5-22 vsガロス
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◆エル
「ガロス! 彼女は私の提案を断り、部下の1人に大怪我を負わせました! 交渉は完全に決裂です! やってしまいなさい!」
「大怪我って、指が折れただけでしょうに……」
「エルって言ったか? お前が何をしたか知らないが、俺はお嬢に雇われてるんでな。やっちまえって言われたからには、やっちまわねえとなあ!」
ガロスは同じ中等部とは思えないほど大柄で、年齢も一回りは上だろう。ニーム人特有の金髪碧眼だが髪も髭も伸び放題。その上戦闘態勢で腰を低くするものだから写真で見たライオンのようだ。
得物は持っていないが、爪を立てるような独特な手の構えから何らかの武術を使うのだと予想できる。
なるほど、彼ならボクの相手になりそうだ。それにどう考えたってここにいるリサキの他の部下よりも強い。
彼ならスケバンとしての地位向上の足がかりになるだろう。
「いくぜ……!」
先程の男子生徒とは違い、実力者であろう足捌きから連動して繰り出される掌底。ボクは一歩身を引いて躱すが、避けたはずなのに切断された制服の一部が目に入る。
「キャーッ!」
この悲鳴はボクのものではない。なにせボクには傷一つついてはいない。
だがガロスの攻撃で制服が破け、それに驚いて声が出てしまったのだろう。
「ほう。当たっていれば気絶で済んだんだが、避けたせいで無駄に破いちまったな」
「お気になさらず。予備はありますので」
実際には予備の制服などないが、アレは魔法で作った既製品のコピーだ。元の情報はあるので無制限に作り直せる。
だが魔法で作ったということは、ただの布ではなくそれ相応に防御性能があるものでもある。それを破いたとなると、ガロスは想像よりもやり手なのだろう。
「へっ。なら服がなくなっても構わねえか。ひん剥いてやるから全裸でお嬢に謝りな!」
下卑た笑みで顔を歪めるガロスだが、その表情とは裏腹に次の攻撃への予備動作の隙はなくなっている。ボクが避けたことで彼の中での脅威度が上がったのだろう。
ガロスは一歩下がると見せかけて横に飛び、それもフェイクでステップを刻んでボクの視界から消える。
学生相手なら、いや、中級冒険者相手にも通じる対人技術だ。相手が前衛職でなければ上級冒険者すら目の前から消えてみせるだろう。
だけどボクの目から逃げられない。ものを見ているのは視界だけだが、動きを感じるのは五感の全てだ。身体が大きい分空間の揺らぎも大きい。
「そんなに見たいのなら構いませんよ?」
「な!?」
ガロスが攻撃の予備動作を見せた瞬間、ボクは彼に向かって振り返り、破れて制服を大きく開いて胸を見せつける。
この世界に初めて転生をし、ドントリアで出会った冒険者ケウシュ。彼女は胸を見せつけるような性的な衣装で相手の意識を撹乱する戦術だと言っていた。今回ボクは服が破けたことで、この戦術が利用できるのではないかと考えたのだ。
なにせ今のボクの見た目は、ボクの知る限り最も美しい『アンネムニカの少女』だ。その完成された究極の肉体美を前に、動きの止まらない男性などいないはずだ。
現にガロスは大きく目を見開き、ボクと交差されていた視線が下にずれる。それはほんの一瞬の気の迷いだったが、攻撃中の隙ほど大きいものはない。
「隙あり」
「ぶべっ!?」
作戦成功。腹部を狙っていたであろう掌底をサイドステップで躱し、彼の顔面に向かって弱体化された全力のトーキックをお見舞いする。
全力と言っても死ぬほどの一撃ではない。だがガロスは噴水のごとく鼻血を吹き出しながら明後日の方向に吹き飛んでいった。
「あら、これで終わり? リサキと言ったかしら。用がないならもう帰らせてもらうけれど?」
「ひっ……!」
彼我の力量差をわかりやすく伝える。リサキは腰を抜かして後ずさりをし、他の取り巻きたちもすでに見当たらない。
反応から見るに現状リサキの出せる最大限の力はガロスであり、それを一発で打ち破ったのだから威嚇行為としては十分だろう。
昼休憩の時間を無駄に使ってしまったのでさっさと昼食を食べようと思い、そこでふと思い出す。
悪役令嬢になるにはただ武力で打ち勝つだけではダメだ。きちんと配下にしなければ。
「ああそうだ。今回の件でより詳しくお話がありますので、放課後またここでお会いしましょうか」
「な、なにを言って……」
