5-17 はじめての実技授業
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活動はしているが活動実績はない。それがアカサ先輩に改めて紹介された『学院77不思議調査クラブ』の実態だった。
昼休みは思ったよりも短く、続きは放課後にということでボクは午後の授業に戻ることになった。
「午後はだいたい実技の訓練なんだよ。でも前期は基礎訓練が多めで楽しくないんだよね」
「そうみたいね。でもだからと言って、手を抜いて走るのでは意味がないわ?」
体をほぐす準備運動まではボクも楽しかったが、今行っているのは演習場を走るだけの体力づくりだ。
冒険者から入学してきた生徒たちはこの程度なんということもなく颯爽と走っていくが、普段運動をしないタイプの生徒たちは息を切らしながら走っている。
メイは冒険者たちよりは後ろだが、運動不足なクラスメイトたちよりは早い。そんな位置でボクとおしゃべりをしている。
「手抜きでこの位置なわけ無いでしょ。私も小さい頃は冒険者に憧れていたから、基礎体力は結構ある方なの。でもやっぱり実践で培ってきた彼らの速度は出ないし出せない。むしろエルさんが私についてこられてる方に驚いてるよ」
「……田舎だと、このくらいは普通でしたから」
そう言えばボクは病気がちだったという設定だったね。でもボクは転生者のチートによってかなり基礎能力が高いから、本気で走ったら絶対に1番早いだろうし、そうなれば絶対に問題になる。
そのため手を抜いて走っているのはむしろボクの方だ。
そんなダブスタなボクの言葉にメイは気にする様子もなく肯定する。
「わかるー。私も地元じゃ全然ダメだったから勉強して学院に来たんだけど、こっちだとこのくらい動ければ上位に手がかかっちゃうんだってびっくりしたわ」
「メイも中等部からの入学なんですか?」
「そうだよ。今までは冒険者ギルドの私塾に行きながら駆け出しで頑張ってたんだけど、討伐依頼が本当にヘタで。でも冒険者はきらめきれなくて、どうにかならないかと藻掻いていたら偶然魔法の才能があったから、そっちを伸ばしてみようってことでこの学院に来たのよ」
彼女もそれなりに苦労をしてきているらしい。それにしても魔法の才能が見つかってから勉強を始めて学院に通えるレベルになるとは、メイはかなり優秀なんじゃないかな。
「あー、やっと終わった。毎日走っていても、こればっかりは辛いわ」
「でもこれで授業が終わりではないんでしょう?」
「もちろん。少しはお楽しみがないとね」
ただ走るだけの訓練だけではつまらない。
教官もそれはわかっているようで、ランニングが終わった生徒から順に練習用の武器を手に取り対人の模擬戦を行っていた。
「……いや、模擬戦は楽しくないでしょう?」
「そう? 英雄ごっこって小さい子供の頃からどこでもやるものだと思っていたけど。ああ、エルさんは外で遊べなかったんだっけ」
「そうですね。ですが言われて納得はしました。なるほど、ごっこ遊びの延長ですか」
練習用とはいえ支給されている武器はしっかり木製なので、これで殴られれば下手をすると命に関わる。
だが先にランニングを終えてそれを振り回している冒険者組のなんと楽しそうなことか。意外としっかり娯楽になっているようだ。
「私は冒険者時代からショートソードだったんだけど、エルさんはなににする?」
「さて、私は武器は振ったことがないので。どうしましょうか」
現代では生まれた時から病院暮らしでベッドの上から出たことはない。かと言って転生後もスラーは接近戦闘タイプではなかったし、ヴァルデスは素手のほうが強い武闘派だった。
強いて言えば最初の、エルのまま転生したときにダンから剣の素振りの手ほどきを受けたくらいか。
ただボクが困っているのは、武器を使ったことがないからではない。武器を使ったことがないのにこの身体は武器を使えるからだ。
転生を繰り返しているボクには過去に取得したスキルが備わっている。それはヴァルデスのものだけでなく、シャドウキャリアーが虐殺し吸収した冒険者たちのスキルも含まれている。
そのせいでボクは下手に武器を持つと、熟練の達人ほどではないが器用に扱えてしまうのだ。
「授業はまだ終わっていないぞ。武器を取らないのであればもう一度走ってくるか?」
どうしようかと悩んでいると、実技担当のサンリ教官がやってきた。短髪で強面、ガッシリと鍛えられた肉体は全身古傷だらけで教官というより歴戦の傭兵のようだが、この国は数年前まで戦争をしていたからそういうことなのだろう。
「サンリ教官。エルさんは武器を触ったことがないそうなので、どれがあっているのか話していました」
「そうか。だが授業の時間は限られている。なんでもいいから武器を手に取り振ってみろ。気に入らなければ次の授業で変えればいい」
「わかりました」
走りで遅れていたクラスメイトたちも続々とランニングを終えているので、ここで迷っていては彼らにも迷惑になる。
ボクは一番手前にあった短槍を掴んでその場から離れた。
「なにそれ、木の棒? ああ、槍か。それにしても短槍なんて、冒険者では滅多に見ない選択だね。私は教えられることないかも」
