5-23 リサキの選択
残酷な描写があります。
◆リサキ・デンフィール
「あなたが望む武器を用意しましょう。あなたが望む装備を作りましょう。リサキさん、あなたが望んだのですから、さあこのナイフを手にとって。力が欲しいのでしょう?」
青黒い影を思わせる髪の女生徒、エルはいくつもの武器を手に取りリサキに微笑みかける。
確かにエルの持つ特別な武器を渡せと言ったのはリサキからだ。しかし今彼女が手にしている武器を受け取りたいとは思わなかった。
エルを脅迫し、その結果としてリサキは敗北した。それなのにも関わらず要求したものと同等のものを用意すると言われたら、誰だって罠を疑う。
何よりも、微笑むエルの銀の瞳からは一切の感情が読み取れない。あるいは目を伏せられていたのなら受け取っていたかも知れない。
それほどに、エルの目は無機質で恐ろしいもののように思えてならない。
「待て。何かの間違いがあったら困る。その武器は地面に置け。そしてまずは俺が試す。問題ないな?」
リサキの心情を察してか、護衛として雇われているガロスが一歩前に出る。
彼は盗賊のような見た目だが、デンフィール家の騎士の1人だ。ガラが悪くふざけた言動を取ることも多いが、それは不良学生に扮するための演技であり、実際には忠誠心に溢れた男だ。そのため昼間の敗北を重く受け取っており、いつも以上に警戒をしている。
「構わないけれど。あなたの言う間違いとは何かしら?」
「そうだな。例えば、昼間の復讐とか? お前は俺に勝ったが、その代償に裸を晒した。今だってお前の服の下にあのパイオツがあると思うとゾクゾクするぜ。恥をかかされたと後から逆上したっておかしくはねえだろ?」
ガロスは煽り言葉でエルの反応を伺うが、彼女に感情の動きはない。
「あなたの気持ち、わかりますよ。私自身もこの身体を愛しています。それがまさに自分の身にあるのですから、少しくらいお裾分けしても減るものではないでしょう。武器はこちらに置きますので、どうぞ存分に試してください」
「……チッ」
エルはガロスの指示通り武器を地面に置き、こちらをどうぞと魔法で木製の試し斬り台まで用意した。
ガロスが舌打ちをしたのは、それだけでエルが武術だけでなく魔法にも精通していることがわかったからだ。
木の棒を加工する魔法は容易だ。しかし木の棒を用意する魔法となると途端に難易度が跳ね上がる。
地面から生木を生やすのなら植物を操作する生命魔法になるし、加工された木の棒を生み出すのなら召喚魔法になる。どちらにしろ上位の魔法であり、それを苦も無く行うとなると魔力量も相応に多い。
この時点でガロスはリサキを逃がすことを最優先に行動すると決めた。
「じゃあ、確認させてもらうぜ?」
「ええ、どうぞ?」
エルの動きを注視しながらガロスはゆっくりと短刀を拾う。
先ほどエルがサンリ教官から譲り受けたナイフを拾ったときには、突然病気になったかのような身体の重さを感じた。
そのためなにが起こってもすぐさま対応できるように気を張っていたのだが、今回はなにも起きなかった。
「……」
「ふふ、持つだけではその武器の真価はわかりませんよ」
ガロスは拍子抜けし様々な角度からじっくりと短刀を観察していたのだが、エルはその様子を笑い、試し斬り台を指差す。
「そのようだな」
「力を抜いて、いつものように斬りかかってくださいね」
エルの熱のない視線は、ただ短刀を持っているだけのガロスの現在発揮しているスキルレベルをおおよそ把握していた。
ガロスも彼女の言葉から力量を見抜かれていると感じ取っていたが、今更後に引くことはできない。
ふっと息を抜き、得意のステップで下段から試し斬り台の丸太を斬り上げる。
「え!?」
「……は?」
最初に驚愕の声を上げたのはリサキだ。
彼女が目にしたのは、斬り上げられた瞬間に真っ赤な炎に包まれた丸太だった。
次に乾いた問が漏れたのはガロスだ。
彼が疑問に感じたのは斬り上げた丸太が燃えたからではない。あまりにも手応えがなかったからだ。
「ああ良かった。それは当たりですね」
「な、あ、なんなのよこの武器は……! こんな、こんな威力の武器は明らかに異常よ!?」
「そうですか。でも、欲しいでしょう?」
リサキは驚きの感情のままにエルに向かって叫ぶが、彼女の表情は変わらない。先程までと同じように微笑んだまま、欲しくはないか、いらないのかと問うだけだ。