「武器、欲しいんでしょう? これと同じものは与えられませんけど、別のものなら用意しましょう。」
「…………え?」
リサキは意味がわからないと呆けた顔をするが、その反応は正しい。
なにせ呼び出して脅迫した相手に返り討ちに遭い、それなのに要求した武器をくれるという。怪しさ満点だ。ボクなら行かない。
だけど、リサキはその選択を取ることができなかった。
「武器が欲しいのでしょう? 強くなりたいのでしょう? あんな雑魚を雇わなくてもいいほどに、自分自身の力が欲しいのでしょう? それならきっと満足できますよ」
◆
午後の実技の授業も終わり、メイに放課後もクラブ活動には参加できない旨を伝えて昼に行った別棟の倉庫へと向かう。
ボクを連れ出したクラスメイトは授業が終わるとすぐに消えてしまったので、リサキも来ていないかも知れない。
その時はどうしてやろうかと悪戯を考えながら歩みを進めると、約束通りリサキと彼女の護衛なのであろうガロスが待っていた。
「本当に来ているとは。でも、お連れの方はずいぶん減ったようですね?」
「ふん、なんとでもいいなさい。彼らは所詮デンフィールの名に寄ってきただけのコバンザメよ。忠誠心や義理があるわけでもないし、あなたに負けたことで彼らにとって私は価値を失った。ただそれだけよ」
リサキは強気に言うが、その表情は暗い。あんな連中でもいなくなると心細いのか、それともボクが怖いのか。
ガロスの方は怪我は完全に癒えていて、もう油断しないとばかりに鋭い視線を向けており、昼間とは違い短刀やナイフで武装もしている。
「まず先に言っておくけれど、昼の戦闘は本気でも全力でもないの」
「それは、サンリ教官の武器を使わなかったからでしょう?」
「いいえ。あの武器は私にとっては足枷にしかならない。コレは私の力を抑えるための拘束具なの」
ボクは弱体化装備を鞘ごと彼女たちの足元に放り投げる。ガロスはボクの言葉を訝しみながらもそれを拾い、ナイフの柄を握った瞬間に顔を歪めた。
「なんだコイツは……!? 身体から力が抜けるような、それでいて水の中にいるような動きづらさだ!」
「まさか! そんなわけがありません! だって、それならこの武器を手に入れてから成績が上がったというのは? 私が騙されていたっていうの?」
「さて。どんな話を聞いたのか知りませんが、そもそも私はその武器を持つ前は実技の授業に出ていません。訓練で私の危険性を見抜いたサンリ教官が、急遽それを用意したのです」
ボクの説明を受けてなおリサキは困惑しているが、ガロスは理由がわかったようで彼女に耳打ちをする。
「お嬢、あの痴女は実技の成績がどうとか以前に、元から強すぎたってことですぜ。特別性のこの武器を受け取るまでは授業に参加できず、これを手にしてから授業に参加してきたもんだから、武器のせいで伸びたと勘違いをしたんでしょうよ」
「……なら、私たちは最初から強者に向かって、ああもう、それじゃまるで私が馬鹿みたいじゃない!」
リサキは頭を振って地団駄を踏む。馬鹿みたいじゃなくて馬鹿なんだよ。力量差がわからないのに吹っ掛けるなんて、野生動物でもしないのに。
「誤解が解けたところで本題です。昼間に言ったように、その武器は私のための拘束具なのであなたに差し上げることはできません」
「……っ! 渡されたって、いらないわよこんなもの!」
「なので、あなたを強化するための武器を用意することにしました」
「は……?」
彼女は意味がわからないと呆けた顔をするが、ボクは至って真面目だ。
だって、彼女はボク手製の呪いの武器の初めての被験者になるんだから。
ボクは足元の影、シャドウポケットからいくつもの武器を取り出して微笑む。
「なんでもありますし、どれを持っていってもいいですよ? リサキさんのお好みの武器はどれでしょう。欲しがっていたものと同じナイフ? それともショートソード? 斧もかっこいいですね。槍もいくつか種類がありますし、魔力の弾が撃てる弓もあります」
「は、ははは……こんなにたくさんの武器を、いったいどうやって……?」
「あなたが気にするのはそこではないでしょう? ほら1つ1つ手にとって、試し斬りの標的も用意しましょうか。もししっくりこないというのなら、新しく作って差し上げましょう。ほら、ほらほら、なんでもいいから持っていきなさいな?」
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