5-15 はじめての来客
お待たせしました。体調を崩していました。
◆
「賢者バニラだけではありません。勇者ツルギ、戦士ゴウド、聖女フジ。彼ら勇者たちはカルソーの憧れと夢を破壊した。ひと欠片でも彼の言葉を聞こうとしなかった。誰か1人でも、嘘でもいいから寄り添ってくれたなら、彼はあそこまで意固地になることはなかったのです。そうすれば、彼は今もまだ隣りにいたかも知れません」
意外にもフェルはバニラたちに対して強い恨みを抱いているようだった。
再会したときに聞いた話では、カルソーくんはが勇者に決闘を挑んだのだとか。
その原因はボクが彼に対して戦闘の稽古をしていたからで、そのせいで彼はボクを善人だとなぜか信じ込んでいた。
でも待ってほしい。カルソーくんがおかしくなったそもそもの原因はボクじゃないか?
勇者たちは彼の話に聞く耳を持たなかったかもしれないが、それ以前にボクに出会わなければ彼はそんな変な幻想を抱くこともなかった。
そのことについてはフェルはどう思っているのだろう。
「エル様は許されざる虐殺者であり、ハレルソンでは冒険者仲間もたくさん死にました。今だっていつあなたが暴走するのか不安に思っています。ですが、それはエル様に限らず誰だって同じことだと思い出したんです。同期の冒険者は手に負えない魔物相手に私たちを置いて逃げ出したり、先輩冒険者にはつまらない理由で報酬を減額されたり、常設依頼なのに低ランクだからと依頼を突然キャンセルされることもありました。その思い出のせいで殺された仲間たちが大切だったのかが、私にはわからないのです」
彼女の言う仲間の裏切りは、命を持って償うほどの罪ではないだろうとボクも思う。
だけどそんな事を言えるのは当事者ではないからだ。
同期が逃げ出す相手なら、きっと当時のフェルたちでは勝てなかったのだろう。
報酬の減額は駆け出し冒険者にとっては、糊口をしのぐための死活問題だっただろう。
依頼がキャンセルされれば仕事そのものが無くなってしまう。自由を信条にしているからと言って、ギルドが新人にする仕打ちではない。
「彼らと比べるとエル様は住む場所と仕事と技術を与えてくれた。それがエル様にとって都合の良かった事なのだとしても、私にとっては彼らとの思い出よりも温かい記憶なのです」
「悪人の中にもいい部分はあって、普通の人の中にも悪い部分はあるってこと? フェルは自分が良くしてもらったから、私を恨んでいない、と?」
「はい。誰に否定されようとも、少なくとも私にとってはそうです。私は自分のことでもカルソーのことでもエル様を恨んではいません。しかし勇者たちは、いかにも自分たちが間違いなく正しいような顔をしながら、カルソーの言葉のすべてを否定した。もちろん私もカルソーの信仰めいた熱弁はどうかと思いましたが、それでも彼らが国に認められた正義だと名乗るのであれば、受け止めた上で反論をしてほしかった。そうすればカルソーがあそこまで意固地になることもなかったかも知れません」
フェルの憤りは理解できるが、しかし実のところ勇者たちの気持ちも今ならわかる。
ボクという大量殺人者のわけのわからない理屈につきあわされてバニラが殺人を犯し、そのすぐ後に捕らわれていたと思っていた少年を救うはずが、なんとカルソーはボクの信者だったわけだ。
そんな状況に巻き込まれたら、ただの学生でしかなかった転生して間もない勇者たちの精神は追い詰められるだろう。
特にボクを殺したばかりのバニラとそれを責めた聖女にとっては、相当な苦痛だったはずだ。
「今でも忘れませんよ。聖女はエル様を汚らしく罵倒し、賢者は自分たちの言うことが聞けないのなら手段を選べないとカルソーを脅迫しました。勇者は止めようとしたのか間に入りはしましたが、彼の言葉が最後のきっかけになってカルソーは勇者に決闘を挑んだのです」
「当時の私は相当な人殺しだから自分では気にならないけど、そう。カルソーはそこまで入れ込んでいたのね」
「彼だけではありません。私もヴィクトリア様がいなければ今頃はどうなっていたことか……」
ともかくフェルが賢者バニラのことを恨んでいるのはわかった。
