5-18 のろいのそうび
誤字報告ありがとうございます。助かります。
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「エルくん、俺はお前の素振りを見て瞬時にわかったよ。隣りにいるビンゴくんと同類なんだろう? 理由は知らないが君たちはとても強い、そうだな?」
「ええ、まあ」
「そっすね」
「そしてその力が強すぎるということも知っている。賢者バニラを筆頭に、院長が連れてきた実技教官は勇者パーティクラスの実力者ばかりだ。だが君はまだその力を使い慣れていない。だからあんなただの素振りでも他の生徒たちの全力を超えた音が出る」
サンリ教官の言う通りだった。ボクはスキルを持っているが使いこなしてはいない。そのため上限性能で能力を発揮してしまうから、正直目の前のサンリ教官ですら練習用の木剣で叩き伏せることができるだろう。
「そこでこいつらの出番というわけだ」
「はあ」
教官の前に並べられた武器はどれも強力な魔力が宿っている魔導具であり、一目で魔剣だとわかる。そんなものを持たせたら逆効果ではないか。
「いまいち話が見えねえな。こんなもんをこいつに持たせたら、授業の度に生徒が死ぬぞ?」
「どういう意味ですか」
そう言ってビンゴが握りのないナイフの茎(柄や握りを取り付けるための部分)を掴み、瞬時に異常を感じたのか手を離す。
「ッ! なんだこのナイフ!?」
「どうしました?」
「なんというか、急に力が抜けたような、ナイフが重くなったように感じたんだ。エルちゃんも試しに持ってみろ」
ビンゴに試せと言われ、サンリ教官を見やると彼の言葉を肯定するように頷く。とりあえず害はないようだ。
武器によって差があるかわからないのでビンゴが掴んだものと同じナイフを手に取る。
「? なにも起きませんけど」
「ただ持つだけでなく、武器として扱うように握ってみるんだ。そうすればわかる」
手に持っただけでは効果がないらしい。追われた通りに茎を武器として握り込むと、瞬時に違和感が襲ってきた。
たしかにこれは言葉にできない不快感だ。だがボクはこの感覚を知っている。これは魂に情報が加わっていく、スキルを入手したときの感覚だ。
ただしあくまでも近い感覚というだけで、スキルを入手しているわけでもないし、どちらかと言えば悪意を押し付けられているようなプレッシャーにも感じる。
「エルちゃんは平気なのか?」
「いい気分ではないですが、持っているだけなら平気です」
「よし。それならエルくんはそのナイフで俺に攻撃をしてみてくれ。もちろんナイフとして使ってくれよ? 投げるのはダメだ」
「……わかりました」
サンリ教官の意図はわからないが攻撃をしろと言うならするだけだ。念のためもし教官が防げなさそうならビンゴに止めてもらうように言ってからナイフを構える。
ボクはスキルに従って半歩足を出し、身を低くする。そうすると違和感はさらに強くなる。一旦その感覚を無視し、床を滑るように踏み込んでサンリ教官の脚を狙って斬りつける。
ここでも違和感は纏わりついてきた。ナイフを教官に向けた瞬間、突然今いる場所が水中になったかのようにボクの行動が遅く、重くなる。
それは実際には些細な差だが、そのせいでサンリ教官に放った一撃はあっさりと回避された。
「ふう…… 実験は成功だな。それにしても攻撃をしてこいと言ったのは俺だが、まさか脚を狙ってくるなんて実戦的すぎるだろ」
「……ナイフの基本は手数ですから、まずは機動力を奪えと言われているので……それにしても、この武器はいったい何なんですか?」
誰にもそんなことは聞いていないが、スキルがそうしろと肉体を動かしたのでそう説明しておく。
いやボクも無理がある言い訳だと思っているよ。ナイフ術のスキルがなければ剣と同じように縦斬りや突きで攻撃していたと思うし。
だがサンリ教官は納得しているように頷き、ボクの返答をスルーして武器について説明をしてくれた。
「ここに並べられているのは俺が作った魔剣。いわゆ武器としての魔導具だ。ただし、全部失敗作だがな」
「失敗作、ですか」
教官は失敗だと苦笑するが、ボクの感じた違和感は実際の動きに影響を与えていた。
デバフ系の魔導具としてなら十分完成していると思うのだが、その疑問を口にするとサンリ教官は吹き出した。
「ふはっ、あのなあエルくん。自分の動きを弱体化させてどうするんだ?」
「あ」
「俺が握って感じた違和感はデバフだったのか。そしてその対象は掴んだ自分自身。なるほど確かに失敗作だ。だがなんでまたこんなもんを?」
ビンゴは改めて失敗作の武器を手に取り、違和感に顔を歪めながら素振りをしている。彼の実際のスキルや能力値は知らないが、軸が振れていて身が入っていない。
