置したのでこの階層にないことは確実だ。
「かれこれ3時間もこの調子だと私も気が滅入ってくるわ。メイの話していた怪しげな魔導具、本当にここにあるのかしら」
「うーん。学院ダンジョンから出てるのは間違いないはずなんだけど…… 階層まではわからないからなあ」
「もっと深い階層の方が可能性は高いわよね」
「最近出回ってる魔導武器のことか? アレならこの階層には出ねえぜ」
第2層はそれほど広くないため、ランダムで出現するアイテムボックスの出現位置が完全に判明している。その出現位置を周回しながらおしゃべりをしていると、ビンゴが混ざってきた。
「ビンゴ教官。その話は本当ですか?」
「ああ。ぶっちゃけ第2層は学院で管理している安全な教育現場だ。だからこうしてサボりながらでも引率ができるわけだが、なんだ? お前ら魔導武器が欲しいのか?」
「はい。もちろん興味はあります。ですが、それは私用に使いたいのではなく、あくまでもクラブ活動での調査という意味で確認がしたいのです」
「教官。無理を承知でお願いします。この先の階層での探索許可をお願いします」
ビンゴはサラッと重要そうなことを言ったが、クラブのメンバーはダンジョンの管理よりも魔導武器に興味を示していた。
先輩たちは頭を下げてビンゴに探索許可を求める。
「ふーん? でも一応は規則でここだけってことでダンジョン探索の許可を出してるからな。そう簡単に曲げられねえよ」
「もちろん冒険者経験のない学生だけでのダンジョン探索を禁じる校則はわかっていますが、メイ隊員は元冒険者。それにエルさんも彼女と遜色ない実力の持ち主です」
「俺とアカサも攻撃魔法や回復魔法の心得はあります。後衛としてなら十分パーティとして成り立つと思うんですが」
ボクはきちんと校則を確認していないが、冒険者経験のない学生だけでのダンジョン探索が禁じられているのであれば、経験者が1人でもいればいいとも読み取れる。
ビンゴは顎をかきながらボクの方に視線を移し、それから頷いた。
「そうだな。俺も魔導武器は気になるし、正直この退屈な2層には飽きてたんだ。絶対に無茶をしない、魔力が半分になったら帰る。それが条件だ。わかったらさっさと行くぞ」
「! ありがとうございます、教官!」
なんだかんだでビンゴもここに飽きていたらしく、割と乗り気で下層行きは許可された。
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