だけど彼女たちがこの研究所に来るのは決定事項だ。それを覆すほどの理由にはならない。
「あなたの事情はわかりました。そのうえで彼女たちはここに来ます。あなたはどうしたいですか? 個人的には隠れている方がいいかとは思いますが」
「エル様、私などに気を使わなくても結構ですよ。勇者たちは許せないし許さない。だけど、それで終わりです。正直もう2度と会うこともないだろうと思っていたので、ここに来ると聞いて戸惑い、つい本音を漏らしてしまいましたが、でももう済んだことなのです。恨みを晴らしたところでカルソーとの関係は戻らない。彼の信じたスラーは、もういないのですから」
「……フェルは大人なのね」
気を使ったわけではなく、スラーとエルの関係を疑われるのを嫌って隠れていればと提案したのだが、ここまで清々しく言い切られるとボクとしても引けなくなってしまう。
まあいいや。彼女は一応ボクの部下なのだし、ボクのしでかした行いで振り回されるのは悪役の部下なら当然の役割だ。
「うむうむ。拙僧はフェル殿の割り切った考え方を素直に尊敬しているでござる。ともかく話は終わったようでござるな。では、拙僧は彼女たちを向かい入れる準備をするでござるよ」
「私も手伝うわ」
多少のトラブルはあったものの仲間たちとの情報共有は完了した。これでバニラたちを招いても問題ないだろう。
ボクの事情を説明し、彼女たち転生組の情報を得る。
そしてバニラたちの敵となる組織を立ち上げ、彼女を再び正義の味方へと担ぎ上げるのだ。
すべてはボクが悪役であるためにね。
◆
「お邪魔しまーす」
「遊びに来ましたよ」
というわけでナナエとバニラ、そして彼女の護衛のエレインがボクの屋敷にやってきた。
アリタカくんが準備した応接間へと無事案内が完了し、今はソファに座ってくつろいでいる。
「単刀直入に申し上げましょう。私は転生者です」
「え! マジ!?」
「やっぱりというか、いきなり突っ込んだ話をするんですね」
彼女たちの反応はどちらも驚愕だったが、その驚き方は対象的だ。バニラはボクが転生者であることに驚き、ナナエはある程度想像はしていたがいきなりその話をするのかと驚いていた。
ちなみにエレインはすべて知っているので無反応だが、そのままだとバニラに不審がられるので驚いたふりをしている。
「なんで最初に言ってくれなかったのよ、エルちゃん。言ってくれればあのとき講義室の中をもっと案内できたのに。っていうか、なんで気が付かなかったんだろ?」
「それはアリタカくんと一緒にいたからではないでしょうか? それから、あの場で自身が転生者であると言わなかったのには理由があります」
ボクは自分にかけたメタモーフの魔法を解除し、今のアンネムニカの少女の姿から元のシェルーニャの姿へと戻る。
「!? なに、その魔法……! 凄い!」
「なんて高度な変身…… スムーズすぎて目の前で行われたのに魔法の痕跡が見えませんでした。そんなスキル、一体どうやって……?」
「この魔法は私自身偶然入手できたものなので、自分でも詳細は知りません。スキルブックから確認してください。紹介したかったのはスキルではなくこの姿の方です。シェルーニャ・ジス・ファラルド。それが私のこの世界での名前であり、シェルーニャはファラルドの領主でした」
「領主……でした?」
「あ。私はなんとなく背景が見えてきたかも……」
バニラはピンとこなかったようだが、ナナエは魔導具の情報を熱心に集めているだけあって気がついたようだ。
「失礼するでござる。お茶を持ってきたでござるよ」
「ありがとう」
「わ、このクッキー焼き立てじゃん! すっごいいい匂い!」
「続きはこれを食べながら話しましょうか」
丁度ヴィクトリアの用意したクッキーをアリタカくんが届けてくれたので、それを食べながら経緯を話すことにした。
ボクが転生したファラルドは魔物の大量発生があって領全体が荒れていたこと。魔物対応に当たるはずの騎士団の不正が横行し問題解決に難航していたこと。
そこでボクが魔導具を作り騎士団に変わる保安隊を作ったこと。
その魔導具が王様の目に止まり、転生者だとバレたために学院に来ることになったこと。