「そ、それは欲しい、けど……」
「お嬢、止めておけ。これは確かに強い武器だ。だが強すぎる。こんな手応えのねえ剣を振り回していたら、すぐに人を傷つけちまう。お嬢だってそこまでは望んでねえはずだ」
「っ……!」
ガロスの言葉に、リサキはエルの武器に伸ばしかけていた手を引っ込める。
彼女はエルに向かってデンフィールという権力とガロスという暴力を傘に、武器を渡すよう脅迫をした。
しかし彼女にとってそれらはあくまで脅しの道具でしかなかった。
自分の生まれ育った領地でデンフィールの名にかしずかないものはいなかったし、学院に来てからも家名を名乗れば大体のものは下手に出た。
暴力にしてもそうだ。彼女は自分で言ったように暴力は好きではない。荒々しいガロスの見た目に怯めばそれでよかったのだ。
だがエルは違った。
彼女は名ばかりの権力には屈せず、暴力にも真っ向から立ち向かった。それだけではなく、リサキの手にある最大限の攻撃能力をいとも容易くねじ伏せた。
リサキは今2つのものを失っている。
権力と暴力。この2つこそがリサキの立場を肯定する土台だった。だが名乗りを無視され、ガロスが足蹴にされて自分の視界から消えたとき、その時点から自分ではどうすればいいのか何もわからなくなっていた。
彼女の中での、少なくとも対人における暴力の上限はガロスだった。だからこそ若くして騎士に登用され、リサキの護衛として学院にまでついてきている。
ガロスの敗北だけでも衝撃的だったのに、今目の前で斬られた丸太はどうだ。彼の持つ短刀よりも太い丸太が綿毛のように舞い上がり、炎上。不完全燃焼で焼け落ちたそれはまっ黒焦げで、どれほどの火力なのか想像もできない。
暴力の上限がわからない。それが何よりもリサキを狂わせた。
リサキは一度引いた手を胸にあて、地面に散らばった武器と燃え落ちた丸太、そして自分の前に立つ強かったはずの騎士を見比べる。否、見比べてしまう。
「……私は、暴力が嫌いよ。でも、負けたという事実のほうが嫌だと今わかったの。負けたままなのは嫌なのよ……!」
「お嬢、負けたのは俺だ! お嬢じゃねえ! それなのにあいつの武器を拾っちまったら、それこそ本当の負けになっちまう!」
「ならガロス、あなたは今のままでエルに勝てるの? その馬鹿みたいに強い武器を使わなかった、それどころか弱くなっていたはずのあの女に、いつか勝てる見込みがあるの?」
「それは…… だが、それでもお嬢が前に出る必要はねえでしょう!?」
リサキの中で結論は出ていた。ガロスへの問は最後の確認だ。
そして答えは出た。ガロスでは勝てない。彼では暴力に足らない。エルには勝てない。
初めての、一度の敗北で何もかも失ったと感じていたリサキは、それ故に目先の暴力に飛びつくほかなかった。
「負けたままは嫌。でも彼女には勝てない。なら、もうこれ以上負けたくないの。そのためには、もっと強い力が必要なのよ!」
エルには勝てない。でも他の全員に勝てれば、まだそれでいい。そのためにはガロスではもう足りない。
リサキは、貴族令嬢でありながら誰かの下に居なければ生きていけないのだと、無意識に自覚していた。自分の土台を失った今だからこそ、新しい道に飛び出さなければ自分を保てないと信じ込んでいた。
だから彼女は新しい一歩を踏み出した。
「お嬢、ダメだ!」
「! これは……!」
ガロスの静止を振り切り、散らばった武器の中から長剣を手に取る。剣に見えていたそれは持ち上げた瞬間刀身がだらりと崩れ、鞭のように地面に垂れ下がった。
全く使ったことのないタイプの武器。だが不思議とその使い方が頭の中に溢れてきた。
これは鞭であり剣だ。魔力を通すと鞭になり、意識的に魔力の接続を切ると剣に戻る。だが当然それだけではない。
「あら。それは大当たりね。権力が好きなあなたには丁度いいかも知れないわ」
エルの声に楽しげな感情が乗る。無機質だった視線に熱が宿る。リサキは彼女の言葉の意味と、そこに込められた期待がわかった。
リサキは鞭になった剣で地面を叩き、ガロスに向き直る。
「ガロス」
「……なんだ、お嬢」
「あなたの忠誠心は本物だと思っていたのだけれど、主の行動を何度も止めるのは本当の忠誠なのかしら」
「…………」
「なんとか言いなさい。主の命令にどこまでも付き従うのが、騎士でしょう?」