サンリ教官はその様子を眺めながら、別の武器を手にとって制作の経緯を話してくれた。
「弱体化能力のついた武器を作ろうという計画があったのはまだニームが戦争をしていた頃の、それも初期の段階での話だ。当時の王様は敵であろうと殺すのは人道に反すると、なるべく敵兵を殺さなず、捕虜として捕まえるように指示を出していた」
ここニーム王国の王様、アイン・ウノ・ニームは転生者のウノハジメだ。名前から察するに彼も日本人だろうし、戦争であっても殺人を肯定したくなかったのだろう。
「だが冒険者として魔物を相手にしたことがあるならわかると思うが、生き物を捕まえるというのは大変な労力が必要だ。それも相手は人間で、しかも武器を持って殺意を滾らせている。王様への批判のつもりはないが、殺したほうが何倍も楽だ」
「大丈夫っすよ。俺もエルちゃんもチクリなんてしねえし、それに王様も今は考え方を変えてるし、戦争も終わってるしな」
「そうだな。話を戻すが、当時の武器職人たちは敵を捕まえろという王様の無茶な命令を遂行する前線の兵士を思って、敵兵を弱体化させる武器を作れないかと模索した。事実として弱体化魔法というのは存在している。それを魔導具として武器に落とし込めれば、敵を捕まえるための労力も多少はマシになる」
「でも、失敗したんですね?」
「そうだ」
サンリ教官は持っていた失敗作の短剣を机に突き立て、しかし刃先は木製のテーブルに弾かれ回転しながらあらぬ方向に飛んでいってしまった。
「武器に付与された弱体化魔法はきちんと発動している。それも想像以上の効果を発揮している。そこまでは良かったんだが、何度試してもその対象は武器本体になって、武器を握る装備者が弱くなってしまうんだ」
「そいつは残念だったな。だが、待てよ? 戦争初期って言ったらもう何十年も前の話じゃねえか。サンリさんはいい歳だが、その頃はまだ生まれてねえだろ?」
ボクはスルーしていたが、そう言えばこの武器を作ったのはサンリ教官だと言っていたな。
「ああ、この弱体化武器は俺の祖父も携わっていた計画だったんだ。だがいつまで経っても目的の武器は作れず、予算ばかりを消費するガラクタだと武器職人たちはどんどん計画から離れていき、そうこうしている間に戦争も終わって、祖父に残ったのは執念だけだった。俺も終戦間際には戦場にいたが、まさかこんなもんを研究しているとは戦場から戻るまで知らなかったよ」
「それでもサンリ教官がこれらを作ったということは、計画を引き継いだのですか?」
「遺品整理をしていたら家族のものが偶然見つけてな。捨てるのも勿体ないからと研究資料を引き取ったんだ。そうしたら学院がこの資料に価値を見出して、今俺がここにいるというわけだ」
サンリ教官が言うには、彼は実技教官だが戦場での実績を買われたのではなく、彼の持っていた弱体化武器に関する研究資料の管理人として雇われたのだとか。
そして引き取った資料を読み進めるうちに自分もこの武器の研究を進めたくなり、今ボクが握っている失敗作が完成した、と。
「ここだけの話だが、実はこの研究はある意味で完成に至ってな。その完成品は世に出回っているんだ」
「は? じゃあこっちの失敗作はもう要らねえじゃねか。そっちを見せてくれよ」
ビンゴは完成品の武器の方に興味を示しているが、そもそもこの弱体化武器はボクが学院で実技授業を受けるための枷という話じゃないのかな?
「ある意味と言っただろう? 完成品として使われているのは、犯罪者を逮捕するための手錠や檻だよ。これなら本来間違っていた対象が正しくなるし、捕まえたあとの弱体化であっても十分機能を発揮する」
「なんだそっちかよ」
サンリ教官の返答にビンゴは肩を落とすが、なるほど確かにそれは合理的な使い方だ。教官のお祖父さんもそっちの方向に舵を切っていれば、あるいは研究を認められていたのかも知れないな。
「とは言えそれはあくまで副産物。俺たちの目指していた弱体化武器は、攻撃した相手を弱くする魔導具だ。そんなわけでこうして今もまだ失敗作が生まれ続けているわけだが、どうだろう。エルくんが授業を受けるのにはちょうどいい失敗作だと思うのだが」
「はい。これでクラスメイトたちと同じ場所にいられるのなら、私もちょうどいいと思います」
教官の提案に、ボクは直ぐに返事をした。弱体化の効果はボクのスキルレベルになると微妙なものだが、それでもないよりは遥かにマシだ。
それにこれを持っているだけで授業が受けられるなら、断る理由はどこにもない。ボクはまだ学生として楽しみたいのだ。
それに、弱体化の魔導具なんて悪役にぴったりじゃないか。
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