「私自身は聞き覚えがありませんが、周辺の冒険者たちからはファラルドを救った英雄だとされているそうです。そんな私が学院でこのままの姿で歩いていたら、私の思惑とは関係なく派閥が生まれたり救いの手を求められたりする可能性がある。個人的に学院に興味があった私はどうしても自由に歩き回りたく、今のこの姿へと変身をしていたのです」
「ちなみに拙僧は事件解決の後に合流したので、この件とは関係がないでござる」
再びアンネムニカの少女へと戻り、紅茶で喉を潤す。ぬるくなっていたけど、このくらいのほうがちょうどいいな。
「転生者だと名乗らなかったことも、その姿と関係があるわけ?」
「ええ、まあ。漠然と転生者はすごい力を持っていると考える人間は多いと聞きます。私がこの研究所に出入りしていることはいずれわかることですし、ファラルドの転生者と噂が広まればシェルーニャとの関係を疑われてしまうでしょう?」
「疑われても別に問題なくない? どうせ学院から出ないんだし」
バニラは何を気にしているのかわからないと首を傾げるが、ナナエは察してくれたようだ。
「バニラちゃん。私たちは教官として学院に関わっているから、学生たちは教官として転生者に畏怖を感じているの。でもエルちゃんたちとは講義の時間に出会ったんでしょう?」
「そうそう。バンバラ教官の最初の授業で戸惑うあの空気感が好きなんだよね」
「さっきエルちゃんが言っていたけど、学院を自由に歩き回りたいというのは、学生として興味があるということよね?」
「はい。私は学校に行ったことがありませんので」
「え!? そんなのもったいないよ! 学校ってめちゃ楽しいのに! あ」
ボクの言葉にバニラは飛び上がり、そこで今までの内容が急にしっくり来たようだ。
「そっか。学生同士なら相手が転生者でも、同じ立場だから馴れ馴れしくなっちゃうわけだ」
「ええ。相手が力強い転生者だとしても、相手が学生なら脅威だと思わなくなってしまいます。それも英雄や救世主なんて呼ばれている人間なら、なんとか取り入ろうとしてくるはず」
「学院から出なくても、いえ、出れないからこそ余計なしがらみは作るべきではありません。それが私が学生として学院生活を楽しむための結論です」
バニラもわかってくれたようで何度もうなずき、しかし意外なアドバイスをしてきた。
「なるほどね。わかったわ。でもそれなら、多分高等学部はオススメじゃないかも」
「え? なぜです? みなさんもいるのに?」
「あー、そうねえ。高等学部は、ちょっと雰囲気が違うかも」
「?」
どういうことかわからず戸惑っていると、バニラが各学部についてざっくりと説明してくれた。
「この世界の学校教育は日本とは違うんだけど、この学院の初等部は小学校高学年から中学生くらいの間。中等部は間口が広くて中学生から高校生くらいの人もいて、高等学部は大学のイメージかな。バンバラ教官の挨拶を聞いていたならなんとなくわかると思うけど、高等学部はそのまま研究所に入るための教育機関だからすごく厳しいのよ」
「私も様子見感覚で1年ほど高等学部の講義を受けてたけど、アレはこの世界の勉強をしてきた人間じゃないとついていくのも大変よ。それこそ現代知識とスキルブックの2種類のチートがあってもね。でも実技は楽勝だよ。スキルブックで無双できるし」
「それじゃあ、私がしてみたかった学校生活は……」
「高等学部に遊びはないというのがうちの結論かな。みんな真面目に努力してこの学院の研究所に入るために必死だし」
薄っすらとは感じていたが、こうもバッサリ言い切られると少し悲しいものもある。
まあ仕方ない。悪役として暗躍することに専念しようかと思考を切り替えようとしたところで、バニラが面白そうな提案をしてくれた。
「ていうか、変身した今なら学院の研究所に来たシェルーニャじゃないわけでしょ? ならエルちゃんは中等部に入っちゃえばいいんじゃない? そっちはまさにゆるい学生って感じだしさ」
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