5-24 学院ダンジョンへ
評価、いいね、ありがとうございます。
◆エル
「ねえエルさん。最近この学院のダンジョンのあちこちから、妙な魔導具が出てくるようになったんだって。次の休みに不思議調査クラブでダンジョン探索に行く申請を出してるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
リサキに絡まれてから十数日が経ったとある日、メイから休日に遊びの予定を持ちかけられた。彼女の言う妙な魔導具とは、屋敷での研究とリサキたちを使った実験の末完成した『呪いの装備』のことだろう。ボクがばら撒いた悪意の種の噂がようやく学生にも広まってきたらしい。
今の時点では作戦の第一段階にも届いていないが、上手く行けばバニラを釣り出せるかも知れない。
全てはボクが悪役であるための正義の味方のために。
「私は初めてなのだけれど、ダンジョン探索って面白そうね。ぜひご一緒させてもらおうかしら」
「やっぱり興味あるよね。それじゃあアカサ先輩たちに伝えておくわ」
ちなみにボク自身はまだ『学院77不思議調査クラブ』には入っていない。メイに連れられてよく遊びに行くのだが、入部にはクラブからの試練を受ける必要があるのだという。
その試練がダンジョンでの野外活動だ。学院の不思議を探すどちらかといえばインドアっぽいクラブになぜそんな試練が必要なのか知らないが、実績作りの一環なのだとか。
そんな理由もあって、ボクは休日を返上し、自分で置いてきたアイテムを回収するためにダンジョンへと潜ることになった。
楽しそうだから苦ではないけどね。
◆
「学院77不思議調査クラブとは、本当はダンジョンに入るための口実なのだよ。冒険者経験のない学生だけでのダンジョン探索は校則で禁じられていてね。かと言って冒険者を雇えるほど学生の懐に余裕があるわけでもない」
「だけどクラブ活動での調査となれば話は別なんだ。なにせ休日のクラブ活動には監督として教官が同行することになるからね。学院の実技教官であれば実力はお墨付き。ダンジョンでの活動も許可されるって寸法さ」
メイに指定された待ち合わせ場所は学院街の公園だった。
早朝にも関わらず、すでに待機していたアカサ先輩とトニー先輩からクラブ発足の経緯を聞きメイと教官が来るまでの時間を潰す。
「なるほど。それで活動実績がないのにクラブ活動として認められているのですね」
「うむ。学院では様々な物事が学べるが、その中でもダンジョン探索は私たちのような屋内主義者からしても興味深いものがある。しかしダンジョンのためだけに冒険者になるほどの情熱はない。そのためうちのような実績のないクラブは多数あるのさ」
「ですが、メイさんはクラブ名のとおり不思議を調査すると言っていましたよ?」
「ああ、ははは。彼女にも同じように説明したんだけどね……」
「メイ隊員はそれを知った上で77不思議をも探すつもりでいるんだ。私たちにはそのつもりはなかったんだが、彼女の集めてくるうわさ話はなかなか面白くてね。それらをまとめてみれば8不思議くらいは作れそうだ」
「例えばどんな噂があるんですか?」
メイは77不思議はないと言っていたが、アカサ先輩たちの基準では活動内容としてまとめても面白いと思っているらしい。
せっかくなのでそのうちの1つを聞いてみたのだが、ボクはそれを聞いたことを後悔した。
年が明けてすぐの早朝、新年で店も開いていない学院街を走り回る亡霊が出たのだとか。
その亡霊たちは息を切らせながら何かを求めて街中這いずり回り、何事かと外に出ても姿は見えなかった。気になった何人かは声のする方向を追いかけて行ったのだが、日が昇った頃には亡霊たちの姿は消えてしまったそうだ。
その噂が出てすぐの頃は、あるいは薬を求めていた急患だったのではという説も出たが、学院街でも学院でも病院には患者が運ばれたという記録はなく、酔っぱらい冒険者が酒の勢いで競争でもしたのではという方向で結論が出たらしい。
あーうん。これはボクが開催したごく個人的なマラソン大会の、外から見られていた話だ。
息を切らせていたのは犬のユルモであり、途中から聞こえてきた何かを求める声は賞品に関してのおしゃべりだ。寿司が食べたいだとか焼き肉がいいだとか、そんなことをアリタカくんが叫んでいた。
着順ごとに賞品を出すことが決定した時点で全員が全力を出すようになり、広い学院街での競争もすぐに終わってしまった。
そうかそうか。追われていたのか。全然気が付かなかったよ。でもこの話そんなに面白いか? 酔っ払いの競争でおしまいでボクも納得するよ?
「なかなか個性的な噂話ですね」
「エルさん、つまらないならそう言っていいんだよ。アカサのツボは独特なんだ」
ボクが明らかに反応に困ったような返事をしたせいで、トニー先輩が気を使わなくていいと苦笑する。
だがアカサ先輩はこちらの反応を見た上で不敵に笑った。
「ただの酔っ払いの徒競走に尾ひれがついたくだらない与太話。エルさんもそう思うだろう? しかしね。この噂話には続きがあるのだよ」
「……それは、いったい?」
「この亡霊たちを追いかけていたうちの1人は冒険者でね。その冒険者の話では、彼独自の追跡スキルによって走っていた人数はわかっているらしい。学院街での痕跡は完全に追えていたが、街の外に出たところで見失ったそうだ。つまり亡霊は実在していたんだよ」
へえ。あの日ボクたちは新年の独特なテンションで浮かれて走っていたが、それでも速度で補足されることはないと思っていた。
だけど追跡スキルか。ボクもヴァルデスのときに匂いを追って追跡したし、今度からそういう痕跡にも気をつけないとな。
「でもそれって、酔っぱらいが街の外に走っていっただけではないんですか?」
「俺もそう言ったんだけど、それなら街の外ですぐに失われるのはおかしいってさ」
「その冒険者の追跡スキルの内容がわからないとなんとも言えんよ。かと言ってスキルの情報を依頼主でもない学生に喋るはずもない。わかっているのは、走る亡霊はいたということだけさ」
「俺は居ないと思うけどなあ」
トニー先輩のボヤキにボクは黙って頷くことしかできなかった。
亡霊はいない。正体はボクたちだからだ。
かと言って居ないとは言い切れない。なぜならボクたちが走っていたからだ。
「お待たせしました。実技教官を捕まえてきましたよ!」
ボクが複雑な気分で噂話の余韻に浸っていると、やや遅刻気味のメイが現れた。その後ろには背の高い長髪の男。
メイが連れてきた実技教官は全身にタトゥーを彫り込んだ革ジャケットの転生者だった。
「学院77不思議調査クラブだな。今日監督してやるビンゴだ。改めてよろしくな」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク、いいね、ご意見、ご感想、高評価よろしくお願いします。
↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。