「教官がなんでもいいと言っていたのだから仕方ないでしょう。それに武器なんてどれも一緒よ。両手で持って降ればいいんでしょう?」
ボクはなんの気無しに言葉通り短槍を両手で握って振り下ろす。
だがこれは間違いだった。その瞬間をボクは後悔した。
ボクの振り下ろしは無意識に槍術スキルによって補正され、ただの木の棒で目の前の空間を断ち切ったのだ。
「えっ、なに今の音! エルさんがやったの!?」
「え、ええーっと……」
それがメイにあたったわけでも、なにか致命的な事が起きたわけでもない。なにもない空間を切ったところでただ空気が切れるだけ。鋭い破裂音がしただけだ。
だけどそれ自体が本来起こり得ない事象。
騒ぐメイにどうやって言い訳しようかと顔をそらすと、そちらにはサンリ教官がいた。
「……」
「…………」
「………………」
「あの、サンリ教官?」
「……エルくん、お前にはしっかりと手に馴染む武器が必要だ。放課後俺の元に来るように。それから、今日は武器を持つのは禁止だ。残りの授業は走っていろ」
「あ、ちょっと」
サンリ教官は鋭い目つきでボクを睨み、短槍を奪って戻ってしまった。
「え、ちょっと、どうなってるの……? サンリ教官、ああ見えて優しい人なのに、なにかマズいことをしちゃったのかな?」
「それなら、たぶん優しさなのでしょうね」
たぶんサンリ教官はボクがなにをしたのかわかったのだろう。そしてそれ故に、これ以上武器を振るうことを止めた。
模擬戦中にもし間違ってボクがアレをメイに当ててしまったら、それこそ致命的な一撃になってしまう。彼はそう判断したのだ。
「まあいいわ。槍も取られてしまったし、私は周回走に行ってくるから」
「あ、それなら私も付き合うよ。ただ走るだけなんて辛いもの」
そんなわけでボクの小さなやらかしは一旦保留ということになり、メイと2人でおしゃべりをしながら授業が終わるまでの時間を過ごした。
◆
「というわけで私はサンリ教官のところに行きます。誘ってもらっていたクラブ活動は、また次の機会でも平気かしら?」
「うん。基本的におしゃべりしてるだけだから大丈夫だよ。それよりも1人で大丈夫? 私もついて行こうか?」
「それには及びませんよ」
放課後、メイと別れてボクはサンリ教官の元に向かう。他の中等部の教官たちは教官室に集まっているのだが、実技担当だけは演習場に建てられた別棟にいるそうだ。
運動部系のクラブ活動に向かう生徒たちに流されながら歩みを進めていると、途中で見知った人物に声をかけられた。
「あれ、エルちゃんじゃねーか」
「……ええと、ああ。ビンゴさん」
顔を見ても名前がすぐに出てこなかったが、視線を下ろすとすぐに思い出せた。開けた胸元に刻まれたビンゴカードのタトゥーなんてそうそう見かけない。
「名前思い出せなかったんだろ。視線の動きでわかるぜ」
「ええ、すみません。ここ数日で新しい人と出会う機会が多くて」
「入学したばかりだから、まあ気にすんな。そのためにわかりやすい格好をしてるんだ。それで、なんで演習場に? 運動部に興味があるのか?」
ビンゴはボクがここにいる理由が気になったらしく、隠す理由もないので午後の授業での出来事を話した。
「あー、そりゃ面倒事だな。サンリのおっさんは良いやつだが融通がきかねえ。たぶんエルちゃんには才能があるとか言い出して、あれこれ指導をしたがるだろう。こちとらスキルブックでズルしてるからそんな必要ねえし、そんな気もねえのにな」
「迂闊でした。模擬戦なら手を抜けばいいと考えていましたが、素振りでやらかすとは思ってもいなかったので」
「転生者あるあるだな。スキルが強すぎて手抜きでも最低保証が強すぎる。俺もついて行って事情を説明してやるよ。でもま、最悪ハジメさんの名前を出すしかねえな」
「あまり王様に頼りたくはないですが、その時は仕方ないですね」
彼も面倒な状況になりそうだと考えているようで、ビンゴと揃ってサンリ教官の待つ別棟に向かった。
だが別棟にはサンリ教官は居らず、他の教官に聞くと武器庫にいるとのことだった。
「呼び出しておいてすっぽかすような人じゃねえんだけどな。それに武器庫は一般生徒立入禁止だぜ? なに考えてんだ?」
「そう言えば手に馴染む武器がどうとか言っていたような……」
「おお、来たかエルくん。それにビンゴくんも、わざわざ足を運ばせてすまんな」
ビンゴの言う通り武器庫には生徒だけでは入れないが、今回はビンゴが実技教官をしていることもありそのまま入室する。
武器庫に入ったはいいが、ボクとビンゴは困惑した。
「サンリさん、これは一体どういう状況だ?」
サンリ教官の前には大小様々な武器が机に並べてあり、そのすべてが握りの部分が外されていたのだ。
「これは俺のコレクションでな。エルくん。君がこのまま中等部の学生として実技の授業に出たいなら、この中から選んだ武器を使ってくれ」
その言葉にボクはさらに困惑する。並べられた武器たちは、すべて魔導具だったからだ。
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