「俺がお嬢を止めたことに文句があるってんなら、言いたいことはわかる。確かに俺はお嬢に忠誠を誓っている。だがそれは、あなたの父の命令だからだ。多少の無茶には喜んで従うさ。だからな、俺がお嬢を止めるのは、あなたの間違いを止めるのは、度を超えた無理だからだ。本当にお嬢を思っているからなんだ。わかってくれとは言わねえが、どうかその武器を捨ててくれ! それは、本当にマズいもんなんだよ……! どんな罰だって受けてやるから、あいつの口車に乗ることだけは止めてくれ……!」
ガロスはその忠誠心からリサキの目の前でかしずき、頭を下げて暴走を思いとどまるように言葉を重ねる。
しかし力を手にしたリサキに、彼の言葉は届かない。
「あなたの気持ちはわかったわ」
「お嬢……! なら、はやくそれを捨てて……」
「結局、私には何もなかったのね」
「……え? ぐあっ!?」
彼の忠誠心は、最初から自分へのものではなかった。それが最後のひと押しだった。
リサキは軽いスナップで鞭を振るい、音速を超えた一撃がガロスの背中を強かに打つ。彼の学生服は大きな音を立てて弾け飛び、鍛えられた肉体からは血飛沫が舞う。
「お、嬢……なん、で……」
「私に歯向かうコマはもういらないの。でも安心して。あなたに本当の忠誠心を与えてあげるわ?」
「があっ!? ぎゃあああぁぁあああ!?」
「あはっ、あははは、あっはははははは…………!!」
ガロスの返り血を浴び、リサキは恍惚の息を漏らす。
これが本当の暴力か。腕を動かすたびに鞭がしなり、目の前で肉が弾け飛ぶ。
楽しい。なぜ今まで忌避していたのか自分でも疑問だ。
鞭で叩くたびに強かったはずの男が弱々しくビクビク震える。破裂音が鳴るたびにどんどん小さくなっていく。飛び散る血肉は毎回形を変え、生暖かい返り血を浴びるのもぬるぬるして気持ちがいい。
「……終わったの、かしら?」
リサキの全身赤黒く染まったころ、ガロスだったものはもう動かなくなっていた。
だがそこで終わりではない。
「ふふ、わかっているでしょう? 今までのは準備。本番はこれからよ?」
「そうね。そうだったわね、エル様」
声をかけてきたエルに向かってリサキは微笑み返し、鞭の魔力を解いてその姿を剣へと戻す。そして彼女はその剣でガロスだった肉塊を貫き、全力で魔力を注ぎ込んだ。
リサキが手にした剣の能力は2つ。1つは刀身を鞭に変える変形機構。
「ガロス、ああガロス! 私なんかに殺されるはずのない騎士ガロス! エルに負けたあなたはもう居ないわ! 真の忠誠があるのなら、今ここに蘇りなさい!」
もう1つは、その剣で殺害した相手の洗脳と蘇生。
鞭剣は肉体だけではなく相手の魂をも切り刻み、その隙間に使用者への忠誠心を刻み込む。魂は鞭に取り込まれるためすぐには消滅せず、剣として再び肉体を貫くことでセット完了。あとはエルお得意のゴーレム化によって擬似的な蘇生を果たすというわけだ。
飛び散っていたガロスの血肉は剣の魔力に引き寄せられ、逆再生のように再び1つに戻っていく。弱々しく小さくなっていた男の肉体がどんどんと膨らみ、青白くなっていた肌の色が生気を取り戻す。
「……ガロス?」
「はっ! ……? お嬢? こりゃいったい、どんな状況なんで?」
「よかった。うまくいったのね……!」
使い方はわかっていたが、それでもリサキの中に不安は残っていた。
だが自分で殺したはずのガロスが、惚けた顔で周囲を見回し首を傾げるのを見てようやく安心することができた。
「うん、完璧ね。実験成功。そこにある武器は、選別に全部あげるわ」
「! ありがとうございます、エル様! ほら、ガロスもお礼を言いなさい」
「言われなくてもわかってますよお嬢。エル様、命だけでなく武器まで貰っちまって、本当に感謝しきれねえ!」
「いいのよ、別に。でもこのことは秘密にしておいてね?」
「「はい!」」
リサキとガロスはエルの姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
リサキにとってその鞭剣は新しい希望であり、今までの土台の上位互換足り得るものだったのだから当然だ。
だがエルの作った武器は、彼自身が望んだようにデメリットが有る。
その呪いが発動するのは、まだ先のことだ。
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