5-14 正体と招待
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「私は魔導具の開発をしているんだけど…… ファラルドの秘密、エルちゃんはなにか知らないかな?」
「……さて」
ボクは当然知っているが、作ったのはあくまでシェルーニャだ。ここで簡単に頷くわけにはいかない。
しかし今の姿はボクのスキルブックであり忠実な部下あるアールと同じだ。であれば当然彼女も知っている。
だけどアールはそう簡単に口を割る人物ではないし、そもそもファラルドの最重要機密だ。知っていたとしても喋るはずがない。
「その質問の答えの前に、まずこちらからも聞いていいですか?」
「答えられる範囲なら」
「ハジメさんという方が王様であるということは聞いているのですが、その方からは学院に来る転生者はどのような人物だと聞いているのですか?」
別にボクとしてはすべてがバレてしまっても問題ではない。最悪なのは一緒にいただけのアリタカくんが疑われることだ。彼は本当に無関係だからね。
そのためにボクは彼らの中にあるボクの情報を探ることにした。
「ああ。ハジメさんからはファラルド出身の転生者だとしか聞いていません。彼は昔気質というか、自分で見たもの意外信用しない傾向があり、私たちにも事前に余計な情報を教えないようにしているんだとか。だから最初は性別もわからなくて、アリタカくんに根掘り葉掘り聞いて困らせてしまったの」
「それで彼ではなかったから、近くにいた私が何か知らないか聞いてみた、というわけかしら」
「そんなところね。ちなみにあなたが知らなくても、私はファラルドの研究所まで訪ねに行くつもりでいるから。それほど深く考えなくてもいいよ」
屋敷まで来るのか。なんて面倒な。
でもそれなら、いっそ話したほうが楽かもしれないな。
そもそもボクがメタモーフで変身しているのは、学院内でファラルド出身の人間にシェルーニャだと見つからないようにするためだ。
転生者同士なら現地人との余計な騒ぎにはならないだろうし、彼らとは今後も関わっていくことになるだろうから隠し通すのは余計な労力にほかならない。
悪役だとバレなければ、それでいい。
「そうですね。では研究所まで来てください。そこですべてをお話しましょうか」
「ということは、やっぱりあなたが?」
ボクは黙って頷き、周囲を一瞥する。
「ここでは人の目もありますし、隠しているのには理由もあります。なにか午後の予定はありますか?」
「私はないけど、他の人も誘っていいの?」
「ええ。構いません」
「わかったわ。ねえ、みんなは次の時間からなにか用事あるかな?」
ナナエはバニラたちの方に顔を向けて予定の確認をする。バニラとエレインは問題なさそうだが、ビンゴはため息をついて首を振った。
「かー、俺はこのあと新入学生に挨拶をしねえとならねえ。遊びに行きてえのは山々だが、任された仕事は蹴れねえな」
「ビンゴはパス、と。ちなみに何をする予定なの?」
「エルちゃんの住むお屋敷に遊びに行くんです」
「マジ!? 私も行く―! エレインも行くよね?」
「私は護衛ですから拒否権はないでしょうに」
今日の午後には興味をそそられる講義もないし、早退ということでいいだろう。高等学部は講義が本格的に始まるまでは自由なわけだし。
というわけでビンゴを除いた転生組が、研究所という名の屋敷に遊びに来ることになった。
◆
「突然彼らを招いてしまって、本当に大丈夫なのでござるか?」
「別に問題ないでしょう。私は過去にバニラと出会っていますが、そのときにはエルと名乗っていません。この変身もファラルドの住人向けのものですし、私がシェルーニャであり転生者だからといって、彼らとの関係値は変わりませんよ」
「うーん。エル殿のことはともかく、なにか忘れているような……」
今屋敷に向かっているのはボクとアリタカくんだけだ。
家のものに説明をする時間がほしいとアリタカくんが言って、バニラたちは馬車でゆっくりと向かってくることになっている。
ちなみに今のボクたちは馬車ではない。馬車は遅すぎるので強化魔法によって脚力を底上げし、走って帰っている。
「あら、お帰りなさい。早かったわね」
「ただいまユルモ」
「ユルモ殿、ただいまでござる……って、ああ!」
庭についたところで昼寝をしているユルモと挨拶をすると、突然アリタカくんが大きな声を出した。
「な、なに? 今日はつまみ食いしてないわよ?」
「その話は今はともかく、エル殿! 彼女の存在は面倒事になりそうでござるよ!」
「は? 私が面倒? 突然ヒドすぎない?」
ああうん。この態度はたしかに面倒だ。
じゃなくて、そうか、喋る犬か。
「バニラは気に入りそうよね」
「そういう問題ではなく、彼女の経緯説明が面倒なのでござるよ。スキルによる変身をバニラたちに説明したならば、なぜ彼女の変身を解かないのかとツッコまれるに決まっているでござる」
「……たしかに」
「それなら解除してくれればいいじゃないですか?」
ユルモとしては今すぐにでも変身を解きたいだろうが、そうはいかない事情もある。
「密入国状態のザンダラの研究員がファラルドの研究施設で見つかったら、それはもう完璧に疑いようもなく折り紙付きのスパイでござるよ」
「ずっと犬扱いしていたから忘れていたけど、そう言えばあなたも魔導具開発の研究者だったのよね。しかも軍の」
「うっ、くっ…… 私自身の輝かしい経歴が、こんなところで仇になるなんて」
この学院でのスパイの扱いは知らないが、少なくともファラルド領であれば拷問は免れない。王様の施設だし、普通に死刑も考えられる。
「あなたは犬のマネも下手だし…… これから友人が来るのだけれど、その間は屋敷から出ないように」
「え!? エル様に友人!? 洗脳でもしたんですか!?」
「ふうん。屋敷では不満なようね。犬小屋を作ってあげましょうか」
ユルモは余計なことを言ってしまったと口元を抑えているが、謝らないあたり本心なのだろう。
ボクはクリエイトゴーレムを発動し、庭の端に不自然ではない程度の土倉を組み上げる。物置程度の大きさだが、ユルモには十分だろう。
彼女の首を掴み上げて中に放り込むと、最初は文句を言っていたがすぐに大人しくなった。
「薄暗くてひんやりしていますけど、風がないのはいいですね。今日くらいは我慢しましょう」
「ユルモ殿は自分の招いた結果に納得できている。その点は見習うべきでござるな」
「納得というより、思ったよりも広くて満足しているように見えますけどね」
ともかくこれでユルモの問題は処理できた。
次に向かうのは屋敷のリビングだ。
「もう帰ってきたの?」
「ええ。ただいま戻りました」
「ただいまでござる。……うむ、彼女は問題ないでござるな」
リビングで本を読んでいたのはヴィクトリアだ。ソファに足を乗せ本人は床に寝転んでいるというあまりにもだらけ切った読書スタイルだが、アリタカくんの審査は通過した。
「いやいや、問題あるでしょう。ヴィクトリア、下着が見えているわよ」
「今更そんな事を気にするの? もう見飽きているでしょう?」
「パンツを穿いているだけマシだと思うでござるよ?」
慣れって怖いな。なぜかヴィクトリアは怪訝な顔をし、アリタカくんも首を傾げる。君は身も心も男なんだから気にしなさいよ。
ヴィクトリアが気にしない理由はわかっている。
彼女は植物と融合した悪魔だ。元々の下半身は根やツタ植物の絡みあったようなものであり、今の姿はメタモーフで変身した仮の姿に過ぎない。だから何を見られても恥ずかしくもなんともない。
そのため結構な頻度で外見しか取り繕わないことがある。ドレスと皮膚が一体化しているくらいならマシな方であり、中途半端に服装に拘るとどうせ見えないのだからと下着を用意しないのだ。
「今日、数時間後には学院で知りあった友人が屋敷に来ます。なのでせめて恥ずかしくない態度でいてください」
「! それなら早く言いなさいよ! お菓子を用意しないと!」
ボクの言葉にヴィクトリアはすぐさま飛び上がり、よれたドレス姿からコックスーツへと一瞬のうちに変身した。
「あなたが作るの? 珍しいわね」
「当然でしょう? ここは学院内にあってファラルド領でもあるの。一応は主人であるあなたに恥をかかせないのは従者の務めよ?」
「へえ。いい心がけだと思うけど、本音は?」
「半分は本音よ? もう半分は暇だったからだけどね。あなたの友人が何者かは知らないけど、あなたが招いた時点でそいつは厄介者で面倒事なの。だからキッチンに籠もっています。絶対に近寄らせないように」
「はいはい」
「ヴィクトリア殿はエル殿の事をよくわかっているのでござるな。羨ましい信頼関係でござる」
信頼関係、あるかなあ?
彼女を悪魔として呼び出して以来、ボクは彼女を死ぬ度に振り回し、放置していた。
そのせいでボクが行動を起こすとすべて面倒事になると考えているだけだと思うよ。だいたい合ってるけど。
「そう言えばフリスは?」
「フリスなら学院街に買い物に行っているわ。アールは書斎にいるし、そもそも彼女たちは何も問題ないでしょ?」
フリスは出会ったときからボクのメイドだから問題ない。
アールはボクのスキルブックだから転生者と合わせるのは実は問題があるが、どうするかは彼女に直接聞いてみよう。
「あとはフェルだけど…… 彼女は一番まともだし、これでバニラたちを呼んでも問題ないわね」
「……バニラ?」
噂をすればなんとやら。キッチンからヴィクトリアと入れ替わりにやってきたフェルは、ボクの目をまっすぐに見つめて首を傾げた。
「ええ。今日これから学院で会った転生者たちが来ます。ファラルドから来た転生者の秘密を知りたいということで、隠し通すのも面倒だったので話すことにしました」
「では、バニラとは賢者バニラのことですか」
「そうなりますね。……あっ」
ボクはすっかり忘れていたが、フェルはスラー・ハレルソンの屋敷に監禁されていたことになっていた冒険者だ。
スラーという転生者のもとにいた彼女が、また新しい転生者に仕えている。これでなにも関係がないと疑わないのは無理があるだろう。
「あなたは、賢者とはなにかあったりするの?」
念のためフェル側に思うことはないか聞くと、珍しく彼女は笑った。
「私と幼馴染のカルソーとの縁を壊した勇者パーティですよ。カルソーには愛想を尽かしましたが、その原因になったメンバーを、エル様は許せるのですか